神見習いルア
「あなたはこれから神見習いとして、神様の補佐の仕事をする事になりました。」
目を開けると白い空間に居て、白い服を着た人から突然、そう告げられた。
そのまま導かれる様に、別の部屋に連れていかれ、自分もまた白い服を着せられた。
そこで初めて、自分が何も服を着ていなかったのだと気付いて、それでもまだ意識がぼんやりしたままだったのか、その事に不思議さを感じずにいた。
「ルアさん、大丈夫ですか?」
初めて会った白い服の人は、ハイネさんといって灰色の髪がとても綺麗な青年だった。
意識がはっきりしてきて、やっと、彼の端正な容姿に気付いた。
「大丈夫です。でも、まだ色んなことがよく分からなくて…。」
「そうですよね、僕も初めは緊張していましたけど、少しずつ慣れていけば良いですよ。」
身長の高いハイネさんを時々見上げながら、並んで歩いた。
白い石造りの渡り廊下を渡って、見えた建物には大きく”見習い総合案内”と書かれていた。
建物に入って、受付所にハイネさんが声をかけると、奥の方から黒縁眼鏡をかけた中年の男性が出てきた。
「新しい人を連れて来ました。僕と同じ、神見習いのルアさんです。」
「ああ、聞いているよ。新人さんね、初めまして立花です。」
「は、初めまして。」
僕はおどおどしながら、頭を下げた。
そんなぎこちない挨拶を気にした様子もなく、立花さんは受付台の下から数枚の紙を取り出して、僕の前にペンと一緒に並べて置いた。
「この書類に、サインしてね。それから、担当の神様だけど…ああ、来た来た。」
立花さんは話の途中から、僕の背後に視線を向けた。
なんだろうと振り返ると、早足でこちらに向かってくる人がいた。思わずびっくりして、ハイネさんの後ろに隠れた。
「なんで隠れるの!」
早足で息を切らしながら来た、その人は、少しショックを受けたみたいに言った。
「零神様、そんな風に来られたら…そりゃあ、びっくりしますよ。」
立花さんは頬をぽりぽり掻きながらハイネさんを見る。
「そうですよ。ルアさんがびっくりしています。」
僕はまだ、ハイネさんの背中側から、皆の様子を伺いながら、おどおどしていた。
「ご、ごめんね。驚かすつもりなんてなかったんだよ…早く、迎えに行かなきゃと思って。」
「それですけど、わざわざ迎えに来られなくても、僕が連れて行きましたよ。」
「零神様も神様の中では新人さんですけど、一応神様なんですから、お部屋で待たれていても良かったんじゃあないですか。」
ハイネさんと立花さんから指摘されて、気まずげに縮こまる零神様の様子を見ていると、その頼りない姿に、どこか既視感を感じて僕の方から近付いた。
「あの、初めまして…ルアです。」
「…は、初めまして。ああ、本当に、本当にだね。」
「…?」
零神様と呼ばれる目の前の人は、大きく頷いた。
僕にはよく分からなくて、首を傾げてしまう。
「ぐはっ、可愛い。」
零神様は、胸に手を当てて小さな声で何か言った。
「ごほん。ひとまず担当の神様も来られましたので、これからの事は零神様の方から説明を受けて下さい。今後、見習い業務で困った事などありましたら、こちらの受付まで来て下さい。」
必要書類に全部サインをした後、ここまで案内してくれたハイネさんと立花さんに、お礼を言って案内所を後にした。
「こっちだよ、付いておいで。」
零神様の背中を追って歩いていく。
ハイネさんと同じくらい背が高くて、僕の身長では見上げなければならない。銀色の長い髪は緩い三つ編みで、片側に寄せて前の方で垂らしている。後ろから歩いていると、時々揺れる毛先が見えた。
「これから行く所が、生活兼仕事場になるよ。私も一緒だから安心してね。」
「神様と同じ場所で暮らすのですか?」
「そうだよ、もう家族みたいなものだよ。」
「家族?」
「そう、家族。」
家族と言われても、よく分からなかった。
会ったばかりの人にそう言われてもと思い、そこではっと気付く、僕は自分の家族が分からない。
「僕には家族が居たのでしょうか?」
「ん?」
「今、零神様に家族みたいなものって言われて…僕の本当の家族がどんな風だったか、思い出そうとしたんです。でも、何も分からない事に気付いて怖くなりました。」
零神様は振り返り、屈んで僕の両肩に手を添えると、
「大丈夫、何も怖くないよ。」
そう言って、これからの事を話してくれた。
「後で話そうと思っていたけど、神見習いとして最初にする事は仕事じゃなくて、自分を思い出す事なんだ。ここに来る魂はどこかで生きて死んだ魂で、神も神見習いも同じ様に、どこかで生きて死んだ魂が素になっている。君は神見習いとして、ここに居るけど、まだ存在が確定したわけじゃない。あやふやなままでは魂がこの場所に安定せずに、消えてしまう。だから、一番最初にする事は、存在を確定させる為に、生前の自分を思い出す事なんだ。」
真剣な眼差しで話す零神様の言葉に、僕も真剣に頷いた。でも、途中から僕達の周りを飛んでいる鳥に意識が向いてしまい、鳥の方を目で追ってしまった。
零神様も僕の視線に気付いて周りを飛ぶ鳥を見たのだが、急に慌てだした。
「うわっ、霞鳥だ。うわわわ。」
大きな体を小さな体の僕に隠すようにして、しゃがんだ。
「鳥が苦手なのですか?」
「そうなんだ。昔に突かれたことがあって、怖くって。」
「大丈夫です。僕に任せて下さい!」
僕は急に使命感が出てきて、白い服の右腕の袖を捲って、力瘤を作って見せた。
「この右手でパーンとして追い払えます!」
僕が自信満々に言うと、零神様は僕の捲った袖を戻しながら、
「その細腕でパーンなんてしたら、怪我をしてしまうよ。あまり手荒な事はしない様にしてね。」
「そんな、僕…お役に立てると思ったのに。」
心がシュンと小さく萎んだ。
「き、君は居るだけで、いいんだよ。存在そのものが十分役に立っているよ!」
「どういう事ですか?」
よく分からなくて小首を傾げると、零神様から何か「ぐはっ。」という変な声が聴こえた。
結局、霞鳥は何もしてこなかった。
零神様が過剰に怖がっていただけで、攻撃的な鳥ではないらしい。
霞鳥は神々の住む天界に生息している鳥で、時々、霞の様に羽毛を撒き散らす事からその名が付いたらしい。
零神様が小さな体の僕にしがみつく様にして歩いて、その場を離れると、追いかけては来なかった。
もしかすると、近くに巣があったのかもしれない。
暫く歩き続けて、白い石の門の先に零神様の宮である、翠雨の宮があった。
「私の前世が、新緑の季節生まれだった事から、翠雨の宮と名が付いたんだ。」
入口の戸までの間に様々な種類の緑の植物が生えていて、緑に包まれた道を歩いている様で心地よかった。
「零神様は、生前をどうやって思い出したのですか?」
室内の案内を一通り終えて、人心地ついた頃、零神様の執務室のソファーで向かい合うようにしてお茶を飲んでいた。
宮の名前についての話の中で、零神様の生前の事を少し聞いて、気になっていた。
「何てことない事から思い出すものだよ。」
「む、難しいです。」
零神様は、夜眠る時にベッドの中が寒いと思ったらしい。
当たり前なのだけれど、それがきっかけとなって生前の記憶が蘇った。
「暫くここで過ごして、心が落ち着いた頃に、ベッドの中が寒い事が気になりだしてね。ああ、私は今まで一人で眠っていなかったんだと気付いたんだ。そう思ったら、誰と一緒に寝ていたんだろうとなって、その存在を思い出す事で全ての記憶を思い出せたんだよ。」
少し目を細める様にして話す表情が、その誰かを大切に思っているのだと感じさせた。
僕にも、零神様の様に大切に思える誰かが居たのだろうか?
居たとしたら、思い出したい。
僕なら忘れられてしまうなんて、悲しいから、絶対思い出したいと思った。
新しい神見習いとしての日々は、零神様という人が分かる様になるにつれて、馴染んでいった。
寝食を共にし、食べ物の好き嫌いや苦手なものや好きな事など、相手を知っていくと一緒に居ることが自然になって、これが家族みたいなものという事なのかもしれないと思った。
一方で、神見習いとして仕事よりも最初にする、自分を思い出すという事が難問過ぎて、ずっと立ち止まったままだった。
自分がどこでどんな風に生きて、死んだのか?
その事を自覚する事がここから始めていく為の一歩なのだと、零神様にも言われた。
僕が神見習いとして、自分を自覚するまで、神様の仕事を手伝う事は出来ないので、昼間は零神様は一人で執務室に籠って仕事をしている。
「早く、お手伝い出来る様になりたいな。」
庭に出て、執務室の中が見える窓を外から覗き込みながら、少し不貞腐れて呟く。
どうしたら、自分というものが分かる様になるのだろう?
窓から離れ、庭をぷらぷら歩きながら、考えていた。
数十種類かそれ以上かの、綺麗な緑の中で、風が葉を揺らす。
さわさわと聴こえる音が心地よくて目を閉じる。
昔もどこかの庭で、目を閉じて葉の揺れる音を聴いていた気がする。
小さな記憶の欠片の様なものが自分の心の水面に波紋を作る。
ふと、目を開けた時、飛び込んできた花の葉が気になって、一枚千切って、ぱくりと食んだ。
「ルア。」
葉を口に持っていった手を急に強く掴まれて、葉を握ったままその手は口から離された。
一瞬何が起きたのか分からなくて、ぽかんとしてしまった。
顔を上げて自分の手を強く握る手から視線を滑らせて、相手の顔を見る。
そこには、今まで見た事が無いような厳しい顔をした、零神様が居た。
「ふ、ふうぇ。」
訳も分からず、じんわり目に涙が滲む。
厳しい声と手の感触に驚きと困惑で、涙が零れる。
「あ、わっ、泣かないで。ごめんね、びっくりしたね。」
おろおろとした様子で、僕を必死に宥めようとする零神様を見ていたら、涙がすぐに引っ込んでしまった。
「さっき、口にした葉には毒があるから食べたら危ないんだよ。」
僕の手を引いて水場に行き、口をすすぐ様に言いながら、零神様から先程の行動を叱られた。
自分でも、どうして突然、その葉を口にしようと思ったのか分からなくて、自分自身に対して首を傾げてしまう。
「庭の植物は、出来るだけありのままにしてあるから、中には毒がある植物も紛れているんだ。何でも口にしては駄目だよ。」
「…はい。」
僕は俯いて返事をした。
それから少しずつ、奇妙な行動を時々取ってしまう自分に気付いた。
零神様に渡されたコップに顔から突っ込んで飲み物を飲もうとしてみたり、ふいに匂いを確かめたくなって、零神様にクンクンしてしまったり、おかしいと思うのに一瞬だけ忘れてしまったみたいに、衝動的に奇妙な行動をしてしまうのだ。
零神様は、僕が危険な事をしない限り怒らなかった。
あの日だって、心配していたのだと思う。
奇妙な行動も笑って許してくれる。
「ルアさん、その後どうですか?」
零神様の、翠雨の宮にハイネさんが訪れたのは、ここに来て二週間くらい経った頃だった。
「こんにちは、ハイネさん。心配してくださってありがとうございます。」
僕はぺこりと頭を下げた。
「ルアさん、せっかく同じ神見習い同士なのですから、そんな堅苦しくなくていいんですよ。」
「でも、ハイネさんは先輩ですから。」
「あはは、それはそうですけど。」
優しい笑顔のハイネさんは、普段のハイネさんよりも親しみやすく、僕は好きだなと思った。
「自分を思い出す事は進んでいる?」
「…それが、あんまり。」
「そっか。自分の事を思い出すなんて難しいよね。今は思い出せたんだけど…ここに来たばかりの頃、僕も大変だったよ。何も思い出せないまま、日々ばかりが過ぎていって、焦っていた。でも案外、思い出す為のヒントは身近にあるものだよ。」
ハイネさんは意味深な顔をして、これが先輩からの精一杯のアドバイスかなと笑った。
僕は、ハイネさんからのアドバイスを元に身近を探す事にした。
身近にあるものって何だろう?
住んでいる翠雨の宮、庭の植物、毎日のご飯、それからそれから…。
「零神様。」
「ん?…どうしたんだい?」
僕が呟いた声に、返事が返って来た。
はっとして振り返ると、いつも通りの顔で零神様がそこに居た。
そうだ、一番身近にいるのは零神様だ。
もしかして、何かを知っているのかもしれない?
「あの、零神様。…僕の事、何か知りませんか?」
少し緊張しながら、僕は零神様を見上げた。
「…神様はね、例え何かを知っていたとしても助言してはいけないんだよ。自分の事を知るという事は、神見習いにとって、試験の一環の様なものでもあるんだ。だから、私の口からは何も話せない。」
「そう、なんですね。ごめんなさい。」
「謝らないで、きっと大丈夫だよ。きっと答えを見つけられる。私は信じているよ。」
「はい。」
僕は少し弱気になってしまっていたのかもしれない。ずっと、思い出せない事で焦っていた。
落ち込んでシュンと肩を落とすと、零神様が部屋の奥のソファーに座った。
「ルア、おいで。」
「…。」
何だろう。
吸い寄せられる様に、零神様の手招いているソファーに僕は向かい、その膝に頭を乗せた。
「ルア、これが私の精一杯だよ。」
膝に乗せた頭を零神様の温かい手で撫でられる。
それだけの事なのに、何故か、ずっとこの手を待っていた様な気がして仕方なかった。
涙が出て、止まらない。
「僕は、僕は…。」
この人を、この手をずっと、待っていたのではないのか?
今までの事が巡っていく…。
鳥が苦手な零神様、少し頼りなくて、でも僕を心配して叱ってくれたりする。
優しく笑いかけてくれて、僕のおかしな行動も許してくれる。
ふと嗅いだ匂いは、どこか懐かしくて落ち着く香りで、今触れている温かい手の持ち主。
遠い昔にもこんな人に会った事がある気がするんだ。
木漏れ日みたいに風に揺れる歪な斑な記憶達。
温かい日の光を受けて、影の斑が消えていく。
「ルア、こっちにおいで。」
「ルア、もう勝手に草なんて食べちゃ駄目だよ。」
「ルア、いつもベッドを温めてくれてありがとう。」
零くん。
僕の飼い主さん。
僕の家族で大切な人。
記憶が鮮明にかつての大切な人を映し出す。
その人の優しい笑顔が今目の前の零神様に重なって、ぴったりと合わさった様に見えた。
記憶の中のその人と、今の零神様の姿は全然違うのに、同じ大切な人なんだと分かった。
「零くん。」
「…ルア、自分を思い出したんだね。」
「零くんは、僕の飼い主さんで…僕は零くんの猫だった。」
小さな痩せたちっぽけな猫。
でも、零くんの自慢の猫だった。
僕は、ちっぽけでもその事だけで自信満々の猫でいられた。
「零くん、でも、どうして?…僕、要らなくなっちゃったの?」
「違うよ、違う。」
「でも、零くん。帰って来なかったよ。ずっとお家で待ってたけど、帰って来なかった。」
ずっと、ずっと、待ってたんだ。
窓の外を見て、今日は帰って来てくれるかなって。
でも、零くんは帰って来なかった。
「零くんのママさんがね、もう帰って来ないんだって言ったんだ。僕、何も分からなくて…だから、待ってたんだ。命が亡くなる日まで、ずっと。」
僕の最後は、零くんのママさんの腕の中。
「零くんと遊んでくれて、ありがとうって。大切な家族だったって言ってもらえた。」
ママさんの腕の中から零くんの姿を探したけど、もう目も良く見えなくて分からなかった。
「ごめん、ごめんね。ルア、ずっと待たせてごめん。」
神様になった零くんは、僕を大きな体で抱きしめて、すっぽり包み込んだ。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね。」
何度も謝りながら泣いている、零くん。
僕を包み込んだまま、零くんは語り出す。
零くんの最後を…。
「あの日も、家を出る直前までルアと遊んで、帰ったらまた遊ぼうねって約束したね。でも、あの後すぐに事故に遭って、死んでしまったんだ。長い事、魂のまま漂って、別の神様によって、神に推薦された。どうして、神様になんてなったのか分からないけど、その神様が言うには、それが縁で巡り合わせだから、仕方がないって。」
神様になった零くんは、一つだけ願いを叶える事が出来た。
「…自分が望む魂を、神見習いに推薦する事が出来たんだ。ルアがもし、魂の存在として漂っているのなら、もう一度会いたかった。僕の大切な家族だったから。」
「うん、うん。僕もだよ…ずっと、会いたかったんだ。」
猫だった頃、零くんがお出かけする度、離れたくなくて、玄関のお見送りでは零くんの洋服に爪を立ててしがみ付いた。
あの頃みたいな猫の爪はもう無いけど、離ればなれにならない様に小さな手で抱きしめ返した。
生前の僕がずっと求めていたものが見つかった。
そして新しい姿になった今の、自分というものが確かに形作られていく。
「え、零くん。これ?」
「大丈夫、落ち着いて。」
急に僕の体が光り出した。
「今、ルアの魂がこの場所に存在を確定しようとしている。…大丈夫、目を閉じていて。すぐに終わるよ。」
僕は零くんに言われた通り、目を閉じて待った。
瞼の裏で少しずつ眩しい光が収まっていくのを感じた。その間、零くんがずっと手を握っていてくれた。
「もう目を開けて大丈夫だよ。」
目を開けると、笑顔の零くんが居た。
「ルア、君はこんな顔をしていたんだね。髪の色も猫だった頃にそっくりで、綺麗な銀みたいな灰色だ。今の僕の髪色によく似ている。今まで何となくは分かっていたけど、君が自分を思い出した事ではっきり見える様になったみたいだ。」
自分の姿の変化は僕には分からなかったけれど、零くん、否、零神様がそう言うなら、そうなのだろうと思った。
ただ、僕が分かるのは一つだけ。
零くんに会えた、その事だけだ。
それだけで…
僕の心は満たされた。
ずっと、ずっと、会いたかった、零くんに会えた。
それだけで、全てが満たされた気がしたんだ。
僕は無事に自分を思い出す事が出来て、あやふやだった魂が安定した。
存在が消える事なく、零くんが居るこの場所に留まる事が出来た。
「おめでとう、良かったね。」
「ありがとうございます、ハイネさん。」
「おめでとう。はい、この正式採用の書類にサインしてね。」
「ありがとうございます、立花さん。ここにサインですね、今書きます。」
見習い総合案内で、書類を提出して、僕は正式に神見習いとしての新しい一歩を踏み出した。
「ただいま戻りました。」
「おかえり、ルア。」
「ただいまです。」
零神様と僕の関係は、零くんとその飼い猫のルアだった記憶が戻ってから、少しだけ変わった気がする。でも、思い出す前から零神様を、家族の様に思い始めていたし、本当の所はそんなに変化していないのかもしれない。
「それでも、今日からは正式に神見習いになったんだから、公私をわけないと!」
僕は零くん自慢のしっかり者の神見習いになるんだ。
「ルア、おいで。」
「…。」
僕を駄目にする甘い誘惑の声がする。
「う、うう…。」
抗えない温かな誘惑に、僕は今日も負けてしまうのだった。