75.大好き
「私はね~、馬鹿にされるのが一番嫌いでしてね~」
魔獣ジャックフォックス。『序列弐位』の側近で、フォレットが獣化した姿。人の倍ぐらいの大きさに黄金色の体毛。三つの尻尾を振りながらゆっくりとユウキへ近づく。
(くそっ、体が動かない……)
感情に任せて『神裁の光戟』を放ってしまった。それだけでも予定外である上に、さらにフォレットすら仕留められなかった。エリザベスの重力攻撃を絡めていなかったことが悔やまれる。フォレットが言う。
「どうしたんです~? もう攻撃はしないんですか~??」
そう言って鋭い爪を出し前足を振り上げる。
ガン!!!!
ユウキがハンマーを体の前に突き出し、それを防御。だが体に力が入らない為、そのまま後ろへと吹き飛ばされる。
「ぐはっ!!」
倒れるユウキ。仰向けに倒れたまま立ち上がることができない。
「お兄様っ!!!」
そう叫ぶ妹エリザベスにフォレットがすかさず攻撃。
「きゃああああ!!!!」
障壁を張るも、素早いフォレットの動きの前に間に合わず兄同様、激しく吹き飛ばされる。
「うっ、うぐっ……」
エリザベスの出血。一時的にモモコに治療を受けたが、再び鮮血が彼女の黒い服を濡らしていく。
「み、みんな……」
後方でぐったりとするモモコが小さく声を出す。キャロットのマナ吸収に、無理して行ったエリザベスの治療。もう彼女に立てる力はなかった。
(ど、どうすればいいの……)
唯一動けるキャロットだが、体の疲労感は強いし、それに単体では全く役に立たないことは自明の理。恐怖に震えて体が動かない。大きな魔獣族を前にキャロットは完全に無力化されてしまった。
「残飯ごときにこの私が本気になりすぎましたね……」
獣化を解き、人の姿に戻るフォレット。魔獣族とはいえ獣化したまま戦うのは体力消耗が激しい。フォレットが言う。
「いいことを思いつきました。彼らにもなってもらいましょう、エサに」
フォレットの細い目がさらに細くなる。倒れるユウキ達を見た後、フォレットがゆっくりと手縄で拘束されているミリザの元へと歩み寄る。ミリザは呆然としていた。姉だけでなく、モモコやキャロット、ユウキ達までもが傷つき倒れている。
「シルバーペガサス様~」
そんな彼女の耳に、もっとも聞きたくない声色が響く。真っ青な顔をしたミリザがゆっくりと頭を上げる。フォレットが言う。
「さあ~、どうしますぅ?? あなたが交尾に賛同しなければ、お姉さんだけでなく、大切なお仲間までもがひど~~~い目に遭ってしまいますよ~~」
「や、やめて……」
もう反射的にフォレットの言葉に対して答えていた。フォレットが眉間にしわを寄せて言う。
「やめて? 意味が分かりませんね~、私は『交尾しろ』と言っているんですよ~。じゃあ、お仕置きだぁ」
(え?)
フォレットはそう言い残すと踵を返し、倒れているユウキの元へと移動。落ちているハンマーを拾い、振り上げて言う。
「は~い、お仕置き」
「い、いや、やめて……」
ドン!!!!
「ぎゃあああああああああ!!!」
一面に響くユウキの叫び声。フォレットが振り下ろしたハンマーが彼の足へと当たり、いびつな方向へと曲がる。
「がっ、ぐがっ……」
激痛に身悶えするユウキ。離れた場所で倒れているエリザベスも涙を流し懇願する。
「いや、もう……やめてください、お願いです。お兄様はもう……」
絶望。あまりにも魔獣軍を甘く見すぎた。最近はベートが居たおかげで連勝していたが、それは人族最強である『オリジン』がいたから。魔獣族が畏怖する彼がいたから。ユウキは折れた足を押さえつつ、自身の判断の誤りを悔いた。フォレットが笑いながらミリザに言う。
「ぎゃははははっ!! さあ、どうです?? 魔獣王様と交尾しちゃう~~??」
あまりにも軽い口調。目の前で行っている行為と相反する言葉。ミリザが力なく答える。
「私、私は……」
「ダメ、ミリザ……、あなたは、絶対に……」
バン!!!
「きゃあ!!」
妹を止めようとした姉レモンを部下が殴る。
「お姉ちゃん!!!」
ミリザが叫ぶ。それを見ていたフォレットが、いい加減飽きて言う。
「ああ!! もう鬱陶しい!! いい加減、諦めろよ!!!」
ハンマーを担ぎ、今度は後方で座り込むモモコへ向かって歩き出す。ミリザが震えた声で言う。
「やめて、やめてやめてやめて……」
ドン!!!!
「きゃああああああ!!!!」
今度は大きなハンマーを真横に振り抜いたフォレット。モモコはその直撃を受け激しく横へと吹き飛ばされる。
「ううっ、ぅう、痛ぃ……」
目の前で花火が散ったような衝撃。頭がぐらぐらと回りもう何も考えられない。ミリザが叫ぶ。
「モモコ!! モモコーーーーーーっ!!!!」
後方支援のモモコ。攻撃に対する耐性などほとんどない。ミリザが謝るように言う。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで、私が全部悪いから……」
「はあはあ……、いい加減覚悟は決めた?? 私もそんなに暇じゃないのでねぇ」
興奮で顔を紅潮させるフォレットにミリザが言う。
「分かったから、言うこと聞くから……、お願い……」
目から涙。震える体。もう限界だった。これ以上みんなが傷つくところは見たくない。ミリザの言葉を聞き、ようやくフォレットの顔に笑みが戻り歩きながら言う。
「やれやれ。本当に頑固なお方ですねぇ。最初から私達の言う通りにしておけばいいものを……」
「ミリザ!! ダメ!!! あなたが諦めたら、こんな世界がずっと続くのよ!! 絶対にダメ!!!!」
そこへ姉レモンの声が辺り一帯に響く。ミリザ陥落は善良な獣族、人族、その他この大陸に住むすべての者に闇を落とす。
「苛立つな……」
額に青筋を立てたフォレットが歩みをレモンの方に向けて言う。
「妹がそう言ってるんだ!! お前には関係ないだろ!!!!」
大声と共にレモンの首を掴み上げるフォレット。
「がっ、ぐぐっ、ぁが……」
首を絞められ息が止まるレモン。身悶えする姿が倒れている皆の目に映る。
(くそっ、私はなんて無力なんだ……)
足の激痛に顔を歪めるユウキ。だが今は何もできない自分の無力さを嘆く。ミリザが首を振って言う。
「やめて、やめて、やめてよ!!!!!」
「!!」
横で掴まえていた部下を振り切り、ミリザが首を締め上げるフォレットへ体当たりする。
ドン!!!
「ぎゃ!!」
背後からの衝撃に思わず前のめりに倒れるフォレット。
「ごほっ、ごほっ、ごっ……」
苦しそうに息をするレモン。ただ倒れたフォレットは鬼のような形相で蹲るミリザを睨みつけた。
「このくそアマが……、大人しくしてりゃ、いい気になりやがって……」
激怒するフォレット。今度は蹲るミリザの髪を掴み、大声で怒鳴りつける。
「ふざけんなよ!! お前なんかこの私の命令ひとつで何とでもなるんだぞ!!!!」
ガシッ!!
「うぐっ……」
フォレットがミリザの首を掴み、姉と同じように持ち上げる。
(く、苦しい……)
息ができない。体に力が入らない。フォレットが言う。
「私を馬鹿にして……、ああ、許さない!! そうだ、私が先に交尾してやろう。私の強い子を産め。そうだそうだ!! 時代はこの私。フォレット様の時代になるんだよ!!」
ドフッ!!!
「ぎゃ……」
フォレットの左拳がミリザの腹部に打ち込まれる。フォレットが笑いながら叫ぶ。
「さあ、交尾しろ!! この私、魔獣ジャックフォックスの私の子を産め!!!」
ドフッ、ドフッ……
「ぁが、がっ……」
首を絞め持ち上げられながら殴られるミリザ。その光景は酷く悍ましいものであった。
(助けて、ぁあ、助けて……)
殴られ、意識が飛びそうになる中、ミリザが心の中で助けを求める。
(お願い……、助けて……)
目から溢れる涙。その雫が彼女の頬を伝い、地面に落ちる。そして叫んだ。
――助けて、ベート!!!!
パリン!!
その瞬間、ミリザが指につけていたピンクの指輪が小さな音を立てて割れる。
(え?)
彼女の目に映った宙に現れた黒い影。太陽を背に、突如フォレットの頭上に現れた彼が大きく足を振り上げながら叫ぶ。
「何やってんだ、てめえーーーーーーっ!!!!」
ドン!!!!!
「ぎゃあああ!!!」
後方からの回し蹴り。後頭部を蹴られたフォレットが真横に吹き飛ぶ。地面に座り込んだミリザがその彼を見上げながら言う。
「うそ……、うそ……、ううん。嘘じゃない……」
流れた涙が嬉し涙に変わる。茶髪の少年ベートがミリザを抱きしめて言う。
「ごめん、心配かけたな……」
ミリザもベートを抱きしめ返して答える。
「遅い、遅すぎるぞ……」
「ごめん」
ミリザがその言葉に応えるように強く抱きしめ返し、小さく言う。
「許してあげる。あとね、……大好き」
ベートもそれに強く抱きしめて応えた。




