68.刻み込まれた命
「見事な戦いであった……、さすが【根源たるマナ】……」
ベートがシルバーナイツ王国にあるシルバーシャイン学園でマナについて学んでいた頃、魔獣王侵攻を知ったシンデレラ・ヴォルトは、単騎迎撃に向かい激戦を繰り広げていた。
「はあ、はあはあ……」
死闘の末、魔獣王に致命的なダメージを負わせたヴォルト。だが自身も深手を負い、今まさにその命が尽きようとしていた。魔獣王が配下に肩を支えられながらヴォルトに近付き、そして哀れんだ表情となって言う。
「これだけの力を持ちながらここで息絶えるのは何とも惜しい……。どうだ、ヴォルト、この私に仕えないか……」
自身も瀕死の重傷を負いながらそう尋ねる魔獣王。ヴォルトが虫の息でそれに答える。
「ふ、ふざけるな。誰が魔獣軍になどなるものか……、ごほっ、さあ、殺せ……」
死んでも敵の軍門になど下りたくない。ならば潔く死を選ぶ。そこに後悔はない。ただもし悔やむとするならば、彼の頭にたったひとり茶髪の少年の顔が浮かび上がった。
魔獣王は意識朦朧とする中、自身の手首を切り、溢れ出す鮮血を動けないヴォルトの口に落として言う。
「素晴らしき、意思。だがお前は我らとともに来て貰う。それが、敗者の定め……、さあ、ヴォルトよ。我と共に参るぞ……、そしてお前には今後現れるであろう『新生オリジン』の抹殺を命じる……」
「がっ、ごほっ!! や、やめろ……」
瀕死のヴォルト。動けぬ体。抵抗虚しく魔獣王の血がどんどんと体の中へと染み渡っていく。魔獣王は意識を失いつつ、皆に命じる。
「シンデレラ・ヴォルトを『序列弐位』に命じる。よいな……」
その言葉を最後に魔獣王は目を覚まさなくなった。代わりに魔獣王からの『祝福の血清』を受けたヴォルトは見る見るうちに怪我から回復。無言の老騎士として魔獣軍『序列弐位』を務めることとなる。
バルッサ帝国。その美しき帝国城前に築かれた守備砦。新生オリジン一行を迎え撃つために立ち並ぶ魔獣軍。その中から現れた側近フォレットの提案で大将同士の一騎打ちとなった訳だが、姿を見せた『序列弐位』の老人を見てベートは愕然とした。
彼は自身の育ての親、探し求めていたシンデレラ・ヴォルトであった。
「ど、どういうことなの!? なんでシンデレラ・ヴォルトがここにいるの!?」
ミリザが唖然とする。ベートが探していた大切な家族。彼は魔獣王に拘束され、魔獣国にいるはず。ユウキが信じられない表情で皆に尋ねる。
「あれがヴォルトなのか!? あれがシンデレラ・ヴォルトなのか!!」
何度か目にしたことのある『序列弐位』。だが、閉鎖的な帝国、シルバーナイツから遠く離れたこの地で要である彼を見たことのある者はほとんどいない。エリザベスが口に手を当てて言う。
「じゃ、じゃあ、ベート様は、お爺様と戦わなければならないということなのでしょうか……」
その言葉に皆が黙り込む。想定外。そんな安い言葉で表せるものではなかった。
「ジジイ。なあ、俺だよ……、ベートだよ……」
忘れるはずはない。マスクをつけているがよく日に焼けた肌、キレイに切り揃えられた白髭。何より剣を握ると人が変わるように鋭くなる眼光。間違いない。目の前にいるのはずっと探し続けていた大切な家族、シンデレラ・ヴォルトその人である。
「……」
ベートの声が聞こえているのかいないのか。ヴォルトは抜刀した太い剣を無言で構える。覇気。彼からこれから戦う強い覇気が発せられる。ベートが首を振って言う。
「嫌だ、ジジイ! 俺はあんたと戦えない。なあ、答えてくれよ。頼むからさ……」
対照的にベートからは絶望に似たオーラが漂う。ずっと探していた人。それがこのような敵として現れたのだからその衝撃は計り知れない。ミリザが叫ぶ。
「ベート、構えて!! 構えて!! じゃないとやられるわ!!!」
殺気に満ちたヴォルト。いつでも目の前の茶髪の少年を殺す準備はできている。ベートが地面に両膝をついたまま首を振り、目に涙を溜めて言う。
「無理だよ……、俺、あんたに謝りたくてここまで来て、なあ、ジジイ、俺だよ、ベートだよ……」
もはやベートに『戦う』という選択肢はない。無言のヴォルト。剣を振り上げ、ベートに迫る。
「ベートっ!!!!」
ザン!!!!
衝撃と激音。ヴォルトの剣が音を立てて地面に突き刺さる。間一髪のところでその剣戟をかわしたベートが、懇願するようにヴォルトに言う。
「ジジイ!! やめてくれよ、俺だよベート!! ベートだよ!! 俺はあんたに謝りたくて……」
シュン!!!
「くっ……」
そんな言葉を無視するかのようにヴォルトが今度は剣を真横に振り抜く。それを再びかわすベートだが、腕からは真っ赤な血が流れ出す。ミリザが叫ぶ。
「ベート、戦って!! 戦わないとあなたがやられるわ!!!!」
容赦ない殺気に満ちたヴォルト。それほど魔獣王の『祝福の血清』の力は強く、体に刻み込まれた『新生オリジン抹殺』の命は絶対である。ベートが後方に跳躍して震える声で言う。
「無理だよ。俺、あんたと戦うなんて、絶対……」
そう涙目で訴えるベートの目に、右手を前に出しこちらを睨むヴォルトの姿が映る。初めて見るヴォルトのその攻撃。だがそれはこの数か月自分が何度も行ってきた攻撃フォーム。
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「ベートーーーーーーっ!!!!」
爆発。オリジン特有の無垢で純粋なマナ爆発。どんな姿になろうと、彼はオリジンの使い手。ベートは初めて受けるマナ攻撃に成す術なく吹き飛ばされる。
(ジジイ……)
音を立て地面に落ちるベート。もう戦う気力などない。これまで行ってきたすべてが無駄になった。もうどうでもいい。地面に仰向けになり、空を見ながらベートが思う。
(俺、もう……、!!)
そんな彼の視界に育ての親ヴォルトが現れる。倒れたベートの傍に立つヴォルト。厳しかった稽古。だがこうやって死にそうなくらい疲れて倒れると、彼はいつも優しく手を差し出してくれた。
「……ジジイ」
目から溢れる涙。だがその育ての親は優しい手の代わりに、握った太い剣を振り上げた。
「ベートーーーーーーーーーーっ!!!」
ズン!!!!
ヴォルトが両手に持った剣を、一気に仰向けになるベートの胸に突き刺す。
「がっ、がぁああぁ……」
声にならない悲鳴がベートから漏れる。どくどくと溢れる鮮血。ベートの胸を突き刺された剣。一瞬、皆の時間が停止した。
「うそ、うそ、そんなのイや……」
ミリザが両膝を地面に着き、手を口に当てて涙を流す。痙攣するベート。もう動こうとしない。
「……任務、完了」
白髭の老騎士シンデレラ・ヴォルトはゆっくりベートに突き刺した剣を抜くと、そうつぶやいて剣を鞘に収める。体に刻み込まれた『祝福の血清』の命。彼はそれを粛々と遂行しただけであった。




