第二十二話 王都マラソン 後編
「ヒャッホーっ!!」
ロープが飛ぶ!宙を走る!鉄骨を潜り抜ける!工事現場の真上で、俺は今までにない高揚感を味わっていた。マラソンレースの最中だというのに、このスリリングなアクションが楽しい!
先生に先にここで工事があることを教えてもらえてよかった。朝イチの出来事だったから、このことは魔法学校の他の組は知らない。だから俺だけが今、この道なき道を駆け抜けている!
「デルの坊主じゃねーか!入るなって書いてあったろ!」
「げっ、わり!迷惑はかけねーから見逃してよ!」
「しゃあねーな!王都マラソンだろ?頑張ってこいよ!」
「おう!」
現場のオッチャンに怒られちゃった!でもこれもレースの一環ってことで、俺はこのまま行くぜ!
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「デルが無事に工事現場を通り抜けたようね」
「落ちたらと思うとヒヤッとしましたが、ショートカット成功ですね。そして後続は……あ、やっと迷宮地帯を抜けられたようです」
デルから少し遅れて1組、2組、4組と続きます。一般参加勢も迷宮地帯をなんとか攻略して、デルの後を追いかけます。脚力強化をしている組が先行しているようで、加速魔法を使った組は若干お疲れ気味です。ここは解説した通り、ですね。
「でもこれでやっと先頭争いってところかしら、油断できない距離よ」
「はい、残り半周もただでは終わらないでしょう、次はどんなハプニングが起きるんでしょうか!」
「王女様もトロもノリノリだなぁ……」
「生徒と観客もあの実況席に釘付けだぜ。ありゃレースより王女様見に来たって感じか?」
「あんな楽しそうな王女様見たことないもんな。そりゃ、沸き上がるってもんだ」
オルトとラウザに指摘されてはっとしますが、私は今がとても楽しいのでこのまま続けます。
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〜7組視点〜
「ウソ、だろ……、かけられる、バフ、全部、かけた、はずなのに……」
迷宮地帯をやっと抜け出したところで、俺は疲労困憊、限界に達しようとしていた。他の組はまだ余裕がありそうな顔をして、先を走っていく。強化魔法はかけてから解除されるまでに制限時間がある。
王都周り10kmを走る程度なら強化がかかっているものだと思っていた。こんな回り道をさせられるとは思わなかった。かけたバフの分だけ、負担が一気に押し寄せてきた俺はもう走る気力を無くしかけていた。
「どうしたんだい、そんなところでへばって。まだ半周もしてないじゃないか」
ふと横を見ると、怪しげな老婆がこちらに声をかけていた。まだ、半周もしていない事実に絶望する。
「おまけに最下位ときたもんだ、辛いだろう悔しいだろう。そんなお前さんに……ほれ。この薬をやろう」
「薬……?魔道具の押し売りなら、間に合ってるっての」
「だが、このままでは無様に最下位を取るしかないのぉ」
それは……。
「ヒッヒッヒッ、タダでいいから飲んでいきなさい。わしゃ、アンタのことを応援しているからねぇ……」
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〜ふたたび、実況席〜
「さぁ場面は5キロメートル地点に差し掛かったところです!あっ、あれは!」
「トコル先生!?なぜあんなところに!?」
デルと後続の1組生徒スタックさんが丁度半周地点に差し掛かったところで待ち構えていたのは、2組の担任であるトコル先生。先生もレースに参加していたのでしょうか?
「ふふ、レースの走者ではないけど、僕も賑やかしに一役買おうと思ってね。さぁ、イリュージョンだ!」
刹那、トコル先生が魔法を唱えました。花火のような爆発が巻き起こり、平坦だった街道はぐにゃぐにゃと歪曲して、しかも波打っていて、とても走りづらそうになってしまいました。
「このレースの間は、ここから先1キロは道がこんなふうになっちゃうよ。頑張って走ってね〜」
「よ、余計なことしてくれやがって……!」
「先生がこんなことしていいのかよ!」
スタックさんとデルが息の合ったツッコミを入れます。ルールによれば、この半周地点でいずれかの先生が自分の組に有利にならない程度に魔法を使うことになっている、とのこと。
「え、アーシャ、そんなルールあったっけ?」
「はい。ルールにはちゃんと記載されていますよ、バウム様」
「なんで教えてくれないの!」
「すみません、私は聞かれないとお答えできないので……」
ちなみに解説役の私も今知りました。しかし道がこのようにぐにゃぐにゃになっては、先頭はもちろんですが後続も苦戦するはず。これは順位を左右するものになるのでしょうか?
「は、走りづれぇ……!着地しようと思ったところが、急に下がってリズムが崩れる……!」
「まともに走ろうとすれば脚を取られる……!くっ、どうすれば……」
先頭の2人は苦戦中、そこに後続も続きますが、同じく苦戦し始めています。道がぐにょんぐにょんで、あぁ、道行く人達もあの道に巻き込まれてしまいました。
「トコル先生なりのパフォーマンスですわね、あの人ああいうの好きですし」
「かくいう2組の生徒も……あぁ、やはりあの道に困っているようです。空を飛ぶことは禁止されているので、この道をどう抜けるかがポイントですね」
そう思っていると、遥か後方から物凄い勢いで走ってくる生徒がいました。
「ヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハハァァァァァ!!!!」
「あれは……7組のセーバーさん!土煙をあげて迫ってきます!」
おぞましい雄叫び……いえ、奇声をあげながら駆け抜ける彼は、他の組を弾き飛ばしながら爆速で先頭を追い上げてきます。
「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ァ!!!!」
「ぐぁっ!」
「な、なんだぁ!?」
彼はそのままぐねぐねと動く道に差し掛かると、なんと手を使って四足歩行になり、這いつくばりながらも恐ろしいスピードでその道を走り抜けていきます。その姿はまるで獣……いえ、虫のよう。
「な、なんですの!?あの品の無い走りは!」
「まるで理性がない……誰か彼に狂戦士化の魔法でもかけたのか!?」
「あらら。僕は彼を有利にしたかったわけじゃないんだけど……ほらほら、2組もがんばれ〜」
オーブは確かに後ろの方を映してはいませんでした。最下位だった彼がどこであの状態になったかを知る術はありません。あの走り方で、1組スタックさんと8組デルに追いつき、そして追い抜いてしまいました。
「うわ!なんだコイツ!」
「危なッ!」
ぐにゃぐにゃ道は1キロメートルもあり、それを通るのはとても大変です。それを軽々と進むセーバーさんに距離がどんどん離されていきます。
この種目はこのまま7組が1位を取ってしまうのでしょうか?
「そうは……させるかよッ!」
そのとき、デルが勝負に出ました。彼は持っていたロープを発光晶石の電灯に引っ掛けると、そのまま跳躍!電灯の周りをぐるんぐるんと回転し遠心力を付けては、街の外壁に飛びつき、そのまま壁を走り出したのです。
「壁を!」
「走ったぁ!?」
「んぬぉぉぉぉぉおあああああああああっっ!!!」
勢いのままに壁を走り、その勢いが弱まる前に次の電灯へと飛びついてはまた自分を回転させ、その繰り返しで壁を走り続けます。
「正気かアイツ!」
「アイツも大概やべェぞ!?」
ダンッ、ダンッ、ダンッ、と壁を蹴る音が響き、1位争いが8組と7組の間で繰り広げられます。しかし、デルは外壁というアウトコースを走っている上、勢いを補給するために電灯で回転する手間もあり差は一向に縮まりません。
「だが、1キロだけ走れば!」
そう、その間1キロメートル。そこだけ乗り越えれば、普通の道に戻れます。その先はもう妨害要素もないはずです。
「走っっっったらぁぁぁぁぁぁぁぁぁよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ダンッッッッ!!!とデルが波打つコースを乗り越え、元の道に戻りました。スタックさんは未だに波打つ道に苦戦中、セーバーさんとデルの距離およそ600メートル、さらに距離は離れていきます。
「やった!走り抜いた!」
「けどよぉ、あんな走り方したら流石のデルもへばっちまうぜ」
ラウザの心配どおり、着地したデルの表情は疲労が見えています。壁の長距離などという走り方のせいで強化魔法を使うよりも疲れているはず。依然、速さの衰えないセーバーさんに対して、勝機はありません。
「もういいですわ!1位なんて取らなくていい、無茶をしないで、デル!」
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「……っち、さすがに、疲れちゃった、かな……」
街一周。毎日のように走り込んで体力に自信のある俺でも、あんな壁走りはしたことがなかったし、重力に抗って走り続けるのは大変だった。足はもちろん、息も苦しい。こんな状態じゃ前を行くアイツには勝てない。わかってる。このクタクタな体を動かして、2位でいいじゃないか。ここまでみんな1位で来たんだ。大差はついてる。俺が頑張ることはない。よくやったよ、俺は。そう言い聞かせて、なんとか足を動かしていると……一番よく見る景色が目に入ってきた。俺の家の前だ。
「デルにいちゃん!がんばれ〜!」
家の前に、俺の家族が立っていた。父ちゃん、母ちゃん、そして弟のテル。
「お前が走者になるって聞いてな。きっとここを通るだろうと思って待ってたぞ」
「ほら、お水。あと半周よね。さっきの見てたわ、すごいじゃない!」
「デルにいちゃん、魔法覚えたんだろ!カッコいい魔法見せてくれよ!」
「父ちゃん……母ちゃん……テル……」
差し出された水をぐびりと飲み干す。家族の前で、カッコ悪いところは見せたくない。
「……おう!見てろよ〜?兄ちゃん、ここでも1位獲ってくるからな!」
そう、言ってやった。魔法を使うことはカッコ悪いことじゃない。さっきの鉄球転がしだって、エスケの風の妨害をしてたじゃないか。それにアイツが何か変な魔道具を使ってるのはわかってる。それなら、やってやるさ。
(魔力回路、接続!)
星の記憶に魔力の回路を接続する。イメージだ。より速く走りたい!
(炎!加速!走る!出力先は……この燃え盛る赤い髪!)
髪が燃え上がるように逆立ち、尾のように後方に伸びる。筒状になった髪の間にエネルギーが集まるのがわかる。このエネルギーを推進剤にして……
「ブーストォォォ……ファイアー!!」
髪から炎がボッと噴き出て、押し出されるように俺は駆けた。前方との距離がグングン迫る。走った跡が焼け焦げるが気にしない。俺は全身全霊、ありったけを込めて走る。スピードの、向こう側へ。
「キヒャ……く、来るな……来るなぁぁぁぁぁ!!!」
何も聞こえない。俺が地面を蹴り抜く音も、街の中のざわめきも、今追い越したヤツの声も。あらゆる音を置き去りにして、俺はゴールテープを引き裂いた。
■第二十二話 終了




