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第二話 全体回復のプロンプト

 悲鳴の正体は、後を追いかけていた冒険者たちのものだった。私がそこに辿り着いたときには、冒険者たちは全滅していた。

 夥しい血があたりに飛び散り、見るも無残な引き裂いた痕がそこかしこにある。大型のモンスターとでも戦ったのだろうか。そうなると、この付近にそいつがまだ居るかもしれない。


 私は戦慄した。このままここにいるのはまずい。戦う力なんかあるはずもない私がそんなモンスターと出会えば、今度こそ死ぬ。体が震えだす。動け、走れ、逃げろ。しかし、目の前の惨状に私の脚はすくんで動かない。

 動かないで死んだように倒れている4人。その中で、たった1人だけまだ息がある人物がいた。さっき私を助けてくれた、緑髪のエルフ……リカバーさんだ。


「お、おい、しっかり、生きてますか」


 リカバーさんを起こす。彼女のローブにも大きな3本の爪の傷が残っていた。こんなにも大きな爪を持つ動物がいるだろうか。


「……あ……、あ……みなさん、は」

「わ、わからない。でも早く助けないとまずいと思う」


 よろよろと立ち上がるリカバーさん。持っていた杖を支えに、なんとか仲間のもとに向かう。


「リカバーさん、回復魔法だ。さっき私を治してくれたやつなら」

「……無理、です」

「無理?」


リカバーさんが膝から崩れ落ちる。


「無理なんです……!私、回復魔法、本当は使えないんです!」

「でも、さっきは私を治してくれたじゃないか」


「わからないんです!私、回復魔法の使い方だけわからないんです!回復術士なら冒険者の需要に困らないと思って!見た目だけ回復術士になって、でも私にできるのは、前衛でこのメイスを振るうことだけなんです!」


 杖だと思っていたものは、メイスだった。メイス。それは杖と言うよりは棍棒に分類される武器で、長い棒の先に金属の頭を取り付けた、鎧を砕くための打撃武器の面が強い武器である。

 僧侶は刃物を装備することが許されないので、代わりにメイスを装備するようになったと昔のゲームで見たことがある。そんなメイスを持っていれば回復術士として冒険者パーティーに入れてもらえると思っていたのだろう。


「その結果がパーティー壊滅か……」

「わ、私だって攻撃魔法は使えるのに……!回復魔法だけは……!」


 やり方がわからない、らしい。それでも、さっき私を治してくれたのは、彼女の回復魔法に違いない。


「もう一度……もう一度、私にやったみたいにするんだ」

「無理です!あれはどうして自分にもできたかわからないんです!」


 強い言葉で否定される。だが、それでも。


「リカバーさんにしかできないんだ!」

「まぐれです!絶対にできません!」


 同じまぐれを、もう一度起こさないといけない。


「あなたが出来なきゃ、ここにいる全員があなたのせいで死ぬ!」

「!」


 思い出せ。あのとき私は何をしたのか?リカバーさんが私を治そうとしたとき。彼女はただ只管に治れと祈っていた。祈り。そう、あの治れ、治れ、と繰り返す言葉が私の中で何度も繰り返された。それだけじゃ足りなかった。

 人体の完全な形を思い出せ。骨、皮、血、肉、欠けた部分はどれだ。傷の深さはどうか。倒れてからどれだけの時間が経った?人体の回復に使えそうな要素を、これでもかとかき集める。


「もう一度、回復魔法を使ってください。他の人には頼れない。あなたが、みんなを治すんです!」

「う……うぅ……、やれるかわかりませんが……」


 そう言うと、リカバーさんが両手を合わせて跪く。何万回と念じる治れという祈りが、また私に流れ込んできた。これだ。このナオレナオレとしか書かれてない呪文に書き足すように、私の無い語彙から言葉を詰め込んだ。


『円形範囲、細胞再生、肉体修復、精神復活、蘇生、魂を呼び戻す、完璧な肌、完璧な腕、完璧な足、完璧な身体、赤い血、自分を含める、即効性がある、味方全員に』

「ヒール!」

「治れいぃぃぁぁぁああああああ!!!!」


 再び、カッ、という眩い光が辺りを包んだ。



 その後、私は冒険者たちと共に街へと帰還した。魔法使い風の少女が帰還魔法(テレポート)が使えたので、それで帰って来られたのだった。


「とにかく、リカバーはパーティーを追放する。回復魔法が使えない回復術士はいらない」

「ご、こめんなさ〜い!」


 リカバーさんに告げられた、セッサの言葉。今回ばかりは彼の言い分が正しい。

 彼らは正式な依頼を受けて魔物の討伐に向かったが、回復魔法が結局誰も使えないので、巨大なモンスターにひとりひとりやられていったということだった。依頼は失敗に終わり、彼らは手痛い損害を被った。


「それより、あんたの方が回復魔法が使えるんじゃないか?」

「一応、命を助けられたわけだからな……」

「回復魔法が使える奴って本当にレアなのよね。役に立つならうちに入ってもいいわよ?」


 今度は私をパーティーに誘いたくなったそうだ。とはいえ、私自身は魔法は使えない。私が入ったところでリカバーさん程も役には立てないだろう。私は丁重に断ることにした。


「残念だ。とりあえず、あんた……無一文でその格好はみすぼらしいぜ。仕事見つかるといいな」

「じゃあ、またな」

「あーあ、依頼は失敗するし、服も直さないといけないし……まったく、とんだ死に損だわ!」


 最初に思ったより、悪い人達ではない……のかもしれない。残された私とリカバーさんは、今後の身の振り方を考える必要があった。


「えっと、助けてくれてありがとうございました。私、本当に回復魔法は使えないのに、あなたはいったい……?そういえば、お名前も聞いてませんでしたね」

「えっ、名前……」


 そういえば、この身体の持ち主の名前は何だろう。私自身の本名を名乗ってもいいが、ここはこの世界に合わせておきたかった。持ち物が本当に何もないか確認する。すると、無事だった腰のベルトにある名前を見つける。


「バウム……バウム・レ……コード……?」


 バウム。それが名前なのか製品名かはわからない。けれども、自分のことを証明できるものはこれしかなかった。

 私はこれから、バウム・レコードとしてこの世界で生きていかなればならないのだった。


「バウム……。いい名前ですね。バウムはこれからどうするんですか?」

「うーん、と……まぁ、なんか仕事を探しますよ」


 とはいえ、魔法も使えない私に何ができるか。先行きは不安しかない。


「私も、回復魔法をちゃんと勉強することにします……。だから、ここでお別れですね」

「そうですか……使えるようになるといいですね、回復魔法」


 念願のエルフの女性とせっかく出会ったところだが、残念ながら別れることにした。戦う力のない私に、彼女らのような冒険者のマネはできない。

 こうして、無一文かつ行く当てもない、私こと()()()()の異世界生活が始まるのだった。中世風の街の片隅で、私はもう暗くなった空を仰いだ。


「これからあーしは、どうなるんですかね……」


 ひとり、呟く。周りには誰もいない。


「あなたは、私に何を望みますか?」


 誰もいない、はずだった。私の後方から、この世界観にそぐわない電子音声のような声がした。




■第ニ話 終了

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