57.エリザベス・ファンタスティック
大陸の最北部に位置するバルッサ帝国。南の国境を流れるメーガスト大河から少し先にあるレアリスの街。ベート達は聞いたこともない『序列陸位』と『序列七位』の襲撃の報を受け、自称オリジンを名乗るユウキとエリザベス兄妹の後を追って街の外へ出た。
「あ、兄貴ぃ~、本当にあの街でいいんでやんすか??」
「うむ。随分と間違えてしまったが、どうやらあれがそうですね」
レアリスの街の外。そこには情報通り二人の男が来ていた。ひとりは丸坊主で、黒い肌。服からはみ出した出腹の巨漢。もうひとりは対照的に細身の長身で、長い顎髭が特徴だ。ユウキが言う。
「エリザベス、どうだ?」
じっと二人を見ていたエリザベスが答える。
「強いマナを感じますわ! 間違いございません。あれが魔獣軍幹部ですわ!!」
その言葉に頷いてからユウキが叫ぶ。
「そこの貴様ら!! 念の為に聞く。ここに何しに来た!!!」
ユウキの大声。出腹の巨漢が一瞬ビクッとするも、すぐに長身の男が答える。
「簡単なことですよ。その人族の街を潰しに来たんです」
「そうはさせぬ! 私はオリジンの発現者でユウキ・ファンタスティック!! 黙って立ち去れば見逃してやる!!!」
オリジンという言葉を聞いて青ざめる出腹の巨漢。
「あ、兄貴ぃ~! オリジンってヤバイんじゃないっすか!?」
「戯言よ。オリジンのシンデレラ・ヴォルトは魔獣王様によって倒された。あんな若造がオリジンな訳がないですよ。ただの虚勢。魔獣軍幹部の我々が心配することなどないですよ」
出腹の巨漢がほっとした表情を浮かべる。細身の男が答える。
「私は魔獣軍『序列陸位』トリ・フェラデル、こちらは同じく『序列七位』のガリウス・ガガ! 全面降伏し、我らの奴隷になれば命だけは見逃してあげましょう」
ユウキが肩に乗せていた大きなハンマーを向け、それに答える。
「交渉決裂だな! じゃあ遠慮なくやらせてもらうぞ!! 行けっ、エリザベス!!」
「はい、お兄様!!」
ユウキの横で黙って立っていた妹のエリザベスが前に出て、持っていた黒き杖を掲げて詠唱を開始する。対するトリ・フェラデルも弟分のガリウスに命じる。
「ガリウス。やってしまいなさい。あいつらお前を『バカ』だと罵っていますよ」
それを聞いたガリウスの顔が一気に赤黒く染まる。顔から湯気を出しながら興奮気味に答える。
「ゆ、許せねえ~!! 俺はバカじゃねえ!! うがああああああ!!!!」
侮辱されたと思ったガリウスが、黒い出腹を揺らしながらエリザベスに突撃する。
「森羅万象を源にせし闇のマナよ。重圧となりて敵を潰さん! 深闇重圧!!」
エリザベスの全身から黒き闇のマナが放出。こちらに突進してくるガリウスの周りに集まり、見る見るうちにその巨漢ごと辺り一面の地面がへこんでいく。
「ぐっ、がぁああ……」
重力攻撃。使用者が少ない闇のマナが得意とする攻撃のひとつ。対象者の空間ごと強い重力をかけ自由を奪う。地面にうつぶせに倒れたガリウス。その大きな出腹が醜く加圧されていく。ユウキが笑顔で叫ぶ。
「あーはははっ!! やれやれ、いいぞ、エリザベス!!」
地面に巨大なハンマーを置き、妹の善戦に笑顔となる。対照的に兄貴分のトリ・フェラデルはまだ余裕の表情でその戦況を見つめていた。エリザベスが追加の攻撃を発動する。
「森羅万象を源にせし闇のマナよ。闇球となりて敵を潰さん! ダークボール!!」
杖を持つ左手。右手を上空に挙げ、エリザベスが詠唱する。同時に重圧で倒れているガリウスの上空で、黒きマナが球状に形成されていく。
街の門付近でそれを見ていたベートが感嘆の声を上げる。
「すごいな、あの子。同時に二つのマナを操るなんて」
キャロットも頷いて同意する。
「本当だ! それに彼女のマナ量、かなりあるね!!」
彼女の性質上、どうしてもマナ量に注目してしまう。それはモモコも似たようなもので、何度も頷きながらじっと戦いを見つめる。ただミリザは冷静にそれを見ていた。
「でも、『序列七位』って気になるわね。そんなのないとは思うけど、そこそこ自信があるってことでしょ?」
「そうだな。あの兄妹がどれだけ戦えるかってとこだな」
ベートもそれに同意する。
ドオオオオオン……
その間に、エリザベスの形成した闇の球体は巨漢のガリウスよりも大きくなり、そして静かに質量を増しながら動けない彼へと落とされた。
「がっ、ぁあああ……」
ほかのマナと違い静かな攻撃。黙々と上がる砂埃の中、周りの地面がへこんで行く不気味な光景が皆の目に映る。
「はあ、はあはあ……」
エリザベスの呼吸が荒くなる。連続同時マナ攻撃。それもかなり高位の攻撃。当然その身体にかかる負担は大きくなる。だが彼女は、まだその後方で眉一つ動かさずに戦況を眺める『序列陸位』に向けられていた。
(もう一戦、まだひとり残っている……)
彼女は見誤っていた。これまで戦ってきた獣族達と、仮にも自称だが『幹部』を名乗る者達との力の差を。ミリザが叫ぶ。
「気を付けて!!!」
後方からの声。エリザベスがそれに気付いて顔を上げると、それまで地面に倒れていたガリウスから突如、眩い光が発せられた。
「うっ、眩しい……」
強い光に手で顔を覆うエリザベス。だがその光が収まった後、彼女はそこに立つ巨大な魔獣を見て血の気が引いた。
「じゅ、獣化……」
魔獣族がその真価を発揮する獣化。エネルギー消費量が膨大な為、今では人族の姿でいる方が多くなっているが、これが本来の彼らの姿。言わばここからが本当の戦いとなる。エリザベスが言う。
「カバ、カバの魔獣族なの……?」
獣化のことは無論知っていた。だが初の幹部対戦で緊張のあまり、そのことが彼女の頭から抜け落ちてしまっていた。
元々巨漢だったガリウス。その体はさらに倍以上に大きくなり、赤黒い皮膚、はち切れそうな出腹。口からは上下四本の太い牙が突き出している。四つん這いになったガリウスが大声で叫ぶ。
「お、俺は、バカじゃねえーーーーーーーっ!!!!」
突進。叫び声が空間を揺らし、大きな足が大地を揺らす。エリザベスが慌てて杖を前に出し、高速詠唱を行う。
「森羅万象を源にせし闇のマナよ。重圧となりて敵を潰さん! 深闇重圧!!」
慣れない高速詠唱。マナの集まりも不十分。だがそれ以上に敵の突進力が抜きん出ていた。
「ウガアアアアアアアアア!!!」
重力攻撃を受けても一切減速することなく突進するガリウス。エリザベスは混乱した。巨大な赤黒い塊がまるで壊れた重戦車のように向かってくる。恐怖で動けないエリザベス。勝負は一瞬で着いた。
ドオオオオオオオン!!!
「きゃあああああああ!!!!」
最後の最後でようやく加圧された重力攻撃。直撃の寸前、ガリウスの突進力を幾分落とせたのが不幸中の幸いだった。ユウキが叫ぶ。
「エリザベスっ!!!!」
激しく吹き飛ばされた妹に駆け寄る兄ユウキ。口から血を吐き、ぐったりとする妹を抱き上げ顔を青くして言う。
「大丈夫か!! エリザベス、大丈夫か!!!」
「お、お兄様、ごめんなさい……、私、勝てなくて……」
ユウキが手を握る。そして言う。
「あとは任せろ。あのカバ野郎を私が叩きのめす!!」
「で、でも、そうしたら……」
ユウキが握った手に力を籠め、答える。
「大丈夫だ。あの細い奴など、余力でも十分戦える」
「お、お兄様……」
それでもエリザベスの兄を心配する目は変わらない。
「治療します。妹さんは任せてください」
そこへベートの指示を受けたモモコとキャロットが救援に駆け付ける。ユウキは二人に礼を言い、巨大なハンマーを持ってゆっくりと赤黒きカバの巨漢への方へと歩いて行く。
「俺は、俺はバカじゃねえ……」
全身から湯気を出し、未だ興奮収まらぬガリウス。馬鹿にされたことをずっと根に持っている。ガリウスに対峙したユウキがハンマーを向け、言う。
「この『オリジン』、ユウキ・ファンタスティックが貴様を倒す!! 許さぬぞ!!!」
ユウキから発せられる白きマナ。
第二ラウンド。『序列七位』と『自称オリジン』との闘いが始まる。




