30.獣族の本能
魔獣国幹部の一人『序列四位』のルシア・マリン。攻撃対象国はサーマルト王国。その配下で側近である魔獣族ダンディゴリラのゴルノは、突如現れた茶髪の少年に対峙し油汗を流していた。
(ど、どうなっているのです!? あんなに小さいのにものすごく大きく感じる……)
簡単に捻り潰せそうなほど小さな人族。巨漢で筋肉自慢のダンディゴリラなら、苦も無く倒せるはず。だが違う。何か違う。まるで本能が戦うことを拒否しているような感覚。
(そんなはずはない!! 私がただのマナ使に負けるはずなどないっ!!!)
ゴルノは息を大きく吐き、咆哮を上げながらベートに突進する。
「ウホオオオオオ!!!!」
丸太のように太い腕。握りしめた拳に力を込め仁王立ちするベートに殴り掛かる。
ドオオオン!!!
衝撃。激音。ゴルノの右腕が地面を殴り大地が揺らぐ。すっと横にかわしたベートが息を止めたまま言う。
(爆ぜよ)
ド、ドドドオオンン!!!!
「グガアアアアア!!!!」
爆発。再び起こった不意の爆発に思わずゴルノが尻もちをつく。ベートが大きく息を吸い、再度口を閉じ念じる。
(渦巻け!! ファイヤーストーム!!!)
ゴオオオオオオオオ!!!!
「ギャアアア!!!!」
熱い。突然身の回りに沸き立った白い炎の渦に巻き込まれたゴルノ。辺り一面に響く悲痛な叫び声。間髪入れずにベートが右腕を大きく上に上げ、一気に振り下ろす。
(砕けろ!! アイスロック!!!)
白銀の氷塊。ゴルノの頭上に現れた巨魁。太陽の光を浴びて白く光るマナの塊が勢い良くゴルノに落とされる。
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「グガッ、ァアアア……」
ゴルノは一体何が起きているのか分からなかった。詠唱もなしに次々と放たれる連続マナ攻撃。圧倒的なマナ量。底知らずの破壊力。抵抗もできないまま防戦一方となる。
(ベートすごい!! 戦う度にどんどん強くなっている!!!)
倒れたレザリアの治療を行いながら、その様子を見ていたミリザが驚く。ベートの戦闘センスの高さは知っている。だけどマナが発現して以来、実戦で戦う度に彼の強さがどんどん上がっているのが分かる。
同じくミリザに介抱されていたレザリアも驚いていた。
(い、一体何者なの……? あのゴリラを一方的に、嘘、信じられない……)
仮にも自分はサーマルト王国の要。『氷結の腕輪』を使って能力アップした自分ですらあのゴリラには手も足も出なかった。それなのに一体どういうことなのか。レザリアがミリザに尋ねる。
「あ、あの、お前達は、一体何者、なんだ……?」
ミリザが笑顔で答える。
「彼はね」
ベートの背中を見て答える。
「オリジンって言う、私の旦那さんだよ」
この状況でなければ笑っていただろう。だけどあの強さは本物。人族を救うオリジンの出現。レザリアの目に自然と安堵の涙が溢れ出た。ベートが言う。
「おい、クソゴリラ。もう諦めろ。お前じゃ勝てねえ」
「はあはあ、クソ……」
ゴルノは全身ボロボロになりながらもまだ戦意は失せていなかった。この体はルシア・マリンに捧げたもの。要抹殺と言う任務を果たすまでは倒れる訳にはいかない。
「小癪なガキが……」
ゴルノが牙の生えた口を大きく開け、辺りに漂う黒きマナを集める。
(マナ攻撃?)
ベートが身構える。ゴルノは口元に集まった丸くて黒いマナを一気に放出。ベートに向かって飛ばした。
「消え失せろ!! 黒き全消去攻撃!!!」
ゴルノの得意攻撃。直撃したものを黒きマナにて消滅させる物理法則を無視した攻撃。一部の魔獣族にしか使えない上級スキル。これを食らったら無傷では済まない。渾身の攻撃を放つゴルノ。ベートが息を止め叫ぶ。
(爆ぜよ!!!)
ドオオオオオン……
「なっ!?」
ありったけの力を振り絞って放ったマナ攻撃が再び空中で爆発。白き煙と黒き煙が混ざり合い空に舞う。そして脱力感で固まったゴルノの目に、宙に浮かぶ無数の青白い氷の槍が映った。
ずっと息を止めたままのベート。マナ量はまだ十分余裕があるが息が持たない。右手を前に差し出し内心叫ぶ。
(これで諦めろ!! 多段氷槍!!!!)
ドン、ドドドドドン!!!
勝てないと思った。
何本もの氷槍が体に突き刺さる中、ゴルノはこの人族には絶対に勝てないと思った。ドンと音を立て後ろに倒れるゴルノ。獣化が解け、人の姿になり空を仰いで思う。
(オリジン。そう、あいつはきっとオリジン……)
その答えは彼の本能が教えてくれた。対峙した時から感じていた恐怖。それは『絶対に戦ってはならない相手』と言う警告を発した獣族の本能。ミリザがベートに叫ぶ。
「ベート!! そいつはきっとルシア・マリンの側近のダンディゴリラだよ!!」
歩きながら近付いたベートが、倒れたゴルノを見下ろしながら言う。
「おい、ゴリラ。二度と俺達に近付くな。いいな?」
「……」
ゴルノは仰向けに倒れたまま目を閉じた。恐れていた事態。サーマルト王国にオリジンが現れた。放っておけば主ルシア・マリンにも危害が及ぶ。だけど動けない。言葉を発する力すらない。オリジンとはこれほど強力なものなのか。ゴルノは目を閉じたまま意識を失った。
「大丈夫か?」
ミリザに介抱されていたレザリアにベートが声を掛ける。かなりの重傷だ。だが幸い命に別状はないようだ。レザリアが答える。
「多分、問題ない。それよりお前は、オリジン、なのか……?」
ベートがミリザと顔を合わせて答える。
「ああ、シルバーナイツから来た。お前、サーマルトの要なんだろ? 俺もシルバーナイツの要だ。お前に頼みがある」
レザリアが苦笑して答える。
「私にできることなら何でもする。だがその前に私の願いを聞いてくれないか……?」
ベートとミリザ、ふたりはレザリアがなぜボフラ火山に向かうのか、そこに何かあるのかを知った。
とある街。ゴレッタ村郊外でキラーパンサーもどきに敗北したジェットが、街ギルドに来てぶつぶつ文句を言っていた。
「くそっ、弱い冒険者ばかり集めやがって!!」
上級ポーションを惜しげもなく自分に使い、早馬で這う這うの体で逃げてきたジェット。無論雇った仲間は見捨てて自分だけ逃げ帰った。まだ痛む体に触れながら言う。
「どうしてこのジェット様がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!! イライラする!!」
それでも彼は王国騎士団員。限られた者にしか与えられない青色の鎧は見る者に威圧を与える。そんな彼の耳に可愛らしい少女の姿が映る。
「あ、あの、ここの冒険者に『ベート』って言う方は居ませんでしょうか……?」
水色の三つ編みのおさげ。まだあどけなさが残る少女がカウンターに立って何か聞いている。子供っぽいが、体は出るところは出ていて何ともそそる。ギルド職員に門前払いされる少女の前にジェットが立ち、声を掛ける。
「お前、誰か探しているのか? 俺は何でも知っているぞ」
その水髪の少女モモコ・フォールラブをじっと見つめたジェットが思う。
(悪くねえな。こいつを誑かせて、くくっ、楽しませてもらおうか……)
イライラの絶頂だったジェット。目の前に現れた子猫のような少女に否が応でも興味を惹かれる。モモコが答える。
「本当ですか!? お、おじさん、ベート様を知っていますか?」
(お、おじさん!? いや、それよりベートってどこかで聞いたような名前だな……?)
はっきりとその名が思い出せないジェット。モモコの腕を掴み強引に椅子に座らせて言う。
「ああ、知っている。知っているが、あいつに何の用だ?」
モモコがパッと顔を明るくして言う。
「うそ、嬉しい!! わ、私、どうしてもベート様に会いたいんです。私の王子様なんです!!」
(メンヘラかよ? まあいい。この手のタイプは強引に行けば落とせるぜ……)
ジェットが再びモモコの腕を掴み、醜い顔を近付けて言う。
「そんな訳の分からねえ奴より、この騎士団員ジェット様の相手をしな。楽しいこと教えてやるぜ。さあ来い」
「え!? あ、あの、ちょっと、やめてください……」
周りにいた冒険者が幼い少女に絡む騎士団を不可解な目で見つめる。野蛮でプライドの高い冒険者も多いが、さすがに騎士団を止める者はいない。
モモコが抵抗し、思わず机にあったコップの水をジェットに向けて勢いよくかける。
バシャ!!
「なっ!?」
ずぶ濡れになったジェット。一気に顔を赤くして大声で怒鳴る。
「ふ、ふざけんな!! このクソガキ!!!」
「ごめんなさい! さようなら!!」
モモコはジェットが腕を離した隙に駆け足でギルドを出て行く。濡れた顔を拭き追いかけようとするジェットだが、その前にギルド職員が立ちはだかった。
「ここはギルド。騎士団とは言え揉め事はご法度ですぞ」
「う、うるさい!!」
そう答えたジェットの目に屈強のギルドお抱えの冒険者が現れる。職員が言う。
「ちょっとお話を聞きましょうか。さあ、こちらへどうぞ」
「ちょっと、待て!! 放せ!! 俺は騎士団のジェット様だぞ!!」
職員達が抵抗するジェットの両肩を押さえギルド奥へと連れて行く。ここではよくある風景。冒険者達は再びクエストの張り出された掲示板をじっと見つめた。
(ベート様、私負けませんから!! お会いできるまでずっと頑張りますから!!)
この広い国で諦めず必死にベートを探すモモコ。そんないたいけな彼女の願いは間もなく叶うこととなる。




