5.共闘の誓い
ベートは三日三晩目を覚まさなかった。
だが常識的な観点から言えば、あれだけの大怪我を負って僅か三日で目を覚ましたことの方が驚きであった。
(あれ、俺……)
ゆっくりと目を開けるベート。知らない天井。全身の痛みに倦怠感。近くにいた看護師が言う。
「あ、目が覚めたのね! ほんとすごいマナだわ」
何のことだか分からない。ただ体を起こした彼は、ここが病院の一室であることはすぐに分かった。何名かと一緒の大部屋。そしてベッドの端で座りながら眠る銀髪の女の子の姿。看護師が言う。
「その子がずっと看病してくれてたのよ。彼女さん? 大事にしてあげてね」
看護師はそう言うと医師を呼びに部屋を出て行った。同室の患者が安堵の表情でベートに声を掛ける。それに応えながらベートは、目を閉じ眠るミリザをじっと見つめた。
(俺を助けてくれたのか……)
ぼんやりと思い出すあの戦闘。命を落としても不思議ではなかった戦い。間違いなく彼女に救われたのだろう。
「あら、本当に目が覚めたのね。さすがだわ」
看護師と共にやって来た眼鏡をかけた女性医師。やや驚きの面持ちでベートに尋ねる。
「調子はどう?」
「あ、全身が痛いです……」
嘘ではない。体の内部が、そして包帯でぐるぐる巻きにされた右腕がズキズキと痛む。医師が言う。
「まあほとんど死ぬほどの大怪我だったからね。あなた属性は水? 私と波長ばっちりだったわよ」
(水?)
ベートが少し首を傾げる。医師が続ける。
「それになんかすごいマナの量。怪我の回復はそのお陰ね。じゃあしばらく安静に」
医師はそう言うと看護師と共に部屋を出て行った。
「あの先生は水のマナの使い手なの。治療に特化した水のマナ」
ベートは顔を上げてそう話すミリザを見て驚いて言う。
「お、起きたのか?」
「ええ、さっき。あなたも目覚めて良かったわ」
まだ眠そうな顔。美しい銀髪を整えながらミリザが言う。
「怪我ってね、マナ量が多いほど、施術者のマナに反応して治りが早くなるの」
「そうか。だけど俺は無能者だぞ……」
嫌いな言葉。だがそれはそれで事実である。ミリザが答える。
「あなたは無能者ではないわ。ねえ、歩ける? 屋上で話さない?」
ミリザは周りの視線を感じ、ベートを屋上へと連れだした。
「う~ん、気持ちいい~!!」
晴れた空。屋上には心地よい風が吹いている。眼下には王都シルバーナイツの住宅街が広がる。木やレンガで作られた美しい街。この景色だけを見るに平和そのものだ。
「ねえ、お互い色々聞きたいことあるでしょ?」
ベートは風に靡くミリザの美しい銀髪に一瞬どきっとする。よく見ればかなりの美少女。これがあの魔獣族だとは信じがたい。
「ああ。あり過ぎて困っている」
「ふふ、そうね。じゃあ、あなたからどうぞ」
ベートは頭を掻きながら尋ねる。
「お前、魔獣族なんだろ? なんで人族の社会に紛れているんだ? なんで魔獣軍に追われているんだ??」
頭の整理がつかぬまま尋ねた質問。ミリザが答える。
「そう。私は魔獣族よ。魔獣王から追われているの。理由はまだ言えないわ」
黙って聞くベートにミリザが続ける。
「あなた達はほとんど気付いていないと思うけど、人族の社会に魔獣族はたくさん溶け込んでいるの。理由は様々だけど追い出された者や、私みたいに追われている者。ひっそりと暮らしているわ」
「マジかよ……」
意外過ぎる事実。ミリザが言う。
「そのネットワークのお陰で私は生きられているし、情報もたくさん持っている。そして私には目的があるの」
「目的?」
「ええ。魔獣王レイ・ガースト討伐。どう? すごい目的でしょ?」
ベートは絶句した。魔獣王レイ・ガーストと言えば人族にとっての最大の敵であり、最強の魔獣族。各国の要が束になってかかっても勝てるか分からぬ相手。ベートが尋ねる。
「なんで魔獣族のお前が魔獣王を倒すんだ?」
「それは今は言えない。ただそのために準備をしてきたの」
「準備?」
ミリザが髪をかき上げて言う。
「そう。魔獣王を倒せる唯一の力【根源たるマナ】の発現者の協力を得ること」
ベートが黙り込む。そのオリジン発現者であるヴォルトは敗北し、行方知らずになっている。ミリザが言う。
「シンデレラ・ヴォルトには何度か接触を試みたわ。でもものすごいマナの威嚇で近付くことすらできなかったの。だから決めたの」
「決めた? 何を?」
「彼に代わる次世代のオリジンの発掘。その為に一番可能性のあるあの学園に潜入したの」
国中からエリートが集まるシルバーシャイン学園。有能な人材を見つけるには確かに最も効率がいい。ミリザが言う。
「そしてようやく見つけたの」
黙るベートに驚きの言葉が掛けられる。
「新たなオリジンの使い手シンデレラ・ベート、あなたを!」
ベートが首を振って否定する。
「いや、俺は無能者で……」
「いいえ。あなたはオリジンの発現者よ。その証拠に魔獣軍『序列壱位』レイ・エレガントに壊滅的なダメージを負わせたわ」
「あっ……」
思い出されるレイ・エレガントとの戦い。一方的にやられたはずだが確かに最後反撃をした記憶がある。ミリザが興奮気味に言う。
「あれこそすべてのマナを凌駕するオリジンの力! それもベート、あなたマナ量って半端ないわよ!!」
真っ白な顔をしたミリザの頬が興奮で赤く染まる。ベートが半信半疑で言う。
「俺、本当に発現したのか?」
「したわ!」
「じゃ、じゃあ……」
ベートが右手を前に差し出し、詠唱を始める。
「ええっと、森羅万象に……」
ミリザがじっとベートの詠唱を見つめる。だがやはり何も起こらない。少し考えてからミリザが言う。
「ダメね。全然無になる無垢のマナが感じられない。オリジンは根源よ。消えるような感覚で創造するの」
(意味が分からない……)
そう思いながらベートは必死にマナを出そうと悪戦苦闘する。だが何も起こらなかった。結局今までと同じ。肩を落とすベートにミリザが言う。
「う〜ん、発動条件が不明な訳ね……」
発動条件は人によって違う。属性に呼びかければ反応する訳でもない。ミリザが言う。
「私と一緒に探しましょう」
「ふう、俺はやっぱり無能者で……」
「ねえ、私と取引しない?」
「取引?」
ミリザがじっとベートの目を見つめて言う。
「そう、取引。私の目的は魔獣王を倒すこと。あなたの目的は魔獣王と共に消えたシンデレラ・ヴォルトを探すこと。これって利害一致しない?」
「ま、まあ、そうだが……」
「あなたは間違いなくオリジンの発現者。だけどまだ完全じゃない。私はこう見えて頭は良いし可愛いし、マナにも詳しいし、魔獣族の情報もいっぱい持っている。私達、共闘すべきだわ。必ずあなたの助けになれる」
「……」
何か関係ない言葉もあった気がしたがベートは考えた。確かに今の現状を打ち破るには何かが必要だ。
「本当に俺がジジイと同じオリジン発現者なのか?」
「ええ。間違いないわ。あなたに属性は感じられないし、あの攻撃はマナによるものだし。それにマナ量もすごいはず」
ベートが決意する。ジジイに会いたい。どんな状況か分からないが、少なくともあの魔獣王に対抗する力は必要だ。
「分かった。その取引、受けるよ」
「ほんと? 良かったわ!!」
嬉しそうなミリザ。ベートは不覚にも無邪気に喜ぶ彼女を可愛いと思ってしまった。ミリザが言う。
「では、最初の目的を立てましょう」
「最初の目的?」
「ええ。まずはベート。あなたにこの国の要になって貰うわ」
「え!? か、要!?」
それは憧れだったヴォルトの地位。国内最強の証。驚くベートにミリザが言う。
「当然よ。魔獣王に対抗するには最低限の条件。それから各国の要たちに協力を仰がないとね」
「そ、そうなのか……」
いきなり大きすぎる話。ミリザと言う女、可愛らし顔の割にかなりにしっかりしている。
「あなたのお爺さん、ヴォルトさんが心配なのは分かるけど、たぶん近いうちに新しい要を決める『要祭』が開かれるわ」
「……ああ」
要祭。文字通り要の為の祭りであり、要を選出する大会でもある。
「魔獣王と、序列壱位レイ・エレガントは深手を負って数か月は動けないはず。だけど他の幹部は必ず動き出すわ。あなたも狙われる可能性も十分にある」
ベートが頷く。
「猶予は、そうね。三か月ほどかな。その間にあなたは要になり、各国の強者に助力を求める。魔獣王を相手にするってことはそれほど大変なことなの」
「たった三か月……」
これまでヴォルトと長い間鍛錬してきても発現しなかったマナ。魔獣軍の強さは体が理解している。できるのか? いや、やれなければならない。ミリザが笑顔で言う。
「私も全力でフォローするわ。一緒に頑張りましょう!!」
「ああ、頼む。俺もやらなきゃならない」
覚悟を決めたベート。そんな彼にミリザがさらりと言う。
「それから話は変わるけど、ベート。私と交尾しない?」
「はあぁああ!?」
思わず吹き出しそうになったベート。ミリザをマジマジと見つめる。
「当然よ。私達魔獣族は強いオスを求める。強い子を儲けるのが動物の本能。人族だって同じでしょ?」
「ま、まあ、否定はしないけど……」
交尾ってなんだ。いきなりのぶっ飛んだ発言にベートがたじろぐ。
「オスだって美しいメスと交わりたいと思うでしょ? ほら、私ってそれなりに魅力あるメスだと思うわ。私達、協力関係を結んだの。いいわよ、遠慮しないで」
ゆっくりと近付くミリザにベートが後ずさりしながら言う。
「い、いや、待て。そう言うのはやはり色々と感情を込めてだな……」
ミリザが頬を膨らませて言う。
「はあ、人族って面倒ね。私はいつでも大丈夫だから」
「俺が大丈夫じゃねえよ!!」
戦争孤児としてヴォルトに拾われたベート。ずっと男だけで生活して来たから、正直このような誘いにはどう対処していいのか分からない。ミリザが言う。
「まあいいわ。それと退院したら学園に戻りましょ。あそこは学びの場としては最高だから」
「ああ。任せるよ」
計画は彼女に任せる。ベートは自身が強くなることだけを考える。ミリザが右手を差し出して言う。
「よろしくね。シンデレラ・ベート」
「ああ、よろしく。ミリザ」
がっしりと握られた手。ベートに心強い参謀が生まれた瞬間だ。
「あ、あのさ……」
病室に戻りかけたミリザにベートが声を掛ける。
「なに?」
振り返ったミリザ。ベートが照れながら言う。
「遅れちゃったけど、その、助けてくれてありがとう」
ミリザが笑って答える。
「いいわよ、そんなこと。あっ、でも、じゃあお礼は交尾で」
「しねーよ!!」
「きゃははっ!!」
ベートは恥ずかしさを誤魔化す為に、更に大きな声でミリザに答えた。




