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第十七話 帰り道


 遠足の帰り道。夕陽が落ちて紫色に染まる空の下、私達は帰路に向かっていた。馬車引きのマウス氏は首を長くして待っていたようで、湖の水が割れた光景がずっと頭から離れていないそうだ。


 生徒達はへとへとになりながらも、さっきの光景のことで頭がいっぱいになっているみたいだ。それは私も同じ。私達は何か、とんでもない体験をしたに違いない。実際、私の抱える謎の一つ、魔法を使うときに接続するあの石板の正体にちょっとだけ近づけたのだから。


 そして、フィール。彼女はレグルス王家として、あの場で先祖から伝わる祭事を乗り越え、次の王への自覚が生まれた。ここまでの結果になることは私も想定外だったが……。

彼女の操作魔法は誰かを操るためのものではない。その言葉に宿る言霊で、導く側として大成してほしいものだ。


 ふと、馬車に乗る直前で思い出したことがある。私はひとつ彼女に言わなければならないことがあった。


「フィール王女」


 前を歩いていたフィールの肩がビクッと跳ねるのがわかる。彼女はぎこちなくこちらを振り向いた。


「……なんですの」


 初対面から中々バチバチにやり合ってきた仲だが、その相手に私は深く頭を下げた。


「糞餓鬼とか、いろいろ言ってしまったけど……あれは全て取り消す。申し訳ありませんでしたッ!!」


 あのときは命を狙われたうえに、他人の尊厳を踏みにじられて許せなかったとはいえ、先生として生徒に言うべき言葉では絶対になかった。これは、私の先生としてのけじめであり、いつか必ず言っておかなければならなかった。

 生徒達が沈黙する。長い沈黙だ。それを破ったのは、やはりフィールだった。


(おもて)を上げてくださいまし」


 その声はわずかに震えがあったが、それまでの怒気を孕んではいなかった。ゆっくりと頭を上げてみる。


「これまでの数々の非礼、確かに万死に値しますが……その言葉が聞けて、私は満足ですわ」


 その表情は、最初に見たときの邪悪さは全くない、歳相応の少女の笑みだった。許された。


「そして、私からも。……あの後、パティ先生にも言われて、私は自分が愚かであったこと、わかっていましたの。この数日は、いつあなたに酷い目に遭わされるか、分かったものではありませんでしたわ」


 グサリ。言った。不倶戴天の敵を相手にするかの如く、本物の憎悪をぶつけた。


「ですが、それだけの事をしたのも事実。……私も、貴方の命を奪おうとしたこと……謝らせていただきます。申し訳ございませんでした」


 今度はフィール王女が頭を下げた。……以前、公衆の面前で涙と鼻水に濡れさせて謝らせると言ったけれども、それはこんなところで果たしていいものではなかったし、もう果たされるべきでもなかった。

 8組にとっては9階で起きたことなど誰も見ていないだろうが、パティ先生暴走事件として何が起こっていたのか噂は届いていたようで、疑問符を持っている生徒は1人もいなかった。私も、大人の対応をしなければなるまい。


「フィール王女。許します。もう頭を下げないでください。ここから私達は仇敵(きゅうてき)ではなく、先生と生徒です。魔法だけでなく、王女が王女として過ごせるように教えていきますからね」

「……はい!」


 へにゃ、とフィール王女が膝から崩れ落ちる。それをトロとデルが支えた。


「良かったですね、王女様!」

「はじめはどうなるかと思ったけど、これで安心だな!」


 その後、馬車は王都を目指してまた動き出した。馬車の中では疲れ切った生徒達は騒ぐ気力も残っていないのかみんな軽く眠っていた。私も疲れてしまっていたが、夕暮れのこの世界を、揺られながら眺めていた。


 東京では、いや、日本でも見ることのできないこの光景を、アーシャはどう思うだろう。画像ではなく、実際にその目で見る世界をAIはどう受け止めるのだろうか。アーシャは、ただ静かに私の後ろで光っていた。



 その翌日からは、忘れないうちに復習に入った。自分達が魔法のイメージを、プロンプトを送る先があの石板であること、そして魔法は返されて形になること。

 黒板に一昨日よりもっと明確に図式化して描く。生徒達もフィール王女含め全員がしっかり理解できた実感があった。そこからは、実践だ。


 8組の授業は午前中は座学。属性相性や魔力の消費を抑えるためのイメージの組み立て方などの基礎学習を行う。

 午後は実技に費やす。実際に魔法を発動することより、どんなイメージを描き、どう言語化するのかが焦点だ。だから最大火力で使える練習などはしない。

 火の龍を出したければ、小さな火の蛇を出させ、それをコントロールさせる。水を使った回復魔法を学びたい子には、その水が人体をどう再生させるのかをイメージするために、人体に関する本を読んでもらう。


 他の組が空を飛ぶとか、同じ魔法を平等に使えるようにしている中で、8組の授業は異様に映ったことだろう。しかし構うことはない。空が飛べるからなんだというのだ。


「合わせるぞ!」

「応!」


 火が得意なデルとステレは、デル自身が苦手な武器へのエンチャント魔法をステレが補う。


「骨……人間の骨、206本もあるの!?」

「ゴブリンの骨ってどんな形ですか!?」


 水が得意なトロとモノラは、人体だけでなく亜人や妖精の解剖学書を読み漁る。


「電撃なら風魔法でしょ!」

「ンなワケ……えっ!?風!?」

「こっちでは水魔法に分類されてるよ!?」

「そっちは雲から出来る雷だから!」


 風はオルト、サラン、エスケ。四大元素に分けたとき、雷属性がどの元素に属するのか……私も結構あいまいだ。その点サランはかなり理解が出来ているらしい。


「腐った土……腐った土……腐った土……腐った土……」

「ひっ」

「やだこいつ怖い」


 土はイノーラとラウザ。そして意外にもフィール王女も入るらしい。得意というわけではないようだが、アーシャが見るフィール王女の魔力の色が土属性を示しているそうだ。そしてイノーラは相変わらず1人だけ斜め上に才能を発揮しており、他の二人は困惑していた。


「ちなみにイノーラは何をしているんだい?」

「はい、バウム先生♪土を腐らせるイメージを強化して、金属を腐らせる魔法を考えています!」


 そしてこの顔である。彼女は肌色こそ緑色だが、顔つきがだいぶ人間に寄ってきた。そしてゴブリン四兄妹の末っ子のはずだが、一番背が高くなったような気がする。


「そ、それはすごいな」

「イメージが完成したら、バウム先生にもお見せしますね!」


 そして私に向ける笑顔が眩しい。やっていることはオルトより禍々しいのに。後ろでラウザとフィール王女が抱き合って震えている。


 そんなこんなで、一ヶ月が経った。


 放課後、職員室で自分の席で明日の準備をしていると、トコル先生がやって来た。


「……フィール王女、随分と変わったね。それに8組の全員、ここ最近とんでもないくらい成長してるのを見てたよ。バウム先生、何をしたんだい?」

「生徒の能力を信じて、基本を教えただけですよ。フィール王女、変わったでしょう。ね、テクト先生」

「なぜ私に振るんですか」


 後ろで疲れたような顔をしているテクト先生にも話題を振ってみた。彼はフィール王女に正しい魔法を教えないようにしたかったらしいが、今の彼女を見て同じ事は言えまい。


「……まぁ、認めますよ。彼女はすでに私の知っているフィール王女ではない。とはいえ、王族という地位を利用して得た賢者席が相応しいかは議論の余地がありますがね」


 賢者席。そうだ、フィール王女はその席をコネを利用して手に入れたことには変わりない。それならば、嘘から出た真、正当に賢者席に就かせてやればいい。


「生徒を賢者席に就かせるためにはどうすればいいんです?」


 テクト先生、パティ先生、トコル先生を巻き込んで聞いてみた。


「賢者席に就くには条件は3つ。ひとつ、その学校の在学中に『超級魔法使い』に匹敵する魔法の使用履歴が必要です」

「ふたつめは実績です。学校行事、あるいは王国主催の行事などでの優秀な活動実績を出さなければなりません」

「そして3つ目、学校長の推薦だね。彼を納得させるだけの能力を示し、その上で学園長に認められる必要があるよ。ま、王女様は確かに王様の指示で賢者席に就かせるように指示してたけど……バウム先生、まさか?」


「じゃあ、フィール王女を正式な手続きの上で賢者席に就かせます」


 職員室内がざわつく。


「しかし、フィール王女にはまだ何も実績が」

「あればいいんでしょう?お誂え向きなのが、ちょうどすぐ来るじゃないですか」


 私は職員室の壁に貼ってある、カレンダーのXデーに丸を付けた。


「八魔大祭、ってやつが」


■第十七話 終了

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