20.白馬の王子様
「殺ス。女ハ犯ス!!!」
サーマルト王国に入ってすぐ、深い森の中で遭遇した猛獣族のオークキング。手下のオーク数体を連れいきり立っている。茶色の肌に大きな棍棒。オークキングは人語を話す上位種だ。ミリザが青い顔をして言う。
「あ、あいつ、オークだよ。最悪……、女を見れば犯すとか交尾するとか、もう存在自体がおかしい連中だよ! ベート、やっつけちゃって!!」
「あ、ああ……」
それに関しては人のこと言えないのじゃないのかと内心思いつつ、ベートが尋ねる。
「お前、魔獣族だろ? 魔獣族って獣族の最高種なんだから、やめろって言えねえのか?」
ミリザがベートに隠れ服を掴んで答える。
「だから私はそう言う立場じゃないの! どちらかと言うと狙われると言うか、襲われると言うか……」
「襲われる……?」
その意味が良く分からない。ミリザがベートの髪を引っ張って言う。
「そんなことより早くやっつけてよ!!」
「いててて……、分かった! でも俺だってまだ体痛いし、あいつ倒したら乗せてってくれよな」
「わ、分かったわよ!! だから早く、お願い!!」
ミリザはそう言うと後方に逃げるように走り出す。大きな木の陰に隠れ、手を振りながら『頑張れ』と小声でつぶやく。
「男、殺ス。生贄、喰ウ。ギャギャギャギャ!!!」
オークキングは棍棒を振り上げ、配下のオーク達と共に突進して来た。
(敵は複数体。一気に片付けるのは無理。少し時間はかかるが……)
ベートは息を止め、先にオークキングの足元辺りにマナを集中、念じる。
(燃えよ!!)
ゴォオオオオオ……
同時に発生する白く光る炎。
「ギャ!?」
一瞬オークキングの足が止まる。立て続けにベートが小さな小石サイズのマナをオーク達に放出。
(爆ぜよ!!!)
ドン、ドドドドン!!!!
「ギャ、ギャギャーー!!!」
複数体への同時攻撃。
「はああーーーーっ……」
吹き飛ぶオーク達。ベートも息が持たず大きく口を開いて空気を吸い込む。
「!!」
だが目の前には突進してくるオークキングの姿。
「やばっ!! しょ、障壁!!!」
すぐに再び息を止め、瞬時にマナ障壁を張り防御する。
ガーーーーン!!!
「くっ……」
浅い。障壁が完璧に構築されずに後方へと吹き飛ばされる。ふらつくベート。そして周りを見て唖然とした。
「うそ!? これって……」
自分の周りにある黒色のマナ。小さな塊だが明らかに殺意を感じる。ミリザが叫ぶ。
「ベ、ベート!!!」
咄嗟にベートが体を守る。
ドオオオオオン!!
「ぐっ!!! はあ、はあ……」
侮っていた。格下と決めつけていたオークからのマナ攻撃。エレファント・ゾウ戦で痛めた体が完治しておらず力を抜いて戦おうと思っていたが、どうやらそんなことは許されないらしい。ベートが立ち上がりオークらを睨みつけて言う。
「悪かったな。これでも俺はシルバーナイツの要。お前らごときに負ける訳にはいかねえんだよ」
外道とは言え相手は猛獣族。複数体。体のことは考えずに全力を出す。ふうと息を吐き右手を前に差し出しオークらに言う。
「さあ、始めようぜ。これは俺の侘びだ」
息を止め、全マナを集中させ心で叫ぶ。
(渦巻け!! ファイヤーストーム!!!!)
オーク達の周囲に竜巻のような火柱が燃え上がった。
生贄行進。いつしかサーマルト王国で起こった獣族の要求に対し、生贄を送る行列のことをそう呼ぶようになっていた。村や小さな街の自警団では手に負えない凶悪な獣族。なぜか各地に住まう猛者を生贄として指名して来た。
(私が犠牲になれば皆が救われる。怖い。でも覚悟はできている……)
生贄行進で森のヌシであオークキングの元へ向かうモモコ。なぜ自分が指名されたのか分からないが、最期に皆の役に立てれば本望。震える体にそう言い聞かせた。
薄暗い森の中。まもなくオークキングに指定された場所にたどり着く。皆の顔に緊張の色が浮かぶ。本当に大丈夫なのか。彼女一人の犠牲で村は救われるのだろうか。そんな一行の前に、その想定外の獣族が現れた。
「え? 何あれ……?」
それはこの薄暗い森に似合わない神々しい銀色の光を放つ美しい馬。背に翼を携え、誰かを乗せこちらに歩いてくる。同行の男が言う。
「みんな、止まれ! 何か来るぞ!!」
歩みを止める一同。モモコも手を後ろに縛られたまま、じっとその美しき姿を見つめる。
「ベ、ベート。まずいわ。人がたくさんいる……」
シルバーペガサスに獣化したミリザは、背に乗せたベートに向かって小声で話し掛けた。背でぐったりするベートが上半身を起こしてそれに答える。
「んん、仕方ない。適当に誤魔化す。お前はあんまり喋るなよ」
「う、うん……」
ミリザが小さく頷く。ベートはオークキング戦に勝利したものの、無理したせいで体はボロボロになっていた。
「と、止まれ!! お前らは何者だ!!」
明らかにここらでは見ない顔。見たこともないような獣族。モモコの同行者が剣を構えて大声で問う。ベートが答える。
「旅の者だ。これは俺の相棒の馬。特異変種なんだ」
そう言って背に生えた翼を撫でる。別の同行者が尋ねる。
「あっちの方に凶暴な獣族が居ただろ? オークキングだ。見なかったか?」
「オークキング? ああ、それならさっき倒した。お蔭で怪我をしたんだけど」
そう言って苦笑いするベートに同行者が大声で言う。
「ふざけるな! お前みたいな子供が勝てるはずないだろ!!」
「適当な事を言うな! 怪しい奴め!!」
村人達が一斉に怒鳴り始める。だが、水色の三つ編みのおさげの少女だけはその言葉を嘘だと思えなかった。
(なんて大きなマナ。深くて温かくて、無色透明。この人、一体何なの……?)
感じたことのないマナ。決して嘘を言っているとは思えない。ベートが言う。
「本当だって。何なら見てこいよ。あっちの方で倒れているはずだから」
「ほ、本当なのか……?」
男達は顔を見合わせて話し始める。
「分かった。ちょっと様子を見てこよう。おい、モモコ。お前はこいつらを見張ってここで待ってろ」
「あ、はい」
男達はそう言うと塊になって森の奥へと歩き出した。ベートがモモコの手縄を見て言う。
「お前、何か悪い事でもしたのか?」
モモコが首を振って答える。
「いえ……、私は生贄なんです。ヌシ様、オークキングの……」
ミリザとベートが見つめ合ってから尋ねる。
「何だよ、その生贄って?」
「ご存知ないのですか? あ、旅のお方でしたね。実は……」
モモコはここ最近起きている獣族の蛮行について説明した。ベート、特にシルバーペガサスのミリザが驚いた顔でそれを聞く。ベートが言う。
「ふざけてんな。生贄なんて」
「はい、でも仕方ないですから……」
下を向いてそう答えるモモコにベートが手縄を解いて言う。
「でも大丈夫だ。俺がそいつ倒してやったから。もう帰ってもいいぞ」
驚いたモモコ。顔を上げ泣きそうな顔で言う。
「本当なんですね? 本当に……」
「ああ、本当だ」
モモコにはベートが発する無垢なマナ、そして周囲から消えた醜悪な黒いマナを感じ、その言葉を信じた。
「ベート、これ以上は……」
ミリザが小声で言う。これ以上サーマルトの人間と関わるのは危険だ。ベートが手を上げてモモコに言う。
「じゃあ、俺はこの辺で」
キュン……
モモコの胸がときめく。
「あ、あの!!」
モモコの声にベートが振り向いて答える。
「なに?」
「そのお怪我、私が治します」
ベートは少し間をおいて尋ねる。
「できるの?」
「はい。そのままじっとしていてください」
モモコは両手を胸に当て目を閉じ、詠唱を行う。
「……森羅万象を源にせし水のマナよ。癒しとなりて傷を治癒せん。ヒール」
「おお……」
ベートは体に絡みつくように発生した水のマナを感じ声を上げる。経験したことのないような強いマナ。病院の治癒師よりも更に純度が高い。だがモモコはそれ以上に驚いていた。
(な、何これ……、どんどん吸われる。強めても強めてもどんどん私を受け入れていく。す、凄い!!)
マナの治療でも強すぎると相手を逆に痛めてしまう。だからこれまでは手加減していた。相手を壊さないように優しく加減してマナを使っていた。
(だけどこの人、全然違う!!)
モモコは更に火力を上げ経験したことのないほどのマナを放出する。それに応えるようにベートが言う。
「うおおおお!! 凄え!! なんだこれ!? お前、もしかして聖女様なのか!?」
明らかに体の回復が速い。経験したことのない感覚。
(聖女様……)
キュンキュンキュン……
モモコは胸の高鳴りが止まらなかった。自分が役に立っている。自分が必要とされている。そして初めてその領域へ辿り着いた。
(本当に凄い。私の持てる全てを受け入れてくれる!! もうヒールじゃ限界。これって……)
モモコが胸に当てた手をぎゅっと握りしめて言う。
「……ハイヒール」
(え?)
ベートは心底驚愕した。
内から溢れ出る力。それは温かく、全てを乗り越えられるるような勇気。誰だか知らない。だがベートにはモモコがまるで本物の聖女のように見えた。
「……ぁああ」
モモコも初めての感覚に酔いしれていた。
こんなに全力、いやそれをも上回るマナの深さ。どんどん自分を受け入れてくれる。人を癒すという意味を生まれて初めて理解した。
「おーい、モモコ!! 本当に死んでいたぞ!!」
オークキングの亡骸を確認した村人達が喜びながら駆けて来る。それを見たミリザが言う。
「もう無理。行くわよ、掴まって!!」
「あ、ああ!!」
前脚を上げ駆け出そうとするミリザ。モモコが咄嗟に尋ねる。
「あ、あの、お名前は!!」
ベートが振り返り手を上げながら答える。
「ベート。シンデレラ・ベート!!」
そう言うと銀色の馬に乗りベートは勢いよく去って行った。
「ベート、様。白馬に乗った王子様……」
目に涙を溜めたモモコ。その後ろ姿が見えなくなってもずっと彼を見つめていた。




