21.サーマルトを襲う甘い牙
サーマルト王国の王都サーマルト。その中心に聳え立つ王城。国内各地の獣族襲撃が嘘かのようにここは平和な空気が流れ、煌びやかな衣装やドレスを纏った貴族達が夜な夜な享楽に身を躍らす。
この夜、王宮に集まった多くの貴族も国王主催の舞踏会に興じていた。王族はもちろん、サーマルトを代表する貴族が集まる舞踏会。美男美女が可憐に舞踏を披露する中、そのピンク髪の淑女は可憐なタイトドレスを纏い誰よりも目立っていた。
「おお、あれが噂のルージア・マリン殿か」
「なんてお美しい……」
ここ最近サーマルトの貴族、特に男性貴族の中で話題になっているのがルージア・マリンと言う女性。出自は不明なのだが噂では他国の王族で、やむを得ない理由でサーマルトに身を寄せているとか言う。だが彼女の特徴はその美しさだけではなく、男を虜にする魔性さであった。
「ま、待ってくれ、マリン! 僕だよ、グラーノだよ!!」
若手貴族でも有数なイケメン男爵グラーノ。政にも長け、将来が有望な貴族であった。だがマリンと出会ってその性格は一変した。皆が集まる舞踏会。声を掛けられたマリンが口に手を当て哀れんだ顔で答える。
「あら、これはグラーノ男爵。お久しゅうございます」
妖艶な声。大きく開いた胸元に、男性貴族の目が集まる。グラーノが床に両膝をつき、懇願するような顔で言う。
「マリン! 僕との婚儀は、僕との婚儀は本当に破棄されたのか!?」
恥も外聞もない。グラーノは必死だった。マリンが困った顔をして答える。
「婚儀ですか〜? わたくしにはそのようなお約束をした覚えはございませんけど」
「嘘だ!! 僕は君と一緒になるために、婚約者を捨て尽くしてきたんだ……、頼む。僕の元に帰って来てくれ……」
憐みの視線がグラーノ男爵に注がれる。正式な婚約の議を結んでいないふたり。ただの口約束。がっくりと肩を落とすグラーノ男爵に、金髪の猛々しい若い男がマリンの細い腰を抱き寄せて言う。
「グラーノ男爵。見苦しい懇願はよせよ。マリンは俺の女だ。過去に何があったか知らぬが、いつまでも恥を晒してんじゃねえよ」
「侯爵様……」
マリンの頬がぽっと赤くなる。
メルフィン侯爵。グラーノよりも遥かに格が高い貴族。侯爵の登場に、野次馬だった一部の貴族がその場を去っていく。グラーノ男爵が涙を流しながら言う。
「僕は、僕は、本当にマリンのことが……」
「失礼しますわ。グラーノ様」
マリンはそう言うとメルフィン侯爵に身を寄せながらふたりで立ち去る。憐れみと嘲笑の視線がグラーノに集まった。
王宮バルコニー。夜風が優しく吹き抜け、満天の星が夜空に広がる。ふたりきりになったマリンは、より強くメルフィンに身を預け甘えた声で言う。
「ずっとお待ちしておりましたの……」
メルフィンは先ほどから鼻腔をくすぐるマリンの甘い香りに欲望が抑えきれなくなっている。
「ああ、俺もだ。可愛い奴め」
「あん……」
強引に、激しくマリンを抱きしめるメルフィン。その荒々しさにマリンが全身を熱くして応える。メルフィンに抱かれながらマリンが思う。
(男って本当に馬鹿ばかり。でもこの男の精気は絶品。遠慮なく頂くわ……)
マリンの体の一部が変化を始める。うっすらとした白い産毛。可憐な尻尾。可愛らしいネコ耳。口角を上げ、小さな口を開ける。
(『甘噛み』……)
甘い牙。ゆっくりと優しくメルフィンの首筋に噛みつく。
「ぁああ……」
恍惚の表情を浮かべるメルフィン。まさか自分が魔獣国の幹部『序列四位』ラブリーキャッツの魅了を受けているなど夢にも思わない。
マリンの甘い牙。その毒牙はサーマルト中枢に深く牙を突き立てていた。
「ふう、やっと森を抜けたね~」
サーマルト国境に広がる深い森。ベートとミリザはようやくその森を抜け、目の前に広がる草原を見て胸を撫で下ろした。ミリザが尋ねる。
「もう本当に体は大丈夫なの?」
ベートが胸をぽんぽんと叩いて答える。
「ああ、完治まではいかないけど痛みもなくなって回復している。本当にあの聖女様、すごいよ」
ベートは森で会った水色の三つ編みの少女を思い出す。誰かは知らない。だけどきっとの名のあるマナ使いに違いない。ミリザがむっとした顔で言う。
「なにそのだらしない顔!? そんなにあの女が良いわけ??」
「良いって言うか、彼女が力を貸してくれたら嬉しいと思っただけだよ」
「ふん! そんなにあの女と交尾したいんだ?」
「違うわ!!」
ミリザが腕を組んでベートに言う。
「それにね、もう一度言っておくけど私は馬じゃないから! シルバーペガサス。いい? 誇り高きシルバーペガサスなの!!」
「わ、分かったって。それは謝るって……」
モモコらに獣化したミリザのことを『馬』だと紹介したベート。あれからずっと根にもたれている。ベートが尋ねる。
「それよりこの国で獣族が暴れてるって言ってたけど、そうなのか?」
ミリザが神妙な顔になって答える。
「それね。私も驚いているの。きっと誰かが裏で糸を引いているはずよ。隠れなきゃいけないはずなのに、そんな目立った行動するはずないもん」
「だよな」
人族の国で獣族が暮らすにはその姿を隠していなければならない。人の姿になったり、森や高山など人の来ない場所でひっそり暮らすなど。それが各地で蜂起しているとなると何かが起こっていると考えるのが普通だろう。
「それでこれからどうする?」
ベートの問いかけにミリザが答える。
「そうね。まずはこの国にいる私の仲間の所に行くわ。ここずっと音信不通だったけど、もしかしたら獣族の反乱が関係していて連絡が取れなかったのかもしれないから」
「ふーん。なあ、ひとつ聞きたいんだけどいいか?」
「なにかしら?」
ベートも真剣な顔で尋ねる。
「あいつら生贄生贄って騒いでいたけど、獣族って人も食べるのか?」
やや驚いた顔でミリザが答える。
「うーん、全く食べないこともないけどほとんど食べないわ。普段は森の果実とかだし、食べても小動物かな。人の姿になれば人と同じ物を食べるし、あえて人族を襲って問題を起こす必要もないわ」
「お前は、俺を食べたいとか思うのか……?」
ベートの言葉にミリザがぺろりと唇を舐めて答える。
「ええ、食べたいわ~。今すぐにでも食べたい。いいの~??」
そう言って来ている服を脱ぎ始めるミリザ。ベートが慌てて服を掴んで言う。
「ご、ごめん! 悪かった。悪かったから!!」
「な~んだ、ベートからのお誘いかと思ったのに~」
「ごめん、マジでごめん……」
「うふふ、いいわ。さ、行きましょうか」
ミリザがベートの腕に手を絡めて言う。
「あ、ああ……」
拒否できない。ベートはミリザのしたたかさの前に成す術なく従うことにした。




