3.ツンデレ・ミリザ
「要のシンデレラ・ヴォルトが敗北!! 配下の『序列壱位』レイ・エレガントが学園に向かって進軍中!!」
その一報にシルバーシャイン学園は大混乱に陥った。国内最強の騎士。国を守る大黒柱。それが敗れ、その第一の手下がこの学園に向かって来ていると言う。
「ヴォ、ヴォルトさんが負けた!?」
「要の敗北って、やべえんじゃねの!?」
動揺する生徒達。要の敗北とは国民の心をへし折るほどの意味を持つ。学園の教師たちが大声で避難を呼びかける。
「至急、避難を!! 生徒達は今すぐここから脱出しなさい!!」
なぜ学園に向かって魔獣族が進軍しているのか分からない。だが教師たちの焦りを見た生徒達は我先と逃げ始める。
(ジジイ、あんたが負けるなんて、俺は認めねえぞ……)
だがただ一人、逃げ行く皆とは真逆の方向へ駆けだす生徒がいた。茶髪の生徒、シンデレラ・ベート。国防の観点から要の弟子については公にされていない。ベートは震える足に力を入れ学園を飛び出す。
「この目で確かめる。あのジジイが簡単に負けるはずがねえ!!」
ベートが魔獣軍が迫って来ていると言う森の方角を見つめる。行って何になる? 要が負ける程の相手。マナも使えない人間が行ったところで返り討ちに遭うのは明白。だがそんなことはどうでも良かった。
(会ってジジイを助ける。そしてきちんと謝る!!)
駆け出そうとするベート。そんな彼の前にひとりの銀髪の女生徒が立ちはだかった。
「待って!!」
「!!」
足を止めるベート。すぐに言う。
「何だ、お前! 邪魔するな!!」
美しい銀髪の美少女。綺麗な顔立ち。ベートは彼女がミリザと呼ばれた先日助けた人物だと気付かない。ミリザが言う。
「魔獣軍の所へ向かうの?」
「そうだ。だからお前に構っている暇はねえ!!」
走り出そうとしたベートの前でミリザが両手を広げて言う。
「私も行く。あなたを乗せて行ってあげる」
「……はあ?」
意味が分からないベート。一刻を争う事態。意味不明な問答などしている時間はない。
「邪魔だ。俺は急いで……」
そう言いかけたベートは思わず口を開けて黙り込んだ。
「おい、お前、それって……」
両手を広げたミリザ。彼女が目を閉じると眩いばかりの光を発し、輝きながら体が変形。そして瞬く間に背中から翼の生えた銀毛のペガサスへと変化した。美しい毛並み。可憐な装飾を施された品のある姿。ベートが驚きながら言う。
「お前、まさか魔獣族……」
銀毛のペガサスとなったミリザは頷き答える。
「そうよ。私は魔獣族。訳あって人族の社会に紛れ込んでいるの」
魔獣族を頂点とした獣族の社会。その次の猛獣族までは一部、人の姿に変化する能力を有する。人語を話し、人族の社会に入り込むこともある。故に人族はその対策を昔から行ってきた。魔道具、マナを駆使し徹底的な調査に検問。今では魔獣族がこの国にいることなど特例を除き考えられない。
「なんで魔獣族が学園に……」
「そんなことは今はいいわ。急ぐんでしょ? 私の背に乗って」
ベートは戸惑った。魔獣族は敵。人族と対峙する種族。一般には相容れぬ存在。ミリザが言う。
「何を悩んでいるの? その足で走って行くつもり??」
学園の横に広がる深い森。その先には魔獣族の侵攻を防いでくれるダガレスト山脈まで連なっている。ベートが言う。
「分かった。乗せて行って貰う」
なぜこの状況でベートは魔獣族と行動を共にしたのか。のちに考えてもその明確な答えは出なかった。
そして同じくこの魔獣族の少女ミリザも自分自身に戸惑っていた。
(どうして彼と一緒に行くことにしたのかしら。分からない……)
理解できぬ自身の行動。マナも使えない無能者。彼が行ったところでほぼ間違いなく殺される。
「乗ったぞ! さあ、行ってくれ!!」
ベートが跳躍しミリザの背に跨る。瞬間ミリザの全身に寒気が走る。
「きゃっ! ちょ、ちょっと首筋触らないでくれる!? そこ、苦手なの!!」
「え? な、なに言ってんだ。お前、馬だろ? じゃあどこを掴んでも……」
その言葉を聞いたミリザが首をひねり、ぎっと睨んで言う。
「私、馬じゃないわ!! シルバーペガサス。いい? シルバーペガサスなの。馬と一緒にしないでくれる!?」
「同じだろ! それより早く行けよ!!」
ミリザはプイと前を向いて投げ捨てるように言う。
「あなたって本当にどうしようもない男ね! だから無能者ってバカにされるのよ!」
「う、うるさいな! それとこれとは関係ないだろ!!」
ベートがミリザの首筋を両手で掴む。
「きゃ!! だ、だから、そこはやめてって。お願いだから……」
(何だよ、全くこの馬娘は……)
ベートが別の場所を掴み直し、ミリザに言う。
「さあ、いいぞ。飛んでくれ」
快調に駆けだしたミリザ。だがベートの言葉には無言となる。
「おい、なにやってんだ。早く飛べよ!」
「う、うるさいわね! 私、飛べないの!!」
「はあ!? 飛べない!? じゃあなんでこの翼がついてるんだよ!!」
「いいでしょ!! あなたには関係ないわ!! 黙って乗ってなさい!!!」
ミリザの背に乗りながら首をひねるベート。
だがペガサスの足は速く、高速で森を駆け、進軍してきた魔獣族が見える場所へとあっという間に到着した。
「ありがとう。助かった。じゃあ」
遠くに見える魔獣族の軍を前にミリザから降りたベートがお礼を言う。慌ててミリザが尋ねる。
「じゃあって、あなたこれからどうする気?」
ベートがじっと魔獣族を見つめて答える。
「ジジイ……、いや、要のシンデレラ・ヴォルトがいるかどうか確認してくる」
「確認って、あなた今こちらに向かっているのが誰だか知ってるの?」
ベートが首を振って答える。
「良く知らねえけど、多分俺の敵だ」
「知らないって、あなた。あれは魔獣族の中でも魔獣王に次ぐ実力を持つ『序列壱位』レイ・エレガントよ! あなたなんて瞬殺されるわ!!」
「そうか。魔獣王じゃないのか。お前、やっぱ詳しいな」
「そ、そんなことより……」
ヴォルトを倒したのが魔獣王。できればその魔獣王に直接問いただしたかった。ベートはこちらに迫って来る魔獣族の軍勢をぎっと睨み言う。
「じゃあ、あいつに聞いて来る!!」
「あ、ちょ、ちょっと待って……」
ミリザが止めるよりも先にベートは駆け出した。マナも使えない無能者がたったひとり魔獣族の軍勢に立ち向かう。ミリザは体の震えが止まらなくなっていた。
「全軍、止まれ!!」
魔獣族の先頭、大きな白虎の背に足を組んで乗っていた白きスーツを着た男が、後方の部隊に命じた。
ウェーブの掛かった金色の長髪。白のスーツに白のシルクハット。上品ささえ漂うその魔獣族の紳士は、たった一人こちらへ向かって来る人族の少年に気付き首を傾げる。
(なんだ、あれは? まさかあれが……)
男は大きな白き虎の背から飛び降りると、心配した部下達を手で制しその少年を待つ。
(あれが魔獣族。確かにやべえ奴らだ……)
ベートは目前に迫った魔獣族の軍隊を見て思った。
先頭には巨大な白虎に乗った白のスーツを着た男。その後ろには様々な猛獣、野獣の背に乗った戦闘員らしき人物が見える。恐らく彼らも魔獣族。変身能力を持たない野獣などを調教し乗り物として利用しているようだ。
(だけど俺は怯まない! ジジイに会うまでは!!!)
ベートは白虎から降りたリーダーらしき男に対峙し、大声で叫ぶ。
「我が国の要、シンデレラ・ヴォルトはどこにいる!! 無事か? 答えろ!!!」
それまで冷静な態度を示してきた魔獣軍幹部『序列壱位』レイ・エレガントの額に一瞬で青筋が立った。