24.それぞれの決意
ベートとミリザはゴレッタ村の村長に話を聞くことができた。最初はベアードと関りがあったとしてやや懐疑の目を向けられたが、ベートが旅の冒険者だと知ると獣族に苦しめられている村の状況を話してくれた。
「わ、私が戦います!!」
話の場、そう語気を強めて言ったのがライザと言う幼い少女。ただ可愛らしい見た目とは違い火のマナの使い手で、その腕は要祭予選に出場したほどだ。そしてゴレッタ村に現れた魔獣族。その生贄の指名を受けたのがライザであった。まだ若い男の村長が言う。
「無理だ、ライザ。相手は魔獣族。お前もあの恐ろしい姿を見ただろ……」
ライザはその光景を思い出したのか顔を真っ青にして答える。
「み、見たよ。でも私が戦わなきゃ、誰が戦うの? 領主様も全然来てくれないし……」
村長はこの辺りを統治する領主に救援を求めていた。ただ獣族蜂起で領主も忙しいのか、未だなしのつぶてである。ミリザがベートの顔を見て頷いてから言う。
「村長、私達がその魔獣族を何とかするわ」
村長を始め、村人達の顔がぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、本当よ」
ミリザとしては同じ獣族がこれ以上皆に迷惑をかけることが我慢ならなかった。ライザが言う。
「私も行く。きっと役に立つから!」
「いや、来なくていい」
それをベートが手を差し出して断る。確かに強いマナの使い手。ただ平均よりも上と言うだけで決して強力ではない。それを感じ取っていたのかミリザがライザの手を取って言う。
「大丈夫。このお兄さん、弱そうだけどそこそこ強いんだよ。任せて」
「……おい。何だその微妙な言い方」
ぎっとミリザを睨むベート。ライザが何かを言おうとした時、突如村長室のドアが勢いよく開けられた。
ドン!!!
「おい、村長はどこだ? サーマルト王国騎士団のジェット様が来てやったぞ!!」
青を基調としたサーマルトの鎧。胸には騎士団の紋章が刻印されたまさしく王都から派遣された騎士団員。村人が驚きの声を上げる中、村長が立ち上がって頭を下げて言う。
「これはこれは騎士団様。お待ちしておりました。我がゴレッタ村の窮地をお救い下さいませ!!」
無精髭に人相の悪い中年男のジェット。腕組みをしたまま後ろに立つ、ガラの悪そうな連中に目をやってから言う。
「騎士団第七部・後方支援隊の俺が来たからにはもう安心だ。村長、説明しろ」
「ははっ。実は……」
村長はベート達にした説明を再度繰り返した。黙って聞くジェット。そして可愛らしいライザを見てから言う。
「よし。俺に任せろ。そんな奴さっと倒してやる」
「あ、ありがとうございます!」
「だけど条件がある。その娘、ライザを俺の妾にしろ」
「え?」
皆の視線が幼いライザに集まる。何を言っているのか。皆がその言葉の意味を理解できない中、ジェットが言う。
「俺が来なきゃ、その女は死ぬ運命だろ? だったら助けてやる代わりに俺様の奉仕をさせるって意味だよ。断れないよな? 断ったらこの村全員死ぬんだぞ?」
村長を始めとした村人皆が黙り込む。騎士団は最強にて不可侵的存在。獣族討伐と言う危険な仕事を依頼した以上、多少の要求は飲まざるを得ない。大人達が静かになる意味を察したのか、ライザが真っ青な顔になる。
「おい……」
そう言って立ちあがろうとしたベートの手を、ミリザが掴む。顔を左右に振るミリザ。敵国、騎士団員の前で揉め事は起こせない。その意味を理解したベートが悔しそうな顔をして椅子に座り直す。
「決まりだな。俺達に任せれば問題ない。大船に乗ったつもりでいな!」
ジェットはゲラゲラと笑いながら、ガラの悪い連中と共に部屋を出て行く。だがその中で自分をギッと睨む茶髪の少年に気付いて足を止めた。
「何だお前? 不満でもあるのか?」
「……」
無言で耐えるベート。ジェットがバンとベートの頭を叩いて言う。
「悔しかったら強くなれよ! そうなりゃ全て思い通りだ! ギャハハ!!」
ジェット達は下品な大声で笑いながら去って行った。
「ベート……」
ミリザが心配そうな顔で声を掛ける。ベートが俯いたまま小さく言う。
「ああ、強くなってやるよ。誰よりも強くなってやる……」
「うん」
ミリザがベートを抱き抱えるように答える。
「村長、ライザ」
顔を上げたベートが言う。
「俺が助けてやる。約束だ」
「は、はい……」
村長とライザが頷いて答える。
この時誰も想像もしていなかった。この後村を襲う本当の厄災を、この少年が振り払ってくれることなど。
一方、ここサーマルト王国国境の村では、女長が金切り声を上げて喚いていた。
「ダメだ、ダメダメ!! モモコ、お前がこの村を出るなんて許さないよ!! キィイイイ!!!」
水色の髪を三つ編みに結った少女モモコ・フォールラブが、普段の弱気な彼女とは相反する強い語気で言い返す。
「き、決めたんです!! 私、王子様に会って一緒に旅するって!!」
集まった村人達が皆首を横に振る。彼女は獣族より生贄に指名されたマナ使い。今回、旅の冒険者が偶然オークキングを倒してくれたが、もしまた同じような要求があった時モモコが居なければ面倒なことになる。女長が言う。
「お前みたいなノロマが何の役に立つんだい? この村で暮らし、村の男と結婚すればそれがお前にとって最高の幸せになるんだよ」
「わ、私……」
モモコの目に涙が溜まる。
ここに居てはダメ。自分が輝ける場所は彼の隣。この世界で唯一自分のすべてを受け入れてくれる人。羽ばたきたい。大きく羽ばたいて、彼を支えたい。
モモコが決意の目を向け何か言おうとした時、先に女長が村人に言う。
「おい、モモコをあそこに入れておきな」
「了解」
男の村人数名が立ち上がり、モモコを囲むようにしてその腕を掴む。
「な、なにするんですか!? や、やめて!!」
抵抗するも非力な少女。モモコは村外れにある窓のない蔵へと連れて行かれ閉じ込められる。唖然とするモモコの耳に、分厚い扉の施錠される音が無情に響き渡る。モモコは力なく崩れ、真っ暗な蔵の中で涙を流した。
「いや……、こんなのいや。私、早くベート様の元に行かなきゃいけないのに……」
蔵の床に涙が溜まる。自分の泣き声だけが静かな空間に響く。
「ベート様……」
キュン!!
彼のことを想うと胸のどきどきが止まらない。そして溢れんばかりのマナが体から湧き出す。モモコは手を胸に当て改めて思う。
(やはり間違いないわ。私の上級マナの発動条件は『ときめき』。きっとまた使える、ハイヒールだってまた……)
あれからずっと考えていた自身の能力解放の条件。ときめいた人を応援したい。助けたい。力になりたい。その思いが自分の限界を超えさせる。これまでときめいた人などいなかった。自分のマナを全て注げる人などいなかった。だけど現れた。突如現れた。白馬に乗って颯爽と現れた。
「ベート様……」
モモコの胸がときめく。早く会いたい。早く自分のマナを全部受け入れて欲しい。だから頑張る。こんなことに負けない。モモコは泣くのを止め、目を閉じ静かに瞑想を始めた。
ガチャ……
何時間経ったのだろう。座って目を閉じていたモモコの耳に、その開錠する音が響いた。
「誰……?」
ゆっくりと少しだけ開けられる扉。身構えるモモコに、その可愛らしい声が聞こえる。
「モモちゃん、早くおいで!!」
「あっ」
それは聞き慣れた信頼できる声。モモコは立ち上がり扉の方へと駆け出す。
「リンちゃん!!」
それはモモコの大親友で、あの女長の孫娘。リンが口に指を当て小さな声で言う。
「しー、静かに」
「うん……」
外は既に夜。モモコは朝から夜まで蔵に入れられていたのだと気付く。リンが言う。
「モモちゃん、逃げて。さ、早く!!」
「で、でも……」
モモコは理解した。女長の孫娘ならこの蔵の鍵を手に入れることは容易い。だが自分を逃がすとなるとそれはまた別の問題である。リンが言う。
「行って、モモちゃん。行きたいんでしょ? 王子様に会いたいんでしょ?」
リンはここ数日モモコから聞いていた話を思い出し口にする。
「……」
黙り込むモモコ。リンが言う。
「モモちゃんは、行かなきゃダメなの! あなたはやれる子なの!!」
(リンちゃん……)
モモコの目に再び涙が溢れ出す。そして大きく頷いて答える。
「うん、分かった!! 私、行くね!!」
「モモちゃん……、元気でね」
リンがモモコに抱き着き涙を流す。彼女は知っていたモモコの揺るぎない決意を。自信がなくいつもおどおどしていた彼女が前に進もうとしていたことを。
「ありがと、リンちゃん!!」
暗闇に消えゆくモモコが手を振り、別れを告げる。リンはそれに黙って大きく手を振り、必死に涙を堪えながら応えた。




