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4.覚醒

 魔獣族は、彼らが最も恐れる【根源たるマナ(オリジン)】の発現者ヴォルトを倒した。

 引き換えに魔獣王も重傷を負ったが、オリジンなき人族をもはや過度に恐れる必要はない。負傷し退却する魔獣王は、序列壱位のレイ・エレガントにある命を下した。


『王立シルバーシャイン学園を襲撃し、オリジンの弟子を抹殺せよ』


 ヴォルトに弟子がいること、その居場所は王国内で最重要機密とされていた。だが人族の裏社会に紛れ込んだ魔獣族の情報により、学園内にその弟子がいることは筒抜けであった。




「父上は慎重すぎるところがあるね」


 魔獣王レイ・ガーストの()()である序列壱位レイ・エレガントは、巨大な白虎の上で足を組みながらつぶやいた。

 魔獣族最大の脅威であるオリジンは消えた。最高学府の学園だか何だか知らないが、通常のマナ使いでは魔獣王には勝てない。側近が近付いて言う。


「エレガント様。あの森を抜けた先に学園があるのですが……」


「どうかした?」


「得体の知れぬ人族がひとり……」


 足を組み、欠伸をしかけていたレイ・エレガントの目に、その茶髪の少年の姿が映る。


「誰? マナ使い?」


「……分かりませぬ」


 レイ・エレガントは首を傾げた。





「シンデレラ・ヴォルトはどこにいる!! 無事か!? 答えろ!!」


 レイ・エレガントは驚いた。

 自分達、魔獣族の襲撃の報は届いているはず。かなめの敗北も伝わっているはず。だが目の前に現れたのは隊を編成した国防隊ではない。武器も持たない、ただの少年。


(マナ使いか? いや、妙な雰囲気はあるが違う)


 何者かは知らない。だがその勇気は警戒するものがある。



「その問いに答えてやろう。だがお前も私の問いに答えよ」


 ベートは震えていた。対峙して分かる目の前の敵の圧倒的存在感。日々、国内最強と称えられたヴォルトと手合わせして来たから感じる強者への臭覚。間違いない。奴にとって自分など地面に這うアリ以下の存在だ。


「ジジイのことを教えれば、何でも話す」


 ベートは激しく脈打つ心臓を全身で感じながら答える。真っ白なスーツを着たレイ・エレガントは、同じく白のシルクハットを手で取り会釈して言う。



「私は魔獣族『序列壱位』レイ・エレガント。君は誰だい?」


 序列壱位。それは魔獣王に従う五大幹部のうちでも最強の存在。ベートは魔獣王襲撃が嘘ではなく現実のものだとようやく実感した。


「俺はベート。シンデレラ・ベート。ジジイの弟子だ!!」


 エレガントがやや驚いた顔で尋ねる。



「ジジイの弟子? そのジジイと言うのはまさか貴国のかなめシンデレラ・ヴォルトのことかい?」


 落ち着いた口調。対照的にベートはやや震えた声で答える。


「そ、そうだ!! ジジイは、ジジイはどうなった!!」


 敗北の報は届いている。だが信じたい。まだ生きていると。エレガントは手にしたシルクハットを被り直すと抑揚のない声でベートに答える。



「負けたよ、我らが魔獣王に」


(くっ……)


 ベートが拳を握る。


「だがさすがオリジンの使い手。我が魔獣王も深い傷を負った。完治までに数か月は要するだろう。敵ながら天晴だ」


「ジジイは、ジジイは死んだのか……」


 ベートが全身の震えを押さえながら尋ねる。だがその回答は意外なものであった。



「否。死んではおらぬ」


「死んでいない!? じゃあ、ジジイはどこに……」



 エレガントはふうと息を吐いて言う。


「もうよかろう。これ以上話す意味もないし、飽きた」


「ま、待てよ!! 話はまだ……」



 エレガントは右手を差し出しベートに向けると小さく言う。


「消えろ、人族」



 ドオオオオン!!!!


「ぐわあああ!!!」


 一瞬。エレガントの手が光ったと思うと、強い閃光を伴いながら何かの熱線がベートの腕を貫通した。



(み、見えねえ……、これ、マジで死ぬ……)


 間一髪で体をひねり、心臓への直撃は避けた。桁が違う。今更ながら強さのレベルが違うことにベートは戦慄した。エレガントが言う。


「ほう、マナを使わずにあれを避けるとは意外。さあ、マナを使えよ。足掻いてみろよ、人族の子よ!!」


(くっ……)


 人族が魔獣族と戦う際にマナを使わないなどあり得ないない。圧倒的な体力差がある両種族。その差を埋めるのがマナ。ベートが拳に力を入れ詠唱を行う。



「……森羅万象を源にせし、マ、マナよ。敵を撃たん!!!」


 マナが開花していないベート。どの属性に呼びかければいいのかすら分からない。両手を前に差し出すものの、当然そこに何の変化も怒らない。エレガントが怒りの表情を浮かべ叫ぶ。



「この私を愚弄するか!! 人族の、ゴミ風情がっ!!!!」


 マナ発動の()()()だけされたエレガント。揶揄われたと思い、その怒りが一気に爆発する。



 ドフッ!!!


「ぐっ、があああああ!!!!!」


 エレガントが一気にベートとの間合いを詰め、その拳を腹部に打ち込む。ベートの叫び。辺りに鈍い音を響かせ、小さな体が吹き飛ぶ。



「が、がっ、ぁああ……」


 仰向けに倒れたベート。威力が、拳の圧が想像を遥かに超えている。



(やべ……、折れてる、腹の中の、激痛が……)


 一撃で勝負はついた。

 所詮マナの使えない無能者。魔獣族の序列壱位に勝てるはずがない。エレガントがゆっくり歩きながらベートに言う。



「要の弟子だと? 笑わせるな。大罪を犯した者には、死あるのみ」


 右手を前に突き出し、その照準をベートに合わせる。



「消えろ」



 ドオオオオオオン!!!!


 エレガントが放った熱線。先ほどより強く、激しく地面に当たり爆炎を上げた。



 死んだ。

 ベートは死を覚悟した。あまりにも無謀だった。ヴォルト敗北を聞き、自分でも制御できないほど動揺した。相手の力量も分からず突撃する無謀さ。そんなのは強さではない。ただの愚者。だからもう、無理だと思った。



「え?」


 だが、そのベートの目に映ったのは地面がえぐられ黒煙が上がる風景。耳元で()()の言葉を聞き我に返った。


「なに諦めてるのよ! 逃げるわよ!!」


 それは銀色の毛に覆われた魔獣族シルバーペガサス。ミリザと言う名前で学園に潜り込んでいた女子生徒だった。


「お、俺は……」


 逃げたくても動かない。激痛で全身が動かない。ベートの襟首を咥えたままミリザが言う。


「あいつには勝てない。だから一緒に……」



 ドオオオオオン!!!


「きゃあ!!!!」


 再び起こる爆炎。気が付くと自分とミリザが地面に倒れている。エレガントが驚いた表情で言う。



「お前は、まさかミリザ・ハニーレモンか? これは驚いた。こんな収穫があるとは思ってもみなかったぞ!!」


(ミリザ・ハニーレモン……)


 ベートは頭の中でその名前を繰り返す。聞いたことはない。ただ再び絶望的な状況になったことは理解できた。



「う、うるさいわね……」


 よろよろと立ち上がるミリザ。美しかった銀色の毛が鮮血で汚れている。エレガントが()()()に向かって歩き出し言う。


「私の妻になれ、ミリザ・ハニーレモン。素晴らしき交尾を行い、強き子を儲けようぞ」


「い、嫌だわ。反吐が出る……」


 立ち上がったミリザ。だがその体は恐怖に震えている。だが目の前の、その少年の行動に驚いた。



(えっ、な、なんで!?)


 予想外の行動。ベートが、自分より遥かに酷い怪我を負っている人族の少年ベートが、エレガントの前に立ち両手を広げている。ベートが言う。



「逃げろ。お前、逃げろ……」


 擦れた声。弱々しき声。だがその意思は強くミリザの心の奥まで響いた。



 ガシッ……


 それに激怒したエレガントがベートの首を掴み持ち上げて言う。


「ゴミのような人族が、この私の邪魔をするのか!? ゴミがゴミがゴミが!!!!!」


「ぐがっ、がっ……」


 エレガントの手に力が籠められる。ギュウギュウと締められるベートの首。さすがのミリザも恐怖で後ずさりを始める。



(く、苦しい。息、が……)


 壊れた体。詰められる首。激痛に、呼吸が止まる。再び迫った死。だがその言葉がベートの頭に甦る。



 ――強くなれ、ベート



(ジジイ……)


 ベートの目から涙が溢れ出す。自分を襲う死の恐怖。未熟さ。弱さ。愚かさ。だが誓った。ジジイに誓った。諦めない。酸欠状態の中でベートが叫ぶ。



(あんたに謝るまで、俺は死なねえぇえええええええええ!!!!!!)



 ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!



「きゃあああ!!!!」


 ミリザはいきなり起きたその爆風に吹き飛ばされ、倒れた。そして白煙が上がる中、首を上げその光景を見て唖然とした。



「なに、これ……」


 煙が消えた後、そこに現れたのは右腕から肩、顔の右半分を失ったエレガントと、地面に倒れるベートの姿。周囲の地面は深くえぐられている。



(に、逃げなきゃ!!)


 何が起こったのかは知らない。だがミリザは地面に倒れるベートの服を咥え、全力で森へと駆け出した。

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