エピローグ
ドラウナーはカルア国に戻り、報告書をまとめた。1週間の出来事だったが、長い報告書になった。パブロア黒魔術、キリル=ヴェインの人格、革命支援活動、ギグリアに対する要望についてまとめた。報告書は、極秘資料扱いとなり、カルア王と南西方面担当官3名が読んだ。カルア王宮の会議室には5名がいた。
「かなり難しい任務だったかと思いますが、あなたをカルア人だと認識した人はいますか?」
「キリル=ヴェインとアフィシア=オルシェは認識していました。他、神術を見た者で生き残ってるのは、最後の戦闘で逃亡した者のみです。」
南西方面担当官は怒りを示すことなく、質問する。
「いるんですね。何人位いるんですか?」
「逃げていった腰抜けが、2名です。」
「なるほど、その人たちは明確に神術を神術と認識しましたか?」
「世間一般で神術を知っている人はいません。ですから問題無いと考えます。ただ、なぜか銃弾が弾かれる、身体能力が高いという印象で終わったと思います。タネが分からないのだから、どうしようもないでしょう。」
担当官は大きく息を吐く。ドラウナーには「神術を気取られるな。」と忠告しておいた。作戦の過程でその重要性を欠くようにはなったが、不満は残る。
「ではキリル=ヴェインとカルアが結びつくようなことは、していないということですね。」
「そうです。」
「はい、分かりました。ヒサギ=ストルスを追い詰める際、2名で戦うのは無謀だったでしょう。加勢を得れば、逃がさずに済んだのでは?」
「その時は、そう思うことができませんでした。突入前のキリル=ヴェインにそのような素振りを見い出せませんでしたから。」
「そうでしたか。…悪魔契約の指輪のことですが、『失くした。』とありますが、どういうことですか?」
「ギグリアの空港に行く前に、ケースに入れました。そしてカルアに戻ってきてケースの中を見てみたら無くなっていました。自分のミスかと思っていましたが、イーゲル=クライスの言葉を思い出します。海に捨てても次の日には返ってくるそうです。見方を変えて言えば、持つべきでない人の元からは離れていく、ということです。」
「はい?紛失して開き直ってるんですか?」
「え?…そんなことあるわけないじゃないですか。あんな大事な物、普通無くさないですよね?魂が宿る道具を扱ったことはありますか?あれはその中でも特に優れた遺物みたいですよ。」
「…なるほど。分かりました。」
ドラウナーの印象は悪い。言葉とは裏腹に半信半疑の様子だ。別の者が聞く。
「そちらからは、何かありますか?」
一息つき、ドラウナーは言う。
「キリル=ヴェインの死を無駄にしないでいただきたい。もちろん関係無いと言うこともできますが、彼に関わった者としてそう言いたいんです。」
「カリスマ性があったと?」
「そう言うこともできるでしょう。しかし彼の命を賭した願い・訴えをすくい上げてください。自ら破滅の道を選ぶことがあなた方にできますか?それも何の成果も残せずに死ぬかもしれない道ですよ。自分の死を確信しながら、それでも前に突き進む。短命を受け入れて、目的を叶えるために懸命に人々を救おうとしていたんですよ。なかなかこういった人物には出会えませんよ。」
「戦場では良くあることでしょう。ありふれた生き地獄ではないかと。同情はします。」
「それはそうですが、社会システムの不備からくる人災です。そのせいで今もパブロア民が困ったことになっています。無為に命を落としています。キリル=ヴェインは彼らのために自らの人生を犠牲にしたのです。国際機関に頼るのではなく、カルアの介入によって積極的にギグリア政治を変えてください。」
カルア王は口を開く。
「言いたいことは分かりました。カルア人にとってもギグリアの政治を変えることは望むところです。ありがとうございました。」
ドラウナーは礼をして退出した。
王は質問する。
「ギグリアへの対応はどうする予定ですか?」
「政治における役職一覧はこちらで確保しております。現状としては、カルアの属国とする路線で進めています。ギグリア内政は、カルア人による臨時政府を用意して進めます。旧パブロア領のインフラ整備を優先し、自国との貿易を加速させるようなシステムに変更します。さらに、機械技術を吸収したいと考えております。」
「ギグリアの全面的な協力は得られているのですか?」
「現状、大統領府でも意見が割れている状態ですが、反対する者を排除しながら進めています。ギグリア政治家は個人の損得勘定で意思決定する者が多いようです。やがては損得勘定で考えてもカルアに協力することが正解になるので、すぐに完全掌握できると予想しています。」
「前倒しで、旧パブロア領の復興をしてください。カルアの資本を注入しても問題ありません。国民感情の面でもメリットがあります。」
「…はい、そのようにします。」
「キリル=ヴェインをどう利用しますか?」
「英雄視することによって、旧パブロア民の士気を高める方針です。」
「そうですね。とりあえずそういう方針にしましょう。」
「はい。」
カルア王は10年後のギグリアを想像した。果たしてカルア人が観光目的で訪れるような土地になるのか、あるいは…。
3年後、旧パブロア民の多くがギグリア人として認められた。認められなかった者の中には、犯罪者やアルガリア人になろうとする者が含まれた。議会にはパブロアを含む各選挙区からの議員が加わり、意見が反映されるようになった。ガルザ地区南方とダリル収容所跡地にはキリル=ヴェインのブロンズ像が設置され、命日には多数の献花がされた。とはいえ賛否両論がある。パブロア側からすれば、悪い政治家を打倒した英雄であり、身を呈して自分たちの権利を獲得するきっかけを作った人物である。しかしギグリア側から見れば、殺人を犯し、国家の治安を不安定化させた極悪人である。カルア人に対する見方も異なる。外からやってくる口うるさいよそ者か、治安を安定化させつつインフラ整備をしてくれたボランティアか。
10年後、ギグリアは事実上のカルアの一部となっていた。旧パブロア領との境目が分かりづらくなっていた。就職する際にはパブロア人であることが不利にはたらくこともあるが、結婚・福祉・サービスは大して悪影響が無い。問題を残しつつも未来に望みがあるかのような姿を見せる。
ギグリアの情報番組で街頭インタビューが実施された。あるパブロア人は言う。
「今の環境が最も過ごしやすい。カルア人がやってきてからとても豊かになった。」
別のパブロア人は言う。
「キリル=ヴェインが話題になった時期は、ただ従っていれば良い状態ではなかった。当時の我々の現実を理解したのなら、絶望して世界から見離されたような感覚になるだろう。だから本当にキリル=ヴェインは、不遇な我々を救済してくれたんじゃないかと思う。悪く言うヤツは分かっちゃいない。」
あるギグリア人は言う。
「民主主義政治によって意見がまとまらないから、政策が実行できなくなっていた。でもカルア人の介入のおかげで、話が前に進むようになった。」
別のギグリア人は言う。
「戦後に景気が良くなったが、カルア人が来てからさらに景気が良くなった。カルア人には感謝してるよ。」
あるカルア人旅行者は言う。
「カルア人にとって、ギグリアは良い旅行先になってるよ。昔はカルア人向けのお店なんか無かったみたいだけど、今は娯楽施設も増えて良い国になってるようだね。」
別のカルア人は言う。
「キリル=ヴェインの英雄譚は僕も知ってるよ。マンガ、映画で観た。パブロア民を救うきっかけになった人物で、銅像と一緒に記念撮影したよ。大好きだ。とは言っても僕がキリル=ヴェインのような境遇になっても、同じように行動できる自信は無いね。本当に尊敬するよ。」
また別のカルア人は言う。
「キリル=ヴェインは、戦士としての死を遂げた人物だ。自身の死を受け入れて、ギグリアを変えようとした。正に英雄だ。彼は確かに無力だったのかもしれない。だがそれにも関わらず、果敢に挑んでいく。できることを行う姿が美しい。彼の人生は、理想的ではないが、現実的な目標だ。お手本に見えるよ。」
ギグリアのとあるリユース店。だがどこにでもあるような小さな店舗ではない。
「売りたい指輪があるんです。」
店員が振り返り、声の主を探したら短髪のどこにでも居そうな男が立っていた。男は指輪をポケットから出すと店員に差し出した。店員がそれを見ると、指輪の中を黒い粒子が舞っている。どことなく不可思議で美しいが、不吉で怪しさを纏っている。店員は虫眼鏡を取り出してそれをじっくり注意深く見る。
「良くできた指輪だ。いったいどうやって手に入れたんだ?」
「野良仕事をしていたら見つけたんだよ。これ、高く売れそうだろ?」
目立ったキズは無い。だが婚約指輪には使えなさそうな位、不気味だ。店員は電卓を叩いて金額を提示する。
「これでどうですか?」
「うん。その額でいいよ。売るよ。」
店員は「売れるかな?」と首をかしげながらアクセサリーコーナーのショーケース内に飾った。指輪はふさわしい者を待つ。来るべき運命のその時まで…。
了