9.私怨
「要祭の開催をここに宣言する!! 新たな国の支えを決める大事な戦い。皆の期待に応えられる新たな猛者の登場を待っているぞ!!」
シルバーナイツ国王から要祭開催の宣言がなされた。開催は一週間後。前要であるヴォルト無き今、早急に新たな国の支えが必要となる。国民は新たな要選出に胸を躍らせた。数十年前、若くして要になったヴォルト以来の祭り。重い空気が漂っていた皆の心に新たな希望が生まれ始めていた。
「我が学園の代表にシンデレラベート、君を選出する!!」
王立シルバーシャシン学園。国の中枢が通うエリート校。その代表がベートに決まった。
学園集会、皆の前に出てその栄誉を受けるベート。これに先立って行われた代表決定戦では、並みいる上級生の猛者を圧倒しその権利を得た。【根源たるマナ】発現以降、彼の環境は一変していた。
「ベート君、代表おめでとう! 私、応援してるから!!」
これまで無能者として誰も相手にしなかったベートに、皆が興味を持つようになっていた。特に女子生徒。代表決定戦で次々と敗退する同級生の中、上級生相手に一切物怖じせず勝利し続けた彼の評価はうなぎ登りに上がっていた。
(要にもでも何でもなってやる。待ってろ、ジジイ)
ただベートの目的は遥か先。要と言う地位ですらもはや通過点に過ぎない。
「ねえ、ベート君~」
群がる女子。新たなマナ創造について考えていた彼にクラスの可愛らしい一軍女子が話しかける。
「あなた誰?」
「きゃっ」
そんな女子の腕を勢い良く掴む銀髪の女生徒。不満そうな顔で言う。
「ベートには私がいるの。いい? ちょっかい掛けないでくれる?」
一軍女子を睨みつけるミリザ。いきなりの暴挙に相手も応戦する。
「またあなたなの? いい加減うざいわね。私はベート君と話しているの。分かる? あなたには関係ないのよ!!」
「はあ? あなたみたいなブサイクとベートが交尾すると思って? 交尾するのは私。いい? この可愛いミリザなのよ!!」
意味不明で荒唐無稽な言葉に、口を開けて驚く一軍女子。だが先にベートが怒鳴った。
「うるさいな、お前ら!! いい加減にしろ!!」
騒音が多くてマナの創造ができない。一軍女子がすぐに頭を下げて言う。
「ご、ごめんなさい。でもこの女が絡んできて……」
「はあ? まだ自分の魅力のなさに気付かないわけ? 信じられない」
止まらない女の喧嘩。ベートは呆れて廊下へと歩き出す。
「あっ」
廊下に出て会った人物。赤髪の同級生。以前ベートを揶揄っていたクレイスだ。一瞬の静寂。クレイスが先に声を掛ける。
「なあ、ベート。色々悪かったな……」
クレイスはもう白旗を上げていた。上げざるを得なかった。彼の圧倒的戦闘力。次元の違うマナ。これまでの無能期間がまるで充電期間であったかのような変貌。要祭の学園代表。もうそれだけで凡人では得られない栄誉である。
「いいよ、そんなの。それより頼みがある」
「頼み? なんだ?」
安堵。冷たくあしらわれると思っていたクレイスは心から安堵した。ベートが言う。
「火のマナの使い方について教えて欲しいんだが……」
「え? 火のマナ?」
ベートのマナは属性のないオリジン。クレイスは火のマナの使い手。ただ万物の根源であるオリジンは、その派生である他属性のマナに学ぶべき点も多い。
「あ、ああ。いいぜ、そのくらい」
理由は分からない。ただクレイスは不思議と目の前の人物の力になれることを心から嬉しいと思った。
「失礼します」
シルバーナイツ王国の国防隊長官サーフェスは、やや緊張して面持ちでその豪華な応接室に入った。アンティーク家具に囲まれた落ち着きのある部屋。微かに香る品のある香の匂いが鼻をくすぐる。恰幅の良い白髪の男が言う。
「よく来てくれた。遠慮せずに、さあ座ってくれ」
男は応接室中央に置かれた年代物のソファーを指差し、サーフェスに座るよう勧める。
「ありがとうございます。では」
頭を下げ、サーフェスがゆっくりと腰を下ろす。柔らかすぎず、かと言って固くもない。座った瞬間分かる上品なソファーだ。メイドがお茶と焼き菓子を運び、ふたりきりになってからサーフェスが改めて尋ねる。
「それでラスラメント侯爵、この私に一体どのような御用でしょうか?」
ラスラメント侯爵。シルバーナイツ王国でも指折りの名家で、政界や経済界で強い影響力を持っている。ラスラメント侯爵が手にしたカップに口をつけ話し始める。
「いやいや、改めてと言う訳ではないのだが、我々ラスラメント家は来週行われる要祭で、長官殿を全面支援させて頂こうかと思いましてね。無論、出場されるのでしょ?」
要祭。それは文字通り国の栄誉職『要』を決める一大イベント。正式発表はまだされていないが、サーフェスももちろん出場するつもりだ。
「ええ。私みたいな若輩者が務まるかどうか分かりませんが、誠心誠意国の為に尽くす所存でございます。侯爵が応援してくれるとなればこれほど心強いものはございません」
ラスラメント侯爵は小さく頷いてからサーフェスに言う。
「要際の準備から運営はうちに任されている。是非とも長官に勝って貰いたいんだよ」
一瞬の沈黙。サーフェスが答える。
「身に余る光栄。感謝致します」
ラスラメント侯爵はカップをテーブルに戻し、真顔で尋ねる。
「ときに長官。【根源たるマナ】発現者が出たと聞いているが、それは真なのかね?」
サーフェスの顔が一瞬引きつる。
「真偽はまだ解明中ですが、それらしきマナが出たのは違いありません」
「シンデレラ・ベート、かね?」
サーフェスの頭から一瞬思考が消える。今、一番聞きたくない名前。最も邪魔になりうる存在。小さく頷き答える。
「ええ。そうです」
ラスラメント侯爵が腕を組み、視線をやや空中に向けて話し始める。
「うちの愚息がね、何の非もないのにそのベートとか言う生徒に暴行されてね。まあ、証拠も何もないので公にはしていないが、神聖たる学びの場で私はそのような蛮行が行われていることに非常に怒りを感じているんだよ」
「ボイール殿が!? それは許すまじべきこと……」
怒りを露わにするサーフェスに続けて言う。
「オリジンの発現者か何か知らないが、私としてはそのような非道な者に『要』は相応しくないと思うんだよ。だから長官殿。是非、貴殿に優勝して欲しい。その為の支援は何でもしよう。私に任せて貰いたい」
要祭の運営責任者からの言葉。頭の回転の速いサーフェスは直ぐの意味を理解した。
「かしこまりました。この不肖サーフェス、国の為、侯爵の為、死力を尽くして要の座を手に入れて見せましょう!!」
満足そうな表情を浮かべラスラメント侯爵が言う。
「頼もしきこと。祭りでは幾つかアクシデントが起こるかもしれぬが、長官殿は気にせず戦いに集中して貰えれば結構」
「かしこまりました。私は目の前の相手を倒すことに全力を尽くします」
「うむ、期待しているぞ」
サーフェスはラスラメント侯爵から差し出された手を深く頷きながら、しっかりと握り返した。