60.シンデレラは幸せに
「ベート、ありがとう!!」
バルッサ帝国、レアリスの街。自称『魔獣軍幹部』を名乗るガリウスとトリ・フェラデルをあっさりと倒したベートに、ユウキが頭を下げて礼を言った。ベートが答える。
「いいって、別に」
ヴォルトの行方を捜すため魔獣軍とは戦わなければならい。街を襲撃しようとしていたなら尚更だ。ユウキが小声で尋ねる。
「なあ、本当にベートは【根源たるマナ】なのか?」
もう疑いようはない。だが改めて本人の口から聞きたかった。
「ああ」
ベートが頷いて答える。妹のエリザベスも興奮した様子で言う。
「やはりその不思議なマナはオリジンでしたのね!! 納得がいきましたわ。なんて素敵なマナなのかしら……」
初めて経験する無垢なオリジンのマナ。エリザベスはややうっとりとした表情で言う。
ベートは簡単だが自分達の目的を話した。黙って聞いていたユウキが、ベートが話し終える
と神妙な顔で尋ねた。
「……分かった。で、これからどうするんだ?」
それにはミリザが答える。
「このまま魔獣国に向かうわ」
強い信念。思いが籠った言葉。残念ながらバルッサ帝国の要はもういない。ここで新たな仲間を探しているよりは、今すぐにでも魔獣国に行った方がいい。完全に怪我が治る前に魔獣王と戦うのが聡明な判断だ。ユウキが少し俯きながら言う。
「帝都、帝都を助けてくれないか……?」
それを聞き一瞬言葉を飲み込むベート達。帝都バルッサは魔獣軍幹部によって制圧された。時間に猶予があれば救助に行きたい。だがそれは今ベート達が掲げる目的からはやや外れる。ユウキが言う。
「魔獣国に早く行かなきゃならないってのは理解できる。だがこの帝国は今緊急事態に陥っている。要が倒され、帝都が制圧され、皆が救いを求めている。私達は少しでもそれになりたくて旅してきた……」
そう言って妹のエリザベスを見つめる。たった二人の兄妹。光のマナを発現し、オリジンだとして魔獣軍と戦ってきたのもその為だ。だが分かった。自分はオリジンなどではない。本物は根底から違う。だからこそユウキは決意した。
「頼む!! ベート!!」
ユウキは土下座をし、地面に頭をこすりつける。
「お、おい……」
慌てるベート。表情が変わらないミリザ。
「ベート様ぁ……」
「ベー太、どうすんの?」
モモコの感情はすでに動かされている。キャロットは判断をベートに任せるようだ。魔獣王を倒せばこのような状況から脱却できる。だが今行かないとその間に帝国の民の被害は増える一方となる。悩むベートにエリザベスの言葉が心を動かした。
「帝都に攻めて来たのは『序列壱位』レイ・エレガントと、『序列弐位』を名乗る幹部です。さすがの要でも二人の上級幹部相手には全く歯が立ちませんでした……、だから」
「ちょっと待て。『序列弐位』ってシンデレラ・ヴォルトが倒したはずだろ?」
昔、直接聞いた。大激戦の末、ヴォルトが倒したのだと。ユウキが立ち上がって答える。
「詳しいことは分からぬ。ただ『序列弐位』の従者がそう言っているようだ。日に焼けた顔に白い髭。無口な老人だと聞いている」
「……」
ベートの心臓の鼓動が早くなる。
(それって、いや、まさか……)
とある可能性を考え、だがすぐにそれを打ち消す。ベートが言う。
「分かった。帝都に向かう。残りの幹部の撃破、帝都開放に向かおう」
「え? ベート、いいの?」
意外な顔をしたミリザが尋ねる。
「ああ、すまない。だけどちょっと行って確かめて見たいことがあるんだ。いいだろ?」
「まあ、ベートがそう言うなら仕方ないけど……」
ミリザとしては捕らえられている姉の救出も早くしたい。だがここで魔獣国に向かって、背後から幹部との挟撃を受ける可能性も捨て切れない。ベートが言う。
「そういうことだ、ユウキ。オリジンとしての責務を果たす」
「ありがとう、ベート!! 本当に嬉しい」
「ありがとうございます、ベートさん!! わたくし達がご案内致しますわ!!」
ふたりに手を握られ感謝を受けるベート。だがその表情は少し曇ったままであった。
レアリスの街で馬車を調達し、急遽帝都バルッサへ向かうこととなったベート達一行。帝都までは二日ほどの行程。途中現れた魔獣族を討伐しながらの移動となった。
「あ、ベート、いたいた!」
宿泊の為に立ち寄った街道沿いの村。夕食後、姿が見えなくなったベートを探していたミリザが、近くを流れる川沿いの椅子に座っていたベートを見つけ声をかける。
「あ、ミリザ」
「隣、座っていい?」
「うん……」
ミリザが空いていたベートの隣に腰掛ける。静かに流れる夜の川。涼しく、心地よい風がふたりの間を流れる。ミリザが言う。
「どうしたの?」
「なにが?」
ミリザが風に吹かれる銀色の髪を手で押さえながら答える。
「最近元気ないじゃん」
「元気だよ」
「嘘。そんなの分かるよ」
獣族特有の五感。人族では到底及ばない。少しの沈黙の後、ベートが答える。
「ちょっと、あまり考えたくない可能性を想像しちゃってな……」
「どんなこと?」
「いや、そんなことはない。絶対ない。大丈夫、気にすんな」
「気にするよ! 教えて」
ミリザがベートに向かって頬を膨らませて言う。一瞬そんな彼女を可愛いと思ってしまったベートが、わざと話題を変えるように言う。
「な、なんでもねえよ! それより、悪かったな。勝手に帝都に向かうことにしちゃって……」
「うん……」
その話題はやはりミリザの中でも消化不良のようだ。ベートが言う。
「魔獣王に捕まっている姉さんは、必ず助けるから」
「うん。お姉ちゃん、大丈夫かな……」
もう何年も会っていない。自分をおびき寄せるための言わば人質。殺されることはないだろうが、その身は心配だ。ベートが言う。
「シンデレラって姓、変わってるだろ?」
「え? そうね」
急な話。ミリザがベートの顔を見つめる。
「ジジイから貰った姓なんだけどな、このシンデレラって姓、異国にあるおとぎ話に由来しているんだって」
「おとぎ話?」
「うん。酷く、辛い目に遭っていた主人公が最後に幸せになるって話。俺自身、今本当に辛い状況なんだけど、きっといいことがある。大丈夫なんだって思うようにしていている」
「ベート……」
ベートもミリザの顔を見つめて言う。
「だから、その、なんだ……。俺の幸せってのは、その、お前の幸せっていう意味でもあるから、一緒にいればだな、きっとお前も幸せに……」
「ベートぉ!」
急にベートに抱き着きミリザ。嬉しそうな顔で言う。
「ありがと、ベート! 大好き!!」
「ちょ、ちょっと待て!? 放せ、おい!!」
「や~だ。放さないもん」
意外に大きなミリザの胸がベートの腕にぎゅうぎゅう押し付けられる。ベートが言う。
「こ、こんなとこ、ほかの奴らに見られたら……」
「いいじゃん、見られたって」
「いや、だけどな……」
「ねえ、ベート。私、交尾したい……」
「!!」
顔を赤く染め、とろんとした目でそう口にするミリザ。女のフェロモン、オスの理性を破壊する強力なオーラが発せられている。ベートが慌てて答える。
「いや、だからそう言うのは、お互いをよく知ってだな……」
「知ってるよ、もう……」
「うぐっ……」
「ねえ、ベートぉ~」
まずい。夜の川の畔のベンチ。涼しげな風。静かな空気。ふたりだけの空間がシロップのように甘く変わっていく。
(ミリザ、可愛い……)
文句なしの美少女。手を伸ばせば届く存在。魔獣族ではあるが、ベートは初めて感じる理性の崩壊に頭が真っ白になる。
「あー、いたいた!! ベート様ぁ!! ミリザちゃ~ん!!」
そんな二人の空気を一撃で破壊する甲高い声が辺りに響く。
(モモコ!?)
思わず体をビクッと震わすベート。
「デザートのプリン、冷めちゃいますよ~!! 早く一緒に食べましょう~」
超鈍感なモモコが水色の髪を揺らしながら二人の元へと駆けてくる。
「ちっ、プリンが冷めるってどういうことよ……」
ベートから離れ、髪を整えながら毒づくミリザ。対照的に我に返ったベートが立ち上がって言う。
「ミ、ミリザ。プリンが冷めるそうだ。早く行こう……」
そう言って差し出された手を叩いてミリザが答える。
「あなたって本当に馬鹿ね! 知らない!!」
駆けてくるモモコを笑顔で迎えるミリザ。
「え、なんであいつ怒ってんだ……」
甘い空気が一転、ミリザの逆鱗に触れたベート。ただ彼は立ち尽くしたまま、なぜ彼女が怒っているのか最後まで理解できなかった。




