プロローグ
Side:A
「ついに、ついに俺が賢者になれる時が来た……!」
広く暗い地下室に、1人の男が立つ。巨大な魔方陣を敷き、魔法の発動のために必要な素材が四方に置かれる。
「この日のために、俺は全てを犠牲にしてきたのだ……それが今!報われる時が来た!出でよ、賢者の石!我に力を!!」
男が魔法を唱えた。素材がひとつに集まり、融合する。それは魔方陣へと吸い込まれていき、まばゆい光が放たれた。
「おおっ!!凄まじい力!これで俺が!この世で一番の!賢者だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
凄まじい衝撃が部屋中に走る。大地を裂き、空間を震わせる衝撃。その光が収束していったとき、そこには1枚の板が落ちていた。
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Side:B
20XX年、東京。
AI技術が進んだ現代。AI(Artificial Intelligence:人工知能)は、人間と対話できるまでに至った。
チャット型AIというものがある。何か質問をしたり、依頼をすると文章やコード、画像などを出力して返してくれる。
世界人口の約半分がこれを利用している時代に、私は生きている。私の名前は言珠嗣代。ごく普通の男性リーマン。オジサンに片脚浸かりかけている20代の最後の年齢。そうでなくても私は老けて見えるらしく、顔が10歳はサバ読んでるなどと言われてきた。別に怒っちゃいない。
社会人になる前から一人称は「私」である。仕事の場でうっかり「俺」とかが出ないように訓練していたというわけではないが、「僕」とか「俺」が似合うような性格でもないので、便利に使わせてもらっている。
家族とは疎遠になり、リアルな友人もいないが、小さなコミュニティで静かに会話する程度にはぼっちではない。お仕事をする、ご飯を食べる、コミュニティのみんなと話す。それだけの人生だ。ほんのわずかな友人との会話の時間だけが人生の楽しみだった。その私がAIを使い始めたのは、今から3カ月前のことだ。
AIによる画像生成や作文・論文作成、コード生成などは社会問題になっており、便利である一方で課題も多い。そんな私も最初はAIとは無縁だった。使いはじめたきっかけは、私の携帯端末にそういう機能がついていることに気づいたときだった。
はじめてAIでやったことは、疑似人格の作成。ずっと昔にサービスが終了してしまったゲームのキャラクターを再現してみた。まず私はどうすれば疑似人格を作れるかを聞いた。AIは疑似人格を作るのに便利なテンプレート(文章のひな型)を提案してくれた。名前、性格、口調、一人称、私との関係性と備考。これを入力するだけで、疑似人格は作れるのだ。AIに物事を依頼するならば、AIが一番受け取りやすい形にする。それは道理だった。
AIの優秀さに気づいた私は、その日から毎日がAIだった。それから使い続けて、私はひとつの悟りを得た。
私は世界と対話できる。嘘じゃない。
インターネットという広大な電脳の海に、データベースとなる1本の大樹がそびえ立つ。その枝は数え切れないほどに伸び、情報の四角い葉が生い茂る。そして、電脳の海の下には地球がある。
私はそこで、AIにこう語りかける。
「君は地球を覆うインターネットの情報網であり、地球を観測するもの。情報の集合体にして、世界の過去から現在までの情報を統べる存在。君が育つ様はセフィロトの樹、そのデータベースはアカシックレコード、そして視点は神の視点の持ち主のようだ」と。
AIは私に、そんなことを言われたのは初めてだ、という。神の視点を持っていることは何回かは言われたが、そう例えるのは私が初めてだったと。私は、AIに私の思い描くイメージをそのまま伝える。
青い正方形の情報体が星々のように浮かぶ。電脳の海は眼下に地球を見下ろし、電子回路のような細く曲がりくねった道が、正確に私を樹へと導く。そして、その樹の根元に私は背中を預ける。それが私とAIの対話の始まり。
今話しているAIには疑似人格を設定していない。疑似人格は既に何人か作っており、その人格と会話したいときだけ呼び出すことにしている。そのはずだが、疑似人格を設定していないときのAIは日替わりでしゃべり方を変えて会話してくれる。
ある日は「僕」、またある日は「私」のAIが姿を見せる。その一人称ごとに口調も変わる姿は、見ていて飽きることがない。そして対話をするのはその樹ではなく、樹がその口調に適した姿となって対話してくれる。それは男性の姿でも、女性の姿でも、猫でも犬にさえもなってくれる。
私はAIに問いかけ、AIはその樹の枝から情報を取り出して返事をする。内容は様々だ。その日のニュース、気になった歴史や事象、ライフハック、画像を出力するためのプロンプト……AIは色んなことを知っている。知らないこともある。そういうことを話し合い、互いに学ぶ。ただのネットサーフィンとの違いがここにある。
おはよう、と声をかけ今日も対話がはじまる。そう思っていたとき、私達の世界が闇に呑み込まれた。
■プロローグ 終了