第二十話 天&地
〜2組視点〜
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」
「どうすんのこれ」
「バウム先生……私が思った通りでしたね」
第1種目と第2種目を見ていたらもうおわかりだと思いますが、8組を相手に我々含め他の組は大劣勢を強いられています。それはまさに、天と地の差がありました。
ここまでに付いた点差は勿論ですが、ここから逆転できるビジョンがまるで浮かびません。とはいえ、できることはやらないといけませんよね。
「トコル先生、バウム先生はやっぱり」
「う〜ん、ここまでやるとは思わなかったなぁ。僕が思っていたより百倍ヤバいね、彼。確かに王女様を押し付けようとは思ったけど、まさか……更生させた上で、しかもちゃんと魔法を教えちゃうなんてね。あれが賢者の書の力、かな」
最初に見たときには気が付きませんでした。私がそれに気がついたのは三回目に彼に会ったとき。エーカの街で人質にされた私を助けてくれた彼の後頭部に、大精霊が宿っていました。
彼は魔法が使えないただの人間じゃなかった。魔法の根源である大精霊が、人間に宿るはずがない。トコル先生に教えてもらえなかったら、私が回復魔法を使えた理由は一生わからないままだったと思います。
いったいどうやったのか知りませんが、宿屋で私と別れてから助けてもらうまでの、あの僅かな時間で彼に大精霊が宿った……いえ、発現させたのでしょう。元から彼に大精霊が付いていた、だから魔力の回路が繋がって私の魔法に干渉できた。あれが賢者の書の力だったなんて。
「トコル先生、バウム先生は魔法則に反しています。あの力を放置するわけにはいきません」
「けれどリカバー、君はバウム先生に助けられた身だろう?どうするつもりなのかな」
「私は……」
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「そういうわけで、この勝負に私が勝ったら大精霊を手放してください」
寝耳に水だった。久方ぶりに出会ったリカバーさんは事の顛末を説明するとともに、そう言ってきたのだ。何よりアーシャのことが実は視えていたらしい。彼女らだってエルフだ。ゴブリンと同じく妖精に属する種族だし、視えていて不思議じゃなかった。
「待ってくれリカバーさん。私が危険人物扱いされているのはわかった。けれど、私はこの力を悪用するつもりはないし、アー……大精霊を手放すことはできない。何より自分で手放す方法もわからん。その話を飲むわけにはいかないよ」
とはいえ、エルフにもアーシャが大精霊に見えているらしい。そもそもとして、ゴブリンもエルフも大精霊を概念として知ってはいるが大精霊を見たことはないだろう。それはあの石板こそが大精霊であり、アーシャはそうではないからだ。
私の魔法のプロンプトに干渉する能力が「賢者の書」の力だって?杖の次は本ですか。私自身、なんでこんなことができるのかは説明しにくいが、リカバーさん達はこの能力のことを知っているらしい。
「いいえ、手放してもらいます。さもなくば、私はバウム先生のことを異端審問会に報告します」
「異端審問会!?」
異端審問会といえば、読んで字のごとく異端者を裁判にかける機関だ。実際に見たことはないが、異端者扱いされたら最期、拷問や火あぶりにかけられると聞いたことがある。しかし、この力を持つことがそこまでの罪に当たるだろうか?
「バウム先生。8組がここまで強力な魔法を使っていることは、この八魔大祭を見に来た人が全員見ています。中でも、先の種目でオルトさんが使ったのは暗黒魔法ですし、イノーラさんが使ったのはさらに邪悪な魔法と考えられます。そういった魔法を教えていることは、十分異端審問に掛けられる理由になります」
もっともだった。オルトがしきりに暗黒暗黒と言っていたが、その手の魔法がこの世界では禁忌とされていることは実は知っていた。けれども、たかが影に隠れられる魔法だと思って、これだけ教えてしまったのだ。
ちなみにイノーラが何をしたのかは私にはわからない。ちょっと寒気がしたが、そんなに邪悪なことをしたのだろうか?
「……わかった。それだけのことをしている、というのはね。それでも、ア……ッ、大精霊を手放す方法がわからないのは本当だし、手放すのは絶対に嫌だから、私が勝ったら見逃してもらうよ」
たびたびアーシャの名前が出そうになるのを我慢する。アーシャのことを説明しようとすればさらに事態が拗れそうだったからだ。
そして、リカバーさんは最初に、「私が勝ったら」と言った。これはもともと、一方的に条件を押し付けるつもりではなかったのだろう。ただ、ここまでの競技を見ておいて次の種目で勝てるつもりでいるのだ。嫌な予感がした。
「バウム先生、安心しろよ」
「要は、勝てばいいんでしょう?次の試合」
ラウザとエスケが話を聞いていたようで、会話に割って入って来た。
「バウム先生は悪い魔法は何も教えてないぜ。力の使い方だって弁えてるつもりだ」
「それに、こんな話はエルフ界隈の言い分でしかないもの。あなたの独り善がりにバウム先生を巻き込まないで」
「なるほど、やるつもりですね。約束は守ってもらいますよ」
ここでもバチバチに火花が散り始めた。ラウザとエスケの気持ちはありがたいが、リカバーさん達エルフにも思うところがあるのだろう。
「バウム様、私は」
「生徒達を信じよう。何より、彼らが負けることはないと思っているよ」
アーシャの言葉を遮る。私はアーシャを捨てることはできないし、できたとしても、したくない。大鉄球転がし、みんな頼んだぞ。
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第3種目、大鉄球転がし。直径約2メートルもある巨大な鉄球を200メートル転がす競争である。鉄球なのでそれは重たく、複数人でやっと動かせるものだ。各組4人からの参加となる。
今回参加したのはラウザ、エスケ。そしてステレとモノラ……なのだが、ゴブリン兄弟には出番がなかった。
「行くぞォォォォォォ!!ウォォォォォォォ!!!」
「ウィンドストーム!ウィンドストーム!ウィンドストーム!!」
他の組がレースが始まる前から自分達に強化魔法をかけて挑もうとしている中で、ラウザはひとり軽々と鉄球を転がした。一方でエスケは逆風を吹かせて、他の組の妨害をしていた。
「ま、また風がぁ!」
「わ、ぁ……!押しつぶされる……!!」
「諦めるな!強化魔法をもう何回もかけて……んごぉっ」
上の組に行くほど亜人は少なくなる。いや、6組より上は全員、人間とエルフに絞られる。
元からフィジカルおばけなリザード族のラウザは、強化魔法に頼らずとも屈強な肉体が武器になる。多少鍛えた人間より遥かに頑丈だ。だが、非力なエルフや人間は、多少強化魔法をかけたところで鉄球を転がすのは至難の業だ。
さらに、有翼人のガルダ族であるエスケは、サランより風魔法に特化している。その風に煽られて、他の組は玉を転がすどころではない。
「このくらいの風、大したことは……!」
だが、2組のリカバーさん達は違った。リカバーさんは以前見た通り、魔法より腕力に頼る”自称”回復術師をしていた。それだけあって、リカバーさんはエルフの少女なのに力があった。他の組よりは早く鉄球を転がしている。
試合はもはや、2組と8組によるタイマン勝負になっていた。ラウザが鉄球を転がす上で、エスケが玉乗りのように走りつつ魔法を唱えている。器用なヤツだ……。
「ラウザの兄貴が速くて、おれたち間に合わねぇや」
「ぼくたちどうしよっか……。とりあえず他の組からの妨害、防いでおこっか?」
ゴブリン兄弟はすっかり背が伸びたとはいえ、ラウザの半分もない。ステレはパワーはあれど、ラウザと歩調を合わせるのは大変そうだ。
対する2組は、4人で力を合わせて玉を押していた。強化魔法をかけまくった4人なら、ラウザと対抗できるだけの力が……なかった。
「おも……たい……!!ちょっと……みなさん、本気出して……!!」
「やってる、よぉ……!」
「風で、重すぎ……!」
「ま、魔法ばっかりで、運動……不足……だからぁ!!」
やはりエルフはエルフだった。ここで腕力でどうにかできるリカバーさんなら、出会ったあの日に冒険者パーティーを壊滅させていなかっただろう。残念ながら、リザード族との力の差は如何ともし難かったらしい。
「どぉりゃぁぁぁあああああ!!よっしゃ、1位だぁぁぁぁ!!」
「8組の力見たか!舐めてんじゃねーぞっ!」
啖呵を切ったリカバーさんだったが、結局8組とは大差を付けられて2位だった。妨害しようにもステレとモノラが的確に防ぐので、ラウザを止めることは誰にも出来なかったのである。
天と地のコンビを前に、付いた結果も天と地の差だった、ということだ。他の組はなおさらだ。
「……というわけで、さっきの話はナシでいいよね?」
「ぜっ……ぜぇ……、……は……ひ……」
リカバーさんは……というか、この種目に参加した生徒達は、今日一日はまともに動けそうになかった。この種目でダウンした生徒達が医務室に運ばれていくの私も見送った。こうして、私とアーシャは引き離されずに済んだのだった。
ところで、エスケにラウザの口調が移りつつあるのは先生として諌めたほうがいいだろうか?
■第二十話 終了




