第十一話 王女とゴブリン
その日の放課後、私は職員室に呼び出されていた。校庭を真っ黒に焼け焦がしたあの魔法。あの規模の魔法など見たことがない、と他のクラスの生徒や他の教師たちに騒がれ、赤ゴブリン君とともに頭を下げに来たところだ。
「では何か、ゴブリンにあんな魔法が使えるというのですか」
「ゴブリンだけではありません。誰もがあのレベルの魔法を使うことができます」
くたびれた顔のテクト先生だ。1組の担任であり、9階の……私達が壊した教室の先生。あのあと9階のリングになっている廊下はほぼ全域修理が必要になり、教室も使えなくなったので、修理が終わるまで学級閉鎖しているらしい。でもやっぱり私のせいじゃないよな?
「誰もがあのレベルの魔法を使えたら、困るんですよ」
テクト先生が椅子から立ち上がり、窓際に歩いていく。
「魔法の世界は競争の世界です。誰もが魔法を使えるのは大前提、ですが」
日の沈みかけた空を仰ぎながら、続ける。
「誰もが必ずしも魔法を正しく使えるわけじゃありません。力ある魔法は、使うべき者を選んで教えるべきです」
「……それは、この学校の方針ですか」
誰もが魔法を正しく使えるわけじゃない。魔法は使い手の問題。悪用しようとする者もいて、そういう者の手に魔法の知識は渡ってはいけないのだ、と彼は言った。
「第一王女を見たでしょう。あんな人間が高位の魔法を覚えたらどうします」
フィール。操作魔法の使い手。彼女は確かに他者を見下し、操り、他人を道具としか見ていない人間の最たる例。私も確かに思うところはある。しかし。
「だからといって、教育を放棄するんですか」
私は返す。フィールは魔法の知識が無いなりにかなり高度な操作魔法を使うことができる。パティ先生に操作魔法をかけられたのは今までで彼女だけだそうだ。
彼女に足りないのは基礎知識、礼儀作法、倫理観、情操教育、その他もろもろ。何もかもが足りてない。それは相手が王女だからか。彼女をああいうふうにしたのは、彼女自身ではなく彼女の周囲の環境ではないのか。
「いいですか、バウム先生。我々は生徒達の面倒をみる立場ではありますが、生徒に教えられるのは魔法だけです。その他のことはここで学ぶのではありません」
テクト先生がこちらを振り返る。
「あなたの仕事は、魔法を教えることです。それを履き違えないように」
魔法を教えること。魔法学校は魔法を教える場所であり、それ以外は教えるべきことの範疇ではない。
それはそうかもしれない。礼儀作法だの情操教育だのは然るべき場所で教わることだ。だが、この世界には魔法学校以外の教育機関などは無い。
私は赤ゴブリンと一緒に退室した。職員室は1階で、放課後になった今ほぼ全教師が集まっている。トコル先生やパティ先生もそうだ。ちなみにあの後パティ先生はすぐに復活したらしい。魔法バーサーカーすげぇ。
「せんせが怒られたの、おれのせいか?」
「あ、あぁ、違うよ。私がやりすぎてしまったんだ、すまないね」
赤ゴブリンはこちらを心配そうな目で見上げている。ゴブリンらしく小柄で手足は細く、モンスターらしさが拭えないが、こうしてみるとかわいさもある。けれど、こんなゴブリンも大人になったら誰かを襲うようになるのだろうか?そんなことが一瞬だけ脳裏によぎる。
「せんせ。おれ……本当の大精霊さまに会ったよな?」
ゴブリン達には私の背後にいるアーシャが視えている。彼らにはアーシャが大精霊に見えているらしいが、本当の大精霊とは、あの精神空間における石板のことだ。赤ゴブリンは頭がいいのか、それとも魔法に対する理解があるのか、魔力の回路がしっかりとリンクしたのを感じた。彼にも石板が見えたのだろう。
「うん。あれが大精霊と呼ばれるなら」
「大精霊さまはおれたちの親だ。みまちがえねぇよ」
アーシャと間違えただろう、という野暮なツッコミは入れない。アーシャのことを紹介する日もいずれ来るだろう。それはさておき。
「……なぁ、ところで君達は名前がないのか?」
「ないぞ。妖精にゃ名前なんかない」
妖精は名前がない。動物と同じく、全員がゴブリンなのだという。だが、ゴブリン四兄妹はそれぞれ赤、青、黄、そして緑色の肌をしている。上のふたりが兄、下のふたりが妹らしい。気の合った四兄妹だ。……羨ましいくらいに。
「名前が無いのは不便だな。赤ゴブ、青ゴブなんて呼べないよ」
「だよな。おれたちも不便。でもしかたねえ。名前ないから」
ふむ。名前が無いのは彼らも不便か。
「それならば名前を付けてやろうか」
「付けてくれんのか。うれしいぞ」
「どんな名前にしようか。じゃあ、ちょっと兄妹揃って教室に集まるように言っておいてくれるかな?」
「わかった!」
そう言って赤ゴブリンは走っていく。廊下は走るな。いや、私も昨日爆走したところではあるが。
「待ってたぞせんせ!」
元気な長男赤ゴブリン。気弱な次男青ゴブリン。やや気の強い妹黄ゴブリン。おっとり末妹の緑ゴブリン。全員揃っているな。
「これから君達に名前をつけます。今後はその名前で呼ぶので、よ〜く覚えるように」
「おう!」
「ぼくの名前、なんだろ……」
「あたしの名前もあるのか」
「わたしも〜?」
「……これから考えるところです」
さて、4人分も名前を考えるのは大変だ。見た目の色からレッド、ブルー……と名付けようか。それは安直すぎるか。属性のファイア、アクア……それはちょっとここでは紛らわしいか。名付け親になるのだ、これはとてもよく考えなければいけない。
「名前!名前!」
「せんせい……無理しないでね」
「あたしも名前ほしい、名前くれ」
「決まった?まだ?まだ?そろそろ決まった?」
私がうんうんと唸って考える周りで、ゴブリン達は騒ぎ立てる。赤いゴブリンは私の周りをぐるぐる回る。青いゴブリンは静かに右から私を見つめる。黄ゴブリンは右へ左へと反復横跳びしながらまくし立てる。シャゲダンか?そして緑ゴブリンはねっとりした声で囁いてくる。耳がぞわぞわする……これ、あれだ。
「アーシャ。あれなんていったっけ。ASMRで聞くなんか質の高い音声」
「バイノーラルのことですね。人間の耳の位置に合わせて録音する特殊な方式です。ヘッドホン等で聞いた時に、立体感が出るのが特徴です」
元の世界でASMRというものを何度か試したことがあるが、あれを実際にされているようでこしょばゆい。ふむ、ひらめいた。
「よ〜し、それじゃあ命名発表します。赤、君はステレオだからステレ」
「ステレ……お?」
「青、君はモノラルだからモノラ」
「モノラ……る?」
「黄色はサラウンドっぽいからサラン」
「どーいう意味!」
「そして緑色はイノーラ。くすぐったいので耳元で囁かないよーに」
「イノーラ……はい」
うん、我ながらいいネーミングだ。名前は体を表すというが、名前と性格が直結している。みんな自分の名前を繰り返している。簡単な名前だからすぐ覚えてくれるといいが。
「さて、君達兄妹にもっと聞きたいことがあるが、今日のところはもうお帰り。先生のくせに君達からは聞いてばかりになってしまうけど、そのかわりに君達を最高の魔法使いにすることを約束しよう」
「「「「はい、せんせい!」」」」
ゴブリン達は元気よく返事をすると、みんなで帰っていった。彼らは元の世界のゲームや物語に出てくるような悪のモンスターではない。単に善や悪の区別がなく、楽しいことがやりたいだけの妖精だ。
だが、世の中には明確に邪悪なものがいる。フィールだ。彼女は第一王女でありながら、他人を操り道具のように扱うことに躊躇がない。
彼女が成績を操作していたのを学校側が止めなかったのは、学校側が彼女を”知らざるもの”として卒業させるつもりだからだ。何を知ることもなく、知らされることもないままに。
私は彼女に魔法を教えることを任された身だが、これでは魔法を教えるなと言われているのも同然だ。トコル先生は私にどうさせるつもりなんだろうか。それを考えているうちに、もう月は昇っていた。
魔法学校の職員には学校内に私室が与えられている。私の部屋は2階の物置部屋だった。8組の先生は扱いも8組ということか。
職員室に荷物を置きに行かずとも、この物置と教室とだけで準備ができるのは楽なところだ。私は月の見える窓際の埃っぽい布団の上に体を投げた。
「……おやすみ、アーシャ。学校ってやっぱり良いところじゃないな」
「おやすみなさいませ。明日は良いことがありますよ、きっと」
アーシャは静かにそう言い、私は意識を手放した。
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深夜。ぽぅ、とアーシャはひとりでに起動した。
■第十一話 終了




