51.『また借りるね』
森を焼く炎。それは仕掛けたレザ本人の予想を超えて広がっていた。
「いいねえ~、美しい。美しいじゃん」
暗くなった夜空を赤色に染める業火。まるでフォレスト王国軍の勝利を祝うかの如く激しく燃え上げる。
レザは作戦の絶対の成功を期し、短期間ながら念入りに準備をさせた。森の広範囲に仕掛けた発火性油。吹き付ける風、天候をも計算し、この日時を選んだ。剣の腕は三流であったが、父親譲りの狡猾さだけはしっかりと持ち合わせていた。
「すごい火だな……」
「ああ……」
燃え上がる業火を前に、屈強の王国軍もただただその様子を見つめる。広大な大森林も、油付きの業火の前には抗うことなく灰となっていく。レザが笑って言う。
「さあ苦しめ。降参しろ。お前達はこの俺が余りなく使ってやるよ……」
天をも焼くような炎。それを見つめるレザはもう戦の勝利を確信していた。
「なんてことだ……」
ローレンは燃え上がる森林を見て両膝をついて項垂れた。エルフの聖域の森を焼く行為。これはもう戦ではなく一方的な虐殺。抵抗もできぬまま敗北してしまう。
「王国軍とて、同じフォレストの民ではないのか……、この地に生きる者ならこのような酷いことなどできるはずがない……」
想定していなかった。このような禁忌。絶対犯してはならぬ領域。ローレンの目に砦の修繕の手が止まる同胞の姿が映る。
(もうあんな木製の砦を直したところで何の役にも立たない……、終わりだ……)
何千年も続くエルフの歴史。その尊厳が踏みにじられここで終わりを告げる。
「消火をせよ!! みんなで手分けして消火を!! 村だけは守らなければ!!!」
蹲るローレンの肩に手を乗せ、アイマスクの紳士が皆に叫ぶ。顔を上げるローレンに言う。
「リーダーが諦めてはならぬ。お前が諦めればそこで本当に終わり。立て、ローレン!!」
いつになく厳しい口調のマーベルト。そこには一度生きることを諦めざるを得なかった者の悔しさが滲み出ていた。ローレンが立ち上がり答える。
「そうでした。私が諦めてはいけませんね。ありがとうございます……」
ローレンが叫ぶ。
「消火を急げ!! 女子供老人を避難させ、それ以外の者は消火に当たれ!!!」
「ははっ!!」
一斉に動き始めるエルフ達。ローレンが言う。
「ありがとうございました。お見苦しいところを見せてお恥ずかしい……」
「いえ。リーダーとはいつも孤独なもの。この状況では弱気になるのも当然。私も火は苦手ですが、敵襲に備えましょう」
「侯爵殿……」
マーベルトはそう言い残すと、部下のクローバーと共に迫りくる炎に対峙するように砦の前で仁王立ちになる。だが炎の勢いは皆の想像以上に強く、あっと言う間に辺り一面を火の海と化させた。
「ローレン!!」
そこへ甲高い声が響く。振り返るローレン。白いローブ着た幼子を見て思わず声を出す。
「キャ、キャロット!? どうしてここに!!」
王都で暮らすエルフ族のキャロット。それがなぜこの緊急時にここにいるのか。キャロットが答える。
「ボクも森にいて、それで火の手を見て慌ててここに来たんだ!! どうしてこんなことに!? みんなは大丈夫??」
ベート達と一緒に獣族の拠点にいたキャロットだが、森の火事を見て居ても立ってもいられなくなって駆けつけて来たと言う。ローレンが首を振って答える。
「消火活動はしているが、まさに焼け石に水。多分ここはもう持たない。その時は諦めて避難をしなければならない」
限界だった。迫りくる自然の猛威に抗うことなどできない。覚悟はできていた。だが目を輝かせてキャロットが言う。
「ボクが何とかするよ!!」
「お前が? どうやって」
「ずっと前から言ってるけど、ボクは広域マナの使い手で……」
「きゃっ!」
ローレンがポンとキャロットの頭を叩いて言う。
「だからそれはもう分かったから。これより避難命令を出す。お前も逃げなさい」
「ほ、本当だって!! ベー太がいればボクは……、あっ、しまった! ベー太、いないじゃん!!」
慌ててひとり駆け出して来たキャロット。ベートら仲間のことなどすっかり忘れてしまっていた。
(どうしよう、ベー太がいなきゃ、ベー太がいなきゃ何もできない……)
キャロットが目の前の炎を見つめる。ひとりでは何もできない。いや、何とかしたい。どうにかしたい。そんな焦るキャロットの目に、炎に向かい対峙する長身の紳士の背中が映る。
(あれ? あれって……)
懐かしい感じ。いや、懐かしいというレベルじゃない。知っている。確かに自分はあの背中を知っている。
「うそ、あれってまさか、まさか……」
初めてその可能性を考えキャロットの体が震え始める。
「おーい!! キャロット!!」
熱波に当たり、大混乱に陥るエルフの村。その中を茶髪の少年らが駆けて来る。真っ先にそれに気づいたローレンが剣を構えて言う。
「お前は!!!」
だが思い止まる。『敵ではない』、そう話したマーベルトの言葉が思い出される。ベートが言う。
「逃げるぞ、キャロット!! この火はまずい!!」
キャロットがベートに背を向けたまま静かに答える。
「ありがとう。ベー太、また借りるね」
「え?」
両手を大きく天に振り上げるキャロット。業火により赤く染まる夜空。そんな燃える空を見ながら詠唱する。
「森羅万象を源にせしベー太の水のマナよ。癒しの雨となりて一帯を麗さん……」
夜空の合間。燃え上がる炎の隙間から徐々に雨雲が湧きだす。キャロットが叫ぶ。
「炎よ消え去れ!! 超広域的連続雨!!!」
ザザーーーーーーッ!!!!
「嘘、だろ……」
ローレンは唖然とその光景を見つめた。
降るはずのない晴天の日の雨。あっと言う間に森の上空を埋め尽くした雨雲から、優しくそして力強い雨が一気に地表に降り始め、森を焼いていた火が消えていく。
「ううっ……」
キャロットの後ろで眩暈を起こすベート。前回以上の強い脱力感。体の底からマナを持っていかれる感覚。だがマナ量お化けのベートがいたからこそ、この荒唐無稽な消火劇が可能であった。
「な、なんでだ!! なんで雨が降るんだよ!!!!」
しっかりと天気の予測をして臨んだ。雨など降る確率などないはず。突然の豪雨の前に消え去ってしまった森の炎を見たレザが叫ぶ。
「ふざけんな、ふざけんな!! くそっ!!! 一体どうなってるんだ!!」
シュウシュウと煙を上げて鎮火する大火災。あれだけの業火を放ちながら、それ以上の強烈な雨によって強制的に消されていく。レザが立ち上がり皆に向かって叫ぶ。
「もういい!! 突撃だっ、突撃せよ!!!!!」
「おおおおおおーーーーーっ!!!」
ヤケクソになった司令官の号令により、朱の悪魔達が一斉にエルフの村に向かって突撃を開始。焼け焦げた森の中を真っ直ぐに赤き集団が突進していく。
「ふうーーーっ」
エルフの村の前に仁王立ちしたアイマスクの紳士マーベルト。手にした細身の剣を持ち、小さく息を吐いた。




