55.帝都バルッサ襲撃
大陸の北に位置するバルッサ帝国。
南のサーマルと王国とフォレスト王国との間にメーガスト大河が流れ、東はダガレスト山脈の一部を挟み魔獣国と隣接する国。交通の不便さも重なり、謎多きベールに包まれた土地。ベート達がフォレスト王国で戦闘を繰り広げていた同じ時期、そのバルッサ帝国で異変が起きようとしていた。
国の中枢である帝都バルッサ。その上空でグリフォンに乗った二人の男。白のスーツの男が言う。
「序列参、四、伍と幹部が三人もいなくなった。残りは我らがふたりのみ。何とも情けないことよ」
そう言いながら流れる風にウェーブのかかった金色の髪を靡かせる。白のスーツに白のシルクハット。魔獣国『序列壱位』レイ・エレガントはまだ痛みが取れない顔半分を押さえながら言った。
隣に同じくグリフォンに乗る大きなマスクをつけた白髭の老人は、腕組みしたまま沈黙を続ける。
「やはり【根源たるマナ】の発現と考えるのが妥当でしょう。この私をこんな醜い姿に変えた、ああ、今思い出しても腹立たしい!! 絶対に許せぬ!!!」
エレガントはヴォルトの弟子を名乗る少年を思い出し、語気を強める。自分の可憐だった顔の半分を醜い化け物のようにした相手。絶対に許すことなどできない存在。
ふうと息を吐いた後、眼下の景色を見て言う。
「あれが帝都バルッサ。それにしてもこの程度の三流国に『序列壱位』と『弐位』が赴かねばならぬなど、なんと恥ずべきことか」
エレガントは手を額に当て天を仰ぎ、嘆く。
「だが、まあいいでしょう。そろそろ我々魔獣国の本当の恐ろしさ、人族に見せつけてやりましょう。行きますよ」
「……」
マスクをつけた白髭の老人は沈黙を保ったまま、下降を始めたグリフォンの先にある帝国城を見つめた。
ドン……
帝国城中庭。二体のグリフォンはゆっくりとその地面に降り立つ。慌てて駆けつける守備兵達。二人の男は地面に降りると、グリフォンに別れを告げてから集まった皆に言った。
「これはこれは大層なお出迎え感謝します。私は魔獣国の……」
「獣の親玉が何の用だ?」
エレガントの自己紹介を遮って現れた巨躯の男。背には二本の剣。青い短髪に溢れるマナ。一見してかなりの手練れだと分かる風貌。エレガントが被っていた白のシルクハットを取り、頭を下げて言う。
「お初にお目にかかります。私は魔獣国の……」
「だから獣の親玉が何だって聞いてんだよ!!!」
青の短髪の男が大声を上げる。後ろに控えていた守備兵達がその声に一瞬体をビクッと震わす。エレガントがやや呆れた顔で言う。
「初対面の相手に対してその態度。やはり人族というのは品性の欠片もない種族ですね。あなたもそう思いますよね?」
エレガントは黙ったままのマスクの白髭の老人に声をかける。青の短髪の男が言う。
「ひとつ聞く。ここがバルッサの帝国城だと知っての狼藉か?」
「そうです」
顔色ひとつ変えないエレガントにやや苛立ちを覚えながら短髪の男が言う。
「なら容赦はいらねえ。バルッサの要グロリアス様が細切れにしてやろう」
そう言って背にあった二本の剣を持ち構える。エレガントがシルクハット帽をかぶり直し、興味なさそうな顔で答える。
「あなたごときでは私達の相手にはなりませんよ。まあ、バルッサ制圧の余興程度にはなるかもしれませんが」
「何だとっ!!!!」
激怒したグロリアスが単騎突撃する。
この数日後、帝都バルッサが魔獣国に制圧されたとの悲報が国中に流れた。
「ふーん、じゃあベー太はそのヴォルトって爺さんに会う為に旅をしているんだ」
王都フォレストを出て、北にあるバルッサ帝国へ向かったベート達。歩きながらベートの話を聞いたキャロットが尋ねる。
「そうだ。ジジイに会って、つまらねえこと言った謝罪をしたい。だから魔獣王に会って問い詰める」
白のローブから出た朱色の髪を手で押さえキャロットが言う。
「何言ったの?」
「い、いいだろ、別に…」
「教えてよ」
「時間がねえんだ。あれからもうすぐ三か月。エレガントや魔獣王がケガから復帰する。そうだろ? ミリザ」
やや不満そうな顔で二人の会話を聞いていたミリザが冷たい声で言う。
「そうね」
「何だよ、また怒ってるのか?」
ミリザが両手を腰に当てて答える。
「別に怒ってなんかないわ!!」
(怒ってるじゃねえか……)
呆れるベート。キャロットがあることに気付いて尋ねる。
「ねえ、その指輪ってさ、ベー太とミリザお揃いなの?」
ベートの指にはめられた銀色の指輪。ミリザの指にも同デザインのピンクの指輪が光っている。シルバーナイツの要祭で国王から貰った品。モモコも尋ねる。
「ああ、そうそう、それ! 私も気になってました~!!」
ベートが顔を背け、やや恥ずかしそうに答える。
「シルバーナイツの要祭で貰ったんだよ……」
指輪を見てやや機嫌を直したミリザが言う。
「人族のカップルってさ、こういうのをするんでしょ? 私、ベートと交尾するんだけど、これはその約束ね!」
「おいおい、ちょっと待てよ……」
困った顔をしてそう口にするベート。すかさずキャロットが言う。
「交尾? ベー太って魔獣族なの?」
「違う!!」
「じゃあ、それはダメだよ。べー太はボクと結ばれるんだから。お父さんとの約束でしょ?」
「ベ、ベート様は、私の白馬の王子様で……」
「誰が馬よ!! モモコ、あなたいい加減その勘違い直しなさいよ!!」
「きゃっ!!」
ミリザの怒りがモモコに向かう。途中からそのやり取りをため息交じりに聞いていたベート。改めてミリザに聞く。
「なあ、ミリザ」
「なに? 交尾なら後にして」
「違うわ!! ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「何よ?」
神妙な顔つきのベートに気付き、ミリザが歩きながら答える。ベートが尋ねる。
「『祝福の血清』って、何なんだ?」
「……」
黙り込むミリザ。エルフ族で長寿のキャロットは聞いたことはあるが詳しくない。専門である魔獣族のミリザの言葉をベート、モモコが待つ。ミリザが言う。
「『祝福の血清』ってのはね、魔獣族の一部、ごく稀に現れる血液のことなんだけど、瀕死の者や死後数秒の間にその血をたくさん飲まされると、奇跡的な回復ができるの」
「マジか……」
初めて聞く話。シルバーナイツの国立図書館にもなかった情報だ。キャロットが言う。
「じゃあ、ボクのお父さんは……」
「そう。きっと死後直後に『祝福の血清』を飲まされたんだと思う。だからアンデッドとして蘇ったの」
「そうなんだ……」
複雑な心境。でもそれがあったからこそ、父に最後の別れを告げることができた。ベートが尋ねる。
「魔獣国でその血清を持っているのって、もしかして……」
ミリザが頷いて答える。
「ええ、魔獣王よ」
理解した。やはり魔獣王は特別な存在。獣族の頂点に立つ者である。ミリザが言う。
「これから向かうバルッサ帝国は魔獣国と隣接しているのだけど、シルバーナイツやフォレスト王国と違ってダガレスト山脈がないの。だから平地からあの国を通って魔獣国の魔獣王に会えるわ」
「ああ」
いよいよ決戦が近い。ベートの顔に緊張が走る。
「でもその前にバルッサ帝国。交通の便が悪くてあまりよく分からない国なの」
「獣族のネットワークもないのか?」
「あるようだけど、ほとんど連絡が取れていないの。ここでは期待しないほうがいいかも」
「なるほど」
そう話す皆の前にバルッサ帝国とフォレスト王国の間に流れる大河メーガスが現れる。霧で霞んで見えないが、この対岸が帝国領だ。ベートが河にかかる大きな橋を指さして言う。
「じゃあ、あの橋を渡って帝国に行こう。魔獣国も近い!!」
「うん」
ベートの声に頷く一同。だがそんな彼らに向かって、旅装束の男女が血相を変えて駆けて来た。
「た、助けてくれ!!」
「どうした!?」
橋を渡ってきたらしきふたり。真っ青な顔に全身汗まみれである。男が言う。
「は、橋の途中に野獣が、ワニの野獣が……、ぎゃああ!!!」
男は河の方からこちらに向かってくる巨大な赤いワニを見て悲鳴を上げ逃げていく。ベートが言う。
「さあ、腕慣らしだ。お前らは手を出すなよ」
「うん! 気を付けてね、ベート」
ベートは歩きながらそれに手を挙げて応える。
魔獣国幹部、そして魔獣王。これから始まる最後の戦いを前に武者震いしながら、ふっと息を止めた。




