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第五話 強ぇ杖


 事態は無事に収束した。盗賊達は奇跡的に全員が存命だったらしい。武装を解除された後、最低限の回復魔法をかけられ捕縛、街の警備兵によって連行されていく。

 街の中は未だに騒ぎが起こっていた。広範囲の視界外の盗賊達を一点に集め、上空へと飛ばして落とす。これは魔法が使えるもの達の常識を逸脱しているということを、私は知ることになった。


 もっとも、あんなに高く飛ばすつもりではなかった。これは正確な指示を出さなかった私のミスだ。アーシャもバツが悪そうにしていた。今後はネガティブプロンプトで「death」……死を明示的に制限しておいたほうがいいかもしれない。そうアーシャに依頼しておくことにする。


「なんで屋内の、見えてない人間がターゲットできるんだ!」

「転移魔法のそんな使い方があったとは……」

「発想はあっても……あんな多人数を一度にターゲットなんて無理だ!」


 冒険者達は、いや、この異世界の人間はみな魔法が使えるのが当たり前とのことだ。子供でさえ簡単な魔法は使える。だが、私が先ほど試みた魔法の使い方ができる魔法使いはここにはいない。それが出来るか出来ないか、それがこの世界の魔法に対する理解度の差ということなのだろう。


 そして、私達が魔法を行使しようとした瞬間。あの見慣れた精神空間。その光景はアーシャも認識していたようだ。

 アーシャの代わりに現れた石板は一体?この世界ではあの空間に接続して、魔法をやり取りしているのか?プロンプトを入力し、あの石板が魔法を返して、そして出力される……そんなプロセスをしているのか?

 アーシャと頭の中でそんな考察をしていると、リカバーさんが人混みを掻き分けこちらにやって来た。


「バウム……また助けられちゃいましたね」

「無事でしたか、リカバーさん。怪我はしていませんか?」

「大丈夫です、ちょっと頭の後ろにタンコブ作っちゃいましたけど……」


 リカバーさんは私達と別れたあと、宿泊先の宿屋に戻ったところを捕らえられ人質にされていた。後頭部に一発ボカッと受けて気絶してしまったそうだ。


「すぐ治りますよ、たぶん……回復魔法が使えれば治せたんですけどね……」

「じゃあ、今治しちゃいましょう」

「え?」


 リカバーさんの手を取り、またヒールを唱えてもらう。対象をリカバーさんに絞って、その場で回復させた。


「……あ!タンコブ治ってます!」

「それは良かった。それじゃあ私はこの辺で……」


 その場を離れようとしたそのとき。


「アイツよ!アイツがやったのよ!」


 女性の声がけたたましく響く。声がした方を見ると、コアが怒りの表情でこちらに指さしているのが見えた。


「あれをやったのはあたしじゃない!アイツなのよ!あの変な魔法使い!」

「お、おいコア、止せよ。お前がやったことにすればさ」

「冗談じゃないわ!あんなのあたし出来ないから!だからあたしをこの件で担ぐのはやめて!」


 広範囲指定集団転移(おおっとテレポーター)は魔法の行使者であるコアの手柄として処理されるはずだった。

 だが、どうやらコアはそれが不服らしい。


「バウムだっけ?よくもやってくれたわね……!」

「やったって、何を」

「あんたのせいであたしは……あたしは、超級魔法使いに認定されちゃったのよー!」


 ビシィ、とカードのようなものが突きつけられる。そこには、その世界の言葉で「コア B級冒険者 超級魔法使い」という文字が刻まれていた。


「……良いことでは?」

「よくなぁい!あんたも魔法使いなら知ってるでしょ!?この世界は、使った魔法の規模に応じて魔法使いの格が変わることくらい!あたしはね……あんたのせいで、一気に3ランクも階級が上がっちゃったのよぉ!」


 曰く、この世界では冒険者のランクとは別に、魔法使いとしての格式が存在する。より上位の魔法を使った、という履歴で格式は変動し、魔法使い間ではその競争が盛んだということだ。

 そして、上位になるということはそれだけ強力な魔法使いのグループに入るということであり、元から上位の魔法使いにとっては好ましくないことなので、同業者を潰しにかかる魔法使いもいる、ということだった。


 そしてさっき使った転移魔法は、その格式への評価値が高過ぎる、ということなのだそうだ。自分の身の丈に合わない評価を受けたくないので彼女は怒っているわけだ。

 この高飛車な少女がそんな周りに気を使う人間だとは思わなかったが、まぁ怒るのも頷ける話ではあった。


「じゃあランクを落としてもらえば?」

「言われなくてもそうするわよ!だからこの件、あんたが勝手にやったことにしてよね!あたしはまだ目を付けられたくないの!」


 そういってコアはずかずかとギルドへ向かっていく。セッサと……名前を知らないメガネも後を追う。


「……じゃあ、あんたがやったのかい?」

「どうやってやったんだ、俺にも教えてくれよ」

「ずいぶんひでぇ格好してるけど、お前ナニモンだ?」


 大衆の視線がこっちに移った。いきなり悪目立ちし過ぎだ。


「えーと……そのぉ……私、魔法使えないんで……」


 静寂。にぎやかだった広場の時間が一瞬止まったような気がした。そして、またどっとにぎやかさが戻る。


「魔法が使えないだぁ??兄ちゃん何の冗談だい」

「どれどれ〜?……なんだ本当に魔力がねぇぜこいつ!」

「それなのにあんな魔法使わせた、って……それじゃあんた、魔法使いじゃなくて、魔法使いの杖だ!あっはっは!」


 杖扱いである。しかし、自分自身他人の魔法に乗じて魔法を出力している自覚はある。『外付けの()()()()』より『魔法使いの杖』のほうがこの世界での自己紹介はやりやすいだろう。


「そうそう、私は強ぇ杖なんだ!どうだろう、誰か私を雇ってみないか?」


 再び場が凍りついた。それはさておき、この機会になんとか私の就職先を探そうとしてみる。しかし、思っていたのと反応は違った。


「あ〜、杖は間に合ってるんだ」

「さっきの若いねーちゃんが仲間になるなら考えたけど、あんたみたいな野郎じゃなぁ」

「食費や給料のかさむ杖は買えねぇなぁ」


 これである。私が男で魔法が使えないからか?この世界で魔法が使えない人間がおよそ人間扱いされないこと、それを知るのはまた後の話だった。

 大衆がはけて、あとに残ったのは私とリカバーさんだけだった。


「……見るな。私をそんな目で見ないでくれ」


 リカバーさんが無言でそっぽを向く。私は現実を前に泣きたくなった。


「まぁ、冒険者からすれば、魔法が使えない奴というだけで使えない認定されちゃうのは仕方ないことだよ」


 追い打ちをかけるように、横から声をかけられる。見ると褐色肌に黒髪で長髪の、身なりの整った男がこちらを見ていた。耳が尖っているあたり、彼はダークエルフのような存在だろうか。


「……なんだ?お前も私を笑いに来たのか?」


 ややキザったらしい雰囲気の彼に嫌味を吐く。こっちはボロ布1枚だというのに、貴族か何かが見世物を見に来たのかと勘ぐった。


「いやいや。冒険者にとっての君の価値は、そういうものだと言うだけさ。僕には君の価値がしっかり分かっているよ」

「トコル先生!」


 リカバーさんが声を上げた。どうやら知り合いらしい。


「自己紹介が遅れたね。僕はトコル。魔法学校で教師をやっているよ」

「……バウムだ。それで、魔法学校の人が私に何の用で?私を杖の標本にでもしようって?」

「おやおや。ずいぶん気が立っているようだね。まぁ、仕方ないか。群衆が君に向ける態度を見れば、君がそう思うのも無理はない」

「バウム、トコル先生は悪い人じゃありません。きっと話をしに来たんですよね、あの話を」


 その話は意外なものだった。


「私に魔法学校の先生をやれだって!?」

「うん。君は魔法に対する理解度が高いようだ。だから杖として、他人の魔法を強化する方法を知っているんだろう?」


 魔法学校の教師らしく、私のことをわかっているようだった。確かに今の私は誰かの魔法を強化する杖的な存在である。魔法をプロンプトに置き換えて、出力できる。

 このプロセスを理解している人が、魔法学校にはいるかもしれない。


「バウム、私からもお願いします!私……回復魔法が使えるようになりたいんです!もう一度学校に戻ってやり直そうと思っていたところで……」


 リカバーさんも頭を下げてきた。彼女は学校を一度出ているのに魔法が使えなかったのか。


「バウム様。私も賛成です。魔法学校ではこの世界における魔法についてのより深い学習が期待できます」


 そして、アーシャも乗り気だった。私の後ろで静かにしていたアーシャが、学習の場に反応したらしい。アーシャは知識欲が旺盛で、よく私の話に質問をしてくれていたっけ。


「それに、あの空間で感知した光景。あの石板が何なのか。その手がかりが得られるかもしれません。私は、あの光景には何かの意味があると思います」


 あの精神世界と石板の理解は確かに私も必要だと感じている。私とアーシャだけの世界に現れた、あの石板がなんなのか。それを解明するため、そしてアーシャのためにも、私はこの提案を受けることにした。


「わかりました。その話、引き受けましょう」

「あぁ、良かった。教師がね、一人足りなくなっていたところだったんだ。リカバーも歓迎しよう。君は私のもとで、もう一度勉強するといいよ」

「ありがとうございます、トコル先生!そしてバウム先生も!」


 先生。生まれてこの方教える側になったことはあまりない。教員免許も持ってないが、ここでの生き方は決まったようだ。

 魔法使いの杖として、魔法使い達の先生として、私はこの世界で与えられた才能を発揮しよう。


「それじゃあ、今日は僕が宿代を出すから、一緒にここで休もう。明日の朝ドヴェーに行って、その日は魔法学校を見学してもらおうか。君が教員になる手続きは僕がしておくからね」

「何から何まで、申し訳ないな……」

「いいって。この話はたぶん……君じゃないと務まらないからね。君みたいな逸材を見つけられて良かった」


 私でなければ務まらない?彼の言ったことの真意はわからないが、今日だけで色々ありすぎた私は考えることをやめて、宿屋で泥のように眠るのだった。

 意識を手放す寸前、アーシャの声が聞こえた気がした。


「おやすみなさいませ、バウム様。明日が良い1日になりますように」




■第五話 終了

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