22.協力者
深夜。サーマルト王城貴賓室バルコニーに出たルージア・マリンは、心地良い夜風に吹かれながら煌煌と輝く月を見て小さく息を吐いた。
「綺麗なお月様ね~」
魔獣国の幹部にて『序列四位』を拝命するルシア・マリンは、『ルージア・マリン』と言う偽名を使ってサーマルトに溶け込んでいた。
彼女の得意は魅了。触れられたり、彼女の甘い香りを嗅ぐだけで耐久力のない男はその魅力の虜となる。そして最も強力なのがラブリーキャッツに獣化して優しく牙を立てる『甘嚙み』。相手を魅了すると同時に、精気を奪い彼女のエネルギーとする。
「マリン様」
バルコニーの近くにある巨木から大きな影が現れて声を掛ける。マリンが小さく答える。
「あら、ゴルノじゃない? 久しぶり~」
……ドン
ゴルノと呼ばれた毛深い男が巨木から大きく跳躍してバルコニーへと飛び移る。普通の人族を遥かに凌ぐ巨躯。毛深い肌に深い髭。マリンに対し片膝を付き頭を下げ挨拶する。
「ご無沙汰しておりました。マリン様」
「元気そうね~。どうしたの?」
マリンは再び夜風に当たりながら会話する。ゴルノが言う。
「国内の獣族への指示がほぼ終わりました」
「そう。さすがね。仕事が早いわ」
ゴルノが首を振って答える。
「いえ。マリン様の魅力が故でございます」
「きゃは~、嬉しい! マリンってそんなに魅力ある女の子かな~?」
「無論。論ずるまでもございません」
マリンがゴルノの毛深い顔を指でツツっと撫でて言う。
「ゴルノは可愛いね~。強いし頭良いし逞しいし」
「恐縮です。ただ……」
ゴルノが顔を上げ眉間に皺を寄せて言う。
「国境付近のオークキングが何者かによって討たれました……」
「!!」
その報を聞いたマリンがやや驚いた顔をする。あの付近に猛獣オークキングを倒せる者などいないはず。
「対象は、確か……」
「モモコ・フォールラブでございます。回復と補助が得意なマナ使いです」
「そうだったわね。でもどう言うことなのかな~? 彼女じゃ絶対オークキングは倒せないしー」
首を傾げるモモコにゴルノが答える。
「【根源たるマナ】が現れた可能性も考えられます」
「オリジン……」
それは魔獣王に怪我を負わせ、『序列壱位』レイ・エレガントをも退けた魔獣族の天敵。要祭に出た者の抹殺は最優先事項。故に強き刺客を送ってある。だが負けた。それがオリジンならば納得もいく。
マリンが自分自身を抱くようなポーズを取り震えた声で言う。
「マリン、怖~い」
ゴルノが立ち上がって胸に手を当てマリンに言う。
「ご心配なく。このゴルノ、命に代えてもマリン様をお守りする所存でございます」
「嬉しい! 『ダンディゴリラ』が守ってくれるならマリンちょっと安心かな」
「恐縮です」
マリンがピンク色の髪をかき上げ、眼下に広がる城下町を見ながら言う。
「でもオリジンだって人族。その前にこのマリンの魅力でぜ~んぶみんなを従えちゃうから!! どうやっても反撃なんてできないほどにね!」
「はっ」
再びゴルノが片膝を付いて頭を下げる。そして誓った。目の前のこの女性にすべてを捧げることを。
「なあ、ミリザ。まだ着かないのか? そのゴレッタ村ってのは……」
サーマルト王国に入って数日。ひたすら草原や森を歩くベートがやや苛立ちながら言う。魔獣王やレイ・エレガントが傷を治し再び襲撃するまで残り二カ月ちょっと。あまり猶予はない。
「うん。ええっと、あ!! 見えた、あれだよ、あれ!!」
少し前に駆けだしたミリザが川沿いにある集落を指差して言う。川と林に隣接する長閑な村。ミリザの話ではあそこに魔獣族の仲間が住んでいるらしい。ベートが背を伸ばして言う。
「やっと着いたか……、久しぶりに野宿しなくて済むな……」
「ふふ、そうだね! さ、早く行こ。とっても強い仲間がいるから力になってくれるよ!!」
「ああ」
ふたりは街道を歩き、ゴレッタ村へと到着した。
「多分……、あの家かな?」
ゴレッタ村は絵に描いたような長閑な田舎の村であった。木や土壁の家。畑に、小川には魚の姿も見える。すれ違う村人は見知らぬベート達にも笑顔で挨拶してくれた。ベートが立ち止まって言う。
「なあ、ミリザ」
「なに? 今夜交尾する?」
「違うわ! それより本当に信じられる奴なんだろうな……?」
ミリザが意外そうな顔で答える。
「もちろんよ。会ったことはないけど色々情報教えてくれたりしたし、最近はちょっと連絡取れなくなっていたけど信頼できる人だよ!」
「そうか。お前がそこまで言うのなら……」
ミリザがベートの顔を覗き込むようにして言う。
「な~に? そんなに心配なわけ?」
「心配だ。今の俺達は四面楚歌。早く要に会って協力を仰ぎたい」
「分かってる。だからまず今のこの国の状況を知らなきゃ。今シルバーナイツと交戦状態だし、獣族の反乱だって意味不明だし。下手に動くのは却って危険よ」
「分かった。お前を信じるよ」
「ありがと! ベート大好き」
「な、なんだよそれ……」
照れるベート手を取り、ミリザが村外れの家へ向かって歩き出す。
「さ、行くわよ!」
「あ、ああ……」
ベートは先に歩き出すミリザの後について家へと向かった。
コンコン……
「私です。ミリザ・ハニーキッスです」
家のドアの前で自分の名前を告げるミリザ。その傍でベートは彼女の変わった名前を再び思い出していた。ギギッとドアがゆっくり開き、中から毛深く眼光鋭い男が顔を出す。
「ベアードです。初めましてミリザ様。さあ、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
(ミリザ様?)
ベートがその男の言葉に首を傾げならミリザに続いて家の中へと入って行く。
「ミリザ様!!」
「ハニーキッス様、お待ちしておりました!!」
家の中には獣族らしき人物が数名待っていた。男に女。一見、皆人族のようだがきっとすべて魔獣族なのだろう。だがベートが違和感を覚える。
「なあ、ミリザ『様』って一体何なんだ? お前もしかして偉い人なのか?」
そう小声で尋ねるベートにミリザが笑いながら小声で答える。
「違うわよ。私はね、ただ珍しいだけ」
(珍しい……?)
その意味も分からないまま家の主であるベアードが前に出て頭を下げて言う。
「遠路遥々おいで下さいましてありがとうございます。ミリザ様にお会いできて大変光栄でございます。紹介します。こちらが……」
毛深い巨躯の男ベアードは、その外見に見合わず丁寧な口調で皆を紹介した。それを聞き終えたミリザが、お返しにベートに手をやり紹介する。
「こちらがね、シンデレラ・ベート。オリジンの使い手で、私の旦那様っ」
「おい!」
思わず突っ込むベート。だがすぐに場の空気が変わっていることに気付いた。ベアードが尋ねる。
「ミリザ様。本当に彼がオリジンなのでしょうか?」
ミリザが深く頷いて答える。
「間違いないわ。レイ・エレガントもエレファント・ゾウも彼が退けたの。私が見ていたから間違いないわ」
そう誇らしげに話すミリザ。だがベートはその違和感が消えない。ミリザが尋ねる。
「ねえ、ベアード。それより今この国はどうなっているの? どうして獣族が反乱を起こしているの? 何か知ってるかしら?」
ベアード達がその言葉を聞きじっと動かないまま小さく息を吐く。
「すべてはマリン様に捧げる為ですよ……」
「え? なに、マリン様……?」
この名前を聞いたミリザが固まる。ベアードが続ける。
「そう、マリン様。魔獣国の女神ルシア・マリン様。お前のような阿婆擦れでもその尊名ぐらいは知っているだろ……?」
状況がつかめないミリザ。全身から流れる汗を感じながら尋ねる。
「ね、ねえ、なにを言っているの? マリンって、それって『序列四位』のルシア・マリンのことなの……?」
周りにいた仲間達がベートとミリザを囲むように移動。ベアードが口の牙を見せながら答える。
「ああ、そうだ。そしてお前達はそのマリン様に捧げる獲物として……」
ベアードの体が光を放ち巨大化。黒き剛毛に鋭い爪。口には大きな牙が生え、黒き熊へと姿を変える。ブラックベアーへの獣化。ベアードから強い殺気が放出され、呆然とするミリザに鋭い爪を振り下ろしながら叫ぶ。
「ここで死ぬんだよ!!!」
ガン!!!!
「なに!?」
ミリザの横に立つベート。止めていた呼吸を解除し、ふうと息を吐きながらミリザに尋ねる。
「なあ、ミリザ……」
震える体。ミリザの目からは涙が溢れ出す。ベートが言う。
「こいつら、『敵』でいいんだな?」
ベートの腕にしがみついたミリザが無言で頷く。ベートが周りを見回してから言う。
「じゃあ遠慮なしにやらせてもらうぜ」
次々と獣化するベアードの仲間達。ベートは冷静にその一体一体を見つめ、そして呼吸を止めた。




