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4. 地獄の到来

 退屈で嫌な議会だ…。自身の立場を考えれば結論は、とうに出ている。最近、少しだけ痩せたヒサギ=ストルスは不安な気持ちでいた。肥満体の腹の下にベルトがあるが、その穴が変わらないことを手で確かめる。溜め息をつきながら、会が終わるのを待っていた。

「反革命派の結成をしたい。」

議会前に、ヒサギ=ストルスは他の議員らに声をかけていた。結果、会議室の席は3割ほど埋まった。話を聞く人数にヒサギ=ストルスは満足気だ。スーツ姿の見慣れない者が奥にいる。

「お集まりいただき、ありがとうございます。本日の議会での大統領の発言を覚えていますか?大統領は犯罪者キリル=ヴェインに肩入れしています。これは売国奴のような者がすることです。断じて許せません。私たちギグリア国民は、パブロアの連中とは違います。迷信やくだらない妄想に惑わされるようではいけません。皆様には賢い判断をお願いいたします。」

ギグリアは無神論者や唯物論者が大多数を占めている。議員の一人は問う。

「ギグリアは、どうしたら良いのでしょうか?」

「ギグリア民とパブロア民を分けて統治すべきです。彼らパブロア民にはふさわしい職業・ふさわしい給与体系を提供して高効率な社会を実現しましょう。民度に合わせた報酬とするべきなのです。」

拍手する者が大勢いる。

「キリル=ヴェインは、なかなか捕えられませんね。なぜでしょうか?もう5人も殺害しています。次は私ではないかと不安になってしまいます。」

ギグリア国内に軍閥は無い。だが民間軍事会社がある。傭兵を雇えば、守れなくはない。相手は軍隊ではなく、貧相な装備のただの人に違いない。

「すでに手配してあります。警備会社アダマスの方々です。」

奥にいたスーツの代表者がやってきた。髪をセンター分けにしたカチッと固めた若さを感じる男だ。

「アダマス代表のハイギ=ストルスです。私たちに全ての議員を守らせてください。そのためにご協力をお願い致します。」

反革命派のリーダーとなるヒサギ=ストルスの弟がアダマス代表だ。彼らはこの窮地で躍進して国家を代表する勢力になるつもりだ。そんな中、一人がスマホで動画を見て騒ぎ出す。

「ちょっとこちらを観てください。キリル=ヴェインが、また動画を投稿しています。」

会議室のディスプレイに映し出す。

「俺はギグリア大統領の意思を確認した。その結果、政治システムに問題があることが分かった。人助けの足を引っ張るクソ野郎共!死ぬ準備はできてるか?!」

ざわつく議員ら。

「これから反革命派の連中を特定する。敵対するヤツは覚悟しとけよ!大統領には悪いが、こっちはゆっくりしてられねーんだよ。」

30秒程度のとても短い動画だったが印象的である。

「すでに知られているようだ。どういうことだ?」

ヒサギ=ストルスは混乱した。今の大統領は、滅多に敵対しようとしない人物だ。理解し、譲歩し、意見を合わせることに注力する人物だ。一方、キリルは反対勢力を暗殺する無法者だ。妙にバランスが取れているように感じるが、大統領のスタンスからして、手を組んでいるとは思えない。どうやって暗殺対象を決めているのかすら分からない。まさか本当に悪魔と契約できる指輪なんて物があるとも思えない。党も派閥も関係なく殺されている。だがなんとなく、パブロアにとって良くないことを考えている人物を狙っているように思える。次は自分かもしれないと考え不安になる。

「ユミスタス大統領に釘を刺しつつ、キリル=ヴェインを無力化する。」

ストルス兄弟は、はっきりとしている敵を意識した。


 キリルは敵意を感じた。都市セスの数少ない廃墟の3階を仮の宿として利用しているが、この場所を察知されたのかもしれない。そう感じ、そそくさと装備を整え、ターゲットを考えた。いやしかし、暗殺対象のリストの更新が必要だ。アフィシア=オルシェに誰をターゲットとして良いか聞く必要もある。気付くと空は、心許ない光を放つ星を見せびらかしていた。人の気配がする。

「誰だ?!」

階段からやってくるかと思いきや、窓の方からやってくる。広くて大きなコンクリートの柱と床、割れたガラスが冷たい雰囲気を醸し出す。キリルと10mほど離れた場所に立つ。

「アダマス幹部、アイン=ストルス。お前はキリル=ヴェインだな?」

階下では音が聞こえる。おそらくドラウナーが戦っている。

「確認してくれるとはありがたいね。その通りだが、その装備は何だ?」

アイン=ストルスは白髪の混じった髪をかき上げた。暗視ゴーグル、左手にハンドガン、防弾ベストを身につける。キリルは右手のハンドガンを正面に構える。たとえ暗闇の中のアイアンサイトであっても、敵意があるから指輪が場所を教えてくれる。問題にならない。だがアインは柱の陰に隠れて、キリルの攻撃から身を守る。

「隠れても無駄だぞ。」

キリルは足音を立てないように歩を進めて、逃げた場所に銃口を向ける。しかしそこにはいない。

「バカめ!」

キリルの背後をとったアインは、ハンドガンで撃とうとする。しかしキリルの銃口はすでにアインに向けられて、弾丸は発射されていた。

「ちっ。」

キリルの弾丸はアインのハンドガンに当たり、銃はキリルの足元に滑っていった。アインは右手を痛め、左手で押さえた。

「観念しろ。お前は誰の手先だ?」

だがアインは戦意を失わなかった。すかさず柱の陰に回り、身をかがめキリルの足元にタックルを仕掛けた。キリルの2発目の弾丸は右肩に当たったが、防弾ベストの守備範囲だ。

「くそっ!」

キリルは後ろに下がりながら照準を定めようとするが、床に背中をつき、押さえつけられ撃つどころじゃない。

「助けてほしいか?」

階段の方からドラウナーの声が聞こえる。

「ったりめーだ!!」

言葉を言い終わる前にドラウナーは走り出し、アインの頭部を蹴った。アインは宙を飛んで仰向けに倒れた。

「手のかかるボスだぜ。」

キリルは「ボスじゃない。」と言いかけたが、飲み込んだ。ドラウナーも、誰も、思い通りに動いてくれないと思っている。

「生かしておいたか?」

「下の階で転がってる4人は皆死んでる。だが今蹴ったヤツは、生きてるんじゃないか?」

「手加減したようには見えなかった。」

「俺が本気で蹴ったら骨が折れる音がするはずだ。」

「そうか。」

キリルは起き上がってアインの所持品を確認する。目ぼしい物は、防弾ベストとナイフ位か。無線はあるが、スマホは無い。必要最低限の持ち物だ。

「何も無いと思うぞ。結構プロい集団だ。」

ドラウナーはアインの頸動脈と呼吸を確認して後ろ手に拘束し、上半身を起こして、柱にもたれさせた。

「目覚めるのを待つか?俺の力(神術)を一瞬でも見られた以上は、ちょっとね。」

キリルは指輪の力を感じた。不定期で訪れる悪魔の予言をすっかり信じていた。しかし日が経つにつれ、減ってきているように感じる。

「殺しても構わない。でも確認もできると良い。しばらくここにいよう。しばらくは安全だ。」

キリルはメモ帳に暗殺対象の議員や傭兵の名前を書いていった。

 2人はアインが起きるのを待っている。

「4人を相手にしたんだよな?服も含めて無傷ってどういうことだ?」

「自動小銃や手榴弾じゃ相手にならないんだよ。パワードスーツもかなり出力が出るようなもんじゃなきゃ意味が無い。」

「対物障壁ってやつか?」

キリルには神術が分からない。

「あぁ、そうだな。」

「そういえば、何をしてたんだよ。」

「カルアに報告しなきゃなんねーんだよ。メンドくせぇ。」

面倒なのが、報告なのかキリルに対するものなのかが分からない。

「キリル、今起きたぞ。」

アインは咳をして、辺りを見渡して、置かれている状況を確認した。

「…殺さないでくれ。」

無理な相談には答えられない。だが答えてもらう必要がある。

「お前の対応次第だ。首謀者は誰だ?」

「私の姓はストルスだ。ストルス家と言えば分かるか?」

キリルは自分の暗殺リストを見た。最上位にヒサギ=ストルスがあるのだから真実味がある。

「他に何かあるか?」

「アダマスは傭兵団だが100名規模だ。君らに勝ち目があるとは思えない。」

「そうかい、ありがとよ。」

キリルはハンドガンで眉間を撃ち抜いた。

「悪いな。お前は悪くないけどな。」

キリルは後味の悪さを感じた。しかし立ち止まるわけにはいかない。


 ヒサギ=ストルスの家宅へ向かう道中、ドラウナーは言いづらそうに言う。

「今回の作戦を最後にしようかと思う。キリル、お前は良くやったよ。」

「は?もうこれ以上、一緒に行動しないって言うのかよ?」

キリルは不安になった。熟練の兵士には、1対1でも敵わない。

「正直迷ってはいたが、上からの命令で、『キリの良いところで帰ってこい。』ということを言われちまった。できれば指輪かお前を回収して任務を完遂したいと思っていたが、帰ってこいと言われたら、その…なんかな?」

キリルは返事ができなかった。はっきり言って、いるのといないのとでは作戦の幅が違いすぎる。いないと困る。だがドラウナーの動機を考えると何も言えない。ドラウナーは任務で仕方なく来ているだけで、今回の戦いにおいて全く個人の願望が含まれていないように思える。だがキリルの推理とは裏腹に、一応、ドラウナーには結婚相手を探すという、とても個人的な理由がある。カルア人種には性的魅力を感じないというのが、ニグ人種の特徴だからだ。とは言っても、カルアに居たってそれが全くできない訳でもない。

「なんか言えよ。」

ドラウナーは意外に思った。珍しくキリルが何も言ってこない。数秒の沈黙の後、言う。

「確かにお前には関係無いっちゃ関係無い。この戦いに何の感慨もあるまい。任務の完遂さえすれば良いのだろう。だがこれには大義がある。パブロア民に非道な行いをし続け、世界的に批判されているギグリアを俺たちで変えるチャンスだ。さらに、カルアが更なる躍進を遂げるチャンスでもある。歴史の教科書にも載る位の大きな出来事になるかもしれない。お前の人生に彩りを添える数少ない機会なんだ。ドラウナー!もう少しついてきてくれ!」

ドラウナーは少し笑って納得した。

「おぅ、しょうがねーな。もうしばらくはついてくぜ、ボス。」

「着いた。この建物の中にヒサギ=ストルスがいる。」

ドラウナーは今回が異質なことに気付いた。

「これまではまともに相手にしないような戦術だったが、今回は正面突破ってことか?」

「仕方がない。時間もない。行くぞ。」

ドラウナーには何が仕方がないのか分からなかったが、おそらく指輪の意思に従ったのだろう。そういえば、都合の良い狙撃ポイントが無かった。確かに正面の庭に続く扉の手前に人の気配は無い。扉は半開きになっている。

「よし、行こう。」

キリルとドラウナーは正面から入って、玄関扉に手をかけた。そこで撃たれる。気配を殺して、植え込みと木の陰に隠れていたようだ。パッと見は、安いボディアーマーと自動小銃の装備だ。

「キリル!」

ドラウナーは対物障壁で弾くが、キリルは血を流して倒れた。

「くそっ!」

ドラウナーは撃たれながらも、銃手に駆け寄って右ストレートをぶち込む。倒れた敵からナイフを奪い、それで首を裂いた。

「良いナイフだ。もらってくぜ。もう一人!」

振り向いてマガジンを交換している男に接近する。男は照準を合わせて、銃弾を撃ち込む。

「無駄なんだよ!」

飛び蹴りをくらわす。馬乗りになってナイフで首を斬る。一息つく。おかしい。キリルの指輪は、いつもキリルの背中を押すようなものだったはずだ。ここに来て、いや、そういえば前回の廃墟での襲撃も前もって察知できていなかったような。そうでもないのか?

「キリル、大丈夫か?」

キリルは首と胸を撃たれている。胸は防弾ベストの守備範囲だが、頸動脈を撃たれてそうだ。傷口をなでると、黒い皮膚が覆っている。

「大丈夫だ…。」

キリルは血を吐きながら、立ち上がる。

「クソ痛え…。」

銃声を聞いた他の家宅を守っていた傭兵がスタスタと集まってきた。10名いる。もはや逃げ場などあるまい。自動小銃を構えてにじり寄る。

「野外での待ち伏せ、ごくろうさん。」

ドラウナーは対物障壁で弾丸を防ぎながらも、素早く玄関扉を開けてキリルを中に入れる。だが当然、建物内にも傭兵は、いるはずだ。キリルは入って左の受付窓口に発砲する。

「キリル、先に行け。こいつらの相手は俺がする。」

「援護を頼む。」

キリルが言い終わる間もなく左側から撃たれる。敵はすぐ近くの受付窓口から撃っているので、2人いるうちの1人はキリルが倒したことが分かる。正面に階段がある。

「キリル、撃たれたからってすぐ倒れるな。立ち上がれ。早く行け!」

ドラウナーは無茶苦茶言うが、キリルはその言葉に応える。

「うるせえ!クソいてーんだよ!」

ドラウナーは受付の最後の1名をナイフで突き刺す。キリルがよろよろしながら階段を上がっていくのを横目で見ながらナイフを引き抜くと、玄関扉から自動小銃を構えた傭兵10名がやってくる。

「こっちは歓迎してねえんだよ。」

ドラウナーはキリルの方に行かないように全員を相手にする。

「多勢に無勢だ。お手柔らかに頼むぜ!」

ドラウナーは素早く受付に回り込む。弾丸がドラウナーの頭部に当たる前に弾かれ、全く別の場所に着弾する。キーンという金属音がする。受付は木製だからおかしい。だが傭兵は、気にせず弾幕を作るために撃ちまくった。ドラウナーは穴だらけの受付に隠れながら、倒した敵兵から手榴弾を奪って投げ、たすき掛けベルトをナイフで切断して自動小銃を奪って、階段に向かって撃ちながら素早く接近した。

「ぐあぁっ!」

撃たれた傭兵は血を流して倒れる。ドラウナーの投げた手榴弾は、蹴っ飛ばされて階段の下で爆発した。撃ち合いの中、ドラウナーの服には穴も開いていない。階段に向かっていく傭兵を4名倒す。

「すぐ弾切れになっちまう。」

ドラウナーは銃を捨てて、ナイフで斬り裂く。斬られた者は、防刃素材のアーマーを貫かれて血を噴き出して倒れた。

「?!」

残る5名の傭兵は目を疑い、戦意を喪失した。

「こっからは、立ち入り禁止だ!!」

ドラウナーは階段を背にして残る5名に襲い掛かる。

「撤退!!」

5名は歩きながら撃ち続け、玄関口に向かう。神術を見られたからには、生かして帰らせられない。だが2階に行かせるわけにもいかない。ドラウナーは、対物障壁で弾丸を弾きながら、緩く回り込んで左手で銃を弾き、右手のナイフでアーマーを貫通させる。敵を盾にしながら2人目に接近し、左の拳を叩き込む。残る3名はフレンドリーファイアを気にすることなく弾丸を撃った。ドラウナーは大量の弾丸を弾いていたが、遂に対物障壁の無い左膝に被弾する。

「うぁっ!」

思わず前のめりに倒れ、自己治癒を開始する。治すための1分を稼ぎたいところだ。

「チャンスだ!」

傭兵は玄関を背後にしながら、最後の弾倉を装填する。ドラウナーはナイフを投げ、1名の頭部に刺すが、残る2名は扉を開けて外に逃げていった。

「クソッ!逃げられた!」

床に手を叩きつけ、仰向けになって左脚を見るが、血の付いた穴の開いたズボンがあるだけだ。キリルを助けに行かなければならない。


 キリルは2階に上がった。傷口は塞がっているが、すっかり全身が黒ずんでいる。ヒサギがどこにいるか分からない。カンが働かない。仕方が無いので、手前の一室を開けようとするが、カギがかかっている。すると、奥に多少豪華な一室があることに気付いた。

「ヒサギ=ストルスの部屋はあれだ。」

ドアノブに手をかけようとしたが、カンが働く。後ろに一歩下がりドアを銃撃し、蹴って開けた。

「手を挙げろ!」

キリルはヒサギが丸腰であることを前提としていたが、実際は違った。瞬時に軽機関銃で何発も撃たれて倒れた。

「お前にいったい何ができるっていうんだ。」

ヒサギは罵るように言った後、トランシーバーに向かって命令する。

「来い!」

しかし傭兵部隊からの返事は得られない。

「キリル、もうギブアップか?」

いつの間にかやってきたドラウナーが声をかける。ヒサギはドラウナーに銃口を向けて撃とうとしたが、瞬時に距離を詰められ、こめかみにフックを受け、もうろうとする。後ろ手に拘束された。

「悪いな。ちょっとキリルと話し合ってもらいたいんだよ。」

キリルは黒い皮膚からブスブスと煙を出し始めた。ドラウナーはキリルの限界を予感する。

「ヒサギ=ストルス、お前はどこに向かっている?」

キリルは見た目より案外しっかりした声を発している。

「お前こそどうなってるんだ?破滅するかもしれないじゃないか。私はお前らが来なければ今頃大金を手に入れる計画を、より現実的なものにしようとしていたところだ。今ならまだ許してやれるぞ。幾ら欲しい?」

「お前は自分達の利益しか考えていないのか?」

キリルは立ち上がろうとしたが踏ん張りが効かない。咳をして、口から黒い煙を吐き出す。皮膚全体が黒くなってヒビ割れ始めている。

「お前は大義のために戦っているのか?お前の正義か?それで人はついてくるのか?正しければ、生きていけるのか?何のために生きてるんだ?金は分かりやすい。自分の利益を考えれば、簡単に答えが出るだろう。」

ヒサギは自分に言い聞かせるように言った。

「汚職をすればそれが明るみに出なくても、回り回って損してるって言うだろ?大義のために仕事をしろよ。正しくあろうとしろよ。」

「人を殺しまわってるお前に言われたくない。お前は重犯罪者だ。」

「確かにギグリアにとっての犯罪者だ!俺だって俺の人生をこんなものにしたくなかった!だがそうなるまで追い込んだのは誰だ?お前は何なんだ?!他に俺がパブロアのためにしてやれることがあったのか?!いったい何がしてやれたんだよ!」

「…。」

ヒサギは言葉が出てこなかった。境遇の違いに言葉を失った。

「だからと言って、人を殺していいわけじゃない。」

「俺に言わせれば、ルールを強いて仕事をしないお前らの方が犯罪者だ!狡猾で意地汚いクズだ!」

「話し合えば、分かり合えると思わなかったのか?」

「お前が俺らの置かれた状況を知らない訳がないだろう?亡国の難民に発言権なんて無かったんだ。仮に発言権があっても、国際的な批判を浴びていながら何もしないクソ野郎に何を言えば良いんだよ。」

ヒサギは昔、報告書で上がってきていたのを思い出した。

「そうか、あの時、問題を軽視していたのか。そこで、ワシの運命は決まったのか…。」

ヒサギは納得した。

「…そうだったのか。ワシは短慮だったようだ。殺せ。もう充分だ。」

キリルはハンドガンを向けた。

「地獄で待ってろ。じゃあな。」

引き金を引くと、銃声と共に崩れていく。ドラウナーは、キリルの残りの時間がもう無いことを察した。

「指輪は俺が預かる。何か言い残したことはあるか?」

「…俺の人生は、自業自得の復讐を果たすためのものだった。革命のきっかけを作る破壊をもたらすものだった。パブロアの皆を救えなかった。志半ばで力尽きちまった。…無念だ…。」

「違う。…お前は世界中の人々ができなかったことをやった。パブロア人を救うきっかけを作った。誰にもできなかった偉業を成し遂げたんだ。お前の立場でできる全てのことをやった。当初の目的を果たしたんだ。後のことは俺らが引き継ぐ。お前と仕事ができて、俺は誇りに思うよ。今までありがとうな。」

「…そうか、…そうだな。…こちらこそ、ありがとう。」

キリルは灰となり、指輪と服だけが残った。

「キリルはキリルなりに、革命のその先まで辿り着こうとしていたんだな。だが指輪の悪魔は、キリルがここで死ぬことを望んでいたんだろうな。」

ドラウナーは禍々しい指輪を拾い、録音機器を回収し、目に付く証拠を消して、速やかに撤収した。

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