74.大切な家族
大陸のとある街。魔獣族に襲撃されたその街の家の中で、若き夫婦と、その幼き息子ベートは絶望の淵に立たされていた。街はほぼ壊滅。家の外には獣族の姿。父親が叫ぶ。
「は、早くベートを連れて逃げるんだ!!」
母親は首を振って答える。
「で、でもそんなことしたらあなたが!!」
恐怖で涙目になり何もできないベート。だが魔獣族は待ってくれない。
ドン、ドンドンドン!!!
外からドアを開けようと魔獣族が力いっぱい殴り始める。
「あなた!!」
堪らず母親がドアを押さえていた夫の元へ駆け寄る。ふたりでドアを押さえながらベートに言う。
「ベート、お前だけでも逃げるんだ!! 裏口から外へ。早く!!」
「ヤダよ!! 怖いよ!! 父さんと母さんも一緒に……」
恐怖で混乱するベート。そんな彼に母親が一瞬駆け寄り、ぎゅっと抱きしめて言う。
「あなたは私達の宝。後から行くから安心して。愛してるわ、ベート」
母親はベートの頬にキスをすると再びドアを押さえ始める。父親が叫ぶ。
「早く行け!!! ベート!!!!!」
「うわあああああああ!!!!」
無我夢中だった。裏口から家を出たベートは泣きながら街を駆け抜けた。
ただそこからの記憶はない。気が付くと、全壊した街の景色が自分の前に広がっていた。救助に駆け付けた守護兵の言葉が耳に入る。
「残念ですが、生存者ゼロです……」
意味が分からなかった。
後から来るんじゃなかったのか。父親と母親は。
「ううっ、うっ、うう……」
もう涙は出なかった。一度に色んなことが起きすぎてベートの幼い頭では処理しきれなかった。
「この子は、わしが預かる」
確かそんなふうに言われたと思う。白い髭。焼けた肌。逞しい初老の男が腰を下ろしてベートに言う。
「わしと一緒に暮らそう。名前は?」
何と答えたか覚えていない。ただその日から、この老人シンデレラ・ヴォルトととの暮らしが始まった。
「ベート、ちゃんと返事をしなさい」
シルバーナイツ王国の田舎。質素な建物で二人は暮らした。
「……」
幼きベートは自分がどうなるか怖かった。まだ何も受け入れられない。ある意味、心が死んでいた。
「お父さんとお母さんに会いたい……」
思ったことを口にしてしまう。そんな時ヴォルトは決まって優しく頭を撫で、そして抱きしめてくれた。何もできない。国内最強の称号を持つ彼でも、幼き子供の前では驚くほど無力になった。
「ベート、行ってくる。夕方には戻る」
「……うん」
時が過ぎること数週間。ようやく落ち着きを取り戻してきたベートは、この白髭の老人が危険な仕事をしていることを知った。昼間、ひとりで過ごす部屋。孤独と寂しさが彼を押し潰そうとする。
ギギッ……
夕方過ぎ。暗くなった空の下、ヴォルトが帰宅した。急ぎ迎えに行くベート。ただその姿を見て驚いた。
「ど、どうしたの……?」
酷い怪我。魔獣族と戦って負った怪我だが、早くベートの元に帰りたいと治療もほどほどに帰ってきてしまった。ヴォルトが頭に手をやり答える。
「ああ、まあ、ちょっとやられちまってな。大丈夫、心配することなど……、!!」
ベートは無意識にヴォルトに抱き着いた。そして涙目になって言う。
「じいちゃんは、じいちゃんは、いなくならないで……」
「!!」
ヴォルトは震えた。
ベートに出会って初めてそう呼ばれた。初めて彼が家族になった瞬間であった。ヴォルトはベートを抱きしめ答える。
「ああ、いなくならない。一緒に暮らそう」
返事の代わりに強くヴォルトを抱きしめるベート。もう寂しいのは嫌だ。ひとりは嫌だ。失いたくない。ずっと一緒に居たい。
(じいちゃん……)
「……じぃ、ちゃん」
「え? 先輩、今何か言いました??」
ベートが横たわるベッドの上。他ごとをしていた治療師が首を振って答える。
「私? いえ、何も言ってないわ」
「そうですか……」
何か聞こえた。助手の女は気のせいだと思い、ずれていたベートの布団をかけ直す。
「ねえ、先輩。この子、すっごく綺麗な指輪をしていますよね?」
ベートの指につけられた指輪。シルバーナイツで要になった際に貰った国宝だ。治療師が銀色の指輪を見て答える。
「ほんと綺麗な指輪。そう言えばずっと看病していた銀髪の女の子も、似たような指輪していたわよね」
「あ、そうそう! まるでペアリング。彼女さんかしら?」
「さあね。さ、行くわよ」
「はい、先輩」
いつもと変わらぬ様子のベート。ふたりは流れ落ちたベートの涙に気付かぬまま、冗談を言いながら部屋を出た。
「森羅万象を源にせしモモコの氷のマナよ……」
帝国城に突撃したユウキ達。敵を攪乱する為、キャロットの広域マナ攻撃が再び発動する。
「氷塊となりて敵を殲滅せん!! 氷塊的豪雨!!!」
みるみるうちに空を埋め尽くす黒き雲。そこからこぶし大の氷塊が一斉に帝国城に降り注ぐ。
ドンドンドンドン!!!!
まるで砲撃。空から地上に向けて放つ氷の砲撃。キャロットの攻撃は魔獣軍のみならず、帝国の建物も破壊する。
「に、逃げろ!!」
「ギャアア!!!!!」
力の弱い獣族は一撃で卒倒する。突然の襲撃に帝都城は大混乱に陥っていた。
「モモコ、大丈夫か!?」
キャロットにマナを吸われ、ふらふら走りながら目が回るモモコ。これでもセーブしているという。つくづくキャロットの全力を受け止めたベートの凄さを思い知る。モモコが前方を指さして言う。
「あ、あっちです。あっちにミリザちゃんのマナを感じますぅ……」
マナに敏感なモモコ。ひしひしと感じる高貴なミリザのマナ。そしてすぐ近くに醜悪で吐き気のするマナも感じる。ユウキが言う。
「よし、このまま行くぞ!!」
「はい!!」
狼狽える魔獣族にユウキのハンマー、そしてエリザベスの闇マナ攻撃が撃ち込まれる。
「いましたわ、お兄様!!!」
帝国城の中庭。キャロットの氷塊を避けるように移動してきたフォレット達を見つける。配下に連れられたミリザ。同じくもうひとりの銀髪の女性。ふたりとも手縄が付けられている。ユウキがハンマーを振り上げ叫ぶ。
「見つけたぞ!! ミリザを返してもらう!!!」
苛立ちを隠せないフォレット。ミリザが答える。
「ユウキ!! みんな!!」
嬉しい。助けに来てくれた。ただそこにベートの姿ないことに一瞬不安を覚える。フォレットがユウキ達を見て答える。
「そうか、お前達だったか。くそっ、あいつらしくじったな……」
部下に残飯処理を任せて帝国城に戻ったフォレット。まさか敗北寸前だった彼らがここまで来るとは夢にも思わなかった。フォレットが手を広げて尋ねる。
「では、これはあなた方の仕業ってことでしょうか……?」
フォレットが破壊された建物や、怪我を負った獣族を見つめる。ユウキが答える。
「愚問だ!! お前達に明日などない!!!」
ハンマーをもって突進するユウキ。その後ろで妹のエリザベスが詠唱を開始。
「森羅万象を源にせし闇のマナよ。重圧となりて敵を潰さん! 深闇重圧!!」
エリザベス得意の闇マナ攻撃。敵の重力を操り自由を奪う。
「ぎゃぎゃ!? なんだこれは……!?」
フォレットとその部下達の動きが鈍くなる。そこへ巨大なハンマーを振り上げたユウキが叫ぶ。
「くたばれ!!!!!」
ドオオオオオオオン!!!
マナを付与しないハンマー攻撃。舞い上がる砂煙。ユウキは動きの鈍った部下達にも次々とハンマーを打ち込んでいく。
「ギャアア!!」
「ぐわっ!!」
よろける部下達。だが倒れない。これまで帝国城内で戦った獣族は、攻撃を受けるとみな戦意消失していた。だが目の前の敵は違う。
「やってくれましたね……」
砂埃が消え、そこに怒りの形相で立つフォレットを見てユウキが一瞬たじろぐ。仮にも『序列弐位』の側近。最高種族である魔獣族。手柄を逃し、敵に攻め込まれるという失態。フォレットが怒りに任せて言う。
「ぶっ殺してやるよ……、お前達、この私の手で直接……」
同時に光るフォレットの体。
「獣化、か……」
ユウキらが構える。獣族の真の力が出されるという獣化。つり上がった目をしていたフォレットが、あっという間に黄金色の体毛を持つ魔獣ジャックフォックスへと変化。三つの尻尾を振りながら叫ぶ。
「殺してやる、一瞬。一瞬で!!!」
刹那。その姿が消え、隣にいたエリザベスの目の前に現れる。ユウキが叫ぶ。
「エリザベス!!!」
「しょ、障壁っ!!!」
ザン、バリン!!!!
「きゃああああ!!!!」
咄嗟に張った障壁。だがそんな中途半端な防御で獣化したフォレットの攻撃を防げる訳がなく、エリザベスが血を噴き上げながら倒れる。ユウキが大声で叫ぶ。
「貴様ーーーーーーーーーっ!!! 許さん!!!!!」
ユウキにマナが集まる。白く可憐な光のマナ。後方にいたキャロットが叫ぶ。
「ユ、ユウキ!? まだ使っちゃ……」
ユウキは金色の髪を逆立て全マナをハンマーに集結。体を白く光らせながら振り上げる。
「くたばれ!! 神裁の光戟!!!!!」
「お、お兄様、まだ、それは……」
対『序列弐位』用に温存していたユウキの一撃必殺の攻撃。妹が負傷し、熱くなった彼は無意識にそれを発動していた。
ドオオオオオオオオオン!!!!!
真横にいたフォレットに渾身の一撃を食らわすユウキ。舞い上がる白いマナ。砂埃。太陽の光を受けキラキラと宙で光を放つ。
「はあ、はあはあ……」
やってしまった。マナが抜けていく感覚。脱力感。まだ『序列弐位』を残したまま切り札を使ってしまった後悔。だが更なる現実がユウキを襲う。
「危なかったですね。さすがにそれを食らったらまずかったかもしれないですよ」
「な!? 何だと……」
手応えはあった。だが離れた場所で立つ無傷のフォレットを見て愕然とした。フォレットが言う。
「さあ、教えてあげますよ。魔獣族を怒らせたその意味を……」
フォレットの黄金色の三本の尻尾がゆっくりと揺れた。




