37.馬じゃないです!
シルバーナイツ王国の北東、ダガレスト山脈の向こうに広がる魔獣国。広大な面積を有し、厳しい自然環境の下、獣族達が暮らす土地。その獣族を支配するのが魔獣王であり、その傘下の幹部達。
そのひとり『序列壱位』であるレイ・エレガントが、魔獣国王城・貴賓室に集まった二人の幹部に言う。
「ゾウとマリンがいないねえ?」
ウェーブの掛かった金色の髪。白のスーツに白のシルクハット。気品さすら漂うその最強幹部は、数が合わない幹部の顔を見てやや不満げな表情を浮かべた。血色の悪い肌の紳士、マーベルト侯爵が答える。
「それぞれシルバーナイツとサーマルトにて討たれました。恐らく【根源たるマナ】によるものかと」
その言葉を聞いたエレガントが白かった顔を赤くして答える。
「オリジン、そうか……。この私をこのような姿にした、許すまじ存在……」
『序列壱位』レイ・エレガントは先日のシルバーナイツでの戦い、「ヴォルトの弟子」を名乗る茶髪の少年との戦いで右の顔と右腕を失った。緊急治療も虚しく、その容姿の半分はフランケンシュタインのような醜い姿に変貌。可憐で気品すら感じたその美形は今はもうその面影すらない。ドンと壁を殴り二人に言う。
「まもなくこの私、そして父上の怪我も完治する。それまでに人族殲滅の障壁となる新オリジンの排除が必要だ。ふたりとも、頼みますよ」
最後はやや落ち着いた口調で貴賓室に座る幹部二人に言う。マーベルトが立ち上がり、胸に手を当て答える。
「御意。この『序列参位』マーベルトが必ずしや魔獣王様の期待に応えて見せましょう。では私はフォレスト王国へ参ります……」
そう言いながら先ほどから一言も言葉を発しないやや離れた場所に座る『序列弐位』の老人を見つめる。エレガントが言う。
「ああ、彼はね。まだ馴染んでないんだ。もうちょっと時間をくれないかな。きっとその地位に見合った強さを見せてくれると思うよ」
「……よく存じております。では」
マーベルト侯爵は無表情のまま帽子をかぶり部屋を退室する。エレガントはまだ痛みが残る右顔と右肩に触れつぶやく。
「ああ、憎き人族。ああ、憎きオリジン。あんたもそう思うだろ?」
そう言って黙って鎮座する『序列弐位』の顔を見つめる。
「……」
無言。返事のないその老人に向かって言う。
「殺してやるよ。この私よりももっと苦しんで苦しんで、生きていることを後悔するぐらいに酷い死をプレゼントしてあげるよ。くくくっ」
エレガントはそう言い残すとカツカツと靴音を立て部屋を出る。静寂。誰もいなくなった部屋にその白髭の老人だけが一人黙ったまま座り続けた。
(あ、ベートまた鍛錬してる)
サーマルト王城の中庭。早朝の鍛錬を終え、汗だくのベートを見つけたミリザが駆けつけて言う。
「おはよ。もう大丈夫なの?」
幹部『序列四位』ルシア・マリンとの戦いで負った怪我を心配するミリザ。だがベートは力こぶを作って見せてそれに答える。
「ああ、問題ない。モモコの回復はすげえよ」
上級マナ使いですらごく一部の者しか扱えない『ハイヒール』。制限があるにせよその使い手が仲間になってくれたことは非常に大きい。
「ただ条件がなあ……」
モモコの上級マナの発動条件。それは『ときめき』。ときめいた相手にしか使えないし、他の強化と併せると発動回数もぐっと減ってしまう。ミリザが不満そうな顔で言う。
「なに? そんなにあの女のことが気になるわけ? いい? ベートは私と交尾する約束なのよ。分かってる??」
「そんな約束した覚えはないぞ……」
共闘の約束はした。それがいつから交尾する約束になったのか分からない。ため息をつくベート。そんな二人に水色の髪の少女が小走りでやってくる。
「お、おはようございます!! お早いですね、お二人とも」
モモコ・フォールラブ。後世に『恋する聖女様』の二つ名で親しまれるオリジンパーティの新メンバー。初めてその名が歴史に登場するのもこの時期となる。ベートが答える。
「いつものことだよ。それより今日いよいよここを発つ。準備はいいか?」
サーマルト王からの要請と休養を兼ね、数日の滞在を王城で過ごした。ただあまり時間はない。こうしている間にも魔獣王や『序列壱位』のレイ・エレガントが再び動き始める。モモコが敬礼して答える。
「だ、大丈夫です! 準備万端です!!」
そう答えるものの荷物などほとんど皆無のモモコ。準備など特段必要ない。ミリザが言う。
「王様が馬車を用意してくれたわ。それに乗って次の目的地のフォレスト王国へ向かうわよ」
フォレスト王国はシルバーナイツの北、そしてサーマルトの東に位置する森の国。シルバーナイツからはダガレスト山脈の一端が張り出しており直接は行けない。
訪問の目的は同じ。魔獣王に対抗するために次なる国へ向かい、その要に協力を仰ぐ。ぼうっと聞いていたモモコがベートに尋ねる。
「あ、あの、ベート様……」
モモコの顔が赤くなる。それに気づかないベートが答える。
「なに?」
「あ、あの、ベート様が乗っていた、その……、美しい白馬で移動はされないのでしょうか……?」
「白馬……?」
顔を見合わせるベートとミリザ。そしてすぐにベートの顔は笑い顔に、対照的にミリザの顔は怒りで赤く染まる。モモコが言う。
「は、初めてベート様にお会いした時に乗っておられた白馬がとても美しくて……、私、だからベート様のことを『白馬の王子様』って勝手に呼んでいて……」
「白馬、白馬ってうるわいわよ!! モモコ!!」
ついに怒りが爆発したミリザがバシバシとモモコを叩きながら言う。
「きゃっ!! 痛いです!! ミ、ミリザさん、やめて……」
「くくくっ、もうそのくらいにしてやれよ。モモコに悪気はないんだぞ……」
笑いを堪えてそう言うベートにミリザがまだ収まらない怒りを露に答える。
「これが怒らないでいられる!? 何度も言うけど私は馬じゃないのよ!!」
話が理解できないモモコが尋ねる。
「あ、あの、一体どうしてミリザさんはお怒りになって……」
「ああ、実はな……」
ベートがモモコにミリザについて説明する。話を聞きながらはっと驚いた顔をするモモコ。最後は頭を下げて謝罪しながら言う。
「ご、ごめんなさい!! わ、私ミリザさんが馬だったなんて知らずに……、ほんとごめんなさい!!」
「いや、だから私は馬じゃないってば……」
天然のモモコにやや呆れるミリザ。
「ぷっ……」
そこへ笑いを堪えるベートの顔に気づき、再びミリザの怒りの火が灯る。
「あのさ、元々あなたが間違えるからいけないのよ!!」
「はあ!? なんで急に俺のせいになるんだよ」
ミリザが腕を組んで言う。
「あなたが最初に間違えたからそういう設定になってるんじゃん!!」
「ふざけんなよ! あれはどう見ても馬だろ!? 誰でも間違えるよ!!」
ミリザの髪が逆立ち、指を突き立てて言う。
「ふ、ふざけないでよ!! 私は気高きシルバーペガサス。馬なんかと一緒にしないで!!」
「馬じゃねえか! だったら聞くけどニンジン好きだろ?」
ミリザがむっとした顔で答える。
「……す、好きよ」
「じゃあ、空飛べるのか?」
「……飛べない」
「人を背に乗せて移動する動物って何て言うんだよ?」
「……馬」
「自分で言ってるじゃねえか。逆ギレもいい加減にしろよ」
「う、うるさい!! とにかく私はシルバーペガサスなの!!」
今度はベートをバシバシ殴りながらミリザが喚き散らす。モモコが、朝食の準備ができたことを告げに来た兵士にお礼を言ってから二人に言う。
「あ、あの、朝ごはんの準備ができたそうです……」
「ん?」
喧嘩していた二人が止まる。ミリザが尋ねる。
「昨日お願いしておいたニンジン料理は準備してくれてた?」
「はい!」
笑顔で答えるモモコ。ミリザも笑顔になって言う。
「そう! じゃあ、行こうか。モモコちゃん」
「はい、行きましょう!!」
残されたベート。頭を掻きながらひとり呟く。
「やっぱ馬じゃねえか」
そう聞こえぬよう言ってから二人の後に続いた。




