26.黄色の厄災
突然現れた王者の風格を持った獣族。黄色い体に黒の斑ら模様。鋭い牙に鋭利な爪。キラーパンサーが唸り声を上げて睨みつける。顔を真っ青にしたジェットが叫ぶ。
「お、お前ら、やれ!! 俺を守れ!!!」
震える声。見たこともないような獣族。だがそれと同時に地面を蹴ったキラーパンサーが冒険者の間を駆け抜ける。
「ぎゃああああああ!!!!」
吹き上がる鮮血。ただでさえ下獣相手に苦労していた冒険者。傷を負った彼らにはその攻撃を避けることすら不可能であった。
「や、やめてくれ……」
腰を抜かして地面に座り込むジェット。悪人面が更に醜く歪み、恐怖で目から涙が溢れる。体はガタガタと震え、周りで血を流し倒れる冒険者を見て失禁を始める。
「グルルルル……」
血を見て興奮したキラーパンサーが前足を大きく上げ、鋭い爪をジェット目がけて振り下ろす。
「助けて、助けて、ぎゃああああああ!!!!」
……ドン!!
死んだと思った。ジェットは体の痛みがないことを不思議に思い恐る恐る目を開ける。
「え?」
そこには茶髪の少年、先ほどゴレッタ村で馬鹿にした少年が、自分の前に立ち青白い障壁を張って守っていた。ベートが言う。
「おっさん、早く逃げろ!!」
「お、お前は先ほどのガキ!? なんでお前が? お前みたいな雑魚が……」
「邪魔だ!! さっさと行け!!!!」
「ひゃっ!!」
腰が抜けたジェットが両腕で這うようにその場から離れて行く。離れた茂みから見ていたミリザが苦笑して思う。
(ほんとベートは優しんだから。でもあれって……)
ミリザはキラーパンサーの爪がめり込んだ青白い障壁を見つめる。それはまるで氷壁。レザリア・マジシャスが使った氷のマナ防御。
(まさかあれを見ただけで覚えちゃったの!? すごい戦闘センス……)
ベートが爪が突き刺さって動けないキラーパンサーに向かって右手を差し出し、息を止め内心叫ぶ。
(貫けっ!!!)
ドン、ドドドドン!!!!
「ギャアアアア!!!!」
地面から槍のように突き出した氷のようなマナ。それはまさに氷槍。ベートは一見しただけでレザリアの攻撃を習得していた。ドンと音を立てて倒れる獣族。大きな個体であったが意外と脆かった。ベートがひとりつぶやく。
「なんだこの違和感。弱い? あ、そう言えばこいつ喋ってねえ!!」
猛獣族以上が操る人族の言語。話せないと言うことは野獣以下の存在。茂みから飛び出してきたミリザが血相を変えて言う。
「ベート、そいつ魔獣族じゃないわ!! ニセモノ、ダミーよ!!!」
ベートは直感した。そして叫んだ。
「しまった!! こいつは囮。村が危ない!!!」
それを聞いたミリザの顔が真っ青に染まった。
「グルルルル……、さア、生贄ヲ差し出セ」
ベート達が居なくなったゴレッタ村。その大きくて凶悪な獣族はまるでそれを推測ったかのように村を襲撃した。
黄色の体に黒色の斑ら模様。上下に生えた大きな牙が本物のキラーパンサーである証。人語を操り生贄のライザを執拗に求めてくる。
ドドオン!!
「ひえっ!!」
キラーパンサーが威嚇の為に近くの家に体当たりする。壁や屋根が音を立てて崩れていく。
「騎士団はやられたんだ……」
「あの茶髪の冒険者も殺されたんだ!!」
村人皆が顔を青くして村の惨状を嘆く。もう誰も助けてくれない。このまま村が滅ぶのか。そんな中、その生贄に指名された幼い少女へ皆の視線が集まる。
(ライザ、悪いけど……)
(お前一人が犠牲になれば……)
(目的はお前だけ。頼む、自分から行ってくれ)
冷たい視線。無言の圧力。大人に紛れて隠れていたライザが意を決めて前に出る。
「私が相手よ!! わ、私が……」
ひとり前に出て立つライザ。ただ顔は青く脚はガタガタと震えている。キラーパンサーが言う。
「オマエがライザか? マリン様のゴ命令、ここで我の地肉とナレ」
そう言うとキラーパンサーが大きな口を開けライザに襲いかかる。
「しょ、障壁!!」
咄嗟に唱える高速詠唱。ライザの前に土の壁が現れる。だが凶暴な猛獣族のキラーパンサーにはほとんど意味がなかった。
ガシ!! ガガガガッ!!!!
「きゃあ!!」
土壁諸共噛み砕き、後方にいたライザが勢いで吹き飛ぶ。そして起き上がるよりも先に、その鋭い爪をライザに向かって振り上げた。
シュン!!!
「きゃああああ!!!」
咄嗟に身をかわすも、鋭い爪がライザの腕をかすめる。どくどくと流れ出る鮮血。周りにいた村人達は恐ろしくなって皆逃げ始める。
「痛い、こんなに痛いなんて……」
少しばかりマナの使えたライザ。実践経験はほとんどなく、ましてや猛獣族との戦いなど初めて。心のどこかで何とかなるかもと思っていた。マナに自信があった。だがそれが音を立てて崩れていく。
「さア、殺して、食べルか」
激痛と恐怖で動けなくなったライザ。キラーパンサーを前に体の自由が効かない。振り上げられた前足。鋭い爪。ライザは目を閉じ死を覚悟した。
ザン!!!
「ぐがっ!!」
刹那、目を開けたライザは口を抑え思わず叫んだ。
「お父さん!!!!」
そこには娘を守る父の姿。背中から血を流し、身体中を赤く染めながら父が言う。
「に、逃げろ、ライザ……」
そんな彼女の腕を誰かが強く引っ張る。
「お母さん!!」
母も必死だった。娘を守る為、両親が死ぬ覚悟で飛び出してきた。だが現実は無情であった。
シュン……
「きゃああああああ!!!」
「え? お母さん!? お母さん!!!」
キラーパンサーの鋭い爪。それが走り出した母親の背中を切り裂く。倒れた母親が小さな声で言う。
「逃げなさい、早く、逃げ、て……」
「うわああああん!!!!」
もう理性が保てなかった。ライザはその場に座り込み、鮮血で赤く染まった両親を見て大声をあげて泣いた。
村人達は遠くの建物の影からその様子を黙って見ている。何もできない。自分も怖い。悪いとは思うが、今はただただ生贄に指名されたライザが犠牲になって全てが終わる事だけを願った。
「ラクにしてやる……」
キラーパンサーは抵抗しなくなったライザに向かって大きな口を開ける。皆が目を背けた。その最悪の光景を見ない為に目を背けた。
「お願い、やめて……」
虫の息の両親が最後の願いを口にする。ライザに迫る太く大きな牙。その時、銀色の光が彼女に向かって流れた。
シュン!!!
まるで光。銀色の光。ライザに向かって流れた光は、そのまま彼女の体を咥え離れた場所へと移動する。
「危ねえ、何とか間に合った」
その獣族。銀色の体に美しい翼の生えたペガサスに乗った少年がふうと息を吐いて言う。
「ちょっとだけ遅かったかも……」
シルバーペガサスのミリザが地面に倒れたライザの両親を見て言う。
「な、何あれ!?」
「また獣族?」
「でもなんか神々しい……」
驚き戸惑う村人。シルバーペガサスから降りたベートが意識朦朧のライザに言う。
「早く治療してこい。ミリザ、あの二人も頼む」
「了解!」
ミリザがすぐに両親を救助。村の奥へと連れて行く。それを横目にベートがキラーパンサーに対峙して言う。
「さあ、俺が相手だ。全力で来い」
「人族のコドモが。ナント愚かな……」
間違いなく強い相手。ベートの拳に汗が滲み出た。




