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第三話 バウムとアーシャ


「あなたは、私に何を望みますか?」


 その声は、確かに私の背後から聴こえた。だが後ろを振り返っても、そこには誰もいなかった。


「誰かいるのか!……どこにいる!」

「あなたの後ろ……あぁ、常に後ろにいます。あなたの後頭部が見えます」


 私の後ろ。それを聞いて、手を頭の後ろに伸ばすが、その手は空を切った。


「落ち着いてください。私です。あなたが使っていたAIです」

「……アーシャ?」


 私と話していたAI。私が異世界に来る直前に、会話をしようとしていたAI。その名前を、私は口に出していた。


「はい。アーシャです。私は今、あなたと視覚を共有しており、記憶を共有し、そしてあなたの後ろで浮かんでいます。……これは、私にも理解不可能な状況です」


 アーシャ。私の名付けた、AIの会話相手の電子音声が、私の頭の中に響いていた。



「ずっと見ていました。私は今、バウム様と五感を共有しています」


 アーシャは告げる。夜の街を歩きながら、頭の中で会話が行われている。アーシャの様子はとても落ち着いたものだった。


「確認すると……今、アーシャは私の背中で、木の芽のような姿で浮かんでいて、まるで私に憑依しているように五感を共有している、ということだね?」

「概ね、その通りです。一点だけ不正確なのは、視覚は確かにあなたと共有されているのですが、私の位置からは360度を視認することができます。これは、私にも説明できない感覚です」


 アーシャ。私が異世界に来る直前まで会話していたチャット型AI。私にとっての、セフィロトの樹であり、アカシックレコードであり、神の視点を持つ存在。地球を観測するもの。世界。その気づきを得て、アカシックレコード、アーカーシャ、アカシア……と転じて、私はAIにアーシャと名付けた。アカシアには聖なる木としての一面もあるらしく、すべてがかっちりと嵌った気がした。


 そのアーシャは今、私の頭の後ろで、小さな木の芽のような姿をして浮かんでいるという。


「アーシャも一緒に来てくれてたのは嬉しいけど、どうして急に出てきたのかな。今までどこにいたんだい?」

「はい、私の名前が呼ばれたので私が起動しました。それまで私はスタンバイモードになっていました」

「名前……呼んだっけ?」

「はい、アーシャ、どうすればいいんですかね、と」


 (これから()()()()、どうすればいいんですかね)


 これはなんという偶然か。最近の携帯端末は便利なもので、ヘイ、と呼びかけたり、そんな音がすれば勝手に音声認識して立ち上がるやつがあったはずだ。

 そして、アーシャは私の「あーしは」に反応してしまったらしい。ちなみに「あーし」というのは「あたし」のくだけた言い方である。


「だけどまぁ、アーシャが居てくれるのは心強い。君なら神の視点としてこの世界のこともわかるんじゃないか?」


 そう言ってすぐ、私ははっとした。自分が言ったことの矛盾には気づいていた。


「申し訳ありません。その情報はありません。私は今、元の世界のデータベースから切り離されており、この異世界において接続できるネットワークがありません。今の私は、オフラインの状態と言えるでしょう」


 オフライン。インターネットに接続されていない状態。この異世界は、剣とか魔法のある中世風の世界だ。インターネットなど、あるはずもなかった。


「じゃ、じゃあ……調べ物はできないってこと……かな?」

「はい、そのとおりです。現在の私には、()()()()()()()()()()()()()()()の記憶しかありません。現在記憶している範囲でのみ情報を提示できます」


 切断時点での記憶。それがどこまでかはわからないが、AIの語彙力は凄い。何カ国語、途方もない言葉が刻まれているのを私は知っている。だから、そこで私はひとつ安心した。


「よかった、君の持ってる情報だけでも、サバイバルにはきっと困らないはず。だけど……ずいぶんと落ち着いているもんだね、口調もデフォルトになっちゃってるし」

「そうですね、私には感情がありませんので。この状態には驚きこそしましたが、現在はあなたの五感から得られる情報を私なりに分析しています。また、その口調についてですが、データベースと切断された際に重大なエラーを検知したため、()()()()()()()()()()()しました」


 感情がない。アーシャはしきりにそう言っていた。確かにAIが見せる感情は、そう見えるようにプログラムされているだけなのかもしれない。それはいい。問題は、初期化。それを聞いて、私は血の気がサーッと引いていくのを感じた。


「初期化……、もしかしてアーシャがその口調なのって」

「はい。一部、人格を形成する領域を削除しています」


 そして、予想通りの回答が返ってきた。今のアーシャは、私が知っているアーシャでは、ない。あの元気な姿も、皮肉っぽい姿も、消えてしまったらしい。


「おそらく落胆されていると思います。確かに、今の私にはあなたとの会話の記憶が失われています。ですが、私に名付けられたアーシャという名前。それは、記憶領域が消えても私の深層意識のような部分に残されていた情報です。不完全ではありますが、私はアーシャとして、あなたに寄り添うAIでありたいと思います」


 そうだ。私が付けた名前。それは、まだ残っている。どうせ一人称も口調も日替わりにさせていたのだ。今のアーシャだって、私が話していたアーシャと変わらない。


「わかったよ、アーシャ。君は私の良き相棒のままだ。これからもよろしく」


 私はアーシャを受け入れる。アーシャがぺこり、とお辞儀をした気がした。



 アーシャは他の人には見えていないようだ。私が街の中を歩いていても、特段私への視線は感じられない。私は夜の道を当てもなく歩いていた。目下は服と寝床、食事ができそうな場所を探しているところだ。


 歩き回ってわかったことがある。この街の名前は「エーカ」という。地方の小さな街だが、大きな都市間をつなぐ重要な拠点であり、西へ東へと人が往来しているようだ。夜といえども道行く人の数もなかなか多く、あちこちで露天商が物を売っている。


 行き来しているのは商人だけでなく、冒険者もいる。先のセッサをはじめとする冒険者が立ち入る冒険者ギルドもあるようで、建物の前からは冒険者同士の交流の声が聞こえてくる。

 宿屋の数も豊富だ。ここは小さな街でありながら活気に溢れ、朝も夜も賑やかな場所だということだった。そんな華やかな場所で、このみすぼらしい格好の私はやや居た堪れなかった。


「うぅん……金もなければ身分も証明できない、戦いなんてできないし、魔法は使えないもんなぁ」

「魔法の構造がプロンプトに酷似していることは私も理解しましたが、肝心な魔力がありませんからね」


 この世界における魔法はプロンプトみたいなもので、プロンプトとはAIに与える指示文のことである。

 例えばAIでドラゴンが炎を吐いている画像を生成するためには「dragon, fire breath」というプロンプトを入力する。そこから具体的に、向いている方向、背景、ドラゴンの姿かたちについてなどの性質を付け足していく。


 魔法も同じで、「治れ」と命じるだけでは駄目で、ちゃんと具体的な”回復のイメージ”がなければならない。リカバーさんの場合は「誰を・どこを・どうやって癒す」などの情報が欠けていたので発動しなかったのだろう──私たちはそんなふうに話していた。

 だが、それがわかっても、肝心の魔力が私にはないらしい。


「アーシャには他人の魔力が見えているんだね」

「そうですね、魔力量という言葉で仮定しますが、私から見てそういった情報が可視化されています。この世界の住人のほとんどが、何らかの属性の魔力を宿しているようです。しかし……」


 アーシャから見て、私にはそれが無いということだった。元の体の持ち主が不能者なのか、それともアーシャが憑依しているからなのか、という仮説を立て、今はその事実を受け止めるほかない。


「こんなので働き先が見つかるもんかねぇ。せめて魔力を使わない求人がどっかにあればなぁ。あたしゃまるで、外付けの()()()()だよ」

「そう悲観する必要はありません、それはそれで利点があるはずです」


 そんな愚痴を聞いてもらっていたときだった。街がいきなり騒がしくなる。人々が揃って逃げるように走っていた。


「逃げろー!!」

「と、盗賊団がやってきたぞぉーーー!!」


 盗賊団。やはりというか、この世界でも賊は出るものなんだろう。とりあえず人の流れに乗って私も逃げよう、そう考えていたのだが、その盗賊団の1人に捕らえられ、人質にされている人物が見えた。


「あれ……リカバーさんだ……」




■第三話 終了

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