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そして、それは芽生える



「まさしく、奇跡ですな」


 全ての事後処理を終えて城へ帰還すれば、エルディス医師は淡々とした声で宣った。


 傷が驚異的な速度で回復し、体を起こせるようになって早々、レオは残ったドラゴンの討伐へ向かう羽目になった。

 その直前、精根尽き果てたようにルドウィグが意識を失ってレオ自身でも驚く程に狼狽したが、ハリーの一喝という一撃で我に返った事で戦地へ向かう事はできた……ゼルツ流の一喝は拳が常に飛んでくる、ここの連中は拳が無いと話を聞かないからだ。

 結果、ドラゴンが五体も襲ってきたというのに、死者はゼロ。空にドラゴンの影が出た瞬間に人々が凄まじい勢いで地下防護壁へ籠もり、防衛兵が突貫したからだ。家屋は壊れたが、それは復興させれば良いだけだ。


 そして、鬼気迫る様子で真っ青と真っ赤の血に塗れて紫色になって帰ってきたレオが、そのままルドウィグの元へ突撃しそうになるのをエルディス医師がふん捕まえ、とりあえず風呂に叩き込ませてから診察した。

それが冒頭の台詞である。


「診察の必要すらなさそうです。本当に体が半分ほど抉れたのですかね」 

「そりゃもうちょっとで真っ二つだったのよ? あ、いつの間にか竜化は解けてるけど」

「半人半竜という現象も初めて耳にしますがね。まったく、貴方は先代よりも破天荒だ」

「それより先生、旦那様は?」


 一転して真顔のレオに、エルディスは目を細めてしばし黙する。


「伴侶のご自覚が出来たご様子で結構ですが、自分の身を第一に考えなさい。貴方が死ねば、おそらく貴方の旦那様も後を追いますよ」

「それは……」

「パートナーを亡くして後追い自殺をするのがドラゴンだけとは、思わないことですな」


 つまりは、レオが庇った件に釘を差しているのだろう。とはいえ、我が身を挺する以外の方法が無かったのも確かだ、とレオは思っていた。

 しかし、エルディスはそんな相手に首を振って言い放つ。


「庇うより先にドラゴンの手を吹き飛ばせたでしょう。一撃で相手の最も硬い頭部を粉砕できたのですから、他の部位も砕けた筈です」

「……あ」

「以前の貴方なら真っ先に狙いました。それを覆した時点で、貴方の変化は顕著です」


 伴侶を思うあまり、我を忘れてしまうのが欠点のようだ。狂戦士の如きアレは、人間的な合理性を奪ってしまうのだとレオは心底から実感した。それは戦いでは致命的ですらある。

 先人の忠告に、レオはため息混じりに髪を掻き上げて頷いた。


「わかったわ。二度と選択は間違えない。我が身を呈するより先に敵をぶち殺す」

「貴方が死した場合を考えれば、それが最善でしょう」


 たとえ、それで伴侶が死んだとしても、すぐに死ぬよりは少しでも功績を伸ばせる期間はあった方が良い。

 良くも悪くも人情味のない相手の物言いに、レオは舌を出して耳を塞いだ。


「お説教はこりごりよ、先生」

「そうですか、それでは貴方の旦那様に関してですが」

「ルドウィグがどうしたの?」

「都合の良い耳ですね」


 ため息一つを吐いてから、医師は平坦な声で述べる。


「先代の意図通り、彼は聖女の力に目覚めたのではないかと思われます。あの瞬間、都市中を覆った金の糸の力は、住民軍人問わず目撃しております」

「ってなると、教会が首を突っ込んできそうかしら」

「ご安心を。ケーニ様が新作の都市防衛システムを起動させただけだ、と宣っておりましたので。冷や汗混じりに」


 緊急時だからか男装、もとい元の性別の格好をしたケーニッヒは、凛々しい貴公子然とした様子で人々へ宣言したのだ。聖女の力を誤魔化すためのアドリブだったようだが、そのナイスな仕事にレオは胸中で称賛を送った。

 だからか、都市ではさして騒ぎにはならず、ドラゴンを倒したという事実に人々は沸き立っている。

 特に荒くれ騎士共が、


「ドラゴン肉だぁぁーー!!」

「酒もってこい酒ぇー!!」

「王侯貴族でも食えねぇ特上最高級肉で焼き肉パーティーだぞー!!」


 といった感じでハッスルしており、その雰囲気に触発された皆がドラゴンを囲んでのバーベキューに勤しんでいる。城の氷室には今頃、高級肉の塊が運び込まれていることだろう。


「まあ、そこはどうでも宜しいのですが。彼の力に関してはまだ、外部にはバレていないでしょう。問題のルドウィグ様は先程、目を覚まされました。私が確認したところ、下肢の麻痺がやや緩和されているご様子でして」

「え、つまり足が動くようになった?」

「レオ様程のそれではありません。彼の再生の奇跡はおそらく、この地に纏わる者限定への力のようでして、私のような外様の人間には一切の効果がありませんでした。よくて僅かな負傷が少し癒える程度です。同じく、彼自身にも、その癒やしの力は適応されないかと」

「なんだってそんな、限定的な物に」

「……あくまで、素人意見でしかありませんが」


 眼鏡を直しつつ、エルディス医師は自身の見解を述べた。


「聖女の力の発現には、強い感情が必要だという説はご存知でしょう。そしてルドウィグ閣下は貴方の死を前にして力に目覚めた。それも、貴方の生き血を浴びながら」

「……つまり、ルドウィグはアタシの血によって目覚めちゃったから、アタシか竜の呪いの影響のある人間限定でしか、効果が発揮しない?」

「竜の伴侶が相手を守るために、祈りの力の方向性を定めた。元来、聖女の力というのは目覚めた時の当人の感情が強く反映されると言われています。水を求めれば雨を降らし、実りを求めれば豊穣を授ける。ドラゴン限定の奇跡だからこそ、死に瀕した貴方すら復活させた。同じく、この地の呪いに触れている血を持つ者たちも多数、影響を受ける」


 ゼルツに根を下ろし、骨を埋める民は多い。彼らは成功者の子孫であり、この地の呪いの影響か、他の地の者たちよりも強靭な肉体を得ている為に死ににくく、そしてバトルジャンキー故の恐れ知らずな荒くれ者として、ゼルツから出る事は殆どない。

 兵や騎士の多くは、ゼルツの民である。


「半竜化している貴方の血を浴びたことで、彼も多少ながら竜の呪いを受けたのかもしれません。だからこその、下肢の再生なのでしょう」


 つまり、レオが完全に竜化した場合……その捕食対象はルドウィグも含まれるのだ。

 そこまで思考し、されどエルディスは何も言わずに話を逸らす。


「……彼はこの地に特化した聖女です。教会なぞに取られてよい存在ではないでしょう」

「あら、てっきり自分の仕事を取られて迷惑だって思ってるのかと」

「ご冗談を。毎日のように怪我をして帰ってくる貴方がた阿呆共の世話をさせられる身にもなってください」


 肩を竦め、話は終わったとばかりに医師は退出する。

 その直前、思い出したようにエルディスはレオを振り返る。


「聖女の力は、愛が深まるほどに強くなると言われています」


 それではお幸せに、と飄々と宣いつつ、今度こそ去っていった。

 バタン、と扉が閉じられるのを見送って、冷やかされたレオは半笑いである。


「ああ見えて軽口が好きなのよねぇ、先生」


 若人を冷やかすのは老人の特権ですので、という幻聴が聞こえた気がした。なんとも、掴みどころのない男だった。



・・・



「閣下、体調に変わりはございませんか?」


 部屋へ入ってきたハリーに、ベッドの上でルドウィグは疲れたように息を吐いた。


 あの後、レオが暴れまわっている合間にハリーはルドウィグを保護し、護衛しつつ地下防護壁の貴賓室のベッドにてルドウィグの介抱をしていた。ルドウィグも一時間程度で疲労から回復して目覚めたが、レオの事が心配でベッドから這い出そうとしてハリーに止められる、という一幕があったが、エルディスの、


「ここからでも地上の轟音が聞こえませんか? 元気に暴れまわっているのは元気な証拠でしょう」


 という妙なお墨付きを貰い、今は落ち着いてベッドの中に居る。

 怪我らしい怪我もないルドウィグだが、大怪我を負っているべき相手の姿に、まじまじと相手の全身を眺めた。


「ああ……というか、君こそ大丈夫なのか? 凄まじい一撃を食らっていた気がしたが」

「ご安心ください、私は人より頑丈ですので。それより、おめでとうございます。お身体の調子が良くなっているご様子で」

「ああ……ハリーは、その、あの力については聞いているのか?」

「ええ、私や一部の身の回りの世話をする者たちには周知されております。故に、改めて」


 ハリーは真剣な顔で頭を下げた。


「ありがとうございました、閣下。貴方のお陰でこうして、老骨が再び立ち上がる機会をお与えになって下さった。感謝しても、しきれません」

「構わない、私も狙ったわけではないし、制御はまだ出来ていない」


 指先から金の糸を僅かに出して、しかしその感覚の異様さに眉を顰める。体の底から抜け出る何かに、未だに慣れない。

 頭を上げたハリーは、眉尻を下げながら頷く。


「まさか、この私にまで力が及びますとはな。エルディス先生の予測通りならば、嬉しい限りではありますが」

「竜の血が入っている、という点がか?」

「ええ。私にとって、誇らしいことでもあります。……私は、人と魔族のハーフですから」


 思わず瞬いて相手を見る。

 魔族は片翼を持ち、肌の色が人とは違うと聞いていたが、眼の前のハリーは肌は青みを帯びているが、そうではない。


「ハーフ、とは。子を成せるのだな……」

「確率は低いようですが、ないわけではありません。閣下はレオ様より食糧人の話をお聞きしていますな?」

「……まさか」

「ええ、私の母は食糧人で、父に該当する方が魔族だったようです」


 なんとも、胸の悪くなる話だ。その感性には全く理解できないな、とルドウィグは魔族の倫理観への期待を全てやめた。

 そして、そんな場所で育ったであろうハリーの生い立ちは、おそらく良いものではなかったのだろう。


「魔族は魔法に長けております、魔核という機関がそれを補っている、と。私にも魔核が存在するようでして、ああして僅かばかりの魔法を扱えます」

「ドラゴンのブレスを消せるのが、僅かばかり?」

「はっはっは! あの程度の火炎なぞ、ドラゴンにとっては児戯のようなものでしょう。だからこそ私は助かったわけですが」


 謙遜なのか本気なのかわからないが、ここへ来た経緯もレオと似た感じなのだろうな、とルドウィグは察した。


「魔族には、竜の血が流れていると言われています。太古の竜王、我ら人間の神と対立する竜神の化身が、人に似せて作った存在が魔族であった、と。その魔族の翼は持ちませんが、私の中にも魔族としての本能があるようでしてね。竜の血を持つ事に、誇りを抱きます」

「……私には、よくわからない感覚だな」

「でしょうな。これは魔族の持つ感覚ですから」


 理解が得られずとも、構わないらしい。ハリーは楽しげに肩を揺らしてベッドの上のルドウィグを寝かせる。

 それでは、といつも通りの笑みで部屋を出ていくハリーを見送り、ルドウィグは大きく息を吐いて目を伏せる。


 聖女の力に目覚めた反動か、何だかとても疲れた。あの、精神を根こそぎ奪っていくかのような力は、今の少ない体力では耐えきれないのだろう。

 しかし、同時に自身の力に関しての確証もあった。


 あれは、竜を癒やすための力だ。

 あの瞬間、自身の祈りに感化されるように、その為だけに特化させた。

 だから、普通の聖女のような真似事は、自分には出来ない。この地、ゼルツの民を守る為にしか扱えない、無能の力でもある。


 しかし、何故だろう。

 

 そんな状況になって尚、それに、まったく後悔が湧き出てこないのは。


「……絆された、かな」


「あら、何が?」


 思わず目を開ければ、ベッドの傍にいつの間にか、音もなくレオが座っていたのだ。

 悪戯が成功したような笑みを浮かべる相手へ、ルドウィグは動揺を隠すように顰めっ面で言う。


「ノックも無しに部屋へ入るな、礼儀知らずめ」

「ええ、礼儀なんて知らずに育ったから、ごめんなさいね? でも、元気そうで良かったわ」


 レオは、小首を傾げてサラリと黒髪を流している。

 あの時の、死に瀕したような青白い顔ではない。


 無意識でルドウィグは手を述べて、指先で相手の頬に触れていた。


「………あ」


 温かなそれに気づいて指を引っ込める。

 自分でも戸惑っていれば、レオは瞬いた後に、ゆっくりとルドウィグへ顔を寄せた。


「ねぇ、ルドウィグ。少しだけ触れて良い?」

「…………」

「性的な接触はしないと約束する。ほんの少し、指で触れるだけ」


 指先が、女性としては固く、血と研鑽に積み上げられた硬い指先が、こちらへ向けられる。

 かつてのような、過去の幻影は見えない。


 しばしの逡巡の後、ルドウィグは頷く。


「…………ルドウィグ」


 レオは、指先でルドウィグの左手、薬指を摘んで持ち上げ、自身の唇の寸前まで寄せて、呟く。


「ありがとう、貴方は命の恩人よ」


 触れることは無い、されど、指先に触れるその吐息の温もりに、まるでキスを送られているかのような。


「……あら」


 指を離したレオは顔を上げ、相手を見て瞬く。


 ルドウィグは、先ほど触れていた自らの薬指にそっと唇を寄せ、困ったように眉尻を下げながら、耳まで赤く染めて俯いていたのだ。

 まるで恋する乙女である。


(…………)


 それを見た瞬間、レオノーラの中で一つのハッキリとした確証が形となって、「ヴッ!!」と思わず胸を抑えていた。



 ──うちの旦那様、可愛すぎない?



 ケーニがいれば、こう言うだろう。

 それは、恋のときめき、いわゆる、胸キュン。



 胸キュンな感情に翻弄されるレオノーラ18才、一回り年上の男性にバッチリと惚れ込んだと自覚した瞬間であった。



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