15.序列伍位の力
「うぉぇ……、うぐぅ……」
激しい腹痛と嘔吐。ベートはたまらず闘技場の床に四つん這いになって体を震わす。大事な要祭当日に何たる不運。理由は分からないが上も下も筆舌に尽くしがたい状況となっている。
「き、貴様。まさか、【根源たるマナ】か……?」
ようやく起き上がったゾウが、目の前の小さな茶髪の少年を睨み鼻息を荒くする。黒い皮膚に巨大な四本の牙。装甲は一部破壊されたがその威圧感は霞むことはない。ベートが顔を上げ、指を差し言う。
「お、教えろ。ジジイ、シンデレラ・ヴォルトはどこにいる!!」
ゾウが巨大な鼻を揺らしながら答える。
「貴様、それが人様に物を尋ねる者の態度か? 名を名乗れ。我は魔獣軍『序列伍位』エレファント・ゾウ。知りたければ、我を叩きのめして聞くが良い!!」
太く圧のある声。ベートが激痛を堪えながら答える。
「俺はシンデレラ・ベート。ジジイの弟子!! 俺が相手だ!!!」
ベートから発せられる無のマナ。それを感じ取ったゾウが思う。
(こいつか? 間違いなくオリジンの発現者だが、それにしてもマナが弱い。とてもあのレイ・エレガントを退けた者とは思えぬ……)
ゾウは考えた。目の前の茶髪の少年以外に他にもオリジン発現者がいるのか? だがすぐに鼻を振って思い直す。
(まあいい。それよりも今はこの危険分子を全力で潰す!!!)
大半の観客が避難した闘技場。それでもまだ多く残る人々が、再び攻撃に転じたギガ・エレファントを見て悲鳴を上げる。
(障壁っ!!)
ガガン!!!!
ギガ・エレファントの太い鼻。幾名もの国防隊を潰してきたその凶悪な一撃を茶髪の少年が受け止める。
「ふうーっ、んっ!!」
息を吐き、そして停止。ベートが右手を差し出し、心で叫ぶ。
(爆ぜろ!!!)
ドオオオオオオオオン!!!!!
「ぐっ……」
ギガ・エレファントについた装甲が爆音と共に破壊。音を立てて崩れ落ちていく。
「はあ、はあはあ……、うぉっ……」
深く息をし、再び嘔吐に耐えるベート。腹痛と吐き気で眩暈が止まらない。
(小者とは言えこれがオリジン! しかも無詠唱での発動。なんと厄介な能力。全力で潰さねばならぬな)
ゾウの気合が一段階上がる。
「ブオオオオオオオオオオオン!!!!!」
鼓膜を破るような咆哮。闘技場に置かれたテーブルや椅子がガタガタと揺れ始める。ゾウがその巨大な右足を上げ、ベートめがけて素早く降ろす。
ドン!!!!
「くっ!」
腹痛で集中力が欠けていたベートが、間一髪それをかわす。だが目の前に突如現れた巨大な鼻を見て顔が引きつる。
(しょ、障壁……)
発動した、はずだった。
ドオオオオン!!!!
「ぐあああああああ!!!!」
ベートのオリジン発動条件は無呼吸。畳みかけるようなゾウの攻撃に、呼吸の停止ができず無防備のまま直撃を受けた。
「うがっ、がっ……」
国防隊員同様に激しく吹き飛ばされ、倒れるベート。『序列伍位』と言うが、その破壊力は先に対戦したレイ・エレガントに引けを取らない。
(骨は、大丈夫か……、だがあの力、マジでやべえ……)
ベートが青い顔してよろよろと立ち上がる。オリジンなしでは全く話にならない強者。ベートが深く息を吐きつぶやく。
「闇雲に戦っていてはダメだ。そんな相手じゃない。ならば……」
ベートの周りにマナが集まる。同時に薄くなる存在感。無であり、根源を成すマナの本質。駆け出すベートにゾウが言う。
「未熟であろうがこれがオリジン。魔獣王が唯一恐れる人族の武器。だが……」
ドン、ドドドオン!!!!
駆け回るベートをゾウが素早く巨大な足で踏み潰そうとする。
「ぐっ……」
腹痛に嘔吐。最悪の状態の中でベートは駆け回り、そして息を止め狙いをつける。
(爆ぜろ!!!)
ドオオオン!!!
狙いは彼の鼻。最も厄介で、最も攻撃力のあるゾウの武器。だが堅固さを誇る彼の黒い皮膚が、そんなベートの攻撃を受けながら反撃に出る。
ドン!!!
「ぐがあっ!!!」
走りながら呼吸を止めマナ放出。攻撃にも呼吸を止めマナで防御。まだ慣れぬ戦いにベートの足は止まり、息が上がる。
「はあはあ、はあ……」
再びベートが走り出す。所謂ヒット&アウェイ。だが防御が間に合わず何度もその凶悪な鼻の餌食となる。
ドン、ドドドオン!!
幾度も凶悪なゾウの攻撃を受ける少年。その様子をずっと見ていた観客から嘆きの声が上がる。
「もうダメだ。長官も負けちゃったし……」
「ああ、もう終わりだ……、誰があんなのに勝てるんだよ!!」
ヴォルト無き今、最も頼りだったはずの国防長官サーフェスは既に敗北。隊員達は必死に観衆の避難を行っているが、肝心のギガ・エレファントの相手は小さな少年一人。絶望。要無き国とはここまで弱体化するのかと、皆が嘆く。
「国王、もう限界です。早く避難を!!」
シルバーナイツ国王を警護していた防衛隊員が悲痛な表情で言う。既に敗北濃厚。ここに居ては国の頭を失う事態となる。国王が答える。
「まだじゃ。まだあの悪魔に抗う者がおる。ワシは、見届ける。何が起ころうと最後まで見届ける」
頑として動かぬ国王。その視線の先には茶髪の少年の姿があった。
「悪くない作戦だ。私の最強の武器である鼻を集中攻撃。理に適っている。だが……」
ドン!!!!
「ぎゃああ!!!」
ベートの攻撃を受けながらも、ゾウは強引に鼻を振り回し反撃を繰り返す。鼻から出血はあるものの致命傷までは至らない。
「弱い。この程度か? だが腐ってもオリジン。今のうちに潰しておかねばならぬ!!」
鼻の直撃を受け倒れたベートに、初めてその巨大な足の攻撃が入った。
ドン……
「ぎゃあああああ!!!!」
巨大な足に踏み潰されるベート。咄嗟に障壁を張ったものの、相手の威力が強すぎる。
「ベートぉおおお!!!!」
民の避難を行っていたミリザが堪らず声を上げる。序列伍位とは言え、圧倒的力を持った魔獣軍幹部。何もできない。非戦闘員の彼女にはただただ祈るしかなかった。
(い、息が……)
ギガ・エレファントの足を全身に受けるベート。辛うじてオリジンの障壁で耐えているが呼吸をした瞬間、障壁が消え、その重みが一気に体を襲う。ゾウが言う。
「弱き人族よ。さあ、諦めろ。一息に潰してやる。さあ、諦めよ!!!」
グギギギギ……
より強くなる圧。息を止めながら耐えていたベートに呼吸の限界が訪れる。
「はあーーーーーーっ」
息を思い切り吸い込んだ瞬間、オリジンが解除されゾウの足が全身を襲った。
「ぎゃああああ!!!!」
ベートの叫び声。同時に息を止めマナの障壁を張るが、体には巨大な万力に潰されるような激痛が走る。
(やべえ、死ぬ。これマジで……)
想像を遥かに超えたゾウの強さ。序列伍位でこの圧倒的実力。一瞬だけ、ベートがこの戦いを諦めた。
「ぐっ、がっ、ぁああ……」
声にならない声。ベートの視点が徐々にぼやけていく。強かった。魔獣軍幹部は自分が想像するよりもずっと強かった。ジジイに会いたい。会って謝りたい。ベートの目に涙が溢れる。その時だった。
「……ストーン、ピラー!!」
遠くからかすかに聞こえる声。同時に体を押さえていたゾウの足が持ち上がっていく。
(ぁ、これって……)
ベートは仰向けになりながら自分の周りの床から、巨大なゾウの足を持ち上げるように伸びていく土の柱を見つめる。
「はあ、はあはあ……」
顔を向け、その声の聞こえた方を見つめる。
(あれは、長官サーフェス……)
闘技場の端で応急処置を受けていたサーフェス。上半身だけ起こし、無意識のままかすれた声でマナを放った。そして目を閉じたまま再び倒れる。
(今のうちに!!)
ベートはゾウの足によって、ボロボロと崩れ行く土柱の間から素早く逃げるように移動。大きく息をしながらサーフェスを見つめる。
(助けられた。あのままだとやられていた……)
ベートは大きく息を吸い込むと無言で国防長官に礼を言う。
ドオオオン……
いきなり足の裏から現れた土柱を、ゾウが破壊しながら踏み潰して言う。
「まだこんな力があったのか。さすが国防長官と言ったところか……」
ゾウは倒れたまま動かないサーフェスを一瞥してからベートを見つめる。
「さて、お前の死期が伸びただけだ。では次こそ遠慮なく……」
体中から出血の激しいベート。骨や臓器の損傷も起こっており、ただ立っているだけでも不思議な状態。だが彼は両手を前に、巨大なギガ・エレファントに向けて突き出していた。決して諦めぬ目。ゾウが言う。
「まだやる気か!! さすがオリジン。だが今のお前に何ができ……」
そこまで言ったゾウがようやく気付いた。
「こ、これは!?」
見上げた空。自身の真上に、その巨体よりさらに大きなマナがいつの間にか集まっている。強力なマナ。これまでの攻撃がフェイクにすら感じる圧。堅固な皮膚に鉄壁の防御力を誇るゾウでさえ、この攻撃を受けたらどうなるか分からない。
「こんなに強えんだな、幹部って。ジジイ、あんた本当に凄かったんだな……」
ベートはそう小さく言うとふうっと息を止める。そして体が消える感覚と共に、差し出した両手をぎゅっと握りしめて言う。
(……爆ぜよ)
「や、やめろーーーーーーーーーっ!!!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
会場にいた皆が思わず耳を塞いだ爆音。ゾウが纏っていた装飾が四方に飛び散り、そして立ち込める白煙と共にその巨体が大きな音を立てて倒れた。
……ドォォン!!
「ははっ。やったぜ、ジジイ……」
同じくそれを見届けた茶髪の少年が、そう小さくつぶやいて倒れる。銀髪の少女が大声で泣きながら彼の元へと駆け寄った。




