17.託す思い
エレファント・ゾウとの激戦を制したベート。彼も重傷を負ったが、意外にも目を覚ましたのは翌日の朝であった。
「あ、ベートが起きた!!」
ずっと看病を続けていたミリザが安堵の涙を流して言う。身体的損傷は大きかったが、『序列壱位』レイ・エレガント戦とは違いマナの消費量が少なかったため目覚めが早かった。だが体の完治には時間がかかる。
目覚めたベートは痛みで動かない体に驚きながら尋ねる。
「痛てぇ……、動けねえぞ……」
「当然でしょ! 生きているのが不思議なくらいなんだから!!」
消費量が少なかったとは言え、マナがほぼ枯渇していたベート。治療にも時間がかかる。ミリザが言う。
「喜んで、ベート。あなたの要就任が決まったわ」
「そうか。良かったな」
意外に落ち着いているベートにミリザが尋ねる。
「あんまり嬉しそうじゃないわね? どうして?」
「いや、嬉しいよ。お前の計画通りだろ?」
「そうね。あとはあなたと交尾して強い子を作ることかしら」
冗談とも思えない表情で言うミリザにベートが答える。
「襲うなよ。今は抵抗できん」
「私、そんな阿婆擦れじゃないわよ! 馬鹿にしないで」
「そうか。悪かったな」
笑い合うふたり。静かな病室。和やかな空気が流れる。ミリザが言う。
「あのさ。ベートの腹痛の件だけど……」
ミリザは要祭当日、突如起こったベートの腹痛や嘔吐について国が調べ上げた事実を伝えた。国の威信にかかる不可解な事件。国王厳命で捜査が行われ、すぐに首謀者であるラスラメント侯爵が拘束された。話を聞いたベートが答える。
「そうか。あいつの親父の仕業か。通りで……」
今思い出しても絶望的な腹痛、嘔吐。未だに尻が痛い。ミリザが言う。
「私がお尻、拭いてあげたんだから」
「え!?」
ベートは絶句した。間違いなく漏れていたはず。真っ青な顔で自分を見つめるミリザが不思議そうな顔で尋ねる。
「どうしたの?」
「い、いや、大丈夫だったのか……?」
「何が? 普通でしょ」
それ以上何も言わなかった。人族と魔獣族では感覚が違う。そう思うことにした。
「ベート殿!!」
そこへ彼の目覚めを聞いた国防長官サーフェスが側近と共に現れた。松葉杖をつき、全身に包帯。ベートの怪我も酷いが、サーフェスのそれも恐ろしく悲痛な姿であった。サーフェスが床に頭をつけ謝罪する。
「申し訳、なかった……」
ベートとミリザはすぐにその意味を理解した。サーフェス自身は何もしていないが、彼がラスラメント侯爵の悪行を知っていたのは事実。その責から逃げることはできない。サーフェスが言う。
「私が愚かだった。最低の愚者であった。詫びて済むことじゃないが、本当に申し訳なかった!!」
静まり返る病室。不満そうなミリザ。ベートが声を掛ける。
「あのさ……」
「国防長官を、辞する」
「え?」
顔を上げたサーフェスが覚悟を決めた表情で言う。
「要祭を穢し、要を侮辱した罪。本来なら死して詫びるところだが、国王に止められてしまい……、そこで私は国防長官を辞職してその責任を……」
「じゃあ、俺からの願いだ。国防長官は続けてくれ」
「……え?」
そこにいた誰もがベートの言葉に耳を疑った。自分を嵌めた憎むべき相手。皆が彼の言葉に注視する。
「あんたのお陰で俺は死なずに済んだ。あんたのお陰で俺はあいつに勝てた。あんたの国を想う気持ちはきっと誰にも負けないはず。だから続けてくれ。ジジイが大切にしたこの国を守る為に」
「ベ、ベート殿……」
サーフェスは堪えきれぬ涙を拭い、再び頭を下げて言う。
「あなたがそう仰るなら、私はこの国を守ることでその贖罪とする。命に賭けても、この国を守り抜く……」
「ああ、そうしてくれ」
ベートの心は固まっていた。ヴォルト捜索の為、魔獣国に行く。魔獣王との戦いも辞さない覚悟だ。だから各国の要に協力を仰ぐ。それ故、要である自分がいなくなるこの国の守りを誰かに託したい。彼はそれに最も適した人物であった。サーフェスが頭を上げて言う。
「ベート殿、ひとつお願いがあるのだが……」
ベートが少し笑みを浮かべて答える。
「ああ、多分俺も同じことを考えていた」
サーフェスが言う。
「私は強くなる。この国を守る為にもっと強くなる。その時、消えてしまった決勝戦をやってくれないかな?」
要祭トーナメント。エレファント・ゾウが失格になったことで、ベート対サーフェス戦が決勝になるはずだった。ベートが親指を立てて答える。
「無論だ。俺は負けないぜ!!」
「ああ、楽しみにしている」
この日、要祭以来初めてサーフェスに笑顔が戻った。
だが、ベートを取り巻く環境は彼の意思とは別に風雲急を告げていた。
「国王、大変です!! 隣国サーマルト王国が我が国に宣戦布告!! 国境沿いで争いが始まっています!!!」
ベートが向かう隣国サーマルト王国。魔獣国の放った刺客により内部崩壊が起こりつつあった。




