ルドウィグと戦後処理
件の騒動が終わって暫く、都市防衛システムと嘯いたそれは永続的に効果が残り続けているようで、都市内部に魔物一匹たりとも侵入させないという、破格の性能を見せた。ルドウィグが祈りを捧げることで結界を更新させているので、彼がいる間は如何なる魔物が相手でも無敵の要塞となったのである。
それには都市の荒くれ共も拍手喝采の雨嵐で、結界を作り上げた相手への称賛は毎日のように降り注いだ。
一方、それを作ったという事になっているケーニッヒは、そんな称賛と天才という持て囃しに耳を塞いで城に籠もる羽目になった。
「義兄さぁん~~~!!! 違うんだ!! 僕は貴方の手柄を横取りする気はこれっぽっちも無くて~~!! ああ、これぞまさに嫌な小悪党的ムーブじゃないか! やるんじゃなかった!!!」
羞恥と罪悪感に悶える相手に、ルドウィグも「こんな格好なのに恥の概念はあったのだな」と辛辣な事を思っていたりする。
「致し方ない事だし、私は気にせん。下手に聖女が現れたと教会に知られれば、私はこの地から引き離されて教会本部へ拉致される可能性もあった。宗教関係者と軋轢を生じさせるくらいなら、その程度の賞賛は喜んでくれてやる」
「うわぁぁ~~聖女様! いや聖人様!! 義兄さんから後光が見える……!!」
逆に拝まれるという訳のわからない相手だが、悪い奴ではないのだろうな、とルドウィグもケーニッヒの性格を把握しつつあった。
ともあれ、ルドウィグの力に関しては辺境伯の周辺の重鎮だけが知り、その存在は完全に秘匿されることとなった。来たるべき魔王との戦いまでには、どうかレオの力になってほしいという思いもある為、今まで以上に厳重に扱われることとなる。
そして半竜化したレオだが、元の人間形態に戻ってからはいつも通りの調子に落ち着いているようだ。ただし、感情が高ぶると赤い瞳が竜のように縦割れの瞳孔になるらしく、更に激昂すると鱗が生えるという半竜化状態に変化するようになった。
ジェストーザ曰く、ドラゴンになる手前の状態で落ち着いているようだ、とのことだ。
「まあ、ルドウィグ殿が居る以上は安定しておるだろうて。今まで通り戦ってもいいだろうが、くれぐれも、我を忘れすぎて化け物にならんようにな」
この手を娘の血に染めさせてくれるなよ、と、そう呟く相手の心労を、レオの情緒では慮ることは出来ない。ただ、頭の上がらない恩人を嘆かせることだけはしまいと、固く心に誓うのである。
・・・
そんなこんなで日々が過ぎ、いつも通りの日常に戻った頃合い。
車椅子状態だが、薬が抜けて頭がハッキリしたルドウィグは、エルディス医師の許可が出て早速、レオの兄であるジョアンの仕事を手伝うことにした。もっとも、医者の許可は午後の三時間だけだったが。
「うおおおぉぉぉ救世主、救世主だぁぁ!!」
「戦力としては申し分ありませんぞぉ! 大感謝ですなぁぁ!!」
「ありがたやありがたや」
元とは言え、侯爵家を継ぐ教育を受けていた身だ、領地経営の知識を遺憾なく発揮して山積みの書類を次々と捌き、頭を悩ませていたゼルツ城の家臣達から拝まれたりした。ゼルツは深刻な文官不足のようだった。
たった三時間の執務だったが、要領を得てからの働きは目覚ましく、水を得た魚のように動き回った。
「レント子爵、思うのだが……人手不足の解消が難しいのならば、仕事の効率化を重点的に改善すべきと提案するのだが」
「効率化?」
仕事中なのでジョアンを爵位で呼ぶルドウィグは、頷きながら提案する。
「例えば、この城での役職に就く者達の中で執務仕事を主とする部署ごとに棟が別れているが、これは数が少ない現状では非効率的だ。かつては人手もあったのだろうが、その数が少ない以上は部屋移動という無駄時間を削るためにも、一箇所に全ての部署を集めた方が良いだろう。多少、部屋が遠くなることでの部下との連携が取りづらくはなるが、それは大勢居る小間使い達を活用すれば良い」
「ふむ、総合オフィス、という考えか。ケーニッヒが提案していたが、各部署の調整が難しくて後回しになっていたな」
「療養中に散歩をして部屋を確認したが、会議用の広間はあまり使われないそうだな? ほぼ大会議場で済ませていると。広間の方を改装して総合執務室にし、執政官である子爵を筆頭に事務、軍務、書記、家政、開発部などの部門ごとの執務をそこで行うようにしてみては。資料室も傍にあるし、空き部屋も多いので追加で資料を保管できる。更に本棟に位置することから各部署とも連携が取りやすい。まあ、開発部を丸ごと移動することは難しいだろうから、責任者だけこちらへ来てもらえばよい。逐一、様子を見に行く必要が出来るが」
「いや、開発部の責任者は交渉が多い苦労人だから、むしろこちらに来た方が楽ができるだろう。問題は情報漏洩や、集中しづらいという点だが……」
「情報漏洩に関しては、ケーニッヒが悪巧みで作ったという、文章だけ認識できなくなる品物を開発したと聞いている。各デスクに設置すれば解決するだろう。文章の管理も補佐官達に徹底させ、防音も各部署ごとに魔道具で行う。相手のデスクへ向かう必要が出るが、まあその程度は部屋移動を行うよりは楽だろう。個別空間が欲しいのならば、仕切りとして衝立てでも建てれは問題は無いかと」
「ふむ、ケーニッヒの魔道具が大きく活躍できそうだな。あいつの趣味はこういう時はとてもありがたいと思うよ。では、ここらで一つ大掃除でも行うか」
そんな流れで大掃除が敢行され、デスマーチに喘いでいた家臣達は息を吹き返したように掃除に励んだ。秘匿すべきゼルツの重要情報はジョアンに集約される為、彼の部屋だけ隣室の鍵付き個室になったが、アクセスのしやすさは段違いである。
やる気がない者も、流石に車椅子で書類整理に精を出すルドウィグの姿を見て、否やと言える者はいなかった。
……余談だが、公文書を作成したり教会との連携を取る書記官は、ゼルツへ派遣されてきた司祭だ。聖書よりも金を好む俗物であるため、ゼルツに有利な情報取引を教会と行ってくれる代わりに、魔道具などを利用して利益を懐へ還元しているらしく、市井に出ずっぱりでここへはあまり顔を出さない。俗物ではあるが、ゼルツの魔道具や湯治という金の成る木を疎かにはしないタイプの、商人気質で割と有能な俗物だ。ある意味では信頼できる。
結果、丸三日という掃除を終えてから部屋の総替えが行われ、会議室、改め総執務室にて各部署の者達がデスクワークに勤しむこととなる。引っ切り無しに屋敷中の人間が出入りしてお伺いを立て、別部署が衝立の向こうで仕事に励んでいるため、打てば返るように確認も即座に行え、後回しにされる仕事の数も減った。
もちろん、個室ではなくなった事で集中できないという懸念点もあったが、ゼルツに仕える者達は大体が神経が図太い上に貴族平民分け隔てない実力主義者達ばかりだったので、さして問題は起こらなかった。むしろ、仕事のしやすさの方を歓迎されたくらいだ。
何より、部署ごとの人間関係をルドウィグは把握し、交渉などで揉めている際には口を出しては場を取りなす。頭に血が昇っていれば、ハリーに命じて茶を飲ませることで意識を切り替えさせ、雑談話を皮切りに話の取っ掛かりを作って双方の意見をすり合わせ、落とし所を作る。
感情論だけでなく理論的な会話を使い分け、客観的に説得と誘導を行う姿は、かつて侯爵家跡継ぎとして期待されていた彼の本来の姿なのだろう。
そんな職場改善と、円滑なコミュニケーションを行う潤滑油のお陰か、ゼルツの政務の環境は大きく変わった。ジョアン一人では手一杯だったかつてと違い、我の強いゼルツの人間を手玉に取れる逸材に、ジョアンの瞳は危ない光を宿している。
「いいかレオ、絶対に彼を離すなよ。いいな、絶対だぞ! さもなくば私は今度こそ倒れるからな、わかったな?」
「もう~兄さんったら心配性ねぇ」
「ジョアン兄さん、そういうのはフラグって言うんだよ」
竜の目もかくやな相手に、流石のレオとケーニも顔を見合わせて肩を竦めるのであった。
・・・
「ルドウィグ閣下、このままだと橋の建設費用が嵩んでしまいますぞ、大きな戦があった直後ですし、倹約に励まねば財政難に陥りましょう」
「それは理解しているが、魔物に破壊された近郊の大橋は内地との唯一の生命線だ。有事の際に備えて魔道具の防衛機構を取り付けて防衛力を上げねば、失費が嵩むばかりとなる。……とはいえ、金がかかり過ぎているのも確かか。魔道具開発部長、この機構に関してコストダウンはどこまで可能だ?」
「資金の掛かる部分を極限まで省けば三分の二まで落とせますが、防衛力は落ちます。ケーニッヒ様が新たにコストダウンした魔道具開発を期待するしか無いでしょう」
「……現実的では無い、か。致し方ないが、必要最低限の防衛機構を取り付ける方針に変えよう。確か都市防衛という負担が軽減した事で巡回兵のルート変更案があったな、彼らが防衛に到着できるまでの時間を稼ぐ目的としての運用だ。戦略補佐官、後で哨戒兵のスケジュール表を部屋まで届けてくれ、ジョアン殿と相談の上で軍務へ案を出したい」
「心得ました」
慌ただしい執務オフィスにて、ルドウィグは自席で面倒事の相談をこなしつつ書類を捌き、小間使いを呼んでメモ書きを届けるよう指示する合間にも、秘書官が確認済みの書類を各部署に配っている。慢性的な人手不足という事もあり、三時間しかないルドウィグはフル稼働で動いている。
これを見たケーニッヒ曰く、
「電話が欲しいよね! 今思えばアレってメチャ便利な文明の利器だったよ! せめて城内で伝声管的な機構の魔道具を取り付けたい!」
という思いつきを発案するなど、彼のインスピレーションの刺激になったようだ。ゼルツ城の未来はなかなかの波乱だが、明るいようだ。
「はいはーい、お時間が来たから迎えに来たわよ旦那様!」
「……小煩いのがやって来たか」
戦装束を脱ぎ捨てたラフな格好の辺境伯が、喜色満面の様子で執務室へと入り込んできた。颯爽とルドウィグの元へ行き、車椅子の彼へ話しかけ始める。
「お疲れ様、今日も疲れた様子ねぇ。そろそろ眠るお時間じゃなくて?」
「人を子供のように扱うな小娘、君も執務仕事をこなしてみれば良い。ジョアン殿の苦労の半分程度は実感できるかも知れないぞ」
「あらごめんなさい? アタシがペンを持てばそこら中をインク塗れにしちゃうから、遠慮しとくわね。それはそうと、貴方また少し太ったかしら? あの不健康面が無くなってきて健康的になってきたじゃないの、顔色も良いし」
「適正体重に戻ったと言いたまえ。それと、君の方こそ顔色が悪いぞ。疲れているんじゃないのか?」
「え、そう?」
レオが不思議な顔で自身の頬を揉んでいるが、ルドウィグは仏頂面を消さないままにボソリと言う。
「今日は早く休め、ある程度の事は家臣がどうにかしてくれる」
「へえ、心配してくれるの?」
「君が倒れればゼルツが終わるのだぞ、辺境伯としての自覚を持つのだな」
「あら、手厳しい。まあともあれ、そろそろ夕食だから先上がりしましょう。それじゃ、みんな頑張ってねー」
何かをブツブツと言うルドウィグの車椅子を押しながら、レオは上機嫌で去っていく。
その背を見送り、仕事をしていた家臣たちは一様に顔を見合わせた。
「いやぁ、あのレオノーラ様がなぁ」
「昔っから、何を考えとるかさっぱりわからなかったお嬢さんだったが、人並みに愛する感情があったのだなぁ」
「あれは完全に恋する相手へ向ける顔でしたな、若いのぅ」
「それにハリー殿によれば、ルドウィグ閣下もレオノーラ様の背ばかり見つめておるそうですからなぁ。あの熱い視線はまぁ、間違いがないでしょうぞ」
うんうんと頷きあう一同。彼らから見ても、レオのルドウィグへの態度は明らかに恋人へのそれであったし、ルドウィグがレオを見る際の眼差しが違うという点も感じていたのだ。
「これでゼルツも安泰ですな。伴侶を得た竜は無敵の強さを誇りますから」
「問題は、何が何でも閣下をお守り通さねばならんという点ですよ。絶対に、御身に傷を付けさせてはなりませんからね」
「ジェストーザ様にとってのティアナ様のような感じですからねぇ。以前のように条約破りのような真似をしてでも、敵は排除せねばなりません。下手をすれば、国を巻き込む騒動になりかねませんから」
だからこそ、ルドウィグの傍には常に最強と名高い紅石の騎士が付いているのだ。無論、あのハリーも元紅石の騎士、ドラゴンが相手でさえなければ、大抵の魔物など恐るるには足らないのだ。
わいわいと仕事を続ける家臣達を横目に、書類と格闘していたジョアンは一人、ひっそりとため息を吐く。
「暴れ竜に伴侶が出来たのは喜ばしいが……むしろ、より凶暴性が増したのだよなぁ。魔物の討伐数が倍に跳ね上がっているし」
伴侶が襲われた点で、レオの中の本能が未だに暴れ狂っているらしく、以前にも増して人間を辞めつつある。それに兄としては一抹の不安を抱くのだが、
「…………まあ、大丈夫か」
それを見抜いている伴侶殿に、ジョアンは肩を竦める。今後、妹の尻拭いをするのも、そう多くは無いだろう。
新たな犠牲者……もとい、苦労を義弟に丸投げする心算の兄は一人、書類仕事に精を出すのである。




