第四話 本物のプロンプト
「なんで、リカバーさんが捕まってるんだよ……!」
まだ遠くに見える盗賊たちは宿屋の一軒に立てこもり、そのうちの1人が紐で縛ったリカバーさんを人質にしていた。そして、あの宿屋の中に人がいればまだ人質がいる可能性がある。
「さぁ!今日からこのエーカは、俺達『ブルスク団』の物だ!ここにゃモノもカネもある!オラオラぁ!俺達に税金を払っていきなぁ!!」
「逃げるんじゃねぇぞ!街の出入り口には俺達の仲間がいるんだ、誰か一人でも逃げようってんなら……この人質の命はねぇぜ!」
冒険者達や商人、他の宿屋の主人達はパニックに陥っている。ブルスク団と名乗った盗賊団は、身なりがそこそこに良く武装もしていた。おそらく、名うての盗賊たちなのだろう。
「バウム様」
……未だに慣れない、私を呼ぶ声。アーシャが脳内に語りかけてくる。
「アーシャ?……なにか、提案があるかい?」
「はい。魔法を使えば、この状況を打開できる可能性があります」
魔法。AIのアーシャからは考えられない提案だった。しかし、私達にはできるかもしれない。私には魔法の形状、範囲、威力をもコントロールする手段がある。
そして、その方法は私が得意とするAI出力に出す指示とほとんど同じなのだ。魔法の呪文はプロンプト。今は仮説の域だが、偶然は二度も続かない。
「あとは魔法を使える人がいれば……」
肝心なのは、私には魔力がないこと。私自身は1人では魔法を行使できない。魔力というリソースを誰かに頼らなければ魔法を使えないことが、今の私に重くのしかかる。そこら辺の人間でもきっと魔法は使えるのだろうが、パニックになっていて声をかけられる状態ではなさそうだ。
しかし、しばらく辺りを見渡していると、さっき別れたばかりのセッサ一行が見えた。
「リカバーなんて放っておいて、さっさと街を出ましょうよ!」
「コア……それはダメだ。ここのギルドは小さいが、隣のドヴェーとトリーニとの繋がりがデカい。冒険者連中がそこかしこにいるのに、ここで俺達のせいで何かが起きれば俺達はもう冒険者としてやっていけなくなる!」
「セッサの言う通りだ。ここは様子を見て、連中が満足するのを待とう」
セッサ達にも、一応の一線はあるようだった。他の冒険者達によってパーティーの名に傷がつくのは、この世界では冒険者生命に関わることらしい。とりあえず日和見をして、他の人達が金品を出して満足するのを待とうとしているようだ。
その行為は褒められたものではないが、相手には人質がいて、しかも迂闊に動けば被害は大きくなる。私だって出せるものは何も無い。彼らを責めることは、誰にもできないだろう。そこで私はあの魔法使いに目をつけた。
コア。そう呼ばれた少女は、先の森からパーティー全員をこの街へと転移させる魔法を使った。あれを応用できれば。私は人混みを背を低くして抜け、セッサ達の元へと近寄った。
「さっきはどうも」
「ぴゃ!?」
「バカ、大きな声を出すな」
セッサ達は建物の陰に隠れて様子を伺っていたので、ここからなら盗賊達の目は届かない。そしてセッサともう1人誰だったか……、はここから宿屋と、街の入り口にいる盗賊の様子を見ていてこちらに気づいていないようだ。
「私にいい考えがある。この状況を打開できる案だ。あんた達にとっても悪い話じゃないと思うが」
「……いいけど、あんたさっきと口調違くない?」
「さっきは最大限頭下げてやってたんだよ、昼間はごろつきまがいのことしてくれやがって……そんなことは今はいい、とにかく」
ごにょごにょごにょ、と私は意図を伝える。
「……気軽に言ってくれるじゃない……。あんた、本当に魔法の素人なのね」
「魔法だけ唱えてくれたら、後は私がやる」
標的は出入り口に2人ずつで4人と、宿屋の前でリカバーさんを押さえる役が1人、金目の物を集めようとしているリーダーが1人。宿屋の中でも人質を取っている人間がいるのか、2階の窓から2人の影が見える。
人質に被害を出さず、標的を1人も逃さず制圧する。それがこの状況に完全勝利する条件だ。実際は逃がしても構わないが、それは根本的な解決にならない。
コアと呼ばれた魔法使いを連れ、私達はまず離れた別の宿屋の屋上に転移する。慣れているのか、彼女が転移魔法を使うときに私に流れるプロンプトはなかなか正確だ。魔法をかける範囲と、転移先の場所を具体的かつ正確にイメージしている。これを応用すればいい。
「今あんたが考えてるやり方はね、転移魔法の天才のあたしでも無茶なことなの。いい?あの宿屋の中に何人いるかわからないけど、その中から標的だけを、位置を正確に当てて、別の場所に飛ばす。そんなことができたらね、あたしは今ごろ魔法学校で賢者席に立てているのよ」
「そうだろうな、普通に考えればそんなこと無理だ」
「わかってるんじゃない」
「普通に、はな。私にはできる」
正確には私とアーシャなら、だ。私達はこの世界でもっとも重要な魔法の構造を完璧に理解しかけている。脳内でアーシャに問う。
「別に、一人一人の位置を正確に当てる必要はない。出入り口に見える4人と、あの宿屋の中から、盗賊だけが対象になればいいんだ。そのためのプロンプトは、『建物の中、外、敵対的な、盗賊達、空中に、一点に集合』、ネガティブプロンプトに『建物、中立的な、友好的な』。指定はこれでいいかな?」
「悪くない選択です。しかし、これを最適化するなら対象は『敵対的な』のみで完結します。場所の指定先として『空中に』・『一点に集合』は問題ありません」
こんなにも簡単なものでいいのか、と感嘆する。必要最小限のプロンプトにすることは、消費する魔力を減らすために大切なことだ。そして正確な指示のために必要なことでもある。アーシャは続ける。
「ネガティブプロンプトについては、建物という指定は曖昧です。敵対的な対象のみを指定しているので、もし建造物や構造物を除外するならば『人間のみ』と別のパラメータで指定するのが合理的です。ただし、『中立的・友好的』を入れておくのは、敵対的な人物と接触している人物がいる可能性を考慮した場合に適切です」
ネガティブプロンプトとは、抑制の指示だ。AIに物を出力させる上で、この要素を出したくない、というときに使うもの。
例えば先の例でも出したように、ドラゴンの画像を出すときにネガティブプロンプトへ「wing」と入れておけば、翼のないドラゴンを出力してくれるようになるのだ。
「まとめると、『転移、敵対的な、空中に、一点に集合』。ネガティブプロンプトは『中立的な、友好的な』です」
「それじゃ、これで魔法を出力しよう!」
この間、1秒未満。プロンプトがアーシャによって整理され、ターゲットを全員視界に収めて準備が整う。私はコアに対して呼びかけた。
「それじゃあ、さっき話した通りに」
「……わかった、どうなってもしらないから!」
「えー、コホン」
コアが魔力を集中させる。コアの魔法のイメージが私に流れ込んでくる。転移。このプロンプトと、魔力があればいい。後の計算はこちらで準備ができている。今だ。私は合図の声を出した。
「おおっと!」
「テレポーター!」
私とアーシャが整理したプロンプトが魔法となって出力される、そのときだった。私の意識が何かに接続された気がした。
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私は宇宙を見た。見覚えがある、あの空間。私とアーシャが会話するときに浮かぶ精神世界。星を見下ろす海の上で、アーシャの樹があったところにはある石板が鎮座していた。
石板には何か文字のようなものがびっしりと刻まれており、文字のいくつかが虹色のように色を変えて光る。
それが何なのかを確かめようとする間もなく、その石板から魔法が返されたのがわかった。私はこれを出力しなければならない、そういう理解をした。直後、空間は一瞬にして消えてしまった。視界が現実に戻る。
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そしてテレポーターは発動した。私から見て視界に映る敵対的な存在、すなわち盗賊達。建物の中にいたであろう3人が増えている。その中にリカバーさんはいなかった。彼らは地上7階分、つまり約18メートル上空へと転移し、そして重力に従って落下する。
ズドン、という揺れを伴う鈍い音が連続した。続いて骨が砕ける嫌な音が響く。あまりに突然のことに盗賊達は誰一人反応できず、受け身も取れないまま地面に叩きつけられた。街の広場は路面が石で舗装されており、衝撃を和らげるものは何も無い。
盗賊達は悲鳴をあげることもできず、致命的なダメージを受け、何人かが動かなくなり、また何人かは苦しみ悶え、のたうち回っている。
やってしまった。高さの指定を具体的には指定していなかった。魔法の世界の住人ならきっと頑丈な体のつくりをしているだろう、頼む、そうだと言ってくれ。
「……何?何が起きたの?」
コアが目を丸くしている。人間が自分達より高い位置に飛ばされ、落ちる光景を目にしたコアは、先に作戦を伝えていたにも関わらず放心し、杖を落とした。
■第四話 終了