31.レザリアの涙
「なあ、レザリア。大丈夫か?」
ベートはひとり馬に乗りボフラ火山へと登るレザリアを心配そうな顔で尋ねた。美しかった黒髪は汚れ、タイトなドレスも至る所が破れて痛々しい。レザリアがややきつそうな表情で答える。
「ああ、正直心のどこかで面倒臭いと思うところもあるが、まあこれが私だ。移動程度なら問題ない」
魔獣国『序列四位』ルシア・マリンの配下、ダンディゴリラのゴルノを撃破したベート。レザリアの弟を連れ去ったと言う火鳥の元へと一緒に向かうこととなった。
彼女の怪我もサーマルト騎士団が持っていた上級ポーションのお陰で少し動けるまでに回復。騎士団員は麓に残し、ベートとミリザ、そしてレザリアの三名で火鳥が棲む山頂を目指す。ベートと一緒に馬に乗るミリザが言う。
「でもさっきも言ったけど、火鳥ってそんな野蛮な鳥じゃないんだけどな……」
火鳥は魔獣族の中でも比較的おとなしい種族。人族の子を攫って危害を加えることなど考えられない。レザリアが言う。
「ではなぜ、私の弟は連れ去られたのだ?」
「う~ん、分からない……、何か理由があったのかな……?」
決して知能も低くない火鳥。もしかしてマリンの魅了にやられたのだろうか。考え込むミリザにベートが言う。
「会ってみりゃ分かるだろ。万が一の場合は戦う覚悟もできている」
「うん……」
これ以上獣族の蛮行は見たくない。ミリザはため息とともにその小さな胸を痛めた。レザリアが遠くを見つめて言う。
「あれが山頂か? 赤い鳥が見えるぞ!!」
「本当だ」
遥か先、山の頂付近で数羽の鳥が旋回しているのが見える。まるで何かを見張っているよう。堪らずミリザが馬から飛び降り駆け出しながら言う。
「私、ちょっと先見て来る!!」
同時に強い発光を放つミリザ。獣化。美しい銀色のペガサスとなり勢いよく駆け出す。レザリアが驚いて言う。
「なっ!? あ、あいつ、獣族だったのか!?」
確かにゴルノと戦っていた時に馬らしき獣族がいたような気がする。意識朦朧で忘れていたがまさかあの女が獣族だったとは思いもよらなかった。ベートが言う。
「ま、まあな。でも悪い奴じゃないから……」
ベートが顔を引きつらせながら言う。
「まあいい。シルバーナイツの要が連れているんだ。私がとやかく言うことではない。面倒だし」
苦笑するベート。そして先に山頂へ向かったミリザに合流する。
「ベート、分かったよ!!」
人族の姿に戻ったミリザが嬉しそうに言う。
彼女の後ろには人よりもずっと大きな赤く燃えるような魔獣族、火鳥が数体羽を休めるようにこちらを見つめている。火山ではあるが休火山のため熱くはないが、黒々とした溶岩の大地が特別な景観を作っている。レザリアが堪らず声を上げる。
「何が分かったんだ!? 一体なぜ火鳥は私の弟を……!!」
そう口にしたレザリアは、溶岩の大地の向こうから一生懸命駆けて来る小さな男の子を見て固まった。
「……マーク? マーク!!!」
それは彼女がずっと探していた大切な弟マーク。目に涙をいっぱい溜めて姉のレザリアの胸へと飛び込む。
「うわーーーん、お姉ちゃん!! 会いたかったよ!!!」
「マーク、マーク、マーク!!!」
レザリアも久しぶりの弟との再会に声を上げて泣き喜ぶ。状況が理解できないベート。更にたくさんの子供達がやって来て、抱き合う二人を嬉しそうに見つめている。
「なあ、ミリザ。これはどういう事なんだ?」
それを聞いていた、長く立派な冠羽を持つ火鳥が答える。
「この子達は我々が保護した子供達なんだよ」
「保護?」
火鳥を見上げそう尋ねるベートにミリザが説明し始める。
「あのね、実はね……」
ミリザの説明を聞いてベート達はようやく合点がいった。
火鳥は戦闘力こそ高いものの、もともと温厚な獣族。人族の子を保護したのは偶然見つけた孤児が始まり。戦争で親を亡くした子供を一羽の火鳥が連れて来てから、次々と各地の不幸な子供達を連れてくるようになった。
以降、母性愛が強い火鳥は種族を超えて泣き叫ぶ子供達をここに集めて保護していた。中には暴力を受ける子供だったり、酷い奴隷にされた子供もいる。
「マークは? マークはなぜ……」
そう尋ねたレザリアの問いに、火鳥が答える。
「その子は森で野獣に襲われていたんだ」
その日、仕事に出たレザリアを見送ったマーク。だが彼女が忘れ物をしたことに気付き、慌てて後を追いかけ森に入った。だが子供の足。とても追いつくことなどできず迷ってしまう。そこを野獣に見つかり襲われていたと言う。
偶然、火鳥が救助したのだが、どこから来たのか分からなくなり仕方なくここで保護することとなったらしい。
「でもここは楽しかったよ!!」
マークが笑顔で言う。何せ同じぐらいの子供がたくさんいる場所。食事も火鳥がきちんと用意してくれており、何より身の安全が保障されている。姉に会えなくなった寂しさはあるがマークは新しい生活にすっかり慣れてしまっていた。
レザリアがマークを抱きしめ涙を流しながら言う。
「そうか、私のせいだな。ごめん、マーク……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん!!」
その様子を笑顔で見つめるベートとミザリア。ひとつの区切りがついた。最愛の弟マークが居なくなり、その姉のレザリアが要にまでなって探した一連の出来事。幸い彼は生きており、楽しい時間を過ごせていたようだ。火鳥がミリザに言う。
「シルバーペガサスよ。ひとつ聞きたいのだが、そちらの人族はまさか……」
火鳥がベートを見つめながら尋ねる。魔獣族でも高い知能と感性を持ち合わせた火鳥。すぐにベートのマナを感じ取っていた。ミリザが答える。
「そうよ。彼はオリジン。シンデレラ・ヴォルトの後を継ぐ者よ」
「!!」
それを聞いた火鳥のリーダー並びに、その他鳥達がベートの元に集まり頭を下げて言う。
「オリジン殿。獣族の、世界の安寧をお頼み申す」
「え? な、なに!?」
戸惑うベート。これまで散々戦ってきた獣族だが、こうやって頭を下げられるのは初めて。ミリザが言う。
「オリジンってのはね、本来そう言う立場なの。私達獣族は本能的にオリジンを畏怖するし、オリジンはその力で世界の安寧を保たなきゃならないの」
火鳥が続ける。
「そう。だが魔獣王なる無礼者が現れて以来、それに従う愚かな獣族が増えてしまった。本当に恥ずべきことだ……」
「そうだったのか……」
ベートは納得する一方、魔獣王の強さと威厳の高さを思い知る。レザリアに言う。
「そうだ、レザリア。俺は魔獣国に行かなきゃならない。もしかしたら魔獣王と戦うことになるかもしれん。そこでお前にも一緒に来て欲しい。サーマルトの要として」
レザリアが驚いた表情を見せる。少しの間。何かを考え口にしようとした時、それは起こった。
「ベート、私は……」
ドオオオオオオオオオオン!!!!
「ギャアアアアアア!!!!」
「な、なに!?」
突然の爆音。耳を塞ぎたくなるような重低音。砂埃舞う山頂広場に、その悍ましい光景が広がった。
「お、おい。なんだ、誰だよお前……!?」
それはリーダーだった火鳥が血を流し倒れる光景。その体の上には真っ白いまるで猫のような美しい女性が立ち、血に染まった自分の爪をぺろぺろと舐めている。
一突き。あの戦闘力の高い火鳥をたった一突きで絶命させた。ミリザが青ざめて言う。
「マ、マリン……、ルシア・マリン……」
「!!」
ベートがその名を聞きネコの獣族を睨みつける。マリンが可憐な尻尾を左右に揺らしながら言う。
「やだ~、ほんと悪い子たちがこんな所に集まって~。私のゴルノちゃんも倒しちゃうしー。マリン、激おこぷんぷんだよ~」
ベートが身構え言う。
「みんな、逃げろ。あいつ、まじでヤべえ……」
滲む汗。重圧で体が冷たくなる。マリンが辺りを見渡して言う。
「お仕置きの時間だよ~、マリンがみ~んな……、こ・ろ・し・て・あ・げ・る」
魔獣国『序列四位』ルシア・マリン。その力がついに解放される。




