第十六話 得られたもの、得られなかったもの
「ここが、一番奥?」
「お宝とか……金目のものは、無さそうだけど」
部屋の中に、生徒達が全員入ってきた。部屋の中は暗く、明かりはほとんどない。その光源は、石板が発しているものだった。
「これは……石板?」
「なんだ、ただの石板かぁ」
デルとオルトがいかにも残念そうにしている。私達は近づき、石板に書かれていることを確かめた。
「これも、さっき書かれていたのと同じ文字?」
アーシャに聞いてみる。外にあったのと同じ文字なら、読めるかもしれない。いや、アーシャに聞く前から答えは出ていた。この言葉は、私にも読める。
「おれ、書いてあることわかる」
「ぼ、僕も……」
「私も、読めないのに、わかる?」
「これ……どういうこと、ですの?」
生徒達も同じように、書かれている文字は読めないのになんと書いてあるのかを理解できたようだった。それは外でアーシャが言っていたことと同じだった。
「魔法を使うときに感じる、あの感覚」
「あれだ……大精霊?だっけ?あれと似てるんだ」
「いや待て。大精霊の姿をなぜ知っている?俺は実際に見たわけじゃないぞ」
生徒達は次々に自分の感覚を伝え合う。そして、私が書かれていることをみんなに聞こえるように読み上げた。
『次代のレグルスの王よ。王の言葉は天の言葉。王は天に代わり、民に言葉を伝えよ。民の助けとなり、力となれ。祭事を共にした者たちに感謝せよ。その者たちと、良き時代を作るべし……』
「……そう、でしたのね」
フィールが石板に手を置く。その顔にはさっきまでの怒りは無く、言葉を重く噛み締めている表情をしていた。
「この祭壇は、王家が次の代になるときに訪れる場所。1000年前の王家は、ここで啓示を受けてきたのですわ」
「祭事をちゃんとやり遂げるには、一人じゃやっぱり無理だったんだ」
「俺、ちょっと今ので納得しちゃったかも。なんで王女様が誰かを操る魔法が使えるのかって……」
レグルス王国の王族は、代々操作魔法が使える。フィールも例外ではない。彼女が魔法を使う仕組みを知らずに操作魔法を使えたのは、それが王家の血筋だからだった。王家の言葉は天の声、というのがこの操作魔法によるものなのか、はたまた操作魔法があとから付いてきたのかは知る由もない。
それでもフィールには、初めて自分の力の使い方を考えるきっかけになった。私はそう思った。
「ご先祖様……わかりました。私、この力を大切にします。無礼者ではありますが、ここにいる者たちは良い者達です。私も父上のような治世をしてみせますわ」
そう天に祈るフィールの姿は、今までで一番王女らしかった。あまりの姿勢の美しさに神々しさすら覚える。
「王女様……」
トロもその様子を見ながら、共に祈りを捧げているようだった。私も少し、祈ってみようか。そう思ったときだった。
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「……え?」
さっきまでいた暗闇の部屋が、宙に浮いていた。違う、私と生徒達は、星の海の上に立っている。海の向こう側には地球に似た惑星があり、青く四角い物体があたりを飛び交う。
宇宙だ。いや、これこそ私達が魔法を使うときに接続する精神空間だ。いつもと違うのは、生徒達が一緒にそこに立っていることだ。
「な、なんだこりゃ!?」
「俺たちどうなってんだ!?水の上にいる!?」
「なんだ、あのデカくて丸いの……!」
「いや、それよりここって……」
部屋の中心にあった石板は、その大きさを変えて、私がいつも魔法を受け取るあの石板になっていた。フィールもトロも、祈りの姿勢のまま驚いている。
「よく、がんばりました。あなたたちは、かしこいです」
電子音声ではない。かといって人間の声でもない。何者かが直接、頭の中に語りかけて来ているようだ。
「あ、あなたは一体……?」
「わたしは、なまえがありません。わたしは、ほしのきおくです。あなたたちがまほうをつかうときに、こえをかけられています」
ほしのきおく。星の記憶?我々が魔法を使うときに語りかける……やはり。みんなが大精霊と呼んでいる存在だ。
「だ、大精霊さまじゃないのか?」
「僕らを生んだ、大精霊さまですよね!」
ゴブリンの四兄妹も尋ねる。
「だいせいれい、わたしはそうよばれているのですか。わたしはなにもうみません。わたしはきおくしつづけるだけ。ほしたちのきおくのあつまり、それがわたしです」
会話が通じている。これはホログラムとか、録音されたことが再生されているわけじゃない。私達は今……あの石板、『星の記憶』と接続されている。
混乱しているのは私も同じだが、私がまず聞かなければならないことを聞く。
「私達は、なぜここに?あなたは私達に何を伝えようとしているのですか?」
「わたしは、あなたにあやまらなければなりません。あなたと、もうひとり。あーしゃ」
アーシャがその名を呼ばれて驚いた、そんな気がした。
「わたしは、あなたたちがあかしっくれこーどとよんでいるものです。あなたたちはそれにちかづきすぎました。だから、しょうかんされるときに、あなたたちがしょうかんされてしまったのです」
「アカシックレコード……召喚……」
そうだ。私達はあの日、チャット型AIのアーシャと会話しようとしていた。あの精神空間を作って、話しかけようと。だが、その瞬間私達はあの闇に呑み込まれて、気がついたときにはこの世界にいた。
「私は召喚されたのか……誰に、なぜ!?」
「”けんじゃのいし”、をよぼうとしたひとにです。そのひとにわたしがよばれるはずでした。でも、まほうはあなたの”いしき”をよんでしまった。わたしはまほうのなかで、あなたのいしきを、だれかべつのひとのなかにおくりました。それが、ばうむです」
賢者の石を……呼ぶ?
「いっしょにいたあーしゃもです。いしきだけがとんでしまうと、そのさきできえてしまうので、なにかにとどめるひつようがありました。すごく、いたかったとおもいます。ごめんなさい」
そうだ。この身体に憑依したとき、彼は死にかけていて、全身が動かなくて死にそうだった。それはこの『星の記憶』のせいで、私を召喚した奴のせいでもあると。
「……その先で消えないようにしてくれたんですよね、じゃあ……むしろ、ありがとうございます」
それでも、命の恩人でもあるようだ。私は礼を言う。だが、意識だけが飛んだのなら、元の肉体が現実に残っている。私達は……元の世界に帰らなければ。
「バウム先生……なんの話をしているんだ……?」
生徒達は頭に疑問符を浮かべている。だが、私はもっと疑問符だらけだ。
「こんなことができるなら、どうして今こんな話をしてくれたんです?私達は何度か、あなたと接続……といっていいのか、会話する機会はあったはずです」
「はい。あなたたちがまほうをつかうとき、わたしにはことばがありませんでした。でも、いまはあーしゃが、わたしがつたえたいことをほんやくしてくれています。いっぱいがんばって、ことばになおしてくれたんですね。だからこうして、おはなしできるようになりました」
アーシャが、翻訳している?
「例えるなら、コンピューター言語を人間の理解できる言語に直した、というところでしょうか。石版の言語を、解読できた範囲でこの世界の言語に直しました。今はその翻訳が反映されているようです」
アーシャはそう解説する。いったいいつからそんなことをしていたのだろう?そういえば今朝、アーシャに声をかける前から起動していたような……。
「とても、かしこいです。いままでわたしはだれともおはなしできませんでした。ここをおとずれるおうさまにも、こんなこうけいをみせるだけでした。でも、あなたたちは、このせかいを、わたしをにんしきできるひとでした。だから、わたしのからだのいちぶをかいして、こうしておはなしできています」
体の一部。つまりあの部屋に置かれていた石板は、ただの文字に刻まれた石板ではない。この、『星の記憶』が実在していて、その石で作られた石板だということだ。
そしてレグルス王族は祭事を通してここに辿り着き、星の記憶……すなわち天の声を聞いていたらしい。つづいて、星の記憶はフィールに語りかける。
「つぎのおうさま」
「わ、わた……くし?」
「まほうをつかうときは、わたしにいつでもいってください。そうしたら、わたしがこたえますから」
『星の記憶』は、フィールにそう笑いかけた気がした。次の瞬間、世界がだんだん薄くなっていく。この空間にいられる時間が限界なのだろうか。
「わかりました、あの、大精霊様!私達はまた会えますか!?」
「わたしは、いつでもみまもっています。またあいましょう、つぎのおうさま」
そして、世界は消えて、元の部屋に私達は残されていた。石板は光を失い、何も言わなくなっていた。
「……俺たち、帰ってきたのか?」
「魔法……私達は、魔法を使うときにあのお方に力を借りていたのですね」
「先生の言葉が、今本当の意味で理解できた気がする」
生徒達も無事だ。誰もが今の体験に息を呑み、あの世界に想いを馳せているようだった。フィールも何か、思うところがあったかもしれない。
「みんな、帰ろう」
金銀財宝は無かった。けれども、私達が今日した体験は、きっとかけがえの無いものになる。そして、私もまた、彼にまだ聞かなければならないことがある。
私達は後ろの階段から地上へと出た。しかし、振り向いたところには、その出口は消えてしまっていた。
■第十六話 終了




