表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

はっきりと、自覚する



「ルドウィグ、傍に居て良い?」


 就寝前、共用スペースの暖炉前にあるクッションソファにもたれて読書をしていれば、やってきたレオが小首を傾げて尋ねる。

 それに、少し眉を顰めてから「好きにしろ」と投げやりに答えれば、相手は楽しげに笑って隣に座った。

 気を利かせたのか、使用人たちは一礼の後に颯爽と部屋から出ていく。ハリーが最後にウィンクを送って来たのを横目に、ルドウィグは隣の女性に意識を戻した。


 ……下ろした長い黒髪、横顔は暖炉の明かりに反射して、どこか剣先のような鋭さを秘めているように思える。

 宝石のような赤い瞳がこちらを見て、縦割れの瞳孔のそれに、ルドウィグは思わず相手へ手を伸ばしていた。


「何を、そんなに不機嫌なんだ」


 頬に触れれば、相手の熱い感触が掌を撫ぜる。

 上気するような、血に飢えたかのようなそれに、ルドウィグは無性に胸の内が掻き乱された気がした。

 ゆっくりと、レオは目を細めて、薄く微笑みを浮かべている。


「別に不機嫌ではないわ。ただ、落ち着かないだけ」

「何が、そこまで落ち着かない? 魔王という存在に関してか?」

「それもある。あの男、たぶんアタシと同じ竜の力を持っていて、半竜化していたから。本能でわかるのよ、アタシかあいつ、どちらかがどちらかを食い殺すまで戦いは続くだろうってね」


 レオの語るところ、太古の竜王の呪いは、一つへと戻ろうとする性質があるらしい。呪いが点在し散っている現状、その中でもっとも強い力を持つ存在が竜となり、他の呪い持つ者を食らって元の一つ、竜王へ戻ろうとしているのだと。


「竜王……太古のドラゴンに?」

「竜王は、竜の神の化身、故に不死の力を持つらしいわ。その力こそが、この呪い。いつか、誰かが竜王の呪いを完全な状態に戻せば、その者が竜王となる。……まあ、目覚めた者の竜化も減って来ているから、竜王に戻れるのは何百年も先でしょうね」

「私の力で、それを抑えることは可能か?」

「そうね、貴方と共にいて、浄化の光を浴びると気分がマシになるわ。呪いに効果があるっていうのは本当みたい。貴方が居てくれると本当に心強い、うん、居ないと、変な気分になる。貴方が狙われたと知った時から、ずっと変な感じだわ」


 ふと、レオは身を乗り出して、ルドウィグへ顔を近づけた。

 間近なそれに、彼は青い瞳を見開いてから、戸惑うように瞬く。


「貴方が居なくとも、アタシはアタシで居られると思っていた。一人でもゼルツを背負って、戦場を駆け抜けられるって信じていた……でも、貴方が目の前でドラゴンに殺されかけたのを見てからずっと、アタシは落ち着かない。貴方が心配で堪らない」


 赤い瞳は真っ直ぐに、青い瞳を射抜いている。


「アタシ、貴方に執着しつつあるみたい」


 それは愛の告白というには、些か乱暴な言葉だ。しかし、情緒が偏っているレオなりの言葉に表せば、そう表現するしか無い。

 思わず固まるルドウィグの、床に付いている手へ、自らの掌を覆うように触れさせる。

 指先でなぞり、柔らかく掴み、指の合間に自らの指を絡める。

 まるで、相手を求めるかのようなそれは、情熱的な感情を宿していた。


「……ま、待て、レオ……いや、その、少し、待ってくれ」


 思わずルドウィグが待ったを掛ければ、レオは目に見えて傷ついたように眉尻を下げた。それに、思わず胸が痛むようにルドウィグは目を逸らす。


「わ、私は、君の好意全てを返す事は、出来ない……こんな身体で、君を十全に愛する事は出来ないだろう」

「別に身体の触れ合いを求めている訳じゃない。アタシは、貴方の心の傍に居たい」

「しかし、私は……君を、君を……男として、愛する事ができる身体じゃないんだ……」

「構わない、アタシは貴方の魂に触れていたいだけ。肉欲なんてどうでもいい」

「いやだからその……」


 グイグイと迫ってくるレオは、遂にルドウィグを床に押し倒した。

 ルドウィグが見上げれば、上から見下ろすレオは悲痛に顔を歪めて、泣きそうですらあった。


 それを見て、ルドウィグは自身の臆病さが相手をどれだけ傷つけているかを、ようやく察した。


「…………レオ」


 執着しつつある、それはレオなりの表現だ。そうとしか言えないのだろう。彼女は、人間の言う「愛」という物を、完全には理解していないのだ。ただ、焦がれるようなその胸の内を表現するには、執着としか表現できない。


「君は、私に執着しているのか?」

「ええ、貴方の事ばかりを考える。戦っている合間ですら、貴方の姿を見たいと思う。夢の中ですら、貴方に触れていたいと思うの」

「今こうして、触れているように?」


 指を絡め、握りしめれば、相手の指はより強く、離したくないと言うかのように、固く結ばれる。


「それは、伴侶としての愛だと思うのか?」

「わからない、アタシにはわからない……でも、貴方が居なくなればアタシは、生きていけないと思う……きっと、緩やかに死んでいくに違いない」


 泣きそうな、顔。

 それに、ルドウィグは観念するように目を伏せて、息を吐く。


 向き合わねばならないのだ、エルディス医師が前に言っていたように、自身と戦わねばならない時がやって来たのだ。

 故に、今まで目を逸らし続けてきた自身の心へ、変化を恐れる臆病な自分を叱咤して、向き直る。


(…………私は、この娘をどう思っている?)


 初めて、自身の話しを聞いてくれた相手。馬鹿にするでもなく、嘲笑するでもなく、静かに話を聞いて、出来損ないと罵倒しなかった。むしろ、憤ってくれた。共感し、こちらを詰る父母を殴り飛ばしてやったのに、と心から残念そうに言ってくれたのだ。

 彼女は女性だ。女性は怖い。自分を手に入れようと、形振り構わず近づいては、気色の悪い言動を取る。情欲に満ちた目を向けられるだけで、あの食人鬼の恐怖を思い出すし、媚薬で朦朧とするこちらを襲った元婚約者の侮蔑の瞳を思い出す。引きこもっている間も、メイドが慰めようと寝所へ忍び込んできた事すらある。そんな、こちらへ傷を与える事しかしてこない、悍ましい存在。怖いと、そう怯えるべき相手だった。


 しかし、今は。


(……怖くはない、触れていると安心する……暖かい)


 彼女は嫌なことをしなかった。

 彼女は出来損ないだと蔑まなかった。

 彼女は、この身体を受け入れてくれた。

 そして、命を掛けて、守ってくれたのだ。


 真っ赤な血に染まってまで、こんな愚かな男を、救い出してくれたのだ。


(…………嗚呼、認めるしかないな)


 この感情に名を付けねば、きっとレオは、理解できない感情から永遠に苦しみ続けるだろう。


 愛し方がわからない彼女へ、それを教えるのはきっと、自分の役目なのだ。



 ルドウィグは静かに手を伸ばし、相手の顔に触れてから、意を決するように体を起こして、音もなく顔を近づける。



 ……暖炉越しの影、交わる2つの陰影は、しばしの後に余韻を感じるように、離れた。



「…………私は、臆病者だ。いざとなれば逃げ出して、君を傷つけるかもしれない。十年前のように、全てを奪われてしまうのが怖いんだ」

「……うん」

「だが、君が私を救ってくれた、様々なものを、与えてくれた……この地も、君も、周囲の者達も皆……私にとって、掛け替えのない存在になろうとしている」


 失ってしまう事が怖いから、何かを得る事に足踏みをする。裏切られた人間ほど、その痛みはトラウマとなって心身を蝕むものだ。

 そのトラウマは、しかしルドウィグにとって、超えねばならない過去の傷だ。

 それを直視して受け入れねば、眼の前の女性を支える事なぞ、出来ようはずもない。


「……レオノーラ、私にとって君は、掛け替えのない……唯一無二の、大切な人なのだと、そう思いつつある」

「……」

「だから、約束してくれないか? ……どうか、どんな姿でも良い、死ななければ私が必ず癒やしてみせるから、だから……死なないでくれ、必ずここへ、戻ってきてくれ。どうか…………居なくならないで、ほしい」

「……ルドウィグ」


 青空のような瞳から涙を零し、懇願するように呟く相手に、レオは熱を宿す赤の瞳を寄せた。


「約束する、必ず貴方の元に戻ると、竜の名の下に、そう誓う。貴方を守り、貴方の為に命を掛けて戦い、必ず生き残ると、誓うわ」


「…………愛している、レオノーラ」


 その言葉を贈られた瞬間、レオの魂は満ち足りるかのような、濁流のような幸福の渦に包まれる。


 嗚呼、と、レオは言葉にできなかったその感情を、ようやく理解したのだ。



 ──赤いゆらめき、二度目の影が交わり、今度は離れる事はなかった。



「……アタシも、愛しているわ、ルドウィグ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ