13.凶悪な破壊者
本選に進んだ八名のうち、初戦に勝利した四名による準決勝が開始された。
一回戦は『第一隊長マグナス・レイサー』対『エレメント・ソウ』。それに続き『国防長官サーフェス・ベルモンテ』対『シンデレラ・ベート』の試合が行われる。
「ほんに滑稽な光景よ」
闘技場貴賓席でワイングラスを片手に観戦していたラスラメント侯爵が目を細めて言った。隣に座る彼の息子ザイールが頷いて言う。
「ええ。本当ですね、父上。あの『偽オリジン』の情けない姿。日頃の行いが悪いせいだね。でも勝ったのは許せない」
ラスラメント侯爵がワイングラスを揺らしながら言う。
「問題ない。何せ次は国防長官が相手だからな」
「はい」
ザイールが身を乗り出して闘技場に現れたマグナス・レイサーの応援を始める。
(しかし昼食に仕込んだ強力な下剤。薬を取りに来た際に渡した嘔吐剤。確かに効いているようだが一体どう言うことだ? それほどあの緑髪の対戦相手が弱かったのか? まあ、いい。次は派手に負けるはずだ)
ラスラメントは計画が上手くいっているのを感じながらも、試合に勝ってしまったベートにいまいち納得がいかなかった。それでも次は国内最強のサーフェス。彼に恩を売り、要に就任してくれれば家の安泰も続く。
「ち、父上っ!! あれ……」
「ん?」
そんな約束された将来を妄想していたラスラメントの前に、衝撃の光景が広がっていた。
「あ、がっ、がぁあ……」
「マグナス隊長!?」
それは準決勝第一試合で、無名のエレメント・ソウに一方的に殴られ続ける国防第一隊長マグナス・レイサーの無残な姿であった。マグナスも長身であったが、ソウはそれを遥かに上回る巨躯。そんなマグナスの頭をまるで子供のように掴み、サンドバックの如く容赦なく殴りつけている。
ドフ、ドフドフッ……
静まり返る場内。超満員の観客の中からは目を背け涙目になる者もいる。
(ど、どうなっているのだ……、マナが効かない……)
殴られながらもマグナスが再度反撃を試みる。弱々しく右手を上げ、小さくつぶやく。
「し、森羅万象を源に……、せし、雷のマナよ……、ら、雷撃と、ぃりて、敵を撃たん……、サンダーショット……」
ドオオオオン!!!!
すぐに雷鳴を伴い、ソウの脳天めがけて電撃が天より落ちる。
「!!」
だが黒の短髪に戦闘用マスクをつけたその巨躯の男は、まるで何事もなかったかのように拳に力を込めマグナスを殴り続ける。
ドフ、ドフ……
一方的。国を守る国防第一隊長の惨劇に会場は凍りついた。
「やめ、やめやめ!! 相手はもう戦意喪失している!! やめないか!!!!」
慌てて審査員がソウに大声で試合中を叫ぶ。振り上げた手を止めるソウ。意識を失ったマグナスをまるでゴミのように投げ捨てた。
「ひ、酷い……」
「マグナス様、大丈夫なの……」
精悍な顔立ちであったマグナスの顔が膨れ上がり、見るも無残な状況になっている。審査員がソウを指差し大声で叫ぶ。
「は、敗者への執拗な残虐行為。エレメント・ソウ、お前を失格とする!!!」
当然の判断。ソウは初戦でも相手を再起不能まで痛めつけている。ワイングラスを片手に余裕の表情だったラスラメント侯爵が引きつった顔になり思う。
(な、何だあの男は! 化け物か!? だがいい。あいつは失格。私の計画に狂いは生じない……)
サーフェス長官を要にする。それ自体に狂いはない、はずだった。
「失格? ……そうか。なら仕方ない。遊びはここまでだ」
それまで無口だったソウが小声でつぶやき始める。そして倒れたマグナスに駆け付けた救助隊員に、突如殴りかかった。
「ぐわああああ!!!」
「ぎゃあああ!!」
破壊者ソウの前に次々と救助隊員達が悲鳴を上げながら倒れていく。ラスラメント侯爵が手にしたワイングラスを落とし固まる。完璧だった要祭。何が起こった? どうしてこんなことに?
「止めぬか、貴様っ!!」
ソウの暴走に警備に当たっていた国防隊が駆け付け、剣や槍を突き付ける。それを見たソウが右手を上げ、無表情で言う。
「そろそろ頃合いか。暴れよ、同胞達!!!」
ここに混乱の始まりが告げられた。
「きゃああああ!!!」
「う、うわああ!! 魔獣族だ!!!!!」
観客席の至る所から上がる叫び声。会場に来ていた観客の一部が、突如魔獣族へと変獣を始めた。
「に、逃げろーーーーーーっ!!!」
「うわあああ!!!」
大混乱に陥る観客達。魔獣族出現と言うあり得ない現実に会場は大パニックに陥った。会場に居合わせた国防隊が叫ぶ。
「民の安全を第一に!! 手の空いている者は魔獣族を討て!!」
幸い、会場には多くの国防隊員が待機していた。突然の状況にもかかわらず、手際よく皆が協力して魔獣族の討伐に当たる。
「皆殺しだ。強き者は全て排除する」
そんな中、闘技場に立つエレメント・ソウは仰向けになっているマグナスへと歩みを進める。だがその彼の前にシルバーナイツ王国最強の男が立ちはだかった。
「止まれ、無法者よ。これ以上好きにはさせぬ!!」
精悍な顔立ち。洗練された所作。ヴォルト無き今、事実上国の支えとなっている国防長官サーフェス・ベルモンテ。その彼が凶悪な破壊者の前に現れた。ソウが言う。
「貴様は参加者の……、良いだろう。死んでもらうぞ」
ソウが戦闘態勢に入る。サーフェスも腰の剣を抜き、それに答える。
「何者かは知らぬが、このシルバーナイツで好き勝手はさせぬ!!」
サーフェスが剣を前に突き出し、マナを詠唱。
「森羅万象を源にせし土のマナよ。土壁となりて敵を挟撃せよ! ウォールバインド!!」
同時にソウの両側から盛り上がる土の壁。一瞬で彼を挟撃し、動けなくなったところへサーフェスが素早く剣戟を繰り出す。
「はあああああ!!!!」
ザン!!!!
「ぐっ……」
どんな攻撃でも微動だにしなかったソウ。初めてその鮮血がしたたり落ちる。
「頑張れ、国防長官!!」
「サーフェス様、お願い。やっつけて!!!!」
落ち着きを取り戻した観衆の一部がサーフェスに向かって声を上げる。突然の惨劇。そんな中でも彼の登場は皆に希望を与えた。
「ふん!!!」
ソウが土壁を破壊。拳を振り上げサーフェスに殴り掛かる。
「障壁っ!!!」
咄嗟にサーフェスが土障壁を張り、これを防御。だがソウの重い拳はそれを破壊しながらサーフェスに打ち込まれる。
ドオオオオン!!!!
「ぐわあああ!!!」
吹き飛ばされるサーフェス。想像以上の破壊力。自身の持つ防御障壁をまるで苦にしない。
「だが、負けない!!」
逃げ惑う観客。倒れたマグナス。大混乱に陥った一大イベントを見て、その怒りが最高潮へと達する。
「神聖な要祭を穢す蛮族め!! 生きて帰れると思うなよ!!!」
両手を広げ天を仰ぎながらサーフェスが詠唱を行う。
「森羅万象を源にせし土のマナよ。最強の鎧となりて我に力を与えん! ロックアーマー!!」
同時にサーフェスの体に発生する岩の塊。あっと言う間に彼を包み込むと、堅固な岩の鎧へと変化した。サーフェスが叫ぶ。
「戦闘能力と防御力を大幅に上げる最強の技。貴様にもう勝ち目はない!!!」
国防隊員達は、普段めったに見ることがない長官の奥義を見て歓声を上げる。
「長官、お願いします!!」
「あれが出たらもう負けないぞ!!!」
皆からの全幅の信頼を得てサーフェスが突撃。反撃するソウの右拳を左腕で受け止め、隙のできた瞬間に剣を振り抜く。
シュン!!!
「ぐがっ!!!」
斬られた胸から吹き上がるソウの鮮血。初めてその巨躯が後ずさりする。
(岩鎧にヒビが!? なんて威力だ……)
攻撃が効いたものの、絶対の自信を持っていた岩鎧が破壊されてしまっている。その恐ろしい威力に、サーフェスが改めて気合を入れ直す。ソウが斬られた胸を触り、赤く染まった手を見て言う。
「なるほど。国防長官か。少し油断があったかもしれない」
「はあ、はあ……」
剣を構えソウに対峙するサーフェス。大技に大量のマナを消費し、徐々に疲労が顕著になる。ソウがつぶやく。
「まだオリジンが見つかっていないのに、これは少々困った。致し方無い。少し本気を出すか……」
突撃のタイミングを見計らっていたサーフェス。だがそれより先にソウに変化が起きる。
「え……」
見上げるような巨躯の男。だが強い光を放つと同時に、その姿はまるで小さな山のように大きくなっていく。サーフェスが震えた声で言う。
「獣化……、き、貴様もやはり魔獣族か……!!」
獣化。魔獣族と猛獣族のみが持つ身体変化の能力。そして獣の姿になった時、彼らの真の力が発揮される。サーフェスが見上げ力なく言う。
「象……、象の魔獣族……、お前はまさか……」
見上げるような凶悪な象に変獣したソウ。黒い皮膚に巨大な四本の牙。鎧のような装甲を纏ったその姿は、まさに破壊者そのものであった。ソウが答える。
「私は魔獣族『序列五位』エレファント・ゾウ!! そして真の姿はギガ・エレファント!! さあ、人族よ。戦いの続きをしようか」
国防長官サーフェス・ベルモンテを含め、そこにいた全ての人々がその悍ましい姿に震え動けなくなった。




