父さんも揃って家族の団欒
前回のあらすじ:
ルドウィグは語る。幼少期に食人嗜好の老婆に誘拐されたり、元婚約者に薬を使われて襲われ、不能であることを公衆の面前で暴露された挙げ句に両親から出来損ないの烙印を押されたという、彼の人間不信と女性恐怖症の大元となる話しだ。それを聞いたレオが憤り、彼の心に寄り添った事で、ようやくルドウィグの凍りついた心は溶け初めていたのだった。
重症であったレオの傷は、驚くべきことに一晩で癒えた。
「呪剣で傷つけられたら流石に数日は掛かるんだけど、不思議と体が絶好調だわ。ひょっとして、貴方が居てくれたかしら?」
そうニヤリと笑う相手に、ルドウィグは目を逸らして素っ気なく言う。
「馬鹿馬鹿しい事を宣うな。……君が、化け物だというだけの話しだろう」
「あら、そうかもしれないわねぇ。旦那様?」
クスクスと笑う相手は、実に楽しげである。同じく傍に控えるハリーも驚いた顔をしてから、ニコニコといつも以上に微笑んでいるのでルドウィグは大層、居心地が悪い。
針の筵のようなそこで朝食を食べていれば、思い出したようにレオは続ける。
「そういえば、今日の午後に父さん達が帰ってくるわ」
「先代辺境伯が? 確か、先代は遠征に向かっていたのだったな」
「西側で新しい防衛砦を建設中でね。そこの防衛として居てくれたんだけど、やっと建設が終わって帰って来るのよ。というか、アタシが呪剣でぶっ刺されたって聞いて、戦力として戻って来るんだけど」
「……一つ聞きたいが、先代も君と同じ?」
「そ。竜の血を目覚めさせている怪物で、将としても非常に優秀。アタシを止められる唯一の人だから、覚悟しておいた方が良いかもねぇ」
ルドウィグは脳裏で、レオ以上の化け物の姿を想像した。
とりあえず、ドラゴンの姿しか思い描けなかったので、早々に諦めた。ある意味では間違っていないだろう。
「私との婚姻について、何か言って来ないのか?」
「特には。契約結婚だって強調してたし、無理して仲良くなれとは言われてないわ。っていうか、アタシにそういうコミュ力は期待していないようだから大丈夫」
それは大丈夫なのだろうか、辺境伯として、貴族としては社交性が無いというのは致命傷に近いと思うのだが。
まあ、ゼルツは西側防衛のみでしか戦力を動かさないので、戦以外で他家と交流を図ることは少ない。何においても、まず戦い、そのための交渉以外に興味はないというのは有名な話だ。だから、そこまで社交性は必要とされていないのだろう。
「先代の噂は聞いているが……単騎で数百もの魔物を倒し、魔族の将兵の首を幾つも切り落としたと聞いている。ゼルツの竜嶺、ジェストーザ・ゼルツは前時代の英雄だったな」
数十年前、大規模な魔族の侵攻が起きた時代があった。
大陸西側の大半を支配し、独自の文明を持っている彼らは独自の言語と文化を持ち、魔物を奴隷として従え、兵として率いている。かつて人間は奴隷として虐げられ、生存圏を大きく奪われたという歴史もある。
そして数十年前に人間より強靭な魔族の大攻勢に人間は押され、人類の生息圏を掛けて周辺諸国が力を合わせてゼルツの地へと赴き、長い戦いを強いられた。
その最中、斃れた先々代辺境伯から代替わりした若きジェストーザは、死に瀕する事で竜の血に目覚め、矢が射抜くが如く戦場を掻き乱し、敵将を討って回ったのだ。
「その英雄が帰って来る、か。私も覚悟を決めた方が良さそうだな」
「体調が悪いからって理由で、部屋に籠もっててもいいのよ?」
「ふん、そのような情けない理由で逃げる気はない。ちゃんと顔合わせはするさ」
本音を言えば、少しばかり気後れはする。
とはいえ、英雄をこの目で見られるのならば、足を向ける理由にはなろう。
・・・
という流れで、午後になってから身繕いをしっかりと行って、一同は城の玄関ホールで出迎えるべく集っていた。車椅子を押されるルドウィグを目にし、青髪の青年は僅かに口端を緩めて手を上げた。
「おお、義弟殿。しばらく会わなかったが、顔色は随分と良さそうだな。不自由せずに過ごしてくれているのならば嬉しいのだが」
「レント子爵」
レント子爵というのは土地を有しない名誉爵位であり、ジョアンはその一つを継承している。故に、彼は公的にはレント子爵と呼ばれるので、ルドウィグもそれに習った。
初日に米俵式運搬法というあんまりな姿で対面した相手だったので、ルドウィグは少し頬を染めながらしっかりと返す。
「あの時は挨拶もせずに大変失礼した。そして便宜を図って頂けたようでありがたく思っている。不自由もなく、彼らは私に仕えてくれているからな」
「そうか、それならば良かったよ。なにぶん、レオはそのあたりの機微がまったく察せられないから」
「想像に難くはないな……」
「それと、私の事はジョアンで良いさ。貴方も既に身内のようなものだ、気軽に名を呼んでくれ」
「……心得ました、ジョアン殿。それでは体調が復帰したら、私も何か手伝いをしたい。ただの無駄飯食らいとして燻っているのはもう、飽き始めていてね」
「それはとても助かる! 政務をこなせる人材が少ないのがここでの欠点で……ああいや、貴方の体調次第なので無理をさせるつもりはないが。しかし本当に助かる。義弟も義妹もそっち方面は壊滅的でな」
「アタシは戦い方面に特化してるんで~勘弁してくださ~い。あと魔物や魔獣をぶっ飛ばさないとストレスが溜まっちゃって~」
「僕は緑化運動に忙しくって~あと美容関連の開発と~エステサロン設立計画書を隠すための魔道具作成に忙しくって~」
「お前らのそれは半分以上が趣味だろ、っていうか何を計画しているんだお前は」
レオとケーニのぴったりなそれに、ジョアンは頭痛がする様子で眉間を抑えている。先代の実子は型通りに嵌まった堅実な人間のようで、逆にルドウィグは好感が持てた。
「ジェストーザ・ゼルツ様のお帰りでございます!」
と、そこで使用人の高らかな報告と共に玄関が大仰に開かれ、一人の益荒男がやってきた。
白髪を逆立てた、熊のような体躯に、傷だらけの皺が刻まれた顔。顎髭を蓄えた老兵と表すべき軍人は、鎧を纏った姿で厳しい顔を向けてきたのだ。
まさしく、触れれば切れるかのような、鋭い目線。
レオと同じ赤い瞳の相手は、目を細め、
「おっす! お前ら元気してたかぁ!? お父様のご帰還だぞぉ~!!」
一気に相好を崩して呵々大笑。鋭い空気など一瞬で霧散した。
思わず瞬くルドウィグを他所に、子供らは気安く老兵へと近づいている。
「父さん、お帰りなさい。大した怪我も無いようで安心したわ」
「まだまだお前には負けんわ、年を食ってもゼルツの将兵の座を降りるつもりはないからなぁ。それよりお前の方こそ、無様にも土手っ腹に呪剣をぶち込まれるとはな、油断したのではないかぁ?」
「はぁ~? 代わりに敵将の首を叩っ斬ったしぃ、この程度の傷ならむしろ勝ち星の勲章よ」
「まだまだケツの青い小娘だのぅ、儂に辺境伯を返してもええんだぞ?」
「冗談、誰が爺さんの腰掛け椅子にさせるもんですか。老人は奥にすっ込んで茶でも啜ってなさい」
売り言葉に買い言葉、されども冗談交じりのそれは気安い関係の空気だ。
「父上、無事のご帰還、お祝い申し上げます」
「はろろ~、父さん! また無茶やって副官くんを泣かせてないかなぁ?」
「よぉ我が息子共! ジョアンは相変わらず堅苦しいし、ケーニは相変わらず女装姿が似合っとるな。お前、男の姿を忘れとらんか?」
「やだなぁ、一週間に一度は戻ってるから大丈夫大丈夫」
「胸を張って言うな。……レオ、彼の紹介を」
「ああ、そうそう」
レオはルドウィグの傍で、車椅子の彼へ手を述べて紹介する。
「父さん、彼がアタシの旦那様のルドウィグよ。ちょっとばかり人見知りしてるけど、優しい人だから安心して」
「……お初にお目見えします、先代辺境伯殿」
「あ~構わん構わん、儂は堅苦しいのは嫌いでな。それよりスマンな、ルドウィグ殿。無理やりという形でお前さんに来てもらう形になっちまって」
「いえ、むしろここへ来たことで良い刺激になりました。今では感謝しております」
「はっはっは! ここは何かと厳しい土地だが、良い刺激もゴロゴロしとる。お前さんに合っとるのならば良かったわい」
快活な老爺は楽しげに肩を揺らし、ルドウィグを見下ろす。
見上げるばかりの威圧感のある相手は、車椅子でなくとも怖い印象を持つのかもしれないが、その人好きのしそうな雰囲気が剽軽なイメージを与えてくる。本当に噂に聞くような怪物なのか疑問視する空気だ。
「ここで、お前さんを傷つけようとする輩は儂が許さん。だからここが第二の実家だとでも思って、気楽に過ごせばええさ」
「……契約結婚として私を婿にしたと聞いていましたが、私は……子供を作れません。その事は」
「ああ、知っとるさ。だがまぁそんな事もあるだろう、気にするな! むしろ、こっちこそスマンな、行き遅れになりかけの娘を押し付けちまって」
「い、いえ……」
わりと勇気を振り絞って尋ねた事だったが、あっけらかんと言われてしまった。本当にレオの言う通り、ここでは子供を作れないという点なぞ大した問題ではないのだろう。
「まあ、将来的には養子でも取るかもしれないわね。その時は教育、頼んだわよ旦那様?」
「……君も頑張るべきなのだが。仮にも母になるんだろうに」
「ん~、やっぱわからないのよねぇ。子の扱いって。子供って何したら喜ぶの? あと力加減が怖いし、触ってると死にそうだし」
「これから慣れろ、それも責務だ」
「ええ~」
つっけんどんなそれにレオが不満そうにすれば、ジェストーザはカラカラと笑った。
「なんだ、早々に尻に敷かれておるではないか! ルドウィグ殿よ、その調子で頼むぞ! このアホ娘、儂が言っても聞きやせんからなぁ」
「……善処しましょう」
「尻に敷かれてるってのは物申したい気分だわぁ」
そんな和気藹々とした空気のまま、帰ってきた英雄と共に初めて食堂で夕食を摂った。
楽しげなレオが戦いの出来事を話し、ジョアンが眉間にシワを寄せて突っ込み、ケーニが意外な方面から話題を突ついて話を変える。
和やかな家族の団欒、されど、ルドウィグは少しばかり落ち着かない。
家族が揃って、楽しげな雑談の中で食事を摂るなど、彼の人生では経験したことのない出来事だ。
部外者感に戸惑っていても、ジェストーザは目ざとくルドウィグへ話を振って、驚きながらもそれに答える。いつしか、自然に会話に馴染み、疎外感も段々と薄れていく気がした。
(見た目によらず、凄い御仁だな)
そう評価し、ルドウィグは夕食を終えた。
少し疲れてしまったので、場を辞去して自室へと戻ろうとした時、最後に残っていたジェストーザが声を掛けてきた。
「おお、そうだ。ルドウィグ殿、ちょいとばかり今後の話があるのでな、儂の部屋へ来てくれんか」
「話し、ですか」
そう長い事ではない、と言われ、拒否できる立場では無かったので頷けば、そのままレオたちとは別れてジェストーザの私室へと通される。
「食後の酒はどうだ? ルドウィグ殿は飲める方かね?」
「今はエルディス医師に禁酒命令が出ていますので」
「なんじゃ、あの石頭め。あいつを怒らせると怖いからなぁ、酒はやめておくか」
向かいのソファに座るジェストーザは、手を振ってハリーたちを退出させた。二人きりで話したいというそれに、ルドウィグは自然と背筋を伸ばしていた。
「なに、そう緊張することじゃない。だがまあ、話としては気楽に聞けとは言えんからな。そのままで良いから、聞け」
相手はフッと表情を失せさせて、赤い瞳でルドウィグを見つめた。
その炎のように赤い虹彩は、明かりを散らして微かに煌めいている。
「儂ら竜の血に目覚めた者について、どこまで知っておるかね?」
その問いに、ルドウィグは大したことは知っていない、と首を振る。
「この地で殺したドラゴンの呪いが血に宿り、この地に生きる者たちの中で蔓延している呪い。その中でも突発的に生まれるのが、その目覚めた者だ、と。目覚めた者は強靭な力と再生能力を得る、とだけ」
「ふむ、その通りだな。目覚めるタイミングは個人差があるようで、儂のように成人間近で目覚める事もあれば、レオのように生まれてすぐに目覚める者もいる。どちらも死に瀕した事で発露したという点だけが共通だ。だが、この時点での目覚めは、あくまで仮のものであると知っておるか?」
「確か初代辺境伯は、ドラゴンに成り果てて子孫に討たれた、と」
「左様。竜の呪いとは、人を竜に変じさせる呪いだ。最後にドラゴンへ変じた者が現れたのは三百年程昔。それ以降、目覚めた者はみな人の姿のままだった。そしてドラゴンへ変じる程の者は、強い呪いの影響で巨大な力と、濃い赤の瞳を持つ。儂よりも尚、赤く」
その瞳に見つめられ、ルドウィグは脳裏でレオの瞳を思い出す。
ジェストーザは炎のように僅かに橙を帯びているが、レオは血のような深紅の色合いだ。
それに、ルドウィグは思わず目を見開く。
「では、まさか、レオノーラは……」
「そう、ドラゴンに変ずる可能性がある。儂の時もその可能性は論議されたのだがな、あやつは儂よりも才能がある。だから、お前さんは知っておく必要があるだろう」
そうして、ジェストーザは語る。
曰く、竜の血に目覚めた者の特徴を。
目覚めた者は、戦いを好み血に酔いしれる特性を持つ。まさしく狂戦士の如く、相手を壊す事を何よりも好む。
伴侶や家族という絆を重視し、もしも伴侶を傷つけられでもしたら、相手が誰であろうとも必ず探し出して殺そうとする程に暴走する。他国へ渡った伴侶殺しの下手人を追いかけ、ゼルツを放置して大暴れして竜に変じ、倒された当主も居たらしい。
そして死に瀕するという、強烈な感情が発露する状況こそが、ドラゴンに目覚める可能性が高いのだと。
「強烈な、感情……」
「つまりだな。レオはお前さんを旦那だと認識しておるが、契約上の相手だと強調したのは、お前さんとはあくまで形だけの伴侶だと思わせたかったからだ。関係を構築する前に下手に伴侶だと認識すると、暴走する可能性がある。故に、伴侶として認識するにしても、まずお前さんとあいつがちゃんとした関係性を築いてからだと考えた。それに伴侶が先に死なれた場合、目覚めた者も徐々に弱体化していくのだ」
伴侶とは一蓮托生、それは呪いが濃い者ほど影響が強いのだ。
「ですが、それでは何故、私を婿として取ったのですか? それならレオノーラを結婚させなければ良いだけでは」
当然の疑問に、ジェストーザはジッとルドウィグを見つめる。
その、どこを見ているかも定かではない瞳は、揺らめくような赤い光を宿して見透かしてくる。
「儂らの力は、呪いだ。つまり、呪いを緩和さえできればドラゴンにはならない。その筈だ」
「それは、そうですが……」
「呪いという分野のエキスパートは教会で、その教会で最も強い力を持っているのは誰か、知っておるか?」
「もちろん、神の力を授けられた清らかなる乙女、聖女です。こちらも出現が低く、近年では姿を見せないとの事ですが」
人間の中で、稀に生まれる神の奇跡を身に宿す存在。何故か女性ばかりが選ばれる者たちを、この国では聖女と呼んで教会が保護している。聖女は、強い祈りで力に目覚め、各個人ごとに力の種類が違うらしい。
魔王に支配されていた遙か昔、この大陸の東側を大結界で覆う事で人類を守った存在を、大聖女と呼んでいる。彼女は守護の力が強く、その結界は数百年、続いてきたのだ……今現在、ゼルツ周辺の結界が綻び始めてはいるのだが。
以来、聖女とは人類を守る存在として中立である教会に保護され、俗世とは隔絶された場所で過ごす。
そして今現在、聖女と呼ばれる存在は居ない。
「そう、聖女こそがドラゴンの呪いを緩和できる唯一の方法である、と想定される。しかし、聖女の出現と竜に変じた目覚めた者が同時期に現れるケースは少なく、伴侶になった事は未だに無い。かろうじてあるのは、聖女がドラゴンに成り果てた目覚めた者を看取る際に、その力で人の姿へ戻したという伝承があるだけ。だが、可能性としては十分だ。試す価値はあると思った」
そして、と、ジェストーザはルドウィグへ指を向ける。
その胸の中央へ、魂へ、指し示すように。
「儂は、お前さんこそが聖女であると思っている」
何を言われたのか理解できず、ルドウィグはしばし黙した。
しかし、何を馬鹿な、と思わず首を振る。
「私は男です、聖女とは女性が成るものと言われているのですよ。私が聖女であるはずが」
「儂は竜の目は特殊でな、一目で相手の才能の良し悪しが判別できるのだ。ケーニを孤児院で見て引き取ったのも、レオを捕まえて育てたのも全て、この目のお陰だ。……以前、ある社交場でお前さんを見て、一目でわかった。お前さんは、強い力を秘めている」
「ですが! ……お言葉ですが、それならどうして今まで、その力とやらが発露しなかったというのですか!? 私は魔法など使ったこともない!」
「聖女の奇跡は魔法とは別種だ、魔力の判別で引っかかるわけもない。今まで力が発揮されなかったのはおそらく、精神状態によるものだろう。心が強い絶望に覆われていては、使える奇跡も出てこんだろうよ」
「しかし……それと性別は、」
「これは秘匿情報なんだがな。聖女と呼ばれるのは、確かにこの国で出現する存在が女性ばかりだから、そう呼ばれるようになった。しかし、他国では男の聖女が出現する事も稀にある。そちらでは使徒とか聖人とか、別の名で呼ばれておったかのぅ」
一般人の間では、その使徒やら聖人やらは聖女と結びつけて考えられていない。他国では聖女が現れると秘匿したがる国もあるからだ。
貴族であってさえ、それを知っているのは一部の王侯貴族だけだろう。男の聖女が現れれば、人間同士の争いでは性別によって「相手は聖女ではない」という油断を誘えるし、教会の発見が遅れれば遅れるだけ利用できるからだ。
その秘匿情報を知っている一部であるジェストーザは、その秘密を眼前のルドウィグへ話した。既に無関係ではないと言わんばかりに。
「お前さんの力がいつ現れるか、儂にはわからん。だが、できればどうか、レオがお前さんを伴侶だと認識するより先に、目覚めてくれれば言うことはない」
「……そこまでして、私を、ここへ連れてきた価値はわかりました。しかし何故、今更になって? 十年も待つ必要など無かったはずだ」
「そりゃ婚約破棄されたと知らんかったからな。知らなきゃ申し出なんぞできんわい」
思わず真顔になった。報告は受けていただろうに、ゼルツは社交界の醜聞なぞ興味も示さないのだ。
「十年前のお前さんには婚約者がおった、だから順当に結婚したと思って諦めていたんだがなぁ。しかし、近年になって質が上昇したルーヴェ領の武具の交渉で現れたのがお前さんではなかったから、ダメ元で契約結婚を申し出たというのが経緯だ。まあつまり、儂が望むのはお前さんが目覚めてくれる事と、レオを支えてくれる事だけだな」
どこまでも明け透けで、アッサリとした物言いだ。あの娘にしてこの親有りだ。
深い溜め息を吐いたルドウィグは、頭の痛い問題に頭を振った。
「……努力はしますが、私が目覚めるとは限らないのですよ。一生、このままかもしれないし、貴方の勘違いという可能性もあるし、目覚めても成功しない可能性すらある」
「その時はその時、まあ違ってても失敗しても別に構わんわい。あくまで保険のようなもんだし、お前さんらが本当の意味で伴侶になってもそれはそれで良い」
「先ほど、伴侶ができることのデメリットを語っていませんでしたか?」
「そこは状況によりけりだ。儂だって伴侶がおるんだぞ? あいつの為なら国一つ滅ぼしても構わんと思えるほどの」
目覚めた者の愛情は何かと深い代物のようだ。
「自身の背後に妻が居ると思えば、どんな絶体絶命の状態でも生き残る事はできる。この習性は使いようによっては武器にもなる。でもまぁ、お前さんが聖女としてあいつの隣に立ってくれた方が、儂は心安らかに隠居できる。だからだな」
「面倒事を丸投げされているようにしか見えませんが」
「頑張れ若人よ! ジジイは草葉の陰から応援しとるぞ! あとレオは情操教育にかなり偏りがあるから頑張れよ! なんたってケーニッヒ指南の胸キュンとか手の甲に誓いの口付けをするとか、ロマンス小説程度の知識しかないからな!」
本気で丸投げしてきた相手に、ルドウィグは無の表情で長い溜息を吐くしかなかった。
まったくもって、面倒な家にやって来てしまったものだ、と内心で愚痴る。
(……だが、もしも私に、そんな力があれば……)
あの、どこか危なっかしい娘が死んでしまえば、きっと今の自分は悲しむだろうな、と茫洋と確信する。
初めて、誰かが自分へ投げかけてくれたのだ。
出来損ないではないと、悲しみを分かち合うかのように傍に居て、手を伸べてくれた。
絶望に冷え切っていた心の中に灯った、その小さな温もりは、今では無視できない程にジワジワと広がっているのを感じる。
故に、ルドウィグは拒否という言葉を浮かべる事なく、宣言した。
「どこまで出来るかはわかりませんし、確約も出来ませんが。全力を尽くしたい所存です」
「おお、頑張ってくれるか! そりゃありがたい、儂の代わりに頼むぞ、ルドウィグ殿」
初めて、相手がホッとした顔で破顔することに、思わず目を細める。
なんとも、義理とはいえよく似た親子だ、と胸中で呟いた。




