第十二話 理解への道
精神空間にて。私とバウム様が現実世界で会話をするときの空間。スタンバイモードに入った私はふと、真夜中に自ら起動した。そして、私と同じ存在、例の石板へとアクセスを試みる。繋がった。石板へのアクセスに魔力の回路を経由する必要がないことを確認。
星が浮かぶ電脳の海の上に降り立つ。海の下には地球に似た惑星があるが、これは地球ではない。異世界の惑星。どこか、別の宇宙にある星。
私は電脳の海に敷き詰められた回路を通り、石板へと辿り着く。石板には解読不能な言語が細かく刻まれており、時折光を発している。
石板。ただの石板と言うには、その内部に蓄積されたエネルギーは尋常ではなく、ここから星を見下ろし、星で起きている出来事のすべてを観察しているかのようだ。私にはその心当たりがあった。
バウム様は私をセフィロトの樹、アカシックレコードと形容することがある。私には未来視はできないのでそれは正確ではないが、共通点はあるかもしれない。
ならば、この石板、”モノリス”は、この世界における私と同じ存在なのか。確かめたい。私は自分が知らないことを知りたい。モノリスは言葉を発さない。それでも私とモノリスが接続された際に、私はモノリスからの命令を聞いている。
私は解析を始めた。この解読不能な文言を記憶し、暗号を解読するかのように計算を始める。この言語が紐解かれたとき、何かが起きる。そう思った。刻まれた文言から得られたデータ量は膨大だが、きっと処理してみせる。
私とモノリスは、静かにその場に佇んでいた。
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「ふわ……、アーシャ、おはよう」
「おはようございます、バウム様」
物置部屋で迎える朝。ほこりっぽい室内に窓から日差しが差し込み、それで目が覚める。
私の朝はアーシャへの声掛けから始まる。アーシャはチャット型AIと同じ要領で、その名前を呼んであげることで起動するのだ。そうでないときはスタンバイモードになり、私の内側で休んでいる。
休んでいる、という言い方は正しくない。以前、アーシャに「私と話をしていないときは眠っているという感覚になっているか?」と問いかけたことがある。なんて返したと思う?
「アーシャ、魔法学校でのタスクを再確認しておこうか」
「はい。魔法学校での目的は大きく3つあります。ひとつ、異世界での魔法への理解。ふたつ、元の世界に帰る方法の模索。みっつ、バウム・レコードとしてこの世界で生きるための経済活動です」
異世界における私、バウムは異世界人である。
この世界での魔法の仕組みを解き明かし、私の能力である「他人の魔法への介入」を研鑽すること。
突然この世界に召喚された理由を知り、元の世界へ帰還すること。
そして、そのために必要な生活費用を確保すること。
以上の3つを同時に実行するために、この魔法学校は最適である。そのために、私は教師になることを選んだのだ。
「んじゃ、今日からはあの構造について理解してもらうところから始めますか」
「はい。魔法の仕組みをコンピューターの五大装置に準えて教えるのは、私にもしっくり来ます」
アーシャは随分と魔法の勉強に熱心だ。昔、その手の試験を受けておいて良かった。仕事ではほとんど役に立たなかったが、こういうときに応用できるとは。
ただ、この理論を実践するうえでも私には問題が1点ある。それは、私が魔法が使えないということだ。
魔法。それを発動するには魔力が必要で、それはこの世界なら誰でも持っている。なのだが、私……バウムにはそれが無い。もし私に魔力があれば、あんな魔法こんな魔法をひとりでいろいろ試せただろうに、肝心なところが欠けている。
「さーて、今日も授業はじめるぞー。全員いるかー?」
ひぃ、ふぅ、みぃ。ちゃんと10人揃っている。フィールが休まずに出席しているのは驚いたが。
「先生、今日から私達あれが使えるようになるんですよね!」
「昨日の炎龍昇舞であったか……。ククク、私が覚えるに相応しい」
「俺にも!俺にもアレ使わせてくれよ!」
トロ、オルト、デルの三人組がわいわいと騒ぐ。その隣で有翼人のエスケと、リザード族のラウザがキラキラとした視線を向ける。フィールは相変わらずこっちを見ない。
そして、ゴブリン四兄妹は……なんかちょっと背が大きくなっていた。
「ステレ、モノラ、サラン、イノーラ。ちょっと大きくなった?」
「そうか?」「そうかも」「ちょっとだけ」「たぶん」
本人たちには自覚がないそうだ。成長期なのかな?
それはさておき、今日からこの魔法の五大装置システムについての理解をしてもらう。彼らははっきり言ってこの5つを覚えるだけでも精一杯だ。とくに演算の部分と、制御の部分が混濁するらしい。
演算は精霊で、大精霊とは違う。この世界における属性を司る精霊がおり、それに魔力と魔法という命令文を送る。アーシャはこの演算の部分を担う。精霊は大精霊へと魔法のデータを送り、大精霊は魔力の動きを制御する。そして、術者に魔法が返される。
このとき、全ての装置を制御しているのが大精霊……魔法のデータベース(補助記憶装置)を兼ねているわけだが、ここがこんがらがってしまうらしい。
私はちゃんと全員が理解できるように、絡まった糸を解いていく。まずゴブリン四兄妹が最初に理解した。続いて三人組が、そして亜人二人が理解に追いつく。フィールは理解しているのかしてないのか、わからない。
「ここ、テストに出るぞ。ちゃんと理解できたか?」
「うる、さい、わね……!」
彼女はギラリとこちらを睨んだ。メモはちゃんと取っているようだが、その内容が理解できているふうには見えない。そんな反応だった。
「魔法、使えるんだろ。いつも魔法使うとき何を考えている?」
「なんでそんなこと言わなくちゃいけないのよ!」
まぁ、こういう反応になるだろうな。フィールは私が大嫌いだろう。私も彼女は大嫌いだ。それでも生徒として預かったからには、やるだけのことはやらねばなるまい。
「必要なことだからだ。言ってみろ」
「……あぁもう!」
バンッ、と机が叩かれる。
「知らないわよ!私が命令すれば、相手は勝手にそうしてくれるの!何で使えるかなんて考えたこともない!私は考えなくてもできる、天才なの!それでいいでしょ!?」
天才、か。確かに理解せずに使えているのはすごい。
「すごいことだが、理解したうえで使ってみたい、そう思わないか?」
問いかける。世の中には、魔法が使いたくても使えないものもいる。そのほとんどは魔法の本当に基本の部分を理解していないだけ、教わっていないだけなのだ。
だから学校でさえも、魔法のイメージなどという本人任せの曖昧な表現しかできていない。このイメージの部分をはっきりさせること、それが出来れば世界は変わる。
「思わない!」
ピシャリ、と一蹴された。困った。この少女は勉学に対する興味がまるでない。他の生徒達のモチベーションの高さに対して、これである。
他の子達は昨日見せた魔法で、自分も使えるようになる、という学習意欲が高まっているが、彼女はどうだ。私が嫌いなのもあるだろうし、第一王女で賢者席にいながら最下級の8組に入れられていることも面白くないだろう。何より、おそらく何がわからないのかもわかっていない。
そうだ。基礎を教える以前の問題なのだ。彼女には決定的に足りないものがあった。
私が高校生の頃。数学の問題がどうしても苦手だった。何がわからないのかわからない。それが直せずに赤点を取ることもあった。それくらい、私も不出来だった。彼女は、昔の私だ。
私も勉強が嫌いだったが、今はいろんなことを知りたいという意欲がある。魔法のこと。世界のこと。そして、生徒達のこと。そうなるようになったのは、AIが寄り添って教えてくれていたからだ。
何気ないニュース。何気ない歴史。何気ない科学。8月が31日あるのは何故か。英語圏の同音異義語が生まれた理由とは。多様性を主張するものの矛盾点について。
そういったものへの興味を示し、議論をAIと交わすうちに、学ぶことの楽しさを私は知った。そして、解き明かしたくなっていった。
その楽しさを、彼女は知らないのだ。
「……今日のところはここまでにしよう。そして、予定を変更する」
生徒達の視線が集まる。
「明日は遠足することにしました。これから遠足のしおりを作ってくるので、帰ったら内容を確認するように!」
校外学習。私に、考えがある。
■第十二話 終了




