28.レザリアのただひとつの願い
「行って来るわ……、面倒だけど……」
レザリア・マジシャスは所謂貧困層と呼ばれる家で育った。
「気を付けてね。お姉ちゃん!」
「うん……」
両親のいない弟と二人暮らし。下級冒険者だったレザリアの収入だけが、姉弟ふたりの生活の糧であった。氷のマナ使い。何事にも無関心で面倒臭がり屋のレザリアだったが、唯一の家族である弟のために日々ギルドに仕事を受けに行く。
「アイスショット!」
マナ使いとしての腕は悪くなかった。だが何せ向上心が皆無のレザリア。人探しや下獣討伐など簡単で楽な仕事しか受けて来なかった。そんな彼女の生活がある日一変する。
「マーク!? マーク、どこ!!??」
仕事を終え帰った古い家。いつも笑顔で迎えてくれる弟マークの姿はなかった。必死に探すレザリアに村の男が言う。
「か、火鳥が咥えて飛んで行ったのを見た人がいるよ!!」
火鳥。それは少し離れた場所に生息する火を纏った魔獣族のこと。だが守り神と崇められ、その戦闘能力も並の冒険者では歯が立たない存在。レザリアが決意する。
(強くならなきゃ。マークの所に行きたい……)
どのような結果でも良い。何が起こっているのか火鳥の所に行きはっきりさせる。この日よりレザリアは強さを貪欲に求めるようになる。
「アイスフォール!!」
「アイスショット!!!」
元々才能があった彼女。めきめきと才能を伸ばし、遂には国の頂点である要にまで登り詰めた。最高の強さの証である要。だが彼女の目的はその栄誉より、国王から与えられる国宝にあった。
「これが欲しいです」
レザリアが求めた国宝。青い宝石のついたブレスレット。通称『氷結の腕輪』。氷のマナ能力を爆増させる特殊効果を秘めている。ただ実はそれは諸刃の剣でもあった。国王側近が言う。
「これはあなたにはぴったりの品でしょう。だが氷の能力を引き上げる代償にあなたの寿命を奪う。諸刃の剣です。使用にはご注意を」
強い能力を秘める一方、使用者の命を削る。故に秘宝。禁断の秘宝と言われた。
(火鳥との戦い以外で使うことなんてないわ……)
そう思っていた、この時までは……
「きゃあああああ!!!!」
魔獣族ダンディゴリラに殴られたレザリアが回転しながら吹き飛ばされる。
体毛びっしりの腕。髭と髪の境目が分からないけむじゃらの顔。見上げるような巨躯。美しいまでの筋肉。黒のタキシードを着たゴルノはその見た目に相応しい強さを誇っていた。
「いたっ……」
レザリアがよろよろと起き上がる。目指す火鳥はもうあと少し。『氷結の腕輪』を手に入れ、国内最強の騎士団を従えてここまで来た。なのにこの想定外の敵。何者か? 普通の獣族を遥かに超える強さ。何度もゴルノに殴られ口から血を流すレザリア。ゴルノが言う。
「ちょっとあなたは倒し過ぎたんですよ、獣族を」
「……」
要になった以上、国の危機には率先して戦わなければならない。決してレザリアの本意ではなかったがそれが役目。嫌々ながら反乱を起こす獣族の討伐を行ってきた。ゴルノが指をぽきぽき鳴らしながら言う。
「弱いと思って放っておいたのですが、ちょっと頑張り過ぎましたね。あの方の癪に触ってしまったのですよ、あなた」
(あの方? 誰のことを言っている……)
身構えるレザリア。ゆっくりとこちらに歩み寄るゴルノをぎっと睨みつける。既に同行した騎士団は全滅。国内最強の軍隊がまるで子供をあしらうかの如く敗北した。レザリアが覚悟を決める。
「こんなとこで使う予定はなかったけど、仕方ないわね……、あぁ、面倒くさ……」
そう言ってポケットから取り出す青い宝石のついたブレスレット。レザリアの最終兵器。こんな訳の分からないゴリラに使うことになるとはとため息をつきながら、その腕輪をはめる。
「ふぅううう……」
体の奥から湧き上がるマナ。自分の想像を超えるような力。限界を超えている。これが生命を犠牲にして得られる禁断の力。歩みの止まったゴルノが思わず尋ねる。
「あなた、一体何をしました……?」
「何をしたんじゃないよ。面倒だけど、これからお前を倒すんだよ」
詠唱を始めるレザリア。体の中から、大気から、想像を絶するようなマナが集まり始める。ゴルノが後ずさりする。
「これは……、一体?」
「消えな……、氷塊……」
ゴルノが咄嗟に天を仰ぐ。
「!!」
辺り一面を覆いつくすような巨大な氷塊。触れれば殺傷力を秘めたマナが暴発。対象者を凍らせ破壊する氷結攻撃。
(避け切れない!?)
既に自分は射程距離内。巨大すぎる氷塊を前にゴルノは呆然とした。
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!
爆音。閃光。巨大な氷塊が砕け、白い煙となって天に昇る。レザリアもその場に座り込みゼイゼイと肩で息をする。
「想像以上……、これはまずいわ……」
マナはもちろん、体力も大幅に削られる。立っていられないほどの疲労感。自身の命を削り、持っている以上の力を行使することはやはり生半可なことではなかった。
(マーク……)
「あー、くそ面倒だけど、兵士の回復をして、火鳥に……!!」
立ち上がったレザリア。だが彼女の目にその恐るべき光景が映った。
「ぁあ、痛いですね。本気で死ぬかと思いましたよ……」
それは数倍の大きさに変化したゴルノ。筋肉隆々の見上げるような巨躯。発せられる生のエネルギー。丸太のように太くなった腕に全身を覆う剛毛。獣化。完全な戦闘ゴリラに変化したゴルノが言う。
「大切な一張羅がボロボロですよ。どうしてくれます? その命を持って償って貰えますか?」
魔獣族が真の力を発揮する獣化。迸る力。相手を動けなくするような圧。自身の限界を超えた攻撃でも倒せなかった相手。レザリア初めて直面する絶望を前に、全身が震えて動けなくなった。
「ミリザぁ、頼むからもうちょっとゆっくり行ってくれ……」
ゴレッタ村を出たベートとミリザ。先に出立したサーマルト王国の要レザリアを追ってボフラ火山に向かっていた。獣化したシルバーペガサスの背に乗るベート。急に痛み出したお腹を押さえて青い顔をしている。
「ぅおえ……、気持ち悪いし、腹痛い……」
「ちょ、ちょっとそんなとこで吐かないでよ!!」
ゴレッタ村で英雄にされたベート。皆の歓迎を受けるにつれ急に腹痛を発症。何度もトイレに行きながら辛うじて村を出ることができた。
「やっぱ、この間の飲まされた変な薬のせいだな……」
「関係ないでしょ! ベートがヘタレなだけでしょ!!」
望まない獣化。激しく体力を消耗するこの姿での移動は可能な限り避けたい。ベートが言う。
「悪い……、でも早く要に会わなきゃいけないんだ……、うぉ……」
「ちょっと! ふざけないでよ!!」
「ふざけてなんて……、うごぉ……」
「きゃああ!!!」
背に感じる生温かな感触。ミリザが暴れ、ベートが背から振り落とされる。
早く要に追いついて協力を求めたい。そんな焦る気持ちとは裏腹に、激しくお腹を締め付ける激痛にベートは身悶えした。




