8.オリジン解放
「貫けっ!!!!」
ド、ドオオオオン……
放課後、ベートはひとり森に入りマナの練習を行うようになっていた。ついに発現したマナ。しかも【根源たるマナ】。さらに驚くべき事に無詠唱での発動が可能であった。ベートは狂ったように練習を続けた。
「はあ、はあはあ……」
ただしその発動条件は呼吸の停止。息を止めている間だけ、オリジンの無の世界に入ることができる。
「しかもまだ威力がないんだよな……」
全力で放っても『序列壱位』レイ・エレガントを吹き飛ばしたとは程遠い威力。辛うじて木の幹をへし折る程度だ。ベートはひたすら呼吸を止めマナの鍛錬に没頭した。
「では今日の実技はグループ対抗戦を行う。目標はあれだ」
シルバーシャイン学園のマナの講義。座学と並んで実際にマナを使う実技の授業は頻繁に行われる。
今日の実技は数名のグループに分かれ、人ほどの大きさの『球体』をいかに早く破壊できるかを競うもの。球体には対マナ耐性魔法が施されており簡単に破壊できない。マナが使えない者は好きな武器を選んで物理攻撃を行う。
「はあ!? なんで俺が無能者と一緒なんだよ!!」
グループ分け。ベートと一緒のグループになった赤髪の生徒クレイスがわざと大きな声で言う。彼の友達もやって来て哀れんだ顔で言う。
「ああ、可哀そうなクレイス。無能な足手まといがいるせいで、きっとビリ。成績にも影響するよな~」
黙って無言を貫くベート。ちなみにミリザは別の講義に出ている。クレイスがベートの襟首を掴んで言う。
「おい、無能者。お前絶対に何もするなよ。邪魔なんだ。いいか? お前がウロチョロすると気が散ってマジでビリになる。もう一度言う。邪魔す・る・な」
ベートがクレイスの手を払い除けて答える。
「邪魔しなきゃいいんだな?」
「何だと……」
言い方、態度。自分を睨みつける目。そのすべてがクレイスにとって不快であった。
「では準備はいいか? 始めっ!!」
広い学園の校庭。そこに置かれた幾つもの球体。教師の合図とともに、グループに分かれた生徒達がそれらに向かって一斉に攻撃を繰り出し始める。
「森羅万象を源にせし火のマナよ。火球となりて敵を撃たん! ファイヤーボール!!」
「森羅万象を源にせし水のマナ。水流となりて敵を飲み込まん! ウォーターショット!!」
生徒達がそれぞれの自分のマナにて攻撃を開始。爆音に継ぐ爆音。球体相手に皆が必死にアピールを行う。
(なるほど……)
そんな中、ベートだけはひとり皆から離れた場所でその光景を見つめていた。
生徒達の体から発するぼんやりとしたマナ。それを今でははっきりと感知できる。皆それほど強いマナではない。要であったヴォルトや『序列壱位』レイ・エレガントと対峙して来たベートにとっては、それは皆可愛らしいものであった。
ただ少し前で必死に火のマナを繰り出すクレイスだけはやや別格であった。
「ファイヤーボール!!!!!」
威力が違う。ベートが不参加で、数的不利になっても全く問題ない。ただ今日の球体は特別仕様であった。
「どうなってるんだ!! 傷ひとつ付かねえぞ!!!」
周りから上がる悲観の声。これまでとは違いどれだけ攻撃を繰り出してもビクともしない。それを離れた場所から見ていた教師が苦笑しながら思う。
(今日は絶対的強者に遭遇した時の絶望感を体験すること。あの球体は生徒の実力では破壊は不可能……)
時々こうして講義のマンネリ化や、生徒らの慢心を防ぐ。上には上がいることを知らしめるためだ。
「クッソ!! クソクソクソクソ!!!!!」
マナ残量の限界値まで達したクレイスが四つん這いになって悔しがる。彼の中では破壊は最低条件。だが目の前の球体はそれを嘲笑うかのように綺麗なままだ。
(試してみるか……)
ベートは軽く右手を前に差し出し、マナを創造する。拳ほどのマナ。それを球体めがけて飛ばした。
(……爆ぜろ)
そしてマナが球体にぶつかる直前、息を止め、広げていた手をぎゅっと握りしめる。
ドオオオオオオオオオオオン!!!!!
「きゃああ!!」
突如起きた爆発。銀色の光を放ち起きた爆発に、皆が驚き顔を向ける。
「な、何だ。あれ……」
砂煙が消えるとそこには、跡形もなく粉々になった球体の欠片と、深くえぐられた地面が現れた。凍り付く生徒達。何かの事故が起きたと思って避難し始める者もいる。
「今のは何だ!? 何が起きた……」
無論、教師もその光景を見て唖然としている。間近で本物の【根源たるマナ】など見たことがない教師。それが何だか理解できない。
(な、何だ。今の感覚は……)
そしてもうひとり、その異次元の力に驚いた人物がいる。
(後ろにはあの無能者だけ……、そんな、まさかな……)
クレイスは後方から放たれた異次元のマナを感じ体を震わせた。だが後ろには無能者と馬鹿にするベートただ一人。詠唱もマナを使った跡もない。
(気のせいだ。きっと別の奴のマナ同士が誘発でもしたんだ……)
クレイスはそう考えることにした。それがベートによるものだとは考えたくなかった。
(思った以上に威力があったな。と言うか、あの球体がしょぼいのか?)
一方ベートも、予想外の威力にやや戸惑いを見せていた。そして決定的な日が訪れる。
「では、マナの測定試験を始める!!」
その日は定期的に行われるマナ測定の日。日頃の鍛錬の結果が成績に直結する大切な試験だ。皆が魔力を付与された魔鉱石に向かってマナ攻撃を行い、日頃の成果をアピールしていく。
「ファイヤーボール!!!!」
火のマナ使いのクレイス。得意の攻撃で魔鉱石を赤く染め上げる。
「おお、さすがクレイスさん!!」
人の頭ほどに大きくなった魔鉱石。これまでの最高記録を達成する。
「はあ、はあ……、当たり前だ。俺はマナに愛された者、いずれオリジンだって発現するはず」
淡い期待。慢心。だがその思いはすぐに打ち砕かれることとなる。
「次、シンデレラ・ベート」
名を呼ばれ魔鉱石の前に立つベート。クレイスがヤジを飛ばす。
「やめとけよ、無能者!! 恥かくだけぜ!!」
クレイスの言葉に周りから笑いが起こる。だがベートは全く表情を変えずにじっと魔鉱石を見つめる。
(本気で行く……)
右手を前に差し出し集中。すると騒がしかった周りの雑音が消えて行く。
(無の感覚。そう、マナは森羅万象の源であり、自然に溶け込む力……)
「嘘だろ……」
クレイスは理解した。先日感じた恐怖とも呼べるマナの正体。それは目の前の無能者そのものであった。
(爆ぜろ)
ドッ、ドドドオオオオオオン……
球体で起こる籠った爆発音。同時に銀色に変色し、球体が急激に巨大化する。
「え、なに……」
そして皆が見上げるほど大きくなった銀色の球体は、限界に達したのか突如音を立てて砕け散った。
バリ、バリン……
唖然とその光景を見つめる一同。皆口を開けたまま固まっている。
そして後日、その銀色に染まった魔鉱石は【根源たるマナらしきマナ】と判定された。
「サーフェス国防長官、こちらがその生徒の書類になります!」
「ありがとう。下がって良いぞ」
シルバーナイツ王国の国防長官サーフェスは、そう言って書類を持ってきた部下に礼を言った。王城にある国防長官室。戦歴の猛者達が愛用した武具や戦利品などが飾られている。
サーフェスは椅子に深く座りながら封筒から出した資料に目を通す。
「クソ。ヴォルト殿の弟子だと……、馬鹿な」
要であったシンデレラ・ヴォルトの弟子に関しては、国防長官のサーフェスですら知らない国家機密。ヴォルト無き今、新たな要就任を目論んでいた彼に【オリジン出現】はまさに青天の霹靂であった。
「まだオリジンだと決まった訳じゃないのだろ? だったらこの私が……」
ベートが発現したマナ。実は要であったヴォルトとはやや趣の違ったマナで、それが本当にオリジンだと認定されるには至っていなかった。後に判明するのだがベートのマナは純度が高くマナ量も強大だったため、その判断に時間がかかっていた。
サーフェスが資料を握りつぶし立ち上がって言う。
「次期、要になるのはこの私、国防長官サーフェスだ。こんなガキなどに絶対その座は譲らん。どんな手を使ってでも潰してやる!!」
サーフェスは経験したことのない怒りに体を震わせた。