69.ミリザの覚悟
「ベートぉ、ベートぉ……」
ミリザは頭が真っ白になった。倒れたベート。その胸に太い剣を突き刺す『序列弐位』シンデレラ・ヴォルト。彼は何事もなかったかのように剣を抜き、自陣へと帰っていく。唖然とし動けなくなる一堂。そんな皆の耳に側近であるフォレットの声が響く。
「ひゃ~!! これはすごい!! さすがボスっ!! あのオリジンをここまで圧倒するとは~!!」
ヴォルトはそんな部下の声を無視するように魔獣軍の中を通り、砦の中へと姿を消す。フォレットが言う。
「はいはいは~い!! あとはこのフォレット様にお任せを~」
その言葉と同時に彼の体が強く光り、その姿を大きな狐へと変化させた。黄金色の体毛に細い目。ゆらゆらと揺れる三つの尻尾。魔獣族ジャックフォックス。これが彼の獣化した姿。
フォックスは三本の尻尾を揺らしながら後方に控える魔獣軍に命じる。
「は~い、じゃあそろそろ君達の番ですよ~。準備はいいかな~~??」
その声に合わせて魔獣族らが次々と獣化を始める。ベートが敗れたことで形勢不利となったミリザ達。ユウキが慌てて指示を出す。
「キャロット、君はまだ撃てるか??」
多勢を一掃するキャロットの広域マナ攻撃。少数でもベート達が順調に勝ち続けてきた理由だが、その原動力が倒れてしまっている。キャロットが青い顔をして答える。
「む、無理だよ……、ベー太から全然マナが感じられない……」
倒れるベート。命が、マナの力が限りなく弱まっている。この状態では彼からマナを借用することはできないし、やったとしてもそれは死に直結する。それ程キャロットの攻撃は借用者に負担を掛ける。
「くそっ……」
ユウキが巨大なハンマーを構え脂汗を流す。隣にいた妹エリザベスが覚悟を決め言う。
「わたくし達で戦いましょう。わたくし達で……」
これだけの数。もはや逃げることもままならない。モモコも覚悟を決めた顔でキャロットに言う。
「キャ、キャロットちゃん! 私のマナを使ってくださいー!!」
「モモコ……」
真剣なモモコの顔。確かにモモコのマナ量は通常の人よりもずっと多い。だがベート以外での広域マナ攻撃は行ったことがない。あれだけの敵の数。どこまでやれるか見当もつかない。
「みんな、五分。いえ、三分だけ耐えてくれる……?」
そんな不安な空気を、その銀色の髪の少女が一変させた。覇気迫る表情をしたミリザがみんなに言う。
「私がベートを助ける。その少しの時間だけみんなであいつらを止めてくれて」
「で、でも、ミリザちゃん、どうやって……?」
そう尋ねるモモコの言葉と同時にミリザの体が強く光り出す。獣化。あっと言う間に美しい銀色のペガサスに変化したミリザが、前足を大きく上げて言う。
「じゃあ、お願い!!」
そう言うと前線で倒れているベートへと一直線に駆け出す。驚いたのはフォレット率いる魔獣軍。突然敵の中に現れたシルバーペガサスを見て目を疑う。
「ぎゃぎゃ!? あれってまさかシルバーペガサス!? これはすご~い!!!」
新生オリジン抹殺に、貴重種シルバーペガサス捕獲。この二つを成し遂げれば自身の大きな出世も夢ではなくなる。
(まさかこの私が『序列』拝命とか??)
捕らぬ狸の皮算用。ただ今の彼にはそれだけの運があった。後方に控える数多の獣族に対しフォレットが命令を下す。
「さあ~、みなさん。やってしまいましょうか」
その言葉を合図に獣族達が前進を開始。倒れたベートやミリザ、ユウキ達に向かって牙を剥く。
(させないさせないさせない! 絶対に死なせない!!!)
シルバーペガサスに獣化したミリザは高速でベートの元に駆け付けると、倒れている彼の服を咥えすぐに踵を返し退却。後をユウキ達に任せた。キャロットが動き出した魔獣軍を見て決意する。
「モモコ、行けるかい!!」
「だ、大丈夫ですぅ!!」
モモコにしては珍しく強くはっきりとした返事。事態の深刻さが彼女を強くさせた。キャロットが両手を天に上げ詠唱を開始。
「森羅万象を源にせしモモコの土のマナよ……」
「うっ……」
詠唱と同時にモモコを襲う強い脱力感。
「大地の怒りとなり、その地を揺るがさん……」
「ぐぐっ……」
モモコの両膝が地面に着く。初めてのマナ吸収。体の精気、まるで生きる為のエネルギーをすべて吸われるような感覚。
(こ、こんなこと、ベート様は毎回……)
改めて分かるベートの偉大さ。意識が吹き飛びそうな強い衝撃がモモコを襲う。キャロットが詠唱を続けながら辛そうなモモコを見つめる。モモコが目でキャロットに訴える。
(大丈夫。モモコは、負けません……!!)
キャロットが小さく頷き、一気に両手を下ろしながら叫ぶ。
「揺らげ!! 大地神の怒り!!」
ゴゴゴゴォ……
「ギャ!?」
「ゆ、揺れる!?」
キャロットの土マナ攻撃。それは敵の大地一帯に地震を起こす攻撃。
「ギャアアアア!!」
「グガァアア!!」
激しく揺れ、割れる大地。何体もの獣族が大地の裂け目へと落とされていく。ユウキがハンマーを構えエリザベスに叫ぶ。
「行くぞ、エリザベス!! 突破してくる敵を私達が討つ!!!」
「はい、お兄様!!」
強引に突破してくる魔獣族をユウキ達が迎え討つ。今できる最大限の迎撃。それぞれ皆が自分の役割を意識し、ミリザの望む『三分』を作り出す。
「ベート……」
その遥か後方。瀕死のベートを咥え、ミリザがゆっくりと地面に下ろす。
(ひどい……)
点々と地についた血痕。胸を一刺しされたベートはもはや虫の息であった。ミリザは獣化を解き、一度ベートを抱きしめると懐にあった短剣を取り出して言う。
「大好き、ベート。あなたは死なせない……」
共闘を持ち掛け、最初はある意味利用するつもりでいた。だが彼に会ってすぐそんな気持ちは消えてしまっていた。大好き。心から愛おしい相手。ミリザは自分の手首を短剣で切り、滴る鮮血をベートの口へと流し込む。
「大好き、ベート。だから死なないで……」
ベートの体に流し込まれるミリザの血液。まだ死んでいない。彼女は最後の希望のため、血液による超回復を図る。
「ベート……」
ミリザの目から涙が溢れ出す。本当に短い間だったけど楽しかった。獣族に追われ、魔獣国から逃げるようにやって来た人族の土地。転々としながらオリジンがいるというシルバーナイツにやって来た。だけど上手くいかない。ヴォルトには威嚇され相手にもしてもらえない。そんな中、出会った新生オリジン。発現条件すら分からず、頼りなかった彼の成長を間近で見て来た。
ミリザがたっぷりの血液を飲み込んだベートを抱きしめ、小声で言う。
「愛してる。ベート」
ミリザが目を閉じ、ゆっくりと唇を重ねる。初めてにして最後のキス。ミリザは涙を拭うと再びシルバーペガサスに戻りベートに言う。
「じゃあね、ベート!」
地面に寝かされたベート。ミリザは振り向かず駆けだした。
「ぐわああああ!!!」
「きゃあ!!」
ユウキ達は劣勢に陥っていた。
(やっぱりダメ。モモコのマナじゃ足りない……)
広域マナ攻撃を放ったキャロットが内心思う。範囲も狭いし、放つ度に威力が弱まっていく。
「ご、ごめんなさい、キャロットちゃん……」
既に動けなくなり横に倒れてしまったモモコ。涙を流し謝罪する。
「モモコのせいじゃない。これでもすごいんだよ!!」
常人よりもずっと豊富なマナを持つモモコ。だが敵の規模を考えればやはりベートでなければ無理。キャロットの攻撃を避け、突進してくる魔獣族の相手をしていたユウキ達兄妹もすでに劣勢。ミリザが言う三分はもうとっくに過ぎている。ベートひとり欠けただけでこれほど弱体化するのかと改めて皆が思う。
「お待たせ、みんな!! もういいわ!!!」
そこは後方から駆けて来たシルバーペガサスのミリザが叫ぶ。
「ミリザちゃん……!?」
「ベートは大丈夫だったのか!?」
ミリザが少しだけ振り返り小さく頭を下げる。そして言う。
「ベートをお願い……」
ミリザがすぐに前を向き、敵将であるフォレットに向かって言う。
「あなたの目的は私でしょ!! いいわ、行ってあげる!! だからもうこれ以上戦いはやめて!!!」
「ミ、ミリザ!! 何を言って!?」
焦るユウキがミリザに向かって叫ぶ。だがミリザは単騎、敵陣へと駆けだすと美しき銀色の肢体を見せるようにして言う。
「さあ、私を連れて行きなさい。魔獣王のもとへ!!」
「そうですか~、そうですね~。いいでしょう、いいでしょう」
フォレットは考えた。優勢とは言えここでさらに損害を出して無意味な戦いを続けるより、『オリジン抹殺』に『シルバーペガサス捕獲』を持って早く帰還した方がずっといい。フォレットが配下に命じる。
「撤退、撤退っ!! 我らの勝利!! オリジン撃破に、シルバーペガサス捕獲!! さあ、皆さん、勝利の美酒に酔いながら帰還しましょう~!!」
「ウゴオオオオオオオ!!!!」
フォレットの言葉に魔獣族から歓喜の声が上がる。ミリザは体に縄を掛けられ、退却するフォレットらと共に姿を消す。
「ミリザ……」
「ミリザちゃん……」
モモコにキャロットが意識朦朧となりながら消えゆくシルバーペガサスを見つめる。そんな彼女らにユウキが叫ぶ。
「ベートの治療を!! 急いでベートを助けるぞ!!」
「あ、はい!!」
そんな彼女が自身を犠牲にして助けてくれたベート。彼がまだ生きていることはこの最悪の状況の中、僅かな光となって皆の心を照らした。




