36.サーマルト祝勝会
サーマルト王城にある国王政務室。
来賓をもてなしたり、国策の議論をしたりする国家の最も重要な場所のひとつ。豪華な調度品が並ぶこの部屋で、その主が深く頭を下げて言う。
「すまなかった。そして心より感謝する」
国王は憚る事なく、ベートとその仲間に謝罪と感謝を伝えた。
魔獣国『序列四位』ルシア・マリンを撃破したベート。彼女がこの国に掛けていた魅了が解かれ、国王を始めとした国の中枢が遅まきながら正常に動き始めた。ベートが答える。
「だからもういいって……」
一体ここに来て何度謝罪と感謝をされただろう。名誉が回復し、要に復帰したレザリアの誘いがなければ絶対来ていない場所。
「そういかない。何か望みはないか?」
国王がベートに問う。
シルバーナイツとの戦争もマリンの裏工作だと分かり、これより国家間で和平交渉が始まる。ベートとしてはここでやるべきことは済んだ。欲しいものなどない。ただひとつお願いしたいことはあった。
「俺達はこれから魔獣国に行くやもしれない。魔獣王と戦う可能性もある。できるならばレザリアの同行を許可して欲しい」
要の協力を得る。ここに来た一番の目的だ。それにレザリアが答える。
「ベート、その件についてだが、申し訳ないが私は同行できない」
意外な言葉にベートが聞き返す。
「なんでだ!? もちろん無理にとは言わないが……」
レザリアが笑って答える。
「まあ面倒臭いってのもあるのだが、それは冗談として私が行っても役に立たない。それはお前自身が理解しているんじゃないか?」
「それは……」
口籠るベート。レザリアが先程から部屋の隅で固くなっているモモコの手を引き、ベートに言う。
「モモコを連れて行ってくれ。私よりずっと役に立つし、強い」
「え!? わ、私は……」
戸惑うモモコにベートが言う。
「ん? ああ、大丈夫だ、モモコ。お前はもう俺と来ることになっている。決定事項だ。黙って俺について来い」
キュンキュンキュン!!
モモコの胸が早鐘のように高鳴る。
「は、はい! モモコはずっとベート様に付いて行きます!!」
さすがにそれを聞いたミリザがむっとした顔で言う。
「ちょ、ちょっと!! ベートは私のものなの!! 誰にも渡さないんだから!!」
腕に手を絡め、モモコを睨みつけるミリザ。モモコが慌てて答える。
「そ、そんなつもりは!? 私はただずっとベート様と一緒にいて、ご飯とかもあ〜んとかやったり、二人で沐浴とか、それで小さいながらも街の郊外に家を持って、子供は三人ぐらいで十分で……、あ、でもベート様が望むならもっといても私は……」
「キィーーーーっ!! 何それ!? ベートと交尾するのは私なの!! 私っ!!」
ミリザが顔を真っ赤にしてモモコと張り合う。口を押さえて笑うレザリア。ベートも首を振ってため息をつく。微笑みながら見ていた国王が言う。
「さて、ではホールにて祝勝会の準備ができたようだ。みんな英雄を待っている。一緒に来て貰えるかな?」
(え、祝勝会? 英雄!? みんな!?)
嫌な予感しかないベート。部屋を出る国王の後に続いて歩く内に、だんだんお腹が痛くなってきた。
一方、王城大ホールにでは国に巣食っていた魔獣族幹部を撃破した要レザリア、並びに隣国の要であり『新オリジン』だと言う英雄の登場に皆が興奮を隠せないでいた。参加した貴族がいう。
「騎士団全滅も魔獣族の仕業だって聞いたよ」
「そうそう。でもオリジン様が倒してくれたんだよね。どんな人かしら?」
集まった貴族、そして騎士団員達が悲しみを抱えながらも、新たな国の船出に目を輝かせていた。
「おい、ジェット! 早く食事を運べ!!」
「あ、はい! すみません!!」
ホールの片隅。騎士団の下っ端であるジェットも『給仕係』としてこの祝勝会に参加していた。料理やワインを運びながら思う。
(くそっ、本当は俺もあの壇上に上がるべき男なのに……)
遠くに輝く来賓のステージ。強さと栄誉を持つ者だけがあそこに立つことが許される。
「お待たせしました! それではシルバーナイツの要であり、新オリジンのシンデレラ・ベート様のご登場です!!」
拍手。割れんばかりの拍手の中、サーマルトの要レザリアを先頭に、茶髪の少年や銀色の髪の美少女、そして水髪のおさげの女の子が現れる。興奮する貴族や騎士団員。国を救った英雄達にあちこちから歓声が湧き起こる。
(ちっ、どんな奴だよ。英雄様ってのは……!!)
壇上に目をやったジェット。その体が固まる。目に映ったのは信じられない光景。ジェットが思い出す。
(お、おい!? あれってゴレッタ村で俺が頭を殴ったガキじゃねえか!! 嘘だろ!? あいつオリジンだったのか……)
シルバーナイツの要でありオリジン。国王や騎士団長が何度も頭を下げて感謝を示す人族の英雄。さらに水色の髪の少女を見て、ジェットは持っていたワイングラスを落としそうになった。
(あ、あの娘!! あれは……)
どこかの村で適当に言いくるめて、いかがわしい事をしようとした女の子。オリジンパーティの一員だったとは。
(こ、殺される。あんなことがバレたら、俺は死罪確定だ……)
ジェットが顔を青くして床を這うようにして会場を出ようとする。絶対に会ってはならない相手。身を隠そうとジェットがひとりトイレへと向かう。
「もお、またお腹壊したの〜? ほんとプレッシャーに弱いんだから」
「ベート様、大丈夫ですか!? モ、モモコがいますから安心してください」
時を同じくして人前で緊張していたベートがいつも通りにお腹を壊し、ミリザとモモコに肩を支えられトイレにやって来ていた。ベートが青い顔をして言う。
「す、すまん。マジで出そうだ……」
「最悪ぅ……、ここで出さないでよ」
ミリザが首を振る。
「あっ」
「あ!」
そんなベート達がトイレの前で這うようにして移動していたジェットに気付いて声を出す。
「お前、騎士団の……」
ジェットが床に頭を擦り付けて謝罪する。
「ヒィーーーー!! ご、ごめんなさい! あの時は、その……、すみませんでした!!」
「いや、別にいいんだけど……」
そう答えるベートとは別に、モモコがその人相の悪い顔を思い出して言う。
「あー、この人。モモコを連れ去ろうとした悪い人だ!!」
「はあ?」
「ぎゃっ!!」
ジェットが泣きそうな顔で許しを乞う。
「ごめんなさい、ごめんなさい! まさかそんな偉い人達だとはつゆ知らず……、本当にごめんなさい!!」
顔を見合わせるミリザ達。ベートが言う。
「わ、分かった水に流してやる。その代わり……」
何かの要求。オリジンの要求。きっと法外なことに違いない。ジェットの顔に脂汗が浮かび上がる。ベートが言う。
「悪い! トイレ、先使わせてくれ!!」
「……」
ベートが尻を押さえながらトイレへと消えていく。苦笑するミリザ。心配そうなモモコ。対照的にジェットは魂の抜けたような顔でその場に倒れ込んだ。
魔獣国にある王城中庭。
美しく可憐な花が咲くその庭園に、『序列参位』のマーベルト侯爵がひとり立つ。血色の悪い肌。片手にはすっかり冷めてしまった紅茶。どんより曇った空を眺めながらひとりつぶやく。
「お約束の時間ですが、マリン殿はいらっしゃらないですね。それはつまり……」
オリジンに討たれた。そう言い掛けて言葉を飲み込む。マーベルト侯爵がティーカップに口をつけてから言う。
「どうやら次は私の番のようです。新しきオリジン。正々堂々戦いましょうか」
マーベルト侯爵は飲みかけのティーカップをテーブルに置くと、そのまま静かにその場を去って行く。誰もいなくなった庭園。まるで嵐の前の静けさのような静寂がそこに広がった。




