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シンデレラ・ベート ~学園劣等生が覚醒する時~  作者: サイトウ純蒼
第二章「サーマルトを襲う甘い牙」
18/60

18.出立

 シルバーナイツ王国の東、ダガレスト山脈を挟んだ向こう側に広がる広大な国『魔獣国』。砂漠や密林、高山など自然の要塞であるこの国には、所謂【獣族】と呼ばれる種族が多数住んでいる。その頂点に君臨するのが魔獣王レイ・ガーストであり、彼に仕える幹部達である。

 そのひとり『序列参位』である血色の悪い顔をした紳士マーベルト侯爵が、ピンク髪をしたビキニ姿の色っぽい女性ルシア・マリンに言う。



「ゾウ殿が敗れたそうだ」


 魔王城の中庭。美しく手入れされた花々に囲まれたアンティークテーブル。お茶を楽しんでいたマリンが驚いた顔で答える。


「そうなんだよね~、マリンびっくりしちゃった!!」


 その言葉とは裏腹に何やら楽しそうなマリン。マーベルト侯爵が少し乱れていた髪を直しながら言う。


「やはり【根源たるマナ(オリジン)】の使い手が現れたことは否めませんね」


 仮にもエレファント・ゾウは魔獣軍『序列伍位』の実力者。普通のマナの使い手では、人族が束になっても勝てない。



「だね~、マリン怖い~」


 魔獣軍にとてっては見逃せぬ凶報。最も警戒すべきシンデレラ・ヴォルト討伐を成し遂げたばかりなのに、再び大きな障壁が現れたことになる。マーベルト侯爵が言う。


「だが嬉しい誤算もある」


 マリンがティーカップに口をつけながら答える。


「序列弐位のことだよね~?」


「そうです」


 暫く不在だった魔獣族『序列弐位』に新たな幹部が就任したとの報が届いていた。マーベルト侯爵やマリンを上回る実力。意外そうな顔のマリンが尋ねる。



「でもさあ~、本当にオジ様より強いの~??」


 マーベルト侯爵は『序列参位』。新たな幹部はそれを上回ると言う。


「噂が本当ならば間違いないでしょう。何せ私の憧れの人であった方ですので」


 髭に手をやり小さく頷いて答える。そして尋ねる。



「それよりマリン殿はこんな所に居てよろしいのでしょうか? サーマルト王国はシルバーナイツの隣国。オリジンがそちらに向かう可能性も……」


 マリンが口紅のついたティーカップを指で拭き取り、ピンク髪を色っぽくかき上げて答える。


「大丈夫よ~、国中いーっぱい仕込んであるから。それに……」


 マリンは椅子から立ち上がりマーベルト侯爵に近付き、彼の頬に手をやり妖艶な声で言う。



「マリン、強いから~。序列は下だけどぉ、オジ様だってマリンには勝てないかもよ~」


 色気たっぷりのマリン。マーベルト侯爵が苦笑して答える。


「そうですな。老いぼれには少々刺激が強すぎますね」


「やだぁ、オジ様可愛い~。じゃ、行ってくるね~」


 そう小さく答えるとマリンは踵を返しその場から立ち去って行く。マーベルト侯爵は顎髭に触れながらどんより曇った空をじっと見上げた。






「今日ここに新たなかなめの誕生を祝し、心より祝福することを宣言する!!」


 数日後、要祭かなめさいの行われた闘技場で、新たな要になったベートの就任式が行われた。魔獣族に襲撃されまだ修繕中の闘技場。だが新しい英雄の誕生を見ようと、全国から大勢の人達がこの闘技場に集まった。


「おめでとーーーっ!!」

「シンデレラ・ベート!! 頑張れーーーーっ!!!」


 闘技場の中心、国王が新要誕生の宣言をすると集まった観衆から大きな歓声が起こる。闘技場に立つ茶髪の少年ベートは恥ずかしくてずっと下を向いたまま。なぜか隣に一緒に立つミリザが笑顔で手を振り声援に応える。



「なんでお前が手を振ってんだよ」


「いいじゃん。ほら、ベートもみんなに応えてあげてよ!!」


 そう言ってミリザが恥ずかしがるベートの手を取り一緒に観衆に手を振る。集まった皆からは拍手と共に、新英雄にあんなに可愛い恋人がいるのかと感嘆の声が溢れた。



(ああ、やべえ。お腹痛くなってきた……)


 そしてベートは最近、変に緊張すると下痢になることを知った。これまで田舎でヴォルトとふたりで暮らしてきた頃には考えられない状況。尻を押さえるベートにミリザが尋ねる。


「どうしたの?」


「いや、何でもない……」


 ミリザに尻を拭いて貰った黒歴史が頭をよぎる。色んな恥ずかしさがベートを襲い、視線がさらに下へと向く。




「さて、ベートよ」


 立派な髭に恰幅の良い国王が、ベートに向き合って言う。


「新要になったお前に国宝の授与がある」


(国宝?)


 顔を上げたベートの前に国王の命を受けた兵士達が、幾つもの布に包まれた品物を運んでくる。テーブルの上に置かれた複数の品。国王がその前に立ちベートに言う。


「この中のひとつを持って行くが良い。どれもこれも貴重な品々だぞ」



 国王はそう言うと品物に掛けられた布をひとつずつ取り、説明を始める。


「これは旧英雄時代に勇者が使ったとされる短剣で、マナを吸い力に変える力があり……」


 数こそ多くないもののすべてが国の宝と呼ぶに相応しい貴重なアイテムであった。そして最後、小さな布の下から現れたペアリングを見たミリザが声を上げる。



「きゃー、可愛い~」


 それはつがいの指輪。シルバーと薄いピンクのふたつの指輪。国王がやや困った顔をして言う。


「これは『寄り添いの指輪』と言われるものなのだが、実はその能力は誰も知らぬのじゃ。鑑定で貴重な品だと言うことは分かっているのだが……」


 苦笑する国王。ミリザが即答する。



「これでいいわ! こんなに可愛いの見たことない!!」


 そう言って指輪を手に取り自分の指にはめる。


「おい、ミリザ。なに勝手なことやってるんだよ!!」


「いいじゃ~ん。人族のカップルって指輪するんでしょ? どうせベートはこういうの買ってくれなさそうだし」


 そう言いながら残った銀の指輪を半ば無理やりベートの指へはめる。


「こら、ミリザ!!」


「きゃは! よく似合うじゃん~」


 傍から見れば仲の良いカップル。国王の目にもそう映ったようで微笑みながら言う。



「よきよき。ではその指輪を持ってゆくが良い」


「いや俺はまだ……」


 そう言いかえたベートに国王が言う。



「先代のヴォルトは何も選んでくれなかった。王としては要の為、是非何か持って行って貰いたい。遠慮は要らぬぞ」


(ジジイ……)


 ベートの胸に強く勇ましかった育ての親ヴォルトの顔が浮かぶ。酷いことを言ってしまった。早く、一刻も早く会って心から謝りたい。



「ありがとうございまーす!」


 黙り込むベートの代わりにミリザが満面の笑顔で国王に答えた。沸き起こる拍手。ベートは否が応でもそれに応え頭を下げる。国王が言う。



「すぐに旅立つのだな?」


「はい」


 この就任式の前、ベートとミリザは国王に国を出る事を伝えていた。各国の要に協力を仰ぎ、魔獣国に行ってヴォルト捜索をする。魔獣王との戦いになる覚悟もできている。全てを正直に伝えた。

 いきなり要が居なくなること危惧した国王に、同席した頼りなるその男が助力してくれた。


「ご心配なく、国王。要不在の間は私が必ず守って見せます」


 精悍な顔つき。自信に満ちた表情。国防長官サーフェス・ベルモンテ。ベートに対して行った愚行はあるものの、皮肉なことにその贖罪は『国を守って欲しい』と言うそのベート自身による願いで収まることとなった。

 就任式。松葉杖をつきながらふたりの前に現れたサーフェスが言う。



「気を付けてな。国のことは案ずるな」


「ああ、頼んだぜ」


 サーフェスが差し出した手をしっかりと握りしめるベート。再び起こる大歓声。観客はサーフェスの愚行のことは誰も知らない。ただそこには新たな要と、その彼と共にギガ・エレファントを倒した国防長官の熱い握手のみがあった。




 翌朝。出立の朝。国王らの見送りの後、ベートがミリザと共にまだ痛む体を気にしながら城の外に出ると、見慣れた顔が彼らを迎えた。シルバーシャイン学園の同級生達だ。その中のひとり、赤髪の男子生徒が前に出て言う。


「気を付けてな、ベート」


 それはずっとベートを無能者として馬鹿にし続けて来た火のマナの使い手クレイス。ばつの悪そうな顔でベートに言う。


「ああ。お前らも頑張れよ」


 頑張れの意味。それはこの国を担っていく有望な人材に向けた言葉。差し出された手を握りながらクレイスが答える。


「ああ。頑張る……」


 クレイスは握った手に力を込めその意気込みを伝えた。



「ベート君、気を付けてね!!」

「ミリザちゃんも怪我しないでね!!」


 去り行くふたり。学園で無能者として蔑まれたふたりが今や国を代表する要となった。同級生達は胸を張りながらふたりを見送る。そんな背中を見ながらクレイスが思う。



(またちゃんと謝れなかった。俺は何てクズなんだ……)


 クレイスは未だきちんとベートに対して謝罪していないことを恥じていた。言葉にできない感情、気持ち。そんなどうでもいいものが彼を邪魔していた。


(次帰って来た時に謝ろう。だから絶対死ぬなよ)


 クレイスは自身に誓った。ベートの無事を祈りつつ。






 シルバーナイツ王国の隣国サーマルト王国。その国境の村でひとりの少女を囲み女長おんなおさが大きな声を上げていた。


「これよりヌシ様の怒りを鎮める為、モモコ・フォールラブの()()()()を開始する!!」


 両手を後ろで縛られた水色の髪をした三つ編みの少女。周りを物々しい装備に身を包んだ兵士達に囲まれながら森へと向かう。少女が思う。



(私なんか生きていても意味がない。最期に誰かの為になるのなら……)


 少女は歩きながら必死に零れ落ちる涙を堪えた。

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