第二十一話 王都マラソン 前編
次の種目、10km王都マラソンはその名の通り、王都ドヴェーの外周約10kmを走るものになる。
大切なルールとして、後の種目では同じルートを飛ぶという飛行リレーがあるので、この種目では空を飛ぶことは禁止されている。
さらに、このマラソンは魔法学校の生徒だけでなく一般人も参加できるらしい。
これは魔法学校とドヴェーの都で協定が結ばれているもので、ドヴェーでは街の外周になるほど平民街になるわけだが、このマラソン中は外周のコースに沿った店の利用が認められている。
この王都マラソンを見物、応援するためだけにそこに店を出す人もいるらしい。世の中変わった人間もいるものだ。
この種目に参加するのは各組から1人まで。レースの様子は街の各所に取り付けられたオーブから校庭に映し出される。走者以外の生徒達はそれを観ていてもいいし、並走したり特定のポイントから応援してもいい。
8組からはフィジカルおばけがラウザなら、タフネスではそれ以上のデルが出ることになった。
「よしっ、準備バッチリ!」
デルが白いハチマキを巻いて、準備運動を済ませる。第1種目では一撃で決めてしまい、見せ場があっという間に終わってしまったので、この種目でもやる気を見せている。いいことだ。
対する他の組もそこそこ肉体派の生徒が出場するようだ。前の種目を見ていればわかるが、魔法学校は魔法を教えるところであるため、運動をする機会があまりない。だから体力勝負をするなら、個人的なトレーニングを求められる。
その点で言えば、デル達の学習は魔法と運動を両立するものだったので適役だ。魔法剣士型というのはメジャーではないらしく、普通どちらかを鍛えるのが一般的だそうだ。確かに私の好きだったゲームの中には、あるひとつの分野に特化した育成が良い、とされるものもあったが……
「強化魔法?いらないよ!ラウザが使わなかったのに、俺が使っちゃ格好悪いだろ?」
これである。魔法を使わないことは美徳ではないが、本人が基礎体力だけで勝負したいと言っているのだ。魔法学校らしからぬが、私は個人の意思を尊重したい。
「偉いな。ところでデル、ちょっと耳を貸してくれ。……ごにょごにょごにょ」
「そうなのか?わかった、それじゃ途中で……」
私は朝方、ある情報をキャッチしていた。それをデルに伝えておくことにする。
そして、総勢100人以上の走者たちがスタートラインに立った。
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「他の人達は加速系の魔法使ってるけど、デルは本当に強化魔法を使わないのかしら」
フィール王女がデルのことを気にかけている。強化魔法の中には自身の素早さを上げる魔法や、対象の時間を加速する魔法、単純に脚力を強化できる魔法もある。
「きっと使いません。デルは負けず嫌いですから、さっきのラウザを見てたら強化魔法なんて使わないと思いますよ」
「トロ。……そういうものかしら。舐めてかかって、遅れを取ってしまったら元も子もないと思いますけど」
「大丈夫ですよ、王女様。男の子ってそういうものですから」
「そういうものかしらねぇ」
実況はフィール王女、解説はトロがしてくれるだろう。私はスタートラインで開始の合図が鳴るのを待ち、そしてデルを見送った。
「3、2、1……スタート!」
そして、百人以上のランナーが一斉に走り出した。
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「先頭はやっぱり、強化魔法をかけた組ね。一般走者達とは速さが違うわ」
「走者が例年より多いので、応援する人を見逃すと探すのが大変になってしまいますね。デルは他の組に遅れて8位からのスタートです」
「強化なしで勝ち目はあるの?」
「では、強化魔法について解説しますね」
強化魔法。それは自身の肉体や精神に作用したり、時間を加速させたりと効果は様々です。かければかけるほど強化されるため、知っている強化魔法を全てかければそれだけ有利になります。
ただし、強化魔法をなんでもかければ良いというものではありません。強化魔法がかかった状態では確かに速く走れたり、より強い力を発揮したりできますが、その分の負荷はかかりますから、魔法が切れた後の反動はその状態で動いた分だけ大きくなります。
加速魔法はさらに顕著で、時間が速くなっても運動量は変わりませんから、その状態で1キロメートルを全力疾走したとしましょう。加速された時間の中でそれだけ動くということは、1秒間にかかる体の負担は加速された速さだけ増すことになります。
つまり、こういう長距離走における加速魔法は短期的には有利になりますが、かけるタイミングを間違えると半周走ったところで体力が限界を迎えることになるでしょう。
「なるほど、こういう長距離走では加速魔法は逆効果なのね。でも、強化の方はどう?脚力強化で10キロメートルは問題ないと思うけど」
「はい、その通りで、こういう長距離走のときは脚力強化だけをかけるのが正解です。多少脚が頑丈になっても、その状態でさらに加速をかけると、かかる負荷は何倍にもなって後々が不利なんです」
なのでこの手の競争は最初から強化をするより、ゴール前で自分が出来る限界を見定めて強化魔法をかけるのがベスト。他の組の人達は最初から強化魔法や加速魔法を使っているので、ほら、先頭集団の顔にもう疲れが見えてきました。
「でも、1組から3組は余裕がありそうね」
「あちらは加速魔法のデメリットを知っているんでしょう。きっと後半になってブーストをかけてくるはずです」
対するデルは、強化魔法や付加魔法がそもそも苦手なので、それ抜きでの勝負。確かに不利です。何か考えるタイプでもないので、きっとプライドだけで走っているのでしょう。
さて、この王都マラソンは一般参加があると言いましたが、ドヴェーの都の外周をまるまる一周するわけですから、その間に起きるハプニングもあります。
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「ほぉら安いよ安いよ!」
「お兄さんちょっと買い物してかないかい!」
「今日だけの大特価だよ!」
「じゃ、邪魔〜〜〜!」
あれは噂の道具屋さん達。王都マラソンの日になると、マラソン参加者にものを押し売りしようとする商人が我先にと走者に絡んできます。走者は生徒だけでなく一般の人もいるので、この日の売り上げはなかなかだとか。
「いいの?仮にも競技中じゃないの?」
「いいんです。それが学校と街との間の協定なので!」
王女様はこの王都マラソンを観るのは初めてなので分からないかもしれませんが、魔法学校の行事というのはその街の外の人達も集まる一大イベント。そのために各所と縁を持とうとするのが私達の学校の方針……だそうです。
当然デルもこの押し売りに捕まるわけですが、ここでデルはなんと道具屋さんに入りました。
「あら……強化魔法を使わないなら、道具にも頼らないと思っていたけど……?」
「この競技では”道具の持ち込み”は禁止されていますが、”競技の中”で入手した道具については使用が許可されているんです!」
道具や魔道具について。使うと魔法と同じような効果を発揮するものがあります。それは杖だとか、巻物だとか、そんな形で現存するのですがデルは何を買うのでしょうか。
「えっ、あれは?」
「あれは……ロープ?でしょうか……?」
デルが買ったものはロープでした。それを肩に巻いていったいどうするのでしょう?……と、思っていましたが、この買い物は大正解なようです。
(この先、工事中)
「なにィ!?」
なんとさらに1キロメートル先では、道が工事中でした。こんな日に工事中とは……。高い壁がそびえ立ち、道は塞がれていて、走者達は道を戻り路地から回り道をしないといけなくなりました。
しかし、デルはロープを壁の上にひっかけて登り始めたのです!
「な、何をしてるの彼は!?」
「王女様、あの一帯はとても入り組んでいて、路地を行こうとすると必ず迷うんです。どんなに慣れた人でも迷子になります。だからああやって通るのは最短のルートなんですよ!」
「工事現場に入っちゃうわ!大きな穴が空いてる!」
「下水管の工事中でしたか……聞くところでは今朝、あの一帯で水道管の故障があったそうです」
そのために道は塞がれて、工事の人達が作業中なのですが、デルはロープを器用に飛ばしひょいひょいと現場を抜けていきます。
「デルはこれを知っていたのね」
「ええ、だから道具屋でこれを買うことを決めていたんですね。他の走者が迷子になってる中、デルが一番に躍り出ました!」
スタートから約4キロメートル地点。前半部分が終わり、折り返しに入ります。
■第二十一話 終了




