65.実力差
魔獣軍『序列壱位』レイ・エレガントは動揺していた。目の前にいる茶髪の少年。【根源たるマナ】の使い手なのは明白なのだが、その小さな少年がまるで山のように大きく見える。獣化し巨大化した自分。それよりも大きく強い圧を放ち対峙している。
「強化か……」
エレガントはようやく気付いた。能力強化をするバフ。ただその能力は術師の力量、そして対象者のマナ量に比例する。となれば目の前の小さな少年は想像を絶するマナを保有していることになる。金色に輝くエレガントの体毛。その大きな首を振って言う。
「そんなことはあり得ない。認めない!! 私は『序列壱位』の……、!!」
そう言い終わる前にエレガントは、いきなり懐に現れた茶髪の少年ベートに気付いて唖然とする。
ドオオオン!!!
「ガハッ!!!」
懐から、下から突き上げるような衝撃。マナを含まないベートの右拳がエレガントの腹部を下から殴り上げる。
(こ、この私が……!!!)
咄嗟に右手の爪を振り上げるエレガント。だがすでにベートの姿はなく、気が付けば顔の真横に迫る足。
ドン!!!
「ギャア!!!」
衝撃。顔に容赦なく起こる激痛。エレガントはバランスを失い、無様な音を立て地面に倒れる。
「うおおおおおおお!!!」
そんな倒れた金色のゴールドパンサーに、茶髪の少年ベートが怒涛の如く襲い掛かる。
ドドドドドドオオオン!!!!
ベートの連撃。マナを纏った両手拳で倒れたエレガントに向かって躊躇なく殴りつける。
「あ、がっ、ガアアア……、ガアア!!!」
防戦一方のエレガントの反撃。倒れたままベートを叩き潰そうと、右前足の爪を大きく振り下ろす。
ドン!!
だが虚しくその爪は地面に突き刺さり、その少年の姿が視界から消えた。
(ど、どこだ!?)
立ち上がろうとしたエレガントはベートが見つからないことに焦り、周りを見回す。
(爆ぜよ!!!)
空中に舞ったベート。オリジン特有の無垢のマナを利用し敵の視界から消えたベートは、エレガントの頭上へと大きく跳躍。下方で狼狽える金色のゴールドパンサーを目で捉えながら爆撃を起こす。
ドオオオオオオオオオオオン!!!
「グガァアアアアアアア!!!!」
爆発。爆撃。上級獣族ゴールドパンサーの悲痛な叫び声が辺り一面に響き渡っていく。
「すごい、すごすぎる……」
これにはさすがのミリザも圧倒された。仮にも相手は魔獣軍『序列壱位』のレイ・エレガント。各国の要が力を合わせて戦うような相手。それをたった一人、小さな少年が圧倒している。ユウキが唖然として言う。
「ベートって、あんなに強かったのかよ……」
少し前、ベートと戦おうとしていた自分が恥ずかしくなる。
「素敵ですわ! なんて素敵なマナなのかしら!!」
妹のエリザベスも初めて感じるベートの強い無垢のマナに触れ、涙腺が崩れ始める。
(ジジイ、俺、少しは強くなったかな。あんたに少しは褒めて貰えるぐらい強くなったかな……)
ベートは自身の攻撃で倒れるレイ・エレガントを見ながら思う。まったく相手にすらならなかった数か月前。だが今はマナを発現させ、心強い仲間に出会いここまで来た。
(あんたに会って、謝る!! ただそれだけ!!!)
高速でエレガントに迫るベート。体勢を立て直し、鋭く大きな爪を振り上げてそれに応戦するエレガント。
「こ、小癪な!! 私は幹部最強のレイ・エレガン……!!」
振り上げた右足。刹那、エレガントの目の前に数多のマナの槍が迫ってくる。
ザッ!!!
エレガントが真横に跳躍し、マナの槍を回避。だがベートもそれに合わせて横に跳躍。そして息を止め内心叫ぶ。
(爆ぜよっ!!!)
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「グガァアアアアアアア!!!!」
エレガントの巨体が後方に吹き飛ばされる。ほんの一瞬の出来事。マナの槍をかわしたエレガントが、それに合わせて移動したベートの追撃を受け吹き飛ばされる。圧巻。もう実力の差は明白であった。
「ァガ、グガァガァ……」
エレガントの左前脚から血が滴る。ベートの直撃を受けぶらんと力なく垂れている。エレガントが体を震わせながら思う。
(なぜだ。なぜこんな短期間に、これほどまで強くなったのだ……)
理解できなかった。アリほどだった小さな存在。それが今や自分を凌駕するような大きな存在になっている。
「ふ、震えているだと!? この私が、魔獣軍最強幹部『序列壱位』のレイ・エレガントが……」
収まらない体の震え。強者に対峙した時の恐怖。それはレイ・エレガントが初めて感じるものだった。
(だが私が死ぬわけにはいかない……)
憎き人族の殲滅。その魔獣族悲願を達成するまでは何があっても進んでいかなければならない。
エレガントが呼吸を整えながら邪気を集結。対峙する【根源たるマナ】を睨みながら言う。
「素晴らしきオリジン。人の子よ……」
ベートが構え尋ねる。
「ジジイについて知っていることを言え」
エレガントが負傷した左前足を舐めながら答える。
「心配しなくてもいいよ。君には最高の舞台を整えてあるんだ」
ベートの集中が一瞬途切れる。
「最高の舞台? どういう意味だよ……!!」
ベートに隙ができたことに気付いたミリザが叫ぶ。
「ベート!! 集中して!!!」
「遅いわっ!!」
エレガントが叫ぶ。同時に彼から発せられた数本の熱線がミリザやモモコ達に向かって放たれた。ベートが叫ぶ。
「しまっ!!!!」
完全に虚を突かれた。自分以外に攻撃はしない。そんな思い込みがベートを油断させた。
(くそっ!!!)
全力でミリザ達の元へ向かうベート。息を止め、右手を前に出しながら叫ぶ。
(障壁っ!!!!)
ドオオオオオオオン!!!!
「きゃあ!!」
エレガントが放った複数の熱線がミリザ達を襲う。その直前、ベートのマナ障壁が発現。間一髪のところでその攻撃を防ぐことができた。
砕けるマナ。白い煙がもくもくと立ち上がる一帯。ベートがすぐに振り返り、エレガントの姿を探す。
「いない、……だと!?」
だが先ほどまで皆を圧倒していた金色のゴールドパンサーの姿はどこにもなかった。気配が消えている。新たな攻撃かと思って辺りを見回すも、完全にその存在が消えていた。ミリザがベートに駆け寄り言う。
「ベート、エレガントは?」
ベートが首を振って答える。
「分からねえ。だが消えた。いや、逃げたのか?」
「逃げた……」
ミリザもこの状況を見て頷く。あのまま戦っていてもベートの勝利は確実。一旦退くのも当然の判断だろう。
「あれ……?」
戦闘を終えたベート。突然体に力が入らなくなりその場に座り込む。
「べ、ベート! 大丈夫!?」
すぐにミリザが肩に手をかけ声をかける。
「あ、ああ。大丈夫。ちょっと疲れただけ……」
そう答えるとベートは強い脱力感と眠気に襲われ意識が遠のいていく。
「ベート、ベート!?」
心配そうなミリザ。駆け付けたユウキやエリザベス、モモコらが言う。
「マナの使い過ぎ。反動、だな」
「ベート様ぁ……」
「ベー太、無理しすぎだよ」
膨大な量を誇るベートのマナ。だがモモコの全力の強化を受け、躊躇なくマナを使い続けたベート。その体への負担は想像よりもずっと大きなものであった。ユウキが言う。
「でも、あの『序列壱位』レイ・エレガントに勝っただなんて、マジですごいよ」
「そうですわ! わたくし、感動致しました!!」
魔獣族の襲撃を受けているバルッサ帝国。その最強幹部を退けたのだから嬉しくないはずがない。ミリザが言う。
「うん。でもこんな戦い方していたらベートがもたないかも……」
自身の非があった。自分が狙われてベートの戦いの邪魔をしてしまった。ミリザは寝息を立てるベートを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。ユウキがベートを背に乗せて言う。
「とりあえず近くの村で休もう。帝都バルッサまであと半日。レイ・エレガントがどこへ逃げたかは分からないが、彼の休養が先だ」
ユウキの言葉に皆が頷き、そして休養と作戦を練るため近くの村へと向かった。




