29.要の敗北
「おい、モモコ。これがお前の分だ」
「え?」
モモコ・フォールラブは冒険者ギルドの仕事を終え、報酬の分け前を見て唖然とした。
無一文で村を飛び出したモモコ。明日の食い扶持すらない彼女は、各地の街で冒険者に同行して日銭を稼いでいた。今回は初級冒険者パーティに参加。偶然ヒーラーが抜け、探していたところにモモコがギルドより紹介された。
机の上に置かれた小銭を見て黙り込むモモコにリーダーが言う。
「これでも貰えるだけ感謝しろ!! 役立たずの詐欺師め!!」
「そ、そんなこと、私……」
モモコが俯き涙目になる。剣士が言う。
「ほんとだぜ。全然回復なんてできやしないくせに、よくヒーラーなんて名乗れたな!! それは荷物の持ち代だ」
パーティの皆が笑う。実際モモコの回復スキルは、このレベルの冒険者にはほとんど役に立たなかった。理由は明白。
(あれ以上マナを注いだら、みんな壊れちゃうの……)
モモコからすればこの冒険者は皆おちょこ程度のマナ容量。そんなところに滝のような自分のマナを注げば崩壊するのは自明の理。繊細な微調整ができないモモコには、彼らの治療はほとんど不可能であった。頭を下げ、涙を流しながらモモコが謝罪する。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
役に立たない。やはり自分は役に立たない存在。リーダーが言う。
「もういい!! お前はもうクビだ。二度と俺達の前に現れるな!!」
「は、はい。ごめんなさい」
モモコは机の上の微々たる分け前すら貰う気持ちになれず、その場を逃げるように走り出す。笑い声。一瞬でも仲間だと思っていた者達からの笑い声。モモコは涙を拭いながら思う。
(ベート様、早くお会いしたい。どこにいらっしゃるの……)
後に魔獣王から世界を救ったオリジンパーティにて『恋する聖女様』の二つ名で呼ばれるモモコ。だがその旅立ちは誰もが想像しえない散々なものであった。
「アイスショット!!!」
「アイスロック!!!」
サーマルト王国最強の要であるレザリア・マジシャス。自身の限界を超えて発動する『氷結の腕輪』をもってしても、その筋肉の塊である魔獣族には通用することはなかった。ゴルノが体に着いた氷を手で払い言う。
「この程度の氷では、私の怒りの炎を冷ますことはできませんよ。これが要ですか。幻滅にもほどがありますよ」
「くっ……」
レザリアは持てるすべて力を注いで戦っていた。だが強さの桁が違う。自分が相手にしていた獣族の上級種とはこれほどのものだったのかと、今更ながら驚かされる。
ピキ、ピキ……、パリン……
「なっ!!」
そして頼みの綱であった国宝『氷結の腕輪』がその限界に達し、音を立てて割れてしまった。楽になる体。だが集まって来ていたマナも同時に散開していく。ゴルノが言う。
「おや? どうしたのでしょうか。急にやる気がなくなってしまったようですね? 諦めたのですか。まあいいでしょう。殺してあげますよ。マリン様からも抹殺命令を頂いていますし」
「……」
レザリアが地面に両膝をついて呆然とする。誰がこんな奴を倒せるのか。どこから来たのか。なぜサーマルトに居るのか。もう頭の整理がつかなかった。ただただひとつ浮かぶこと、それは、
(マーク、ごめん。私、もう無理みたい……)
ドオオオオン!!!
「きゃああ!!!!」
目の前の映像がショートした機械のようにおかしな色になってぐるぐる回る。激痛。体が宙に浮かぶ感覚。レザリアはようやくゴルノに殴られて遥か後方へ吹き飛ばされたのだと気付く。
ドン……
(痛い、痛い痛い……)
もはや抗う気力は起こらなかった。力が出ない。動けない。殴られ、破られ捨てられるボロ雑巾になった気分のよう。ゴルノが首をぽきぽき鳴らしながら近付き言う。
「幸運でしたよ。あなたのような弱者が要になってくれて。オリジンが現れたらさすがにどうしようかと我々も悩んでいたところでしてね」
ドン!!!
「ぎゃっ!!!」
ゴルノの太い脚が倒れたレザリアを勢いよく踏みつける。万力のような圧。激痛。足と地面に挟まれたレザリアの息が薄くなっていく。ゴルノが言う。
「本当はね、要であるあなたは最後に皆の前で派手に殺してあげる予定だったんですよ。すべての人族の戦意をそぐ。国内最強のあなたが何の抵抗もできずに殺される姿をね。ふふふっ」
そう言いながらレザリアを踏みつける足に力を入れるゴルノ。もはや呻くことすらできないレザリアの意識が遠くなっていく。
「正直それは私のダンリズムに反するものなんですが、まあ仕方ありません。すべてはマリン様の為。神のようなマリン様の為なんです!!」
「……ぎゃああ」
思わず足に力が入るゴルノ。敬愛するマリンのことを考えると自身の抑制がつかなくなる。
「あら、まだ生きていたのですね。意外としつこい。では、この辺りで……、おや?」
ゴルノは遠方より迫る感じたことのない気配に気づき足を上げる。
「どなたでしょう? 珍しい気。何と言うか高貴なマナと言うか……」
「いた!! 何かいるよ、ベート!!」
「あ、ああ……」
ようやくお腹の痛みが少なくなってきたベート。ずっとミリザの背に乗ったまま移動を続けている。ミリザが言う。
「げっ、あれってダンディゴリラ!? なんか兵士が倒れているし……、ベートヤバくない!?」
「ああ、あんまり揺らすなよ。こっちもヤバいんだから……」
ミリザの鬣を掴み顔を上げるベート。少し先に巨大なゴリラがいる。
「ゴリラ? 何でゴリラがこんな所に……」
「魔獣族よ! 魔獣族のダンディゴリラ。強いんだから!!」
ミリザはゴルノとレザリアがいる場所からやや離れて立ち止まる。
「うほっ!! あれってシルバーペガサスじゃありませんか!! なんて幸運。これは思ってもみない獲物。生け捕りにして持って帰りましょう」
自分を見つめるいかがわしい視線に気付いたミリザがベートを下ろし、人の姿に戻る。ミリザが言う。
「あそこに倒れているのって、サーマルトの要じゃない?」
「ま、マジか!? あいつのやられたのか??」
「多分そうね。気を付けて、ベート。あのゴリラ、強いから」
「ああ」
まだ痛むお腹を手で押さえながらベートが前に出る。意識朦朧の中、レザリアが突然現れた茶髪の少年を見て思う。
(あれは、確かゴレッタ村にいた少年。なぜここに? それよりも殺される。すぐに逃げないと……)
ベートの身を案じるレザリア。だがもう声も出ないし、体も動かない。ゴルノが言う。
「少年よ。色々聞きたいことはあるが、お前が一緒にいる獣族はシルバーペガサス。今からこの私が頂くが、問題はないですよね?」
迫力ある巨大なゴリラ。だがその口調は驚くほど紳士的。ベートが答える。
「誰がやるか、このクソゴリラ」
ゴルノの表情が一瞬引きつる。そして言う。
「あなたは知らないと思うがシルバーペガサスと言うのは交尾によって……」
「知ってるよ、クソゴリラ」
「なっ!!」
立て続けに馬鹿にされたゴルノ。その怒りが一気に爆発する。
「許さないですよ。大人を馬鹿にして。殺してあげましょう。謝ってももう遅いですよ!!」
ゴルノは丸太のような太い両腕を上げ咆哮する。
「ウホオオオオオオオオオ!!!」
(爆ぜよ!!)
ドオオオオオン!!!!
「グギャアアアア!!!!」
突然の爆発。咆哮していたゴルノの胸で起きた意味不明な爆発。よたよたと後ろに下がるゴルノ。何が起きたのか理解できない。レザリアが地面に倒れたまま唖然とする。
(な、なに今の? 何をやったの……?)
初めて目にする攻撃。いや、攻撃かどうかも分からない爆発。ベートがゆっくりゴルノに近付きながら言う。
「俺はそこの要に用があるんだ。俺の邪魔をするならこの程度じゃ済まねえぞ、クソゴリラ」
ゴルノは一瞬、背中に恐怖と言う悪寒が走った。得体の知れないマナ。圧倒的強さのマナ。そう、それは獣族が本能的に畏敬するもの。ゴルノが首を振って言い返す。
「だ、黙らぬか、人族よ!! この私がマリン様の為にお前達を皆殺しにしてやる!!」
恐怖の前にダンリズムが消えたゴルノ。ベートが言う。
「やってみろよ。俺には大事な目的があるんだ。こんな所でクソゴリラと遊んでられねえんだよ!!」
ベートが大きく息を吸い、そして呼吸を止めた。




