7.発動の条件
シルバーナイツ王国の東に聳えるダガレスト山脈。天をも貫く高き山々の向こうには魔獣国が広がり、人族との天然の防御壁となっている。
その魔獣国。あらゆる獣族が暮らす国。最高位の魔獣族を筆頭に、知性と獰猛さを兼ね備えた猛獣族、魔獣族に使役される野獣、本能のままに生きる下獣など、人型種族とは一線を画す種族が暮らしている。
その頂点に立つ魔獣族の中でも王者『魔獣王』から特別に任命されたのが、五大幹部と呼ばれる猛者達。力や能力によって序列が与えられ、多くの獣族を指揮する。
魔獣国の王都。その荘厳な城に幹部三人が集まり緊急会議が開かれていた。
「ねえ~、魔獣王様もエレガントも負けちゃったんでしょ~?? 大丈夫なの~?」
魔獣城最上階、広い会議室に響く甘い声。外套を羽織り、窓の外を眺めながらひとりの紳士が答える。
「負けたのではない。それに時間はかかるがお二人とも回復されるだろう」
血色の悪い肌。整えられた髭に手をやり紳士が続ける。
「それよりもエレガント様と戦った戦士。私はその相手が非常に気になる」
ピンク色の髪。この雰囲気に合わない可愛いビキニを着た女性幹部が答える。
「そうね~。マリン、怖~い!!」
顔色の悪い紳士が言う。
「マリン殿。貴殿は王に命じられた対象国攻略に勤しむが良い。『序列四位』の貴殿なら容易いことであろう」
マリンと呼ばれた女性が頬をぷうっと膨らませて言い返す。
「え~、そんなこと『序列参位』のオジ様に言われたくないな~」
紳士が答える。
「それは王の過大評価と言うもの。だが私もマーベルト侯爵家の名に恥じぬよう、命じられた使命には全力を尽くす所存」
マリンがピンクの髪をいじりながら笑って言う。
「え~、オジ様、死んでいるのに熱すぎ~、面白~い!!」
ひとり笑うマリンを横目に、先ほどから黙ったままの巨躯の男にマーベルトが声を掛ける。
「ときに、ゾウ殿。貴殿に頼みがある」
ゾウと呼ばれた黒き短髪の男。腕組みしたまま顔を上げ、マーベルトに視線を向ける。
「『序列弐位』が戦死して不在。魔獣王とエレガント様も大怪我を負った。我々も対象国の攻略で忙しい。そこで『序列伍位』の貴殿にシルバーナイツ王国をお願いしたい」
黙ったままのゾウ。マーベルトが言う。
「要のシンデレラ・ヴォルトが居なくなったとは言え、エレガント様にあれだけの大怪我を負わせた何かがいる。十分に注意されよ」
「……分かった」
ゾウはそう一言だけ低く答えるとすっと立ち上がり会議室を出て行く。マリンが言う。
「ねえねえ、オジ様。シルバーナイツにどんなすごいのがいるのかな~? マリン、興味津々なんだけど~」
仮にも『序列壱位』を退けた存在。強き者に憧れる彼女にとってそれは興味の対象となる。マーベルトが答える。
「何かの事故でしょう。シンデレラ・ヴォルト以外、エレガント様の相手になる存在は人族にはいません。まあそれも直に分かるでしょう。ゾウ殿が力でねじ伏せてくれますよ」
「かな~? でもマリンは楽しみだな~」
マーベルトが髭に手をやり笑って答える。
「そうですね。まあ、多少の余興はあっても良いかと」
血色の悪い肌に浮かんだ笑み。だがその目の奥は冷たくまるで氷のようであった。
「ベート、いい? 全力はダメよ。あなたの全力受けたら相手は粉々になっちゃうわ! 手加減して、分かる?」
「ああ、分かってる」
侯爵の息子ボイールとその従者の襲撃を受けたふたり。囲まれつつもミリザがベートに注意を促す。ボイールが言う。
「こんな時までなにイチャついてんだよ!? あー腹立つ。あー腹立つ。おい、ミリザ。いい加減諦めて僕の女になれよ」
ミリザがベートの腕に手を回し心底嫌そうな顔で答える。
「キモっ!! キモ過ぎ。私、強いオスが好きなの。あなたみたいな弱者と絶対交尾なんてできないわ!!」
興奮すると自然と魔獣族の顔が飛び出す。ボイールが顔を真っ赤にして言う。
「キィヤァア!! また僕を馬鹿にした!! おい、お前!! 跪いて謝罪し、僕の靴を舐めながら許しを請えよ! そうしたら考えてやる!!」
ベートはあまりに醜い相手の姿に辟易しながらもミリザに言う。
「おい、あんまりあいつを挑発するな。わざわざ恨みを買う必要もないだろ」
「だ、だって。私、絶対あんなのと交尾したくないもん」
可愛くもあり、聡明で博学な彼女。だがどうしても時折、魔獣族の本能が顔を出す。ベートが言う。
「もういいから下がってろ。俺が片付ける」
「お願いね!」
ミリザはそうウィンクすると、すすっと近くの森の木の後ろへと身を隠す。ボイールが言う。
「キィイイイ!! お前達、僕を援護しろ!!」
「御意!!」
怒りに顔を真っ赤に染めたボイールが詠唱を始める。
「森羅万象を源にせし土のマナよ。土塊となりて敵を撃たん! ブロックキューブ!!」
ボイールの詠唱後、ベートの周りの地面が盛り上がり小さな土の塊となって襲い掛かる。
(くそ! あんな奴でもマナが使えるなんて)
人として低俗な存在。だがそんな彼でもマナが使える。ベートは腰に付けた練習用の木剣を構える。
ヒュン!!!
「うわっ!!」
だがそんな彼を横から真剣を持った従者が斬りつける。間一髪身を逸らしてかわしたが、相手は本気で殺しにかかって来ている。
(くそっ、面倒だ……)
ベートが周りに目をやった瞬間自分の足が動かなくなり、腹部に強烈な痛みが走る。
「ぐがっ!!」
「ベート!!」
ボイールの放った土塊が直撃。ベートが腹部を押さえながら足元を見て驚く。
(何だこれ!? 風のマナか!!)
足に密着するように渦巻く緑色の風。足の動きを封じる攻撃。従者の誰かが放った風のマナである。ベートが木剣で渦巻きを何度も突き刺しながら言う。
「なんだこれ!! 離れろよ!!!」
ドフッ!! ドフドフッ……
「ぐっ……」
再び放たれたボイールの土塊。動きを封じられたベートに向かって、射撃の的のように次々と攻撃が放たれる。
「きゃはははっ!! どうだどうだ!! 僕の強さが分かったか!? さあ、謝れ。ミリザを差し出して謝れば許してやるぞ!!!」
(クソ、動けねえ……)
ベートは動かぬ足のまま斬りかかって来る従者を木剣でいなし、土塊を体に受ける。多勢に無勢。類稀な戦闘センスを持つ彼だからこの状況を耐えることができていた。
(発動しろよ、俺のマナ。マナ!!!!)
ベートはもがいていた。防戦一方になりながらも自身が持つマナの力を信じようとしていた。戦いながら意識を集中する。そんな離れ業ができたのも日々の鍛錬のお陰である。
(【根源たるマナ】の基本は無。マナと、自然と一体になる……)
講義で、そしてミリザから教わったその教え。徐々にベートの存在が薄れ始める。
(ベート、その調子よ……)
木陰から見守るミリザが内心つぶやく。もはや彼にとってボイールとその従者は目に入っていなかった。自身との戦い。そしてその偶然が起きた。
ドフッ……
(うぐっ!)
偶然ベートのみぞおちに入った土塊。それが神経を圧迫し、一時的に横隔膜の動きを麻痺させた。
(あっ)
呼吸が止まったベート。だがその彼の脳内に新たな世界が広がった。
(見える!! マナの動きが、見える!!!)
ぼんやりと光る存在。常に動き、まるで何かの流動体のように光りながら形を変える存在。ベートが初めてマナを目視した瞬間であった。足に絡みつく緑色のマナもはっきりと分かる。
――マナは創造するものよ
不意に浮かぶミリザの言葉。ベートは手に浮かぶ小さな光の塊を見てその真意を理解した。
(これがマナ。そしてこうやれば……)
極力小さく、被害を最小限に。ベートはこの興奮状態の中でも不思議な程落ち着いてマナを創造し始める。すぐに出来上がった小石ほどのマナ。それを離れた場所に立つボイールに向けて放つ。
(ああ、これがあいつのマナか)
ボイールの周りに漂う霧のような薄いマナ。比べて自身が放った小さなマナ塊は、強く発光し輝いている。
(消えろ、クズ……)
ベートが叫ぶ。
「爆ぜろっ!!!!!」
ドオオオオオン……
「グギャァあああ!!!!」
小さな爆発。だがそれは防御服を着こんでいたザイールを吹き飛ばし、気絶させるには十分な威力があった。
「はあ、はあはあ……」
四つん這いになったベート。ようやく口を開け大きく息を吸い込む。
(そうか、呼吸の停止。それが条件……)
ついに見つけたマナ発動の条件。
後世に語り継がれる英雄の第一幕がここに上がった。