49.紳士からのお呼び出し
国外追放勧告を受けたベート達。そんな彼らの前に現れたのが、ミリザを保護する獣族の仲間。依頼しておいた人身売買についての情報を得たとのことで、早速彼らのアジトにやってきた。リーダーの老人が深く頭を下げて言う。
「お待ちしておりました。ミリザ様、オリジン様」
拠点の洞窟。揺らめく松明の光の中、数名の獣人族がベート達を待っていた。ミリザが尋ねる。
「協力に感謝します。それでどうでしたか?」
老人が頷いて答える。
「先日、王国軍とエルフとの間で戦がありましたよね?」
「ええ」
自分達も参加していた。無論知っている。
「あの戦の後に、数名のエルフが森の郊外にあるスリーデル公爵の館に連れられて来られました」
それはつまり戦争捕虜を意味する。
「その夜、多くの身なりの良い貴族が館に入るのが目撃され、その後手足を縛られたエルフ達が馬車に乗せられ館からひっそりと出て行ったのです」
「うん……」
じっと聞くミリザ。キャロットは白いローブを深くかぶったまま先ほどからずっと下を向いている。老人が言う。
「うち数台を足の速い仲間に尾行させました」
「どこへ行ったの?」
老人が一度目を閉じてから答える。
「ええ、そのほとんどが他国、サーマルト王国やシルバーナイツ、北のバルッサ帝国の国境を越えて消えて行きました」
「つまりエルフ達を捕まえて他国に売り渡しているってことね」
「そう考えるのが妥当かと。エルフは貴重種。その体は妙薬になるなどの噂もございます」
「うっ、ううっ……」
ずっと涙を堪えていたキャロットが嗚咽する。同じ同胞。どんな酷いことをされているのか分からない。モモコがそっとキャロットを抱きしめる。ミリザが尋ねる。
「どうする? ベート」
「折を見てその館に乗り込むか」
「そうね……」
国外追放を受けたばかり。ここで無理やり強引に館を襲撃したところで王国軍の反撃を受ける可能性すらある。やること、確認すべき事項はたくさんある。
そのひとつ、ベートが気になっている事項の報が舞い込んできた。
「お伝えします! 外にベート様にお会いしたいという魔獣族の者が来ていますが……」
「俺に?」
顔を見合わせるベートとミリザ。自分を訪ねて来る魔獣族に心当たりはない。ベートが立ち上がり答える。
「分かった。今行く」
ベートは洞窟の外に向かい、そしてその顔に傷のある男に面会した。
「クローバーと申しやす。我が主の、いや、あなた方には『アイマスクの紳士』とお伝えした方が分かりやすいかもしれません。その方より書状を預かってきやした」
「え? あの男の!?」
不思議な男。何者かは知らないが、育ての親であるジジイのように強く、剣術もどこか似ている男。クローバーが書状を手渡して言う。
「では、私はこれで」
「あ、おい! ちょっと待て……」
クローバーはそう言い残すと森の中へと消えて行った。手紙を開けて読み始めるベート。
「ベート! 大丈夫だった??」
心配してやってきたミリザ。ベートがやや困惑した表情で言う。
「ああ、大丈夫。あのアイマスクの紳士から手紙を貰った」
「え、本当!? で、なんて書いてあるの?」
「うん。それが今日の夕方ひとりで森に来いって」
「はあ? 何それ……」
「分からねえ……」
ベートが首をかしげる。敵か味方か。謎が多すぎる。モモコとキャロットも洞窟を出てベートの元へとやって来る。ミリザが尋ねる。
「どうするの?」
少し考えたベートが答える。
「行ってみるよ。会いたいって言うなら会ってやる。ここで考えていても前に進まねえからな」
「そうだね。気を付けてね……」
「ああ」
何かを言おうとしたキャロット。だが黙ってその言葉を飲み込んだ。
「よく来て頂けました。またお会いできて光栄です」
その日の夕方。ベートはたったひとり、指定された森の場所へとやって来た。すでに手紙の差出人である仮面の紳士は来ており、広い草原にひとり静かに佇立している。ベートが周りを見回して言う。
「俺に何の用だ?」
周りに誰もいない。本当にお互いひとりのようだ。アイマスクの紳士が答える。
「無論、決まっています。あなたを倒す為です」
「……そうか」
そう答えるものの、ベートの表情に納得の色は見えない。アイマスクの紳士は先の戦い同様、鉄の剣をベートに放り投げて言う。
「武器はこれです。よろしいですか?」
投げられた鉄の剣を手にするベート。特に細工などはないようだ。アイマスクの紳士が尋ねる。
「少しお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
剣を構えたベートが答える。
「あなたの師はオリジン『シンデレラ・ヴォルト殿』でよろしいでしょうか?」
「!!」
ベートが驚く。
「何で知ってんだ!? お前誰だよ!!」
「そうですか、そうですか……」
アイマスクのせいで表情は分からないが、その声色は嬉しそうな悲しそうなもの。
「だから、お前誰だよ!!」
なぜ自分のことを知っている? なぜヴォルトのことを知っている!?
一方アイマスクの紳士は恩師との厳しかった鍛錬を思い出す。軽く会釈して答える。
「名乗るような名はありませんよ。もうひとつよろしいですか?」
「今度は何だよ!!」
何を知っている。何を聞かれる? 構えるベートにマーベルトが尋ねる。
「一緒に行動している白のフードの子はあなたのお仲間ですか?」
「キャロットのことか? ああ、そうだが……」
一瞬アイマスクの紳士を包むオーラが優しいものへと変わる。だがすぐに覇気を出し言う。
「そうですか、分かりました。ありがとうございます。では、参ります!!」
話を打ち切るマーベルト。刹那、一瞬で姿を消したかと思うと、いきなりベートの目の前に現れる。
(速い!!!)
時刻は夕暮れ。徐々に暗さを帯びて来る景色。その中に溶け込むかのようにマーベルトは一瞬でベートとの間を詰める。
カンカン!!!
それをかわしつつ迎撃するベート。何気ない攻撃。だが重くそして速い。マーベルトが言う。
「悪くないですね。でも遅い。次は首が飛びますよ!!」
「!!」
カンカンカンカン!!!!
前にもまして速く鋭い剣戟。いきなり防戦一方になるベート。
「遅い遅い!! 腰、足!! 視線は数手先を読んで動く!!!!」
ドフッ!!!
「ぎゃっ!!」
マーベルトの鋭い蹴りがベートの腹部に炸裂。転がるように後方へと吹き飛ぶ。
「痛ってぇ……」
よろよろと立ち上がるベート。まるで稽古。一瞬ヴォルトとの日々を思い出す。
「うぐっ……」
ただなぜか一方的に攻めているアイマスクの紳士の方も苦しそうにしている。
(鬱陶しい血の盟約……、だが!!)
マーベルトはしっかりと剣を握り直し、そして言う。
「さあ、行きますよ!! 次は手加減なしです!!!」
マーベルトの剣戟が三度ベートを襲う。
「はあ、はあはあ……」
剣を杖のように付き、肩で息をするベート。どのくらいの時間が経っただろう。辺りはもう真っ暗で空には月が煌煌と輝いている。強い。今の自分では勝てない相手。これだけ呼吸が乱れればマナの攻撃も不可能だ。ただ違和感があった。
(なぜ、俺を殺さない……?)
それほどの実力。自分を殺す機会など何度もあった。その気になれば首を撥ねることなど難しくないはず。だが目の前の紳士はそうしなかった。なぜだか分からない。
「無駄が多すぎますね。相手のすべてを五感で感じ、その先数手を読む。ただ適当に剣を振っているだけでは当たりませんよ」
そしてまるで自分の欠点を指摘するような発言。何がしたいのか? ただ疲労困憊のベートにはもうすでに冷静に考えることなどできなかった。
「うぐっ……」
そして時折見せる苦しそうな表情。酷い時には膝をつき、苦悶の表情を浮かべる。
「お、おい、お前……、どうしたんだよ……?」
堪らず尋ねるベート。だがアイマスクの紳士はすっと立ち上がり、持っていた剣を自分の太ももに突き刺し答える。
「何でもありませんよ。私事です……」
ベートが叫ぶ。
「何でもねえわけないだろ!! 自分で自分を刺して、お前何がしたいんだよ!!」
「単純なことです。あなたを倒すことですよ……」
嘘ではない。血の盟約がずっと頭の中でそう叫んでいる。ベートが言う。
「だったら本気出せよ!! 本気で来いよ!!!」
マーベルトが剣を構えベートに答える。
「本気ですよ。私は、ずっと本気です!!!!」
カンカンカンカンカン!!!!!
速攻。これだけ長時間戦っているのに息も乱れないし、疲れも感じさせない。ベートは化け物のような相手にひたすら全力で剣を振った。
「残念ですが、今日はここまでのようです」
マーベルトは東の空がうっすらと明るくなるのを見てそうつぶやく。
「はあ、はあ、はあ……」
ベートは仰向けになり、まだ暗い空を見つめながら思う。
(勝てねえ。強ぇえ……、くそっ!!)
徹夜で戦ったアイマスクの紳士。だがたった一太刀も入れることができずにまた時間だから終わるという。『敗北』した。ベートは心から思った。
「なあ……」
「何でしょう?」
「何で俺を殺さない?」
剣を鞘に納めながらアイマスクの紳士が答える。
「殺さないのではなく、殺せなかったんですよ。あなたは強い」
「はあ……?」
意味が分からない。冗談なのか、馬鹿にしているのか。アイマスクの紳士が立ち去りながら言う。
「強くなりたいという思いをなくさぬよう、これからも鍛錬に励むと良いです。ではまた会いましょう」
「え? あっ、おい!!」
ベートが体を起こすともうアイマスクの紳士の姿はなかった。ドンと再び仰向けになるベート。
――強くなりたいと思う気持ちを忘れるな。鍛錬に励め!! 鍛錬だ!!
ふと思い出すジジイの言葉。耳にタコができるほど聞いた懐かしい言葉。
「あいつ、一体何なんだよ……」
ベートは正体不明のアイマスクの紳士を思い出し、知らぬ間にうとうとと眠りについていた。




